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17.ジェラルド

前世の記憶を思い出したのはいつだったか。幼い頃、物心がついた頃にはすでに思い出していたように思う。思い出していたとは言え、体の年齢に引っ張られて現実なのか夢なのか分からず、子供の頃は泣いてばかりだった。


ウィルモット侯爵家の嫡男として生まれたというのにこんなにも泣いてばかりとは、とよく父が母に苦言を呈しそれに対して母は「申し訳ございません……」と俯き謝るばかりだった。威圧的な父に母はただ従うだけで口答えをする姿など見た事がなかった。


あまり体の強くない母がやっとの思いで生んだのがこの私、ジェラルド・ウィルモットなのだが父は泣いてばかりいる私に侯爵家を継ぐのは無理だと判断したのか、五歳の頃には愛人を作り家に帰ってくることが少なくなっていた。その頃になってようやくこの悲しい夢か現実か分からない記憶が、前世の自分自身の記憶だと理解できるようになっていた。だけどその頃には父と母の関係は破綻しており、七歳の時に離婚。二歳になる異母弟と継母がやって来た。


私は母と共に母の実家に行くのかと思いきや、一応は嫡男でこの頃には落ち着き優秀だという事がわかったらしく捨てるのが惜しくなったようで連れていく事を父は許さなかった。そのことで継母は私を敵と認識したようで、何事でも弟を優先するように使用人達に厳命。私の居場所は何処にもなかった。


だけどそんな事で悲しむなんて許されない。私は彼女を追い込み、孤独の中処刑を命じたのだから。


居場所がなくとも私が現状、侯爵家の嫡男という事は事実でその縁で王太子殿下の友人を決める茶会に招待された。弟はまだ二歳であるというのに連れていけ、お前が殿下の友人に弟を推せなど愚かな事を喚く継母を無視して向かった茶会。年齢と家格で私は友人候補となった。それと同時に殿下は婚約者をお決めになられたのだが、随分そっけない態度を取っていたのにどうして彼女を選んだのか疑問だった。


時は経ち学園に入学して一年後、運命というものを知る。


(クレアッ!!)


図書室で少し調べものをしようと立ち寄った時に見つけた、私の最愛の女性。その時これまでにないくらいハッキリとした記憶が頭に濁流のように押し寄せた。あまりの出来事に頭が割れるようだったが、何とか踏みとどまり最愛の女性に目が離せなかった。


目の前にいるのは間違いなく、前世の婚約者で私が死に追いやったクレア・シャーウッドだ。千年前、私が馬鹿だったばかりに一家全員を処刑させ、私を恨み呪いながら死んでいき復讐する為に蘇ったあのクレアに間違いない。私が見間違うはずがない、彼女は間違いなくクレアだ!


もし再び会えることがあるのなら謝罪したいと何度も思っていたのにいざとなったら何も言えない。今は別人として生きている彼女に「前世ではすまなかった」など言えば頭がおかしい奴認定間違いなしだ。それはダメだ! 出来ればもっと近くで彼女を見守りたい……!


気づけば彼女の家に婚約を取り付けていた。


今の彼女の名前はクレア・ヘインズ。ヘインズ伯爵家の長女で嫡男はおらず、代わりに異母妹と継母が彼女の母親が亡くなった後やって来たそうだ。彼女と家族の仲は良くなく、タウンハウスから出て寮生活を満喫している。友人は多い方ではないが王太子殿下の婚約者であるサンドラ・ブライアーズ公爵令嬢とは家格が違えど、仲良くしているようだ。


成績は常に上位五位以内に入っている。魔力は少ないがそのコントロールは精密で、量が少ない分過不足なく術の展開に使用する事で魔法実技でも上位に食い込んでいる。それもこれも彼女の努力の賜物だ。授業が終わった後、魔法実技の個人練習を欠かしたことは無い。勉強だって毎日実技練習を終えた後は寮でもしっかり予習復習を行っているし、時間を見つけては図書館で知識を詰め込んでいる。


