16.お茶会の終わり
「う゛ーっ! う゛ーーーっ!!!」
「やかましい」
バコッ!!
舌が無いからしゃべれないのにも関わらず猿轡を嵌めるミリアは何かを訴えるように喚きだした。かつては美しく手入れされていたピンクの髪は無残にもざっくばらんに切られパサパサでガサガサ。一応ここに来る前に水浴びさせられ、大きな汚れはないが全体的に薄汚い。
セレストによるとこのクソ女のいた世界での攻略対象、チェスター・プライムはアンヴィル教の司教の息子で聖女ミリアとは同じ年という事から聖女の身辺警護と補佐を兼ねて教会から遣わされた編入生だそうだ。敬虔なアンヴィル教徒でありながら父親の不正や上層部の腐敗に気づいても告発出来ない臆病な自分自身を嫌い、罰を与えるかのように厳しい修行を自ら課すのだが、あまりに厳しい様子を見かねたミリアが彼を気にかけ無理をしないように見張るように修行に付き合っていく内に距離が縮まっていく。
ミリアは己の持つ〝癒しの力〟をもっと高める事が出来ればもっと多くの人達を助ける事が出来ると言って共に修行に明け暮れていくのだが、ひょんなことから教会上層部やチェスターの父親の不正を知ってしまう。ずっと言い出せなかった臆病なチェスターはミリアとの修行を経て心も大きく成長させ、教会の不正を暴露する事を決意。ミリアと共に教会を一掃した事で貧しい平民でも皆治療を受ける事が出来る世界となり、チェスターは教会の不正を暴いた正義の人として民からの信頼を得た。そんなチェスターとミリアは晴れて結ばれましたとさ。
因みにこのルートでの悪役令嬢はミリアが現れるまではまるで聖女のようだと囁かれていたチェスターの婚約者だ。これまで持て囃されていたいたのが一変し、ミリアを祀り上げ更にはチェスターと共に厳しい修行を行うミリアが疎ましかったというのが理由でミリアを騙し極寒の湖に沈めようとしたのだが、チェスターの活躍により自分が湖に転落し命を落とすというものだ。悪役令嬢という役柄を与えられた人間は悲惨な最期を迎える事が必須のようである。最も悲惨な死を迎えるのはこの令嬢だ。ミリアを助けようと止めに入ったチェスターによって自分が極寒の湖に沈み、湖に棲む水生魔物に生きながら食される。すちる? とやらには抱き合う二人を引いたアングルで写しているのだが、湖の一部が赤く染まっているという死んだ人間丸無視かよ! とツッコみたくなるエンディングである。
バコッと殴った後でも尚も喚くクソは、どうもチェスターとやらに希望を見出しているようだ。こんな扱いを受ける謂われはないとばかりに睨み付けてくるのだが……。はて、チェスターが未だに遊戯の中のチェスターのままだと思っているのか?
