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19.ヨアキム

私が直接育てた最後の弟子、ヨアキムは人間には興味を持てず両親から捨てるようにして我が領域に置き去りにされたどこかの国の元貴族だった。


魔女となったあの日から表情がなくなったと自覚ある私から見てもヨアキムは感情が見えない不思議な子、というのが第一印象。五歳くらいなら両親が恋しくてたまらない年頃だ。貴族として育てられたにしても、自分の世話をする大人が一人もいないという状況なら不安になるのも当然なのだが、あの子は全く不安を感じてもいなければ心細さもなかったようだった。


我ながら将来が心配になったものだが魔法に興味を持ってくれたおかげで徐々に人間らしい感情が芽生えていく事に安堵したものだ。


……後悔する事があるとするなら生活能力が全く育たなかった事だろうか。


「オルタナ様! グラタンが食べたいです!」

「……いきなりそれ?」


ぺテリウスと元婚約者殿がヨアキム邸を訪れ居候する事になり世話になると挨拶を行った際、研究馬鹿なヨアキムは漸く私が魔界から帰還した事に気づいたらしい。そして居候する事の許可も出さずに急いで我が邸にやって来て言い放ったのが先の言葉だ。


何かもっと他にいう事があるだろ! と言いたいところだが。


「先にお風呂に入っておいで。着替えも用意してあるから脱いだものはまとめておくんだよ。シャワーを浴びたらよく泡立てた石鹸で体を洗って髪も洗って。髭も剃りなさい。その後泡をシャワーで洗い流したら湯に浸かりなさい。肩まで浸かってゆっくり百は数えなさい。もしまだ体が温まらなかったら温まるまで繰り返す事。但し、のぼせる前に出なさいね? 湯から上がったらまたシャワーを浴びてタオルで体を拭く。脱衣所にはバスローブもバスタオルも用意してるからしっかり拭いて。髪もね。しっかり乾かして着替えるんだよ」

「はい、行ってきます。あっ、芋は多めの大き目が良いです! チーズもたっぷりと!」

「はいはい」


素直に甘えてくるヨアキム可愛いんだよなぁ。面識のない筈のエリスが隣にいるのに何も臆することなく自分の要求を呑ませるなんて……ヨアキム、恐ろしい子……!


なーんてふざけてみたけど隣が不穏な空気を出して来たので宥めてみる。


「怒らないで。ヨアキムがああいう子だって事は知ってるだろ」

「そうだけどさぁ。折角二人っきりでいちゃいちゃ出来ると思ってたのに! オルタナは特にあのガキに甘いの知ってるから、面白くない!」

「素直だな」


キーキーしてるエリスを放ってグラタン作り開始。ゆっくり、と言い聞かせても早く上がってくるだろうヨアキムを待たせないように魔法で時短。ブゥ垂れてるエリスのご機嫌取りも兼ねて手伝いを願うとコロッと態度が変わった。結局そこまで機嫌が悪い訳ではなかったって事。


「嫌は嫌だよ? でもオルタナにとってあのガキは特別デショ? まぁ、僕の方が上だけどね!」


特別……か。そうだね、そうだ。


「特別だよ。ヨアキムもぺテリウスも。元婚約者殿も、サンドラも……エリスもね」

「! お、オルタナ!!」

「ぎゃっ!? やめろ、危ない!!」

「好き好き好き~!! 大好き!! オルタナ、僕の一番好きな人!! 愛してる~~~!!」


包丁持ってるのに急に抱きつくな!! なんて訴えても何のその。ぎゅうぎゅう抱きしめられて苦しい位の抱擁に早々に引き離す事を諦めた。……私もそれほど嫌じゃないし。


わちゃわちゃしながらヨアキム要望のポテトグラタンが完成。他にもイチゴのタルトも用意した。これもヨアキムの好物だ。


上がって来たヨアキムの顔が喜色満面。椅子に座ると早く食べたい! と言わんばかりにうずうずしている。とても可愛い。あまり待たせると可哀想だからエリスと共に席に座って食事を開始する。勢いよく口に頬張りあまりの熱さに涙目になったヨアキムだけど水で流し込んだ。


