18.ジェラルド2
聖女が現れた。
きっかけは聖女ミリアの友達が瀕死の事故に巻き込まれた事で聖なる力が開花。光に包まれた友達は死の淵から見事生還した、と報告が上がり教会が確認したところ確かに聖女であると認定されたのだ。
私は嫌な予感がした。
過去の、前世の自分の過ちを再び繰り返すのではないか、ただ漠然とその不安が襲い眠ることが出来なくなった。目と閉じれば苦しみながらも憎しみの炎を宿すクレアの瞳を、その最期を思い出す。そして決まって最後は私が彼女に殺されるというものだった。彼女の頬には涙が伝い、それを拭おうと手を伸ばしたがいつも届かず私は崩れ落ちるのだ。無表情で涙を流すクレアはその身を炎で焼かれて行く。そして私の体は彼女から遠ざかっていく。手を伸ばそうと、声をあげようと、彼女との距離は離れていくばかり。
『嘘つき』
気づけば汗をびっしょりかき、飛び起きた。前世の記憶を取り戻して以来うなされ飛び起きる事はあってもこんなにもリアルな夢を見た事は無かった。前世のジェラルドが今のジェラルドに何かを伝えようとしているのか……。
「陛下よりサンドラとの婚約を解消し聖女ミリアと婚約を結べと命令された」
学園にある王族専用サロンに生徒会メンバーが集められ、そこで王太子殿下から訊かされた婚約者交代話。いつも堅苦しい雰囲気を纏わせる殿下だがその日は更に険しい表情をしていたのを覚えている。ただならぬ雰囲気に緊張していた私を含む生徒会メンバーは殿下の言葉に息を呑んだ。
婚約者決定当初、殿下はなぜブライアーズ公爵令嬢を選んだのか謎だった。それはどう見てもブライアーズ公爵令嬢を避け、冷たい態度を取っているとしか見えなかったからだ。彼女も殿下が自分を嫌い、政略として仕方なく婚約したのだと思っている様子だ。とても良好な関係とは言い難い雰囲気が二人の間には流れていたのだ。
しかし年齢を重ね殿下の性格や考え方が解っていく内に殿下なりに彼女を愛している事に気づいた。気遣いが誤解される途轍もなく不器用な人間だったのだが、それは二人の様子を傍目から見ている私達が数年かけてわかった事。当人である公爵令嬢には伝わっていない様子だった。
だからか陛下は公爵家との婚約を白紙撤回させ、新たに聖女を迎えよと命じられたそうだ。公爵家には悪いようにはしない、令嬢にも新たな婚約者を王家が責任を持って見つけると言って。
殿下はこの話を即座に拒否したがこれまでの態度と過去に数回、公爵家側から白紙を求められた事もあって陛下は良い機会だとご判断されたのだろう。公爵令嬢の今後も王家が責任を持つと言っているのだから陛下も決して相手を軽んじている訳ではないという事が窺える。
完全に殿下の自業自得だ。
今更恥ずかしくて直視できず、言葉も出なかったんだ、本当は心から愛している! そう言っても誰も信じないだろう。もし誰かが信じたとしても公爵令嬢本人が信じられないのなら何の意味もない。そして彼女はこれまでの殿下の態度に疲れ切っている。手放すことが彼女の幸せに繋がるのではないだろうか、そう仲間内で心が一致していた。
だがそこで殿下の口から更に驚く言葉を訊く事になる。
「聖女ミリアがまるで別人のように変わってしまった。今までのように治療院での奉仕もなくなり依頼があっても高額な報酬を積める貴族しか相手にしなくなった。……何かおかしいと思わないか?」
確かに。学園に編入するまでの聖女ミリアは私が知る聖女とは真逆の存在で、貧しい平民を中心に手を差し伸べ見返りを求めないまさに〝聖女〟だったのだ。自ら汚れる事を恐れず出来る事を出来るからという理由で動ける、貴族の心得ノブレスオブリージュを体現したような女性。関わらずにいようといてもその存在は社交界でも噂になる程。彼女の話で持ちきりだった。
そんな彼女が選り好みをしだしたと訊いて私は確信した。嫌な予感はこれの事だったのだと。再びあの悲劇が起きようとしているのだと!