前世から変わらず彼女は勉強熱心で探求心が強かった。その事に気づいて自然と口角が上がる。にやけた顔など初めて見たと揶揄う王太子殿下と他の友人達は驚いていたが私だって笑う事くらいある。まったく、失礼な奴らだ。


家では相変わらず継母が全て牛耳っていると思い込んでいるようだが、この数年で水面下では大きく変わっていた。宰相の任に就いている父は外に愛人を作ったというのに、出来た子供が私よりも能力が劣ると判断し結局は私を後継ぎとして定めた。弟は政治や領地に興味はなく、芸術分野に興味があるようでその才能を開花させつつある。私としては父と継母の思惑に左右される人生ではなく、苦労はあれども自由に生きる方が弟には向いていると思っている。継母はまだ弟が後継ぎだと信じているようだが、それは喚かれると五月蝿いと言って父が丸め込んでいるだけに過ぎない。弟は私が後継ぎになる事に不満はないようだし、父は後継ぎにさせられない事への詫びとして支援を約束している。


私が十七歳で成人を迎えたら正式に後継ぎとして父から仕事を学ぶ事になった。なので水面下では既に継母は終わっている。成人を迎えたその日には領地の端の別荘に送られる事は決定し、弟は名のある画家の弟子となる。貴族生活しかしてこなかった弟には辛いかもしれないが、それも楽しみだと笑う彼なら大丈夫だろう。


私は父から部下を借りてヘインズ伯爵家の内情を探らせた。そして出てきたのは彼女への不当な対応。


放っておけるはずがなかった。気づけば父に頼んで婚約を取り付けていた。父はもっと両家の令嬢をと言ってきたがそれなら私がヘインズ伯爵家の婿養子になると言えば怒り出した。何か喚いていたが元から私では継がせるには心許ないという事で弟を作ったんだ。何なら今からまた子供でも作るなり親戚から養子をとるなりすればいいのだ。逆にヘインズ伯爵家には男児がおらず、クレアが婿養子を取る事になっている。あちらの家でも継母は自分の娘に婿養子を取らせてクレアを追い出したいと考えているようだが、彼女を追い出すなんて私が許す筈がない。私が婿養子に入り継母と異母妹を追い出してやる、そう決めた。


私の無言の決意が伝わったのか、婿には入らず我が家にクレアを迎えるように進めてくれた。伯爵からはクレアは後継ぎだと遠回しに断られたがゴリ押しして婚約を取り付ける事に成功。私がクレアを妻に迎えれば爵位はうちの方が高いし、家を合法的に出ることが出来る。あんな家族達の中でクレアが暮らす事なんてないんだ。


家族想いの優しいクレアに、あの家族は毒でしかない。調べさせた所、実母が生きている間も家族らしい関係は築けなかったという報告を受けた。今世では家族に恵まれなかったクレアを私が幸せにする。そう決めた。


なのに。

いざ彼女を前にすると何も言えなかった。


緊張して喉はカラカラ。紅茶を飲んでも味なんてわからない。心臓がバクバクと音を奏で、それが彼女に伝わっているんじゃないかとハラハラした。


大事な顔合わせに、私は見事に撃沈した。


クレアは何度か話しかけてくれたが何と答えたのか全く記憶にない。緊張で茶器を持つ手が震えないように注意を払いすぎて大事な会話を怠ってしまったのだ。


最後の方には沈黙が続き、時間がきてお開きとなった。

父はクレアを気に入った。しかし私はクレアに嫌われてしまった……。いや、元から好かれるなんて烏滸がましい。私は彼女に嫌われて当然な人間なのだから。


何度か交流を重ねている内にクレアの異母妹であるアビゲイルが乱入し始めた。婚約者の妹という事もあり、家族として仲良くしましょうというアビゲイルはもっともらしい事をいう割に姉であるクレアを馬鹿にしたような嫌な顔を見せた。私が気づいていないと思ったのか知らないが、ここでそんな顔を見せるなんてまだまだ子供だなと思った。