「美味しいです!!」

「良かった。でも、熱いから気を付けなさい」

「はい!」


そうして今度はフーフーと息を吹きかけて冷ましてから口に入れると、それは幸せそうな表情を見せた。


「美味しい!! オルタナ、コレすっごく美味しい!!」

「ヨカッタネ」


食べなくても生きていけるが故に、食に対してそれほど興味なかったエリスが初めて自分が作ったグラタンを食べてその美味しさに気づいたらしい。ヨアキムと同じく熱さと格闘しながら休むことなく口に運んでいき、あっという間に完食してしまった。

ヨアキムもほぼ同時に食べ終わり、満足そう。恍惚とし、余韻に浸っているところにイチゴのタルトを出すと顔を両手で覆い絞り出すような声で「んん~っ」と唸り始めた。


「食べていい!? ねぇねぇ、コレ僕も食べていいんだよね!?」

「切り分けるからちょっと待って。お茶の用意もしよう」

「覚えたい! 淹れ方教えて!」


向上心があるのは良い事だ。因みにヨアキムは台所に出禁であるので大人しく座っている。まだかな、まだかな? とそわそわするヨアキムは目の前のタルトに釘付け。多分、エリスがいる事にも気づいてない。


紅茶を用意し、タルトを美味しそうに頬張るヨアキムとエリス。頬に手を添えて恍惚顔を浮かべる二人を見比べるが本当に幸せそうな顔をしている。ワンホールを二人で完食して最後に紅茶で一息。そこで漸くヨアキムが気づいた。


「……? 誰だ」


心底不思議そうに首を傾げるヨアキムはじわりじわりと席から離れ、私の傍に回って来た。成人男性三十代程の体躯がゆるゆると縮み、出会った当初の五歳位の年齢にまで後退していくとエリスを警戒しながら私の膝の上に乗って来た。向き合う形で抱きついて来てエリスを不審者を見るような目で見つめている。


「んふふ、ガキ。そこからどけ」

「だれだ、おまえは」

「どけろって言ってる」

「……おるたなさま、いじめてくる……」

「コイツ……! オルタナに泣きつくつもりか!!」

「エリスやめろ。ヨアキム、コイツは悪魔のエリス。私に力を貸してくれた悪魔だ」


身体が小さくなると精神年齢も肉体年齢に引っ張られるのか、ヨアキムは本当に五歳児のようだ。私の胸に顔を埋め、服を握り離れようとしない。そんな仕草が可愛くて、ついつい甘やかしてしまうのだが、それがエリスには面白くないのか膨れっ面をしている。


深淵に辿り着いた事で寿命というものに縛られる事がなくなり、肉体年齢は辿り着いた時を最後に老化が止まる。ヨアキムが辿り着いたのは八十を過ぎた頃だった。それから大体四百年。いい大人を通り越した年寄りが体だけ小さくなって甘えてくると考えると、やはりこれは問題ありか……?