殿下は何とか学園在学中までは婚約を維持し、聖女ミリアとの婚約は学園在学中の行動を見て再度考慮するべきだと訴えた。陛下はこれに難色を示したが、聖女は平民の孤児院出身という事を持ち出し学園という環境にもまだ慣れてもいない頃に王族が求めるマナーなど到底こなせるはずがない、下手をすれば社交界から除け者にされ聖なる力を発揮できなくなる可能性もある。そうなれば被害を被るのは王家だけでなく国民にも影響が出て求心力が下がる事に繋がる、そう懸命に訴え即座の婚約白紙はないが代わりに在学中は聖女をサポートし他の生徒からのやっかみから守れと厳命されたのだった。
殿下や私が卒業するまでの一年を聖女ミリアと共に過ごさねばならなくなった。これは事実上の婚約者交代を示唆するものだ。だが、拒否をしてしまえば殿下の望みも空しく即座に婚約は白紙撤回され同時に聖女との婚約が結ばれる。
「サンドラの婚約者にお前の名前も挙がった……。何も知らない男よりはましだが、側近のお前にサンドラを奪われるなど耐えられないっ! そうなったらお前の婚約者も別の男の元に嫁がされる。王家の命令だ、逆らえないぞ」
「私は何をしたら? どうすればいい、汚れ役でも何でもやる。クレアとの婚約をなかった事になどさせる訳にはいかない!!」
気づいたら『何でもやる』など言ってしまっていた。普段の冷静さはどこに行ったのか、後から仲間達からは『あんなに必死なジェラルド、初めて見た』など言われしばらく揶揄られる事となったがクレアとの未来を守る為なら耐えられた。
それからは殿下と共に聖女ミリアを取り囲む生活が始まった。
関われば関わる程かつての聖女レイチェルと重なり、込み上げる吐き気を抑えるのに必死になった。常に無表情で怖いと定評のある私だが、殿下の命でミリアの前では薄っすら微笑むように表情筋を固定した。クレアを見かけた時の私の顔を殿下は知っていたようだ。彼女自身にすらまだ微笑みを向ける事も出来ていないというのに、様々な男に色目を使い体をなすりつけてくるこの気持ち悪い女に微笑めと命じられた時はいっそ侯爵家の力で闇に葬ってやろうかとも考えた。
しかし、既に王家から影が付けられ下手な動きは出来ない。この聖女の様子で王家に嫁ぐには不適格とされれば良いのだが、聖女の力を欲する人間の欲望は恐ろしい事を知っている。現在の陛下がどこまで理性的でいてくれるか分からない以上、この女の正体と目的を突き止め確実な何かを掴まない限り私とクレアの未来はない。
眠れない夜は続くしミリアの馴れ馴れしい態度と媚びた甘い声が気持ち悪い。交流会ではアビゲイルが乱入しクレアと全く関係を築けない。百歩譲って関係を築けないままでも彼女を伯爵家から合法的に出し自由にする事が出来ればそれでいい。白い結婚でもいいんだ。彼女が今後、笑ってくれさえすれば……。
そうした日々が続きそして運命の日がやって来た。
いつものように公爵令嬢と共に帰るクレアの後ろ姿を活力に生徒会の仕事を終わらせようと見守っていると物凄い勢いでミリアが公爵令嬢にタックルをかました。あまりに突然な事に公爵令嬢の細い体は踏ん張る事が出来ずに倒れていく。ただ床に倒れ込むのならまだいい。
階段の一番上の段から公爵令嬢の体は離れて行った。
「サンドラ様!!」
咄嗟の事にクレアは自分の立ち位置と公爵令嬢の立ち位置を入れ替えた。そうなれば公爵令嬢はタックルし床に蹲るミリアの隣に立つことになる。なら、クレアは?
