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24.結婚式

本日エンブリオ王国王太子マクシミリアン・ジーン・エンブリオとブライアーズ公爵令嬢、サンドラ・ブライアーズが結婚する。雲一つない快晴でハレの日に相応しい良き天気に人々は沸き立っている。


王国民の老いも若きも今日は大いに騒ぎ、昼前だというのに酒屋は大盛況。どこでも「王太子殿下万歳!」「エンブリオ王国万歳!!」と酔っ払い達が笑いながら叫び、いつもなら嫌な顔をする女達も今回ばかりは一緒になって騒ぎ踊っている。


大聖堂で行われる結婚式が終わると馬車で市中を周り王城に戻るという事で、本日の主役達を一目見ようと馬車の通過ルートには前日から陣取る者達が徹夜にも関わらず楽しそうにその時を待っている。時間が近づくにつれ、警戒体制をとる騎士達がピリピリし始めた。だが、そこは酔っ払いとその場の勢いで騎士にも酒をすすめる者や騎士の体に不躾に触り感心する者など最早無法地帯と化している。


王太子マクシミリアンは〝聖女ミリア〟が偽物であると見抜きその称号を剥奪させた事で聖女に沸く王国民を〝災禍の魔女オルタナ〟の怒りから護った賢人とされている。そして王太子妃となるサンドラ・ブライアーズ公爵令嬢は、気まぐれに学園に入り込み生活していた魔女オルタナの親友である。この二人の結婚は魔女オルタナからも認められ、祝福を与えられたという。


何も知らない王国民に全て事実を話す必要はないと、魔女オルタナの許可を取った上での作り話を流布してこの結婚を〝災禍の魔女〟も認めたものであると印象付けた。そうした話をでっちあげたのも、未だに聖女こそが王太子妃の座が相応しいと姦しくも喚く人間が一定数いるからだ。


ただそう叫ぶだけならいい。しかし、その者達の言い分は支離滅裂で全く正当性がない。その上サンドラを悪女として仕立て上げようと躍起になり、公爵令嬢であり次期王太子妃が内定してあるサンドラに対すして暴行、恐喝、拉致監禁など結婚前にどうにかして貶めようと計画していた。それを王太子自らの手で一掃。聖女に誑かされ狂った男達は魔力を封じられ鉱山でその一生を終える事が決定した。


もし万が一、サンドラの身に何かがあったとしたらそれこそ魔女の怒りを買う事になる。一年半前、少しの怒りでオルタナの魔力が溢れ濃密になった魔素によって王国民に死傷者が多数出た事は記憶に新しい。あの場にいた人間は悟った。


『〝災禍の魔女〟を決して怒らせてはいけない』


オルタナという昔話に登場する魔女は自分達が想像するよりも余程恐ろしい。実在する魔女であり、この世で最も恐るべき存在だとあの日思い知ったのだ。


その魔女から国を護り、更には祝福まで授かったという王太子。親友であると魔女自身が認めた公爵令嬢が今日、結婚する。

この日を祝わず王国民と名乗れようか!


「王国バンザーイ!!」

「「「バンザーイ!!」」」


浮かれまくる王国民の笑い声が大聖堂にも聞こえてくる。民衆の熱気に本日の主役であるマクシミリアンとサンドラは微笑み合う。今日の良き日を迎えられた事を二人は恩人であるオルタナに感謝を捧げた。


すべては魔女オルタナがマクシミリアンのサンドラに対する扱いに怒りを露わにした事から二人の関係は進展したのだ。それまで婚約者としての交流は最低限行ってはいたが心の距離が縮まる事は無く、婚約して十年経っても他人行儀な関係だった。だがそれはお互いに胸の内を打ち明けられなかった事が原因。本当のところは初めての顔合わせでお互い一目惚れだったというのに。


随分遠回りをしてようやくここまで来た。来ることが出来た。マクシミリアンはこれまでの事に想いを馳せる。順風満帆とは言えなかったが、それも今日この日の為だったと思えばあの苦しかった日々も、オルタナに何の躊躇いもなく腹を刺された事も今では良い思い出となっている。むしろサンドラと両想いになった事を思えば、腹に穴が開いた事など些細な事だ。