「どうやらミリアを愛するあまり悪魔を召喚するのはバッドエンドではあるものの、コレが生き残る可能性があると考えているようです。……おめでたい事」
「う゛ー!!」
「笑っちゃうわ~。助けてくれるならオルタナ様に連れ攫われる前に助けるはずよね~?」
「!!」
「そのエリス、という悪魔が既に憑依していたとすればオルタナ様の邪魔をするような事はしないでしょう」
「うむ。オルタナ様にべた惚れのようじゃしのう。邪魔する理由はなかろうて」
「……っ」
魔女達からの否定的な言葉に希望が折られたクソは項垂れた。希望を見てからの絶望はさぞ辛いだろう。知らんけど。
それより愛するミリアを愛するあまり悪魔召喚を行うというルートのチェスターはこの女が本当にミリアだと思っていたのだろうか。
本物の聖女ミリアは力に目覚めた後は教会で力の使い方を学び治療院でひたすら力を使い人々を救ってきたという。金のある人間を優先する事は無く、命の危険が高い者から優先に救っていく姿に誰もが〝聖女〟と口にしたのだ。
そんな姿を知っているであろうチェスターなら、クソと魂が入れ替わった事に気づいたのではないだろうか。入れ替わったとはわからずとも人が変わったような振る舞いを行う聖女ミリアを、チェスターは受け入れる事が出来ただろうか? 愛しているなら尚更、元のミリアに戻ってほしいと願うのではないか。
「あったり―! チェスターは元のミリアに戻せと願ったんだよ、オ・ル・タ・ナ♡」
「「「!!」」」
「近い」
「んふっ♡ ごめーんね? ね、ね! 寂しかった? 寂しかったオルタナ!? 僕はめちゃくちゃ寂しかったよー!」
タイミングを読んでいたかチェスターに憑依したエリスが現れた。後ろから抱きついて来たエリスは忙しなく私の顔や首筋に口付け、頬擦りをしてくる。……やめろ。
「……エリス、チェスターの魂はもう喰ったのか?」
学園にいた頃は確かにあった。だけど今はそれを感じない。
コイツなら契約の間をぬって願いを叶える前に魂を頂く事くらいは出来るだろうが何故かそうじゃない気がする。
エリスは頬擦りを止めて更に一度ギューッと抱きしめると勝手に椅子を創り出しオルタナの隣に腰かけた。馴れ馴れしく腰を抱く姿に元婚約者殿が歯軋りをし、敵う筈もないのに睨み付ける。
そんな元婚約者殿の睨みなど微塵も気にしないエリスはニコニコしながら答えた。
「この体の持ち主の魂は本物の聖女の魂がいる世界に送ったよ。戻すのは難しいけど同じ世界に送るのはそう難しくはないからね。向こうでは自殺したての新鮮な死体があったんだ。それを器にして何の柵もなく聖女にアタックするらしいよ。いやー、男の執着心っていうのも怖いね!」
「お前が言うか?」
えへへ~と笑って誤魔化すエリスの脇腹を小突いてやると全くダメージが無いのか更に笑みを深めてくっついて来た。手を取られ口づけを落とされ頬にも口づけられたところで気づいた。
「……その体、取り込んだのか」
「その通り! もうこの体はいらないから貰ったんだ。これでずっと一緒だね、オルタナ♡」
そうして擬態を止め、本来のエリスの姿が笑われた。艶やかな黒髪は月夜のように輝き、妖しい光を放つ紅い瞳は人を惑わすように妖艶だ。人より長い牙と頭には羊のような角が生えているというのに、見慣れてしまったのか将又この男が持つ麗しさからなのか、恐怖はなくその美しさに魅了されてしまいそうだ。
もう千年もの付き合いなのにこうなのだから、他の者達はあっけなく魅了されてしまったのか口をポカンと開け、ただただエリスに見惚れている。
むむっ! ルシールがロックオンしたようだ。
「オルタナ様が仰っていた悪魔のエリス様ですのね! とっても素敵な方! 今日はこの後ご予定はありますの? 良かったら今晩どうです!?」
肉食女子ルシールは早速夜のお誘いか。流石『狂恋の魔女』ルシール。手が早い。
女の武器を余すことなく使い誘惑するルシールだが、エリスに通用するのだろうか。
「オルタナの知り合いの魔女だね。一度だけ言うよ。……目障りだ。今すぐこの地から去れ」