この女が私に気があるのか、クレアから婚約者を奪いたいだけなのかは知らないが私がこの女を選ぶなんて事はあり得ない。席を立ち帰って行くクレアの後ろ姿が見えなくなった頃、アビゲイルにお前を選ぶ事は無いから婚約者との交流会に邪魔しに来るなと告げた。学園では冷徹と言われる私だが、この時ばかりはその名に恥じぬほど冷徹に見えた事だろう。

彼女付きの侍女は真っ青に青褪め、ガタガタと震えたがそんな事よりこの女だ。いつもいつも邪魔して……! 貴重なクレアとの時間を壊す邪魔者め!


『お姉様に騙されておりますのね! お姉様は私をいつもお叱りになるの、私の事が邪魔なんですっ! 私はお姉様と仲良くなりたいのに……!』


と、白々しいセリフは吐く彼女の目は涙で濡れている。良くもまぁ、自分の作り話で泣けるものだ。

再度私がお前を選ぶことは絶対にないと念押しをして伯爵家を出た。馬車に乗り込む前、クレアの部屋の方角を見ると、彼女と目が合った気がした。


アビゲイルに釘を刺した後、伯爵家から婚約者の変更を打診された。やはりクレアはヘインズ伯爵家の後継ぎとして婿を迎える事が最良の選択であると。そして家の繋がりを切らずに妹アビゲイルを我がウィルモット侯爵家に嫁がせると。

これに抗議したのは父だった。


『クレア嬢が嫁に来ないのであればヘインズ伯爵家に用はない』


そうバッサリ切った。それでも食い下がったらしいが家格が違う事を忘れているのか、父が温厚な人間であると思っているのかヘインズ伯爵は父の神経を刺激したそうだ。家から打診したものであるが故に、多少の我儘は罷り通ると思っていたのか。


『貴様の下の娘が我が家の姓を名乗る事は一生ない! 我が息子が貴様の家に入る事もな! 出来の悪い娘を迎えて没落させられたら我が先祖に顔向けも出来ん! 姉の婚約者に色目を使う愚かな妹に大事な息子をやれるか! この婚約話、なかった事にさせてもらう!!』


親父ィィィ!!!


胸を張ってそう言い切った父の顔をグーで殴ったのは仕方がなかった。

その後、ヘインズ伯爵家から謝罪をされどうにかクレアとの婚約も白紙にされずに済んだ。


妹の方は父親からこっぴどく叱られたのか、その後しばらく姿を見せる事は無かった。だが数か月すれば元通り交流会に乱入し、クレアが退席しお開きという一連の流れが定着してしまう。最速ではお茶会開始五分で終了した事もあった。

アビゲイルや伯爵に抗議しても治まらなかった。伯爵夫人が手引きしている事は丸わかりなのに、伯爵は何も手を打たない。アビゲイルにやめろというだけで、部屋に閉じ込める事も出来ない。


侯爵家で交流しようと提案すればクレア自身に断られる。侯爵夫人となる為の勉強もあると言って何とかうちに連れて来ても『侯爵夫人が夫人として機能していない家で私は何を学べと?』そう言われてしまうと二の句が継げなかった。女主人としての役割はその家の女主人に学ぶものだが、我が家の女主人は何も任されていない。愛人上がりという事もあり、父は必要以上に継母に権限を与えなかったのだ。技量がないというのも理由だろう。

領地や我が家の歴史など学ぶ事はあるが、それは父の元で働く領地管理人や家令がいればクレアが学ぶものはそれほど多くなく、数回の訪問で終えてしまった。彼女の優秀さがこの時ばかりは憎いと思ってしまった。


その後も伯爵家での交流会を続ける事三年。聖女が現れた。

関わらないと決めた私だが王太子殿下の計画によって大きく関わりを持つ事になる。そしてその事が学園でのクレアの階段転落に繋がるなど、この時は思ってもいなかった。

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