オルタナが治癒してくれた体に不調はないが、あの時の傷は痕となり今もマクシミリアンに残っている。医療魔術師であれば綺麗に消す事など可能であるという事は本人も知っているが、あえて残したのは戒めとして残すことに決めたからだ。この腹に残る傷跡を見ればサンドラはきっと悲しむだろう。下手をすればあの場で死んでいたし、そうなればサンドラは別の男の元に嫁いでいた可能性だってあった。そんな事を想像しただけで指先が冷えていく。


だがそれはすべてマクシミリアンの不手際によるもの。プライドが邪魔をして本音を曝け出せなかったマクシミリアンの見栄が、サンドラを傷つけ、そして魔女オルタナの怒りを買った。この傷跡をこの先消すつもりがないのも、オルタナの怒りを買った事による戒めだけでなくサンドラとの苦い経験を忘れるなという意味を含めて残す事を決めたのだ。


「サンドラ」

「はい、殿下」


腹の傷跡を服の上から撫でる。決して痛む訳ではなく、少し勇気がいる時に撫でるとオルタナから喝を入れられる気がするのだ。それにあの強烈で過激な怒りを知った後では大体の事は『あの日に比べたらマシ』と思える事になった。だから今から口にすることは、オルタナに喝を入れてもらいたいくらいに緊張しているという事。

サンドラもあの日から腹を気にするマクシミリアンには気づいている。そこに親友であるオルタナが与えた傷がある事も。そしてそれを撫でる時、マクシミリアンが何らかの決意をしている時だという事も。


「私は今まで隙を見せてはいけないと思い込んでいた。いや、本来ならそうおかしなことではないのだろう。城の中も外も社交界も魑魅魍魎が跋扈する魔窟だ。いつ何時も気を抜く事は許されない。……それが例え、婚約者の前だとしても」

「……はい」


狐狸が化かし合う城の中に信用できる人間など極僅か。肉親でさえ蹴落とすのが当たり前の環境で、会ったばかりの令嬢に自分のすべてを曝け出すなど出来なかったのだ。それが今でも悔やまれる。


「誰の事も信用できず、誰に頼ればいいのかもわからなかった。……君を深く、傷つけた。君が傷ついている事を知っていながら私は何もしなかった。本当にすまなかった。謝っても謝り切れない。……一生恨んでもらってかまわない」

「殿下、それはっ」

「それでも、今日この日を迎えられた事を嬉しく思う。……君と出会えた事、君が婚約者となった事は私の人生に光が差したようだった」

「……」


懐かしむように目を細め、愛しいサンドラを見つめる。心底彼女を愛しているという事が伝わってくる笑みだ。そして徐に片膝とついた。


「殿下!?」

「サンドラ・ブライアーズ公爵令嬢。私、マクシミリアン・ジーン・エンブリオはこの生涯をかけてサンドラ・ブライアーズを愛し抜くと誓います。……私の愛を君に。愛しているサンドラ。私と結婚してくださいますか?」

「~~~ッはい! もちろん!」


これから式だというのに大粒の涙を流すサンドラ。化粧が崩れてしまう事に侍女達から怒られそうだが、今はこの幸せに浸っていたい。


案の定、化粧が崩れてしまった事に侍女達は怒り、少し式の開始が遅れる事になった。何かあったのかとブライアーズ公爵家側は気が気ではなかったようだがサンドラの様子を見ると落ち着いてくれた。だが遅れた原因が私にあると解ると睨みを利かせてくるなんて、サンドラは愛されているのだなと感心したのだった。


少し遅れた式だが、その後は順調そのもの。化粧直しをしたサンドラの目は少し赤かったがそれも可愛らしいと感じるマクシミリアン。二人は誓いのキスを交わし、大勢の参列者達から祝福を受けたのだった。


