25.魔女の祝福と考察
〝災禍の魔女〟の一人、〝狂恋の魔女〟ルシール。ベル・タン大陸を領域と定める世界で五番目の魔女。彼女が魔女となったのは今から四百年前で〝災禍の魔女〟の中で一番の新参者である。
しかしそれは魔女達の中での事。彼女の領域に住む人間達からすれば四百年も生きる恐ろしい魔女。老いも若きも彼女の目に留まれば二度と戻ってくる事が出来ないと言われている。気まぐれに現れては気に入った人間を攫い、気に入らない事があれば厄災をもたらす恐怖の対象だ。
……そんな恐ろしい魔女が今、他の魔女達の前で萎れているなんて。
(信じられん……)
ベル・タン大陸のとある国の王は驚愕していた。自分達にとって恐怖の対象である筈のルシールでさえ、他の四人の魔女からすれば『格下』だという事実。そしてあの奔放で束縛を嫌うルシールが
(((大人しく従っているだとぉぉぉっ!!!?)))
信じられない目の前の現実に、ベル・タン大陸の各国代表達は心の中で激しく叫んだのだった。
『すまんな、邪魔して。ほれ、お前達も満足したろ』
『はい。とても幸せそうで喜ばしい事です』
『うむ。妾も満足じゃ』
『えぇ。こんなにも素敵な式を見られて大満足です』
『えー!? もうちょっと見てたい!!』
『『『ルシール!!』』』
『ぶぅー! だってだってだって! こんなに綺麗な花嫁さん、もっと見てたいじゃない!? ペロッと味見したくなるじゃない!?』
『『『ルシール!!!』』』
『……ごめんなさーい』
未だに頭を鷲掴みにされながら一度は反論したルシール。しかし四人の魔女の圧力により謝罪を口にする。本日の主役である王太子マクシミリアンと王太子妃サンドラは突如現れた五人の魔女に圧倒されながらも平静を装う。先日領域に招かれた事で無様に狼狽える事はないがそれでも緊張はしているので、それを気合と根性で平静を装っているのだ。
『すまん、王太子。サンドラの貞操の危機かもしれん』
「「はっ!?」」
『いや、ちゃんと抑えとく。抑えておくから、今夜はガンバレ』
「「~~~っ!!」」
『きゃあっ! 真っ赤になっちゃって♡ かっわい~♡♡♡』
『『『ルシール!!』』』
『……ごめんなさぁ~い』
下世話な会話がなされているとは露知らず、各国代表達は本日の主役二人が〝災禍の魔女〟達と懇意であるという事実をこの目で確認する事となった。そんな事はあり得ない、魔女にとって我々など取るに足らぬ存在で気分次第で殺されても決して文句の言えるような相手ではない、それが各国の共通認識だった。
しかしヴァン大陸を治める大魔女オルタナはこの三百年間は全く表舞台に現れる事は無かった。そのせいかこの大陸の国々は魔女を軽んじる傾向が高い。
〝始まりの魔女〟を生み出したエンブリオ王国の前身であるレナード王国が彼の大魔女に滅ぼされているというのに、だ。公の場でこちらの方が心臓の凍る想いをしたのは数知れず……。今日何もなかっても明日どうなるか分からないというのに、ヴァン大陸の平和ボケには参ったものだった。
それが〝災禍の魔女〟筆頭である〝始まりの魔女〟オルタナの復活により一変する。一瞬にして彼の国の魔術師団数名がその命を無動作に刈り取られたと訊いた時は『ほら、見ろ』と呆れたものだ。そして彼の魔女が少しばかりのイラつきで漏れ出た魔力により数百名の死傷者が出たと訊いて青褪めたのだ。
他の魔女四人はしないだろう事を、魔女オルタナはやった。
無辜の民を無暗に傷つける事は決してしないと、そう思い込んでいたからだ。
真に恐ろしきはやはり魔女オルタナだ、そう確信した一件であった。
『うぅ~~~っ! ざ~んねんっ! 折角後輩が出来るかもって思ってたのに~~~…』
「「「……!!」」」
『……ルシール』
『……はい、申し訳ございませんオルタナ様。しかし……幸せそうで良かった、そう思うのも事実でございますわ』
『『『……』』』
先程までの雰囲気とは正反対な大人の女性の物言いをし始めたルシールに、もはやベル・タン大陸の人間は口が塞がらない。
『おめでとう。サンドラ、マクシミリアン王太子。あなた達はわたくし達には得られなかった未来を掴み取ったのね。嬉しくもあり、羨ましくもある。……わたくしも、そうありたかった……』
「「「……?」」」
寂しそうに微笑み、大聖堂の上部に輝くステンドグラスを見つめるルシール。その顔がとても寂しそうで普段のルシールとは別人だった。
一度視線をサンドラとマクシミリアン王太子に戻すと、静かに目を閉じた。ほんの少しの僅かな時間だ。
『あなた達の幸せを願うわ。幸せになりなさい』
チュッ、と素早くサンドラの額にキスを贈ると、柔らかな淡い紫色の光が彼女を覆う。その光はすぐに治まったがその後どよめいたのは無理はない。
『わたくしからの祝福よ。喜びなさい? わたくしが授けたのはあなたが二人目よ♡』
「「「!!?」」」
〝魔女の祝福〟
その言葉に大聖堂がどよめく。
『まぁ……! なら私も』
『それではわたしも。……お幸せに』
『うむ。妾も授けよう! 祝福なぞ、いつ振りであろうか』
そして他の三人も祝福を与えていく流れとなった。サンドラだけでない。王太子にも人差し指と中指を額に押し当てるとサンドラと同様に光に包まれた。
これには主役の二人も驚いたようだが、傍にいるオルタナは微笑みを浮かべて見つめており止める様子はない。
『さぁ、もう十分だろう』
『『『はい』』』
『ではな。邪魔して悪かった。幸せに』
そう言って一瞬にして消えてしまった魔女達に、しばらく茫然とするしかなかった。目の前で起きた事が皆信じられないのだ。まさか、いくらオルタナの元学友だとしても他の四人からも祝福を授けられるなんて。いや、それもだが魔女が祝福を授けるとはどういう事だ!?
