20.対面
私は私が幸せになる事を許せない。何万もの命を理不尽に奪った私がそんな事を願ってはいけないのだ。
……そうずっと言い聞かせていたのに、ヨアキムの言葉でグラつくなんて私は本当にどうしようもないほど自分に甘いな。
あの日一度家に戻ったヨアキムはぺテリウスと元婚約者殿を連れて戻って来た。困惑する元婚約者殿。だけど嫌そうではなく、むしろ嬉しそうにはにかんでいる。頬を染めて私を見てくるその様はあの当時のまま。懐かしさと愛しさが込み上げて来てそして悲しみに沈む。
聖女の魅了だってわかってはいてもあの冷たい目は忘れられない。
(私は、怖がっているのか……)
永遠に続くと信じた愛は、聖女の介入によってあっけなく壊れてしまった。一度裏切られたらもう本心で信じる事が出来ない。彼の最期の言葉も未だに信じられないのだ。
『愛してるよ、クレア』
その言葉を信じていた。
信じたかった。
私も『愛している』と伝えたかった。返したかった。
だけど出来なかった。
私は無慈悲に多くの人の命を奪ったというのに自分が傷つくのは怖いのだ。
どうしようもなく、怖いのだ。
またあの目で見られたら、きっと私の心は壊れてしまう。
愚かなものだ。
私はそれを受け入れるべきなのに。
「オルタナ様。さぁ、言いたい事を全部ぶつけてください。コイツはそれを甘んじて受け入れるしかないのですから、遠慮など不要。千年もの間燻って来たんですから、溜まっていたモノを吐き出すいい機会です」
「……」
ヨアキムめ。人の気も知らないで勝手な……!
「あの、オルタナ様。私からもお願いします! 話がしたいのです」
「……」
「……駄目、でしょうか」
「……ハァ。お前達は下がれ」
「!」
既に日は傾き直に夜となる。ヨアキムは今夜泊まる気でいるな。ぺテリウスもヨアキムの世話を名目に居座るだろう。そうなると元婚約者殿はどうするべきか。
「オルタナ様、コイツも今夜は泊まらせますのでゆっくりじっくり心行くまで会話なさってください。あの悪魔はこちらで止めますので。オマエ、しっかりオルタナ様の言葉を傾聴せよ。オマエには拒否権もなければ反論する権利もない。心しろ、オマエが今ここにいるのはオルタナ様のご慈悲によるものだという事を」
「はいっ、心得ております。全てはオルタナ様の御心のままに」
「大層な……。もういい、お前達は下がれ。あと、エリスがこちらに来たいと言ったら邪魔はせずに通せ。お前達もアレには敵わんよ」
「は、しかし……」
「よせ。……では、私達はこれにて。何かあればお呼びください」
ぺテリウスは納得いかない顔をしているがヨアキムが引き下がってくれたおかげでそれに続いた。渋々だが自分自身エリスを止める事は出来ない事はわかっているようだな。
「……」
「……」
二人が下がり残されたのは私と元婚約者殿の二人だけ。東屋には二人分の紅茶とお茶菓子が並べられている。私はずっと座っているが元婚約者殿は立ったまま。許可がなければ一生立ったままのつもりか。
「……まずは座るといい。毒は入っていないから安心して飲み食いしな」
「! は、はい! 失礼しますっ」
緊張している? ちょっと声が上擦ってるし、動きもぎこちない。学園での優雅な姿はどうした、と言いたくなるほどガチガチじゃないか。
これからどうしようかと悩んでいたのに、そんな姿を見せられたら吹っ飛んでしまったじゃないか。
「い、いいいい、いただきまままます!」
「いや、緊張しすぎだろ」
「も、ももももっ! 申し訳っ!!」
「ああ、いや、いい。悪かった。私が悪かったから、紅茶零れてるからっ! 中身ほとんど出てるから!!」
「あああああ!? す、すみません!!」
ガタガタガタガタッ!! 緊張で震えているなんて可愛いもんだよ。って、これ痙攣じゃね? 緊張しすぎて痙攣発作!? そんなに私が怖いのかよ!!