「「「―――ッ!!」」」
上級魔族の割と本気の殺意が放たれると鳥が、獣が、魔物が弾かれたように一斉に逃げ出した。
反論も言い訳もすることなくセレスト・ディアナ・フィオナ・ルシールが一礼して各自の領域に戻っていく。もしここで一言でも声をあげればその瞬間にエリスの手によって命を取られていた事だろう。
永遠の命を手にした我々魔女だが、肉体が再生不可能なまでに粉砕されるか魔力が底をつくかすれば命を維持出来ず死ぬことになる。そんな事になる事はほぼないからこそ永遠の命と言われていたのだが、この悪魔の前には絶対などない。
好きだの愛しているだのの言葉を贈ってくれるエリスだが、もし飽きれば私など紙屑のように燃やされるのだろうと思う。
「燃やさないよ!? オルタナは僕の特別だもん、絶対に捨てたりしないから!!」
「絶対はないんだよな~」
「絶対だよ、絶対!! 僕はずっとオルタナの傍にいるからね!!」
しつこい程傍にいると訴えるエリスを邪魔だな……なんて思いながら好きにさせるのは私自身がこの男を憎からず思っているという事の証左。
だからこそ、騙してまで魔界に留まらせた事が許せないのだ。
「嘘つき」
それはエリスに対してか、かつて愛した男に対してか。我ながら未練がましい。燃え尽きて灰になって消えたなんて言ってるけど本当は心の中でまだ燻っている。
『愛している』って言ってくれたのに。『好きだ』と言ってくれたのに。『彼女は恩人なだけで特別な人ではない』と言っていたのに。
全部、嘘だった。
「嘘じゃないよ? 信じられないならこれからもずっと傍にいてそれを証明し続ける。僕はずっと一緒にいられるしオルタナは僕を見張っていればいい。ずっと僕を見てくれるなんて、嬉しいなぁ!」
悪魔のくせにえらくポジティブだな!
……でも、おかげで沈みかけた気持ちも浮上した。きっとこれもこいつの計算なんだろう。
「見張るのは面倒。……視界に入るようにしていろよ」
「! うん! オルタナ、大好き」
チュッ
リップ音を響かせ頬に口づけるエリスはニコニコ笑顔。頬を薄っすら紅く染めて楽しそうなこの男に、不意にいたずらをしてみたくなった。
「!?」
ちゅっ
お返し、には控えめではあるけど頬への口づけを返した。因みにだけどこれが初めての口づけになる。
「オ、オルタナ! もっかい、もう一回! ね、ね!? お願い!」
「嫌でーす」
「そんな事言わずに! あ~、もっと堪能したかった! オルタナからの初めてのキス!!」
魔界にいた時も共に食事をとっていつの間にか一緒に寝るという事はあったけど私からキスをしたのは初めてだったなぁ。だからと言ってもう一回はしないけど。
尚もぎゃあぎゃあ騒ぐエリスをサクッと無視して残されたぺテリウスと元婚約者殿に視線を向ける。何やら随分驚いた様子のぺテリウスと絶望顔の元婚約者殿だが、さっさとお帰り願おうか。
「私はオルタナ様の執事としてお仕えしとうございます。寄る辺もない私を、どうか置いてはくれませんか?」
「私も、私もあなたと一緒にいたい! 雑用係でも何でもいい! 私もここに置いてほしい!」
言うと思った。二人ともここに来た時点でそのつもりだったろう。特にぺテリウス。負い目のある元婚約者殿はきつめに拒絶すれば帰るだろうけどこいつはそうもいかない。というか、こいつに関してはあまり強く言えないのは弟子可愛さが原因か。
「領域を出てすぐ近くにヨアキムの家があったろ。そこで暮らせ」
「師匠には断られました」
「魔界由来の植物を定期的に届けると言えば置いてくれるだろうよ」
「……それなら置いてくれるやもしれませんなぁ」
研究熱心な私の最後の弟子ヨアキム。人と関わる事よりも魔法のあらゆる分野の研究を優先する変わり者だがこの男のおかげで人々の生活が随分便利になった。人嫌いというか他人に興味がない上に生活能力も低い。弟子であったぺテリウスならそれも知っているだろうし、扱いには慣れている。
とりあえずヨアキムに二人を任せて領域から追い出す事に成功。残ったのはずっと傍にいると豪語するエリスと私だけになった。