「おるたなさま……。あいつのほうが、ぼくよりすき……?」


キューン♡


「ヨアキムが大事だよ……!」

「オルタナ!? 嘘だよね!? このクソガキ、わざとなのはわかってんだよ! さっさと離れろ!!」

「おるたなさま~~~!! うわーんっ!」

「エリス、落ち着けって。ヨアキム、怖かったね。もう大丈夫だよ」

「えへへ、おるたなさまだいすき」

「んのっ! クソガキがっ!!」


しばらく他愛無い会話をしてエリスが席を立つ。……そういう気遣いが意外と出来るんだよなぁ。


「……あいつをどうするの?」


あいつ。それが誰であるのか、誰を指しているのかなんて分かりきった事。心配してくれる優しい子だね。


「どうもしないわ。……もう終わった事だもの」


そう、もう終わった。千年前に、全て。

私の手で終わらせたの。だからもう、欲しがったりなんかしない。そう決めたんだから。


そう決めたのに身体が震える。後悔していない筈なのに何かに圧し潰されそう。心臓を握られたような気持になって知らない内にヨアキムの小さな体を抱きしめた。


「ねぇさまのすきにしていいんだよ。ぼくたちにえんりょすることなんてないからね。……もう、ねぇさまのしあわせをつかんでもいいんだよ」

「……っ、だめだよ」


ヨアキム、いやナイジェル・シャーウッド。千年前の私、クレア・シャーウッドの弟はまっすぐにオルタナ()を見つめてそう言った。その言葉に意味も解らず涙が込み上げてきて隠すようにして小さなナイジェルの肩に顔を押し付け、顔を見られないようにした。

泣きそうな事を知っているのかナイジェルの小さな手が私の頭を優しく撫でる。そんな事したらもうっ、あっという間に涙腺が決壊しちゃったじゃないか。


「私はオルタナ! もうクレア・シャーウッドじゃない。クレアは千年前に死んだっ! 彼女の人生は終わった、終わってしまった……! そしてオルタナ()は大罪を犯した魔女!! もう今更、人並の幸せなど手にしてはいけないんだよっ……!」


忘れるな。

私は魔女、大魔女オルタナ。復讐の力を欲して悪魔と契約し、何万もの命を奪った大罪人。

千年以上を生きた化け物が今更


「幸せになる資格などない……! なのにっ」


どうして出会ってしまったの? またあなたに出会ってしまったの?

あの時燃やして灰にしたのに、どうして?


会話らしい会話なんてしていないのに。交流なんてほとんどしてこなかったのに。私なんかよりあの子()との方が楽しそうだったのに。だから知らないフリをしていたのに……!


「しらないふりしてもこころはしょうじきだよ。ねぇさまはずっと、ジェラルド王子のことがすきだったでしょ」

「……好きだったのはクレア。私じゃない」

「だったらこのりょういきにやってきたじてんでころしてるよ。そうしなかったのは、ねぇさまのいしだよ」

「……」


酷いよ、ヨアキム。私の事知ってるくせに、だからこそ今日ここに来たんでしょう?

私は私の幸せを願ったらダメなんだよ。だって私は罪もない大勢の人の命を奪ったの。未来ある多くの人を私が消し去ったのよ。


そんな私が幸せになどなってはいけないの。今ですら十分幸せを享受してしまっているのに。


「じゃあ、ジェラルドは?」

「……」

「ジェラルドの幸せはどうなります。アイツは僕から姉様を奪った憎い男ですが、あの女が現れるまでのアイツの気持ちは本物だった。そして魅了が解けた今、他の女性に現を抜かすとは思えません。むしろ記憶がある分、アイツも幸せになろうとは考えていない筈。強いて言うなら、姉様にしか幸せには出来ません」


いつの間にか成人を果たした姿に変わったヨアキム。あの当時の年齢は六歳。大人になる前に死んでしまったナイジェルはヨアキムとして生まれ変わり、成人を迎え、そして深淵に辿り着いたことで永遠となった。嬉しく思う反面、悲しくもある。


「人間の寿命などあっという間です。明日どうなるのかもわからない。なら、アイツの短い人生の間だけアイツに付き合ってやってもいいのでは?」

「……ダメだよ」

「ならジェラルドは永遠に、次に生まれ変わってもずっとあの時代に取り残されたままですね。僕は良いですけど。繰り返し何度も何度も転生しても幸せになれない人生、アイツにはお似合いでもありますし」

「……っ」


幸せになれない? どうして、何で? どうしてあの人は幸せになれないの?


「アイツの幸せには姉様が必要不可欠。多分、思い出さなくても姉様に出会わなくてもアイツは心底幸せな人生を送る事は出来なかったはずだ。誰かと一緒になってもね」


ヨアキムが私の両頬に手を添え、目を合わせる。


「姉様。僕は姉様の幸せが一番だよ。どうなっても、僕だけはずっと一緒にいるから」


私は、私は―――……。




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