「い、いいえ!! オルタナ様を怖いなど……! そんな事考えた事もございません!!」
否定する癖に体はガッタガタ震えてるけどね!!
*****
「申し訳ございませんでした……」
しゅんと項垂れる元婚約者殿。あれから盛大に紅茶を溢した事と日が暮れてきた事も相まって強制的に風呂に入れた。ズボンがベッタベタに濡れてたしね。
そして出てきた途端、流れるような華麗なる土下座を披露し今に至る。心底申し訳なさそうな姿にこっちが悪い事した気になってくるから不思議。
「謝罪は必要ない。……先に食事にしようか?」
「いえ、あの……出来れば、話しをしたく思います……。オルタナ様が、よろしければですが……」
話したい事、かぁ。言いたい事、聞きたかった事、いっぱいあった筈なのに実際対面すると出てこないものだな。千年以上も自問自答し続けて出てこない問の答えを今日知る事が出来るかもしれないというのに。
「かまわない、好きにしたらいい」
「! あ、ありがとうございます!!」
断られると思ったのか? 今更『やっぱなし』などいう訳ないだろ。
「その、本当にクレアはオルタナ様で、オルタナ様はクレアなのでしょうか。クレアは……クレア・ヘインズもクレア・シャーウッドも、……オルタナ様、なのですか……?」
今更な問いではあるが本人にとってはとても重要な事なのか、口にしている内にどんどん顔色が悪くなっていく。青褪めていくその顔には『嘘だと言ってくれ』というのがありありと浮かんでいる。
だがしかし、それは事実だ。この男にとっては残念ながらな。
「私はオルタナ。千年前のレナード王国シャーウッド公爵家が娘、クレア・シャーウッドの怨念が悪魔を呼び寄せ復讐を誓った悪女。多くの命を犠牲に復讐を遂げた成れの果てがこの私。クレア・シャーウッドは私の土台となった人間。記憶も思い出も、恨みも辛みもすべて覚えている。……私はクレア・シャーウッド本人だからね」
「……そんな……」
項垂れ崩れ落ちる元婚約者殿。信じられないようだが残念ながら事実なんだよ。
「レナード王家が滅び、国境を接していた三か国が王弟殿下の息子の保護を名目にして侵攻してきた。目的は私を戦の道具にする為。そしてアイザックを人質に捕ったのでその三か国とレナード王国そのものを焼き滅ぼした。『魔女オルタナ』の名が後世に残り『クレア・シャーウッド』が歴史に名を残さなかったのは単純に私が『クレア・シャーウッド』だと知る人間がいなくなっただけ。生き残ったアイザックはまだ幼かったから記憶が曖昧でね。ただ、口伝で王家に何か伝わっているようだけど」
独りぼっちになってしまったアイザック。王弟殿下の息子はまだ三歳で私の末の妹、アシュリーとは同い年でよく遊んでいた……。
「隠し事はしない。オルタナはクレア・シャーウッドで間違いないよ。もっとも、今のこの肉体はクレア・ヘインズのものだけどね」
元の肉体は魔王の居城の地下深くに埋葬してもらっている。もう戻る事は無いだろうけどエリスの奴が焼き捨てる事に大反対して城に埋葬するという事になった。埋葬と言っても水晶みたいな棺に入れてとある一室に保管しているだけだけど。死体を愛でるのを想像したら肌が粟立って寒気がする、ひえっ!
