15.大悪魔エリス
悪魔エリス。魔王補佐官となったこの大悪魔は自由奔放で神出鬼没。自分の気分の趣くままに行動するこの悪魔は何より束縛される事を嫌う。実力は魔王以上と言われるこの男がその座を欲しがらないのは魔王という地位に縛られるからに他ならない。
そんな大悪魔が唯一執着し、囚われる事を望んでいるのが大魔女オルタナである。
千年前に己の魂と肉体を対価に復讐する力を欲したクレア・シャーウッドに手を貸したのが始まりだ。対価となるクレアの魂を欲し、自らの力を惜しむ事なく分け与え復讐を見守ったエリス。復讐が最終局面に達した頃にはエリスの方がクレアに囚われていた。
初めて何かに囚われるという感覚を知ったエリスはこれまでつまらなかった人生が一変。生の歓びを知る事となる。こんな気持ちにさせてくれたクレアに感謝し、喜んで取り込まれたエリスは魔女となりオルタナと名を改めたクレアを中からずっと見つめ続けた。
『大好きな人の美しい魂と生き様を一番近くで見つめる事が出来るなんて! なんて素晴らしい事なんだ!』
飽きる事なくずっとずっと、来る日も来る日も見つめ続けたエリス。
紆余曲折あり一時魔界に戻る事となったが大好きなオルタナと一緒にいられる事に気分はウキウキ。魔界では実体を持てるからオルタナに触れる事も出来る。四六時中くっついていたいけど、オルタナに嫌われるから我慢! 触れられない事にイライラしてしまった時は近場の魔族をシバいてストレス発散☆
『オルタナも魔王候補になったのは誤算だけど魔王になってくれたらめっちゃ頑張る! いっそ僕と二人だけの魔界にしてしまおうかなぁ♡』
誰にも邪魔されない二人だけの世界。あぁっ! とっても素敵じゃないか!
その理想を叶えるべくエリスは他の候補達を葬っていく。魔界の掟は〝強者こそが絶対〟だ。眠りにつく現魔王よりも強い存在こそが次期魔王に相応しい。そしてエリスの実力は他の候補達よりも抜きんでていた。
オルタナと共に生きる前のエリスは冷酷非道の大悪魔。悪魔の中の悪魔と呼ばれる程恐ろしい存在であった。この悪魔が自分よりも上と認める存在など魔王のみである。いくら上級魔族と呼ばれる存在であってもエリスは歯牙にもかけない。歯向かえば殺される。魔界の常識だった。
そんな男が唯一執着するものが魔女オルタナだ。たかが元人間の女のはずがエリスの力を分け与えられた事や多くの人間の命を吸収した事で上級魔族に匹敵するほどの力を得たオルタナは、エリスを邪魔に思う者からすればエリスに次いで厄介な存在であった。エリスやオルタナ自身は魔王の座に興味はなくとも、現魔王を含める多くの魔族達からすればこの二人の実力は魔界でも屈指の存在。
なのに実力を見誤った馬鹿はそんなオルタナを真っ先に狙う。それがエリスの逆鱗に触れるという事にも気づかずに。
『お前如きが僕のオルタナを消そうだって? 死んで出直して来るがいい。再び殺してやろう』
肉体の一片も残さず焼き払われた哀れな魔族は何が起こったのかわからないまま命を刈り取られた。そしてその様子を見ていた他の魔族達も、改めてエリスという悪魔がいかに危険な悪魔なのかを再確認したのだった。
『エリス、そろそろ帰る。お前はここにいてヒューの補佐を続けるといい』
『何で!? オルタナが帰るなら僕も帰る!!』
『〝帰る〟という表現はおかしいだろう? お前の故郷は魔界じゃないか』
『や~だ~!! 帰る!! オルタナと一緒にいるって決めたんだもん!!』
魔王に次ぐ実力を持つ大悪魔が聞き分けの無い子供のように駄々をこねている事に、太刀打ちできず配下となった魔族達が信じられない面持ちで二人の様子をこっそり窺っている。出来る限りオルタナの前に姿を現さず、息を殺して仕事を行う事こそが今の魔王城で生き残るための手段になっていた。
魔王の座はエリス、オルタナ共にやる気がなかった為にエリスのかつての部下であったヒューバートが就任。実力の上ではこの二人よりも劣るがその分事務能力に定評のある悪魔だった。本人は泣いて嫌がったが『泣くほど嬉しいなんて、君を選んだ甲斐があるよ!!』とエリスがオルタナからは見えない角度からヒューバートに即死級の魔法を展開させ、『ねぇ? お前も嬉しいよね』と笑ってない目で訊ねてきたら頷くしかなかった。首が捥げるかと思う程、激しく。
そして囁いたのだ。
『オルタナにここに残ってもらえるようにお前からも願え。何ならお前を今すぐ殺して再び選抜戦をやり直してもいいんだがな』
と。
憐れなヒューバートは断る事が出来ずに魔族としてのプライドも殴り捨て、元人間であるオルタナに嘆願した。それはもう長い悪魔の生で一番の命乞いを兼ねた土下座であった。華麗なる土下座を決めたヒューバートは魔界の伝説の魔王として後世に名を残すことになる。実に不名誉な事ではあるがあの時恥を捨てた事で生き永らえる事が出来たと思えば安物だと涙目で語ったという。
兎に角、懇願したおかげで魔界に留める事に成功したエリスは満足げに頷いた。
(ふふふ♡ あと百年もしたらオルタナの体は完全に魔界に馴染む。そうしたらもう人間界に戻る事は出来ない。人間界も良かったけどあのままじゃオルタナの中から見守る事しか出来なかったからね。仮初の体で活動する事は出来ても満足出来る筈がない。ちゃんとオルタナに触れたいし、オルタナには僕以外に触れられたくないんだよね)
魔女であるオルタナはエリスを取り込む事で悪魔の力を得た。それでも悪魔であって悪魔に非ず。人間であって人間に非ず。強いて言うなら『魔女族』という新たな種族だろうが、生粋の魔族からすれば弱小な人族の亜種だと下に見る者は多い。下に見ているが故に、気安くオルタナに話しかけ体に触れようとする。そんなクソはすぐに殺処分していったが美しいオルタナに見惚れる者は後を絶たなかった。特にエリスをよく思っていない者や享楽的な悪魔はオルタナに接触を図ってくる。幸いなのはオルタナ自身が物理的な接触という行為が苦手だという事だ。随分昔のトラウマが今も尚彼女を蝕み続けていたのだが、それが魔族達からエリスを守る事にも繋がっていた。
そして補佐として従事する事百年近く。魔界に戻ってそろそろ三百年といった頃、