「―――クレア!!」
張り上げた声が勝手に出た。しかしその時にはクレアの体は下の踊り場に打ち付けられていた。
周囲も異変に気付き集まってくる中、ミリアだけは泣きながら何かを訴えている。私はそんな事に構わず縋るミリアの腕を払い、クレアの元に駆けつける。
ぐったりとして気を失っているが、息はある。
頭を打ったのではないか? もしこのまま目覚めなかったら? もしクレアがいなくなったら?
「―――ッ」
そんな最悪な未来を想像し身震いした。そんな未来にはさせないと恥を忍んでミリアに治療を乞うた。しかし、それは叶えられなかった。
「何で? なんでそんな女の治療をしなきゃなんないの? 私が突き落とされそうになったのに、自業自得なのに助けなくちゃいけないの? 私、殺されかけたのよ?」
まさかの言葉に唖然とした。
殺されかけただと? お前が殺そうとしたんだろうが!
「ミリア嬢!! 何を言っているの!? あなたが私を階段から突き落とそうとしたのでしょう! そしてクレアが咄嗟に魔法で私との立ち位置を変えたから、クレアがこんな事に……! どの口が言うのですか!!」
「嘘よ! 私そんなの知らない!! いい加減な事を言ってないで罪を認めて下さい!」
その時になってようやく殿下達が騒ぎを聞き付けやって来た。
「助けてマックス! サンドラ様が取り巻きを使って私を階段から突き落とそうとしたの! 私、私っ……! こ、怖かった……!」
「嘘を並び立てるのはおやめなさい!」
「きゃっ!?」
「サンドラ、よせ。冷静になれ」
ミリアの言葉のみを訊いただけの殿下達はクレアがミリアを殺しかけたと誤解している様子だったが私の本気の睨みを見て何かあると解って貰えた。目配せをしてミリアを生徒会室へ、私はクレアについて保健室に向かった。王家から付けられている公爵令嬢の護衛がクレアを抱き上げた事に声を上げそうになったが、今は一刻も早く治療せねばならない……! 保健室について調べて貰うと脳震盪を起こしているだけで大事には至っていない。ただ全身を打ち付けているのでしばらく安静にするようにとの事だった。ほっと息をつき、クレアが目覚めるまで傍にいたかったが名残惜しくも公爵令嬢にクレアを頼み生徒会室に向かう。
そこには泣きながら殺されかけたと訴えるミリアとミリアに心酔している男子生徒達がクレアを殺人未遂で騎士団に突き出すべきだと訴えている。他のメンバーは状況を見ていない事もあり、事実確認の為周囲から情報を集めているようだが目撃情報に偏りが見られた為、信ぴょう性に欠けるとされていた。
今すぐにでも泣き真似をするこの女を殴りつけてやりたい……! そんな衝動を我慢し、大きく深呼吸を繰り返す。あの時の目撃者は私も含まれる。クレアがミリアを殺そうとしたという事を否定したが私がクレアの婚約者という事もあり、庇っている主張された。当のミリアが自分を突き飛ばしたのはクレアでそれを命じたのは公爵令嬢だと妄言を吐き、信者共は公爵令嬢も訴えるべきだと主張。クレアを捕まえろ、罪人め、恥を知れ! そう喚く内にクレアが登場し、後は皆が知るような事態となった。
大魔女オルタナ。
前世の私が死んだあと、魔法と言う新たな概念を生み出した始まり魔女。
そしてレナード王国を含む四か国を滅ぼした〝災禍の魔女〟
その正体は千年前にジェラルドが処刑したクレア・シャーウッド公爵令嬢だった。
千年もの間、彼女は生き続けていた……。
あの時のままの記憶を持ち、一人彼女は生きてきたのか……!
彼女を裏切り、死を命じた私を殺したあと彼女はどんな思いで生きてきたのだっ。どんな思いで私と婚約していたのかっ。どんな思いで、私を見ていたのかっ!!
千年前と変わらず私は後悔し、絶望したのだった……。