思わず腕をさすっていたら元婚約者殿が泣いているではないか。
「……なんで泣いてる?」
「す、すみませっ、でもっ」
声を押し殺しながらも号泣と言っていい程涙を流す元婚約者殿は目をこすってどうにか止めようとしているが全く止まる気配がない。何度も「すみません、すみません」と謝るのだが、こちらとしては謝るのなら泣き止んでもらいたい。
「申し訳、すみませんっ! 私の所為で……!」
「……」
「ごめん、ごめんなさっ、ごめんクレアッ!」
記憶の混濁か。
前世の記憶を持つというのも、良し悪しだな。忘れていたままなら千年も前の話に気を悩ます事もなかっただろうに。
「わたしがっ、私があんな女に唆されて、魅了されたせいで……! 君を傷つけてっ家族も奪ってっ!! 君に非などなかったというのに!」
遠い過去の話に記憶を遡ると思い出すのはあの絶望の日々。
それまで何の不安も不満もなく生きていた。将来国母となる事が決まっていて、勉強や立ち居振る舞いに常に気を使って気を抜けない毎日だったけど彼がいたから頑張れた。泣くほど厳しい教育にも歯を食いしばり、笑顔で食らいついていたのは他でもない。
「ジェラルド王子がいたから頑張れたのです。未来の王妃としてあなたの隣に立ち、あなたを支えていきたいと思ったから……頑張れた」
「クレア……」
「悲しかった……。どうして私の言葉は信じてくれなくて、あの女の言葉を信じたの? どうして私や家族を冤罪で裁いたの? どうして……彼女を抱いたの……」
「……っすまない……」
言いたくなかったのに一度言葉にしてしまったら止まらなかった。言うまいとずっと、ずっと押し殺して来たのに……!
これは『嫉妬』だ。
愛しい彼が私以外の女と寝た事は勿論、隣に立つ事を許可した事、愛を囁いた事、目を合わせて見つめ合った事……。言い出せばキリがない位私は彼女に嫉妬していた。
遊戯の中の悪役令嬢のように。
「魅了されていたからというのはわかっているんです。でも当時は本当に彼女に心を奪われたのだと思いました……。もしそうなら、私は身を引くべきだとも理解していたわ」
「そ……んな」
「でも彼女の様子がおかしい事に気づいて……。いえ、そう感じたのはそうですけど、それを理由に婚約者辞退を先送りにしたかっただけですね。本当に浅ましい。……だから私は処刑されても仕方なかったのです」
「違う!! そんなことは断じてっ」
大きな声で否定し、同時に立ち上がる元婚約者殿。その顔はとても苦しそうに見える。
「私は決して彼女に害をなそうなど思っていませんでした。……しかし聖女であろうと十年も婚約していた公爵家の私と婚約解消ともなれば世論も割れたでしょう。聖女の力には及ばずとも、我が家は医療の方面で多くの支援を行って来た家ですから」
裕福な者が貧しい者に施しを行うのは義務だと、そう言っていた父。
生まれた以上、幸せになる権利は誰にだってあるのだと言った母。
働いてくれる人がいるから私達は生活が出来ている、感謝するのは当たり前だと言った兄。
貴族として絶大な力を持っていたにもかかわらず、私欲はなく野心もなかった家族は領民だけでなく多くの国民から慕われていた。そんな国民からの人気の高い公爵家の長女が私、クレアだった。
『聖女の力は本物だとしても、平民階級出身者が婚約者となるのはどうなのか』
『今まで婚約者として生きてきたシャーウッド公爵令嬢はどうなる』
『公爵令嬢を第一妃、聖女を第二妃にしてはどうか』
『聖女様をを第二妃だと!? 神から遣わされた聖女様に対して何たる無礼な!!』
渦中の私は彼の今までとは違う冷たい目と、彼女に向ける優しい目に、すっかり心が折れてしまっていた。
婚約者の辞退を、そう思っていた矢先に公爵家に掛けられた冤罪で家族は全員処刑されてしまった。まだ六歳だったナイジェルも、三歳だったアシュリーも……。
目の前で殺されて行った家族は誰一人、私に恨みを向ける事はなかった。私がもっと早く決断していれば、もっと早く、もっともっと早くに諦めてさえいれば!!
「あなたをっ! 愛さなければ家族は死ななかった……!」
あぁ、なんて汚いの。
とても醜い、私の本音。