混乱して思考がまとまらない。しかし言える事はただ一つ。
「〝災禍の魔女〟五人全員から祝福を頂いた人間なんて……。あのお二人だけだろうな……」
「「「……っ」」」
前代未聞の大事件だ。
これはもしかしたら各国のバランスが崩れるかもしれない大事件。
これでエンブリオ王国に迂闊に手を出すことは出来ない。もし突きでもしたら〝災禍の魔女〟全員の怒りを買う事になるだろう。エンブリオ王国としてはこれ以上ない盾を手に入れたも同然。そして我々は蛇に睨まれた蛙だ。動いた瞬間、きっと捕食される。
各大陸に一人ずつ配置されるようにして領域を持つ〝災禍の魔女〟
彼女達はエンブリオを攻める動きがあればすぐさま叩き潰すだろう。大陸のどこに居ても、どれだけ内密に動いても、彼女達の掌の上で生活している以上きっとすぐに露見する。
この世界は彼女達が支配しているのだから。
*****
「あぁっ! とっても素敵でしたわ!」
ほぉっと溜息をつきそう溢したのはフィオナ。憧れのウエディングドレスにうっとりする姿はまるで十代の女の子そのものだ。
「うむ。良く似合っておったな。あの王太子のセンスも中々のものじゃ」
滅多に人を褒める事のないディアナが珍しくマクシミリアンを褒める。
「本当に……。二人とも幸せそうでしたね」
紅茶を飲み、優雅に微笑むのはセレスト。慈愛に満ちた微笑みだ。
「ふふふっ! きっとこれから二人とも……色んな経験をしていくのね……」
大人しくなったルシールはいつもの調子を戻さず、少しばかり寂しそうだ。
〝災禍の魔女〟五人は筆頭であるオルタナの領域に集まっていた。ルシールが聖女ミリアの処遇の報告を兼ねてお茶会をしたいというので場所の提供を行ったのだ。その中で今日がサンドラとマクシミリアンの結婚式だという話になり、急遽介入する事になったのだった。
大聖堂に現れたのは魔女達本体ではなく幻影。本体が現われでもすればそれこそ式どころではないだろうという配慮だったが、結局大事にしてしまったのだから意味はなかったと反省するオルタナだった。
今はその後の様子を人知れず魔術で見守っている最中。
気を取り直し大聖堂から王宮へ向かい、バルコニーに現れた二人を多くの国民が歓声を上げている。手を振り、お互い視線が交わるとキスをする姿に更に声が上がり囃し立てる。
少し前、学園に通っている時には想像も出来なかった光景に微笑ましく思う。
「聖女はコレを見てるかもしれないわねぇ」
ルシールは心底嫌悪しながらあの聖女の最後の姿を思い出しほくそ笑む。
「馬鹿な女。自分が主人公だと信じ切って……憐れだわ」
セレストが吐き捨てる。一番初めに任せたから反抗も強かっただろうとオルタナが労うと彼女は笑った。
「調教し甲斐がありました」
そのお淑やかな表情からは想像もできない言葉が発せられるがこれが彼女の通常だ。
「お馬鹿さんなのですよ。既に自分がイレギュラーであることが理解できないなんて」
プリプリ怒るのはフィオナだ。可愛らしい容姿であるが恐らく真の聖女から体を乗っ取ったあの女について一番の怒りを抱いているのはフィオナだ。それは彼女が聖女に仕える神職に就いていた事も大きい。
「この世界はきっと聖女にとっては絶望の世界だ。……そういう世界線になっているんだろう」
この世界に現れる大切な人達を奪って自分達を陥れた聖女達はこぞって言う〝ゲームの世界〟
そのゲームはいくつもの選択肢があり、攻略対象とやらの好感度を上げて最終的には標的とした攻略対象と結ばれる事を目的としているらしい。
「攻略対象は複数人。つまり、攻略対象の数だけ別の世界があるという事。話によると誰とも結ばれない場合もあるという。それは攻略失敗という事だが、それもまたその世界があるという事」
紅茶を傾けながら己の考察を口にするオルタナに耳を傾ける他四人。視界には城の中に戻っていくサンドラとマクシミリアンの姿が入った。この後は各国の代表達と交えての晩餐会が行われ、夜が更けていく。
二人を映していた魔術を解き一息入れ、これまでを振り返る。
聖女に翻弄された人間時代の最期。怨み妬み呪った結果が今だ。後悔はしていないがやるせない気持ちはいつまでたっても残っている。
「きっとこの世界は……聖女が破滅する世界線なんじゃないかな。私が魔女となった時それが確定したのだと思う」
皆驚いて目を見開くが、その後すぐに「確かに」と納得した表情となる。
「ふふ、それなら確かに。聖女にとっては絶望の世界ですわね」
「どう足掻いてもハッピーエンドとやらにはならない世界線、という事ですね」
「そういう事」
多くの選択肢の数だけ存在する世界。その中の一つがこの世界だとするとクレアが死に、魔女となった時点でこの世界の進路が決定した。
「あのクソ聖女達風にいうなら〝悪役令嬢による攻略者及び攻略対象者絶対ザマァ世界〟という所でしょうかねぇ?」
「ネーミングは置いておくとして、まぁそういう事だろう」
その〝悪役令嬢〟が〝災禍の魔女〟と変化したのはどういうことなのかな?