幸せの絶頂。国民からも祝福されたこの結婚に誰も文句などなかった。


と、そこへ思わぬサプライズが。


『あら~! 可愛い子達ね~♡』

『純白のウエディングドレスか。うむ、デザインも悪くない』

『なんて素敵なの……! あぁ、とても綺麗……』

『美しい。……私も、着たかった』

「「「!!?」」」


マクシミリアンとサンドラの前に突如として現れた四つの影に驚く参列者達はどよめき、あちらこちらから「なんだ!?」「どうした!?」という声が上がる。何の前触れもなく万全な警戒体制をとっているこの大聖堂に現れた四人に、警備にあたっていた騎士団も唖然とした。だが、すぐに我に返り剣に手を伸ばす―――はずが。


「待て! 大丈夫だ、手を出すな!」

「殿下、しかしっ!」

「問題ない、下がれ!!」


王太子が必死に叫ぶように命令し騎士を下がらせるが不審者をそのままにしておくわけにもいかない。速やかに参列者達を取り囲むようにして安全確保を行い、出口に近い者から外へと誘導させて行く。パニックになる参列者達は我先にと出口に押し寄せるが騎士達は努めて冷静だ。


『そう慌てるな。この良き日を血で赤く染めるつもりはない』


現れた四人とは違うもう一つの声が大聖堂に響き渡る。しかしその姿は見えない。


『まずは祝辞を。おめでとうサンドラ。……と王太子。今後の末永い幸せを祈る』

「はい……! ありがとうございます!」

「ありがとうございます、オルタナ様」

「「「!!?」」」


多くの参列者、特に国外からの参列者達は王太子が発した名前に驚愕した。逃げる事ばかり考えていた筈なのにその名前を訊いた途端、確認するかのように辺りを見回し始めた。


『すまないな。お前達の結婚式が今日だとこぼしたら押し寄せてしまった』

『いやん♡』


サンドラを食い入るように眺めていた〝狂恋の魔女〟ルシールの頭を鷲掴み引き離すのは真っ赤な燃えるように紅い髪の若い女だ。残りの三人も彼女が現れた後一歩引いたのを見て確信した。


この少女が〝災禍の魔女〟の筆頭。〝始まりの魔女〟とも呼ばれ魔法の深淵に辿り着いた〝深淵の魔女〟


「あれが……魔女オルタナ……」

「国を一人で四つも焼いたという、伝説の」

「千年以上前の話だぞ……!? まさか……」


信じられないと言わんばかりの口ぶりだが、体は本能に従い彼女を前に膝をついていた。まだ年若い姿だがその本性は千年以上の時を生きた人外の生物。気分次第で国一つ焼き滅ぼす事も躊躇わない残虐な大魔女オルタナ。それが今、目の前にいる。―――そして気づいた。


魔女オルタナが引き離した一人と、一歩下がった三人が魔女オルタナに頭を下げた。つまり、この五人の中で魔女オルタナは一番の格上という事。そしてオルタナを含めてそこに現れたのは五人。


「「「―――!!」」」


まさかまさかまさか!!?


「恐れながら、まさか〝災禍の魔女〟様達が五人お揃いでいらして下さるとは思いもせず、失礼な真似を致しました」

「「「―――!!」」」


王太子が頭を下げた。そして『〝災禍の魔女〟様達が五人』と。それが意味するのはただ一つ。

目の前にいる五人こそが世界に五人の魔女であり絶対不可侵の存在〝災禍の魔女〟達なのだ。


一斉に頭を垂れ、臣下の礼をとる。一国の王と言えど今この場では何の肩書にもならないのだと、本能が告げる。一気に玉の様な汗が噴き出て額から伝うが、それを拭う事すら忘れるほどの恐怖が彼らの心の中を支配していた。


『よいよい。こちらが勝手に来ただけだ。姿を現すつもりもなかったんだが、なぁ?』

『……テヘッ☆』

『『『ルシール』』』

『……ごめんなさぁい』


ルシールが頭を鷲塚にされたまま謝罪を口にした。


(((ルシール様が謝られた!!?)))


ルシールの逸話が残るベル・タン大陸から招かれた各国代表達は心の中でそう叫んだのだった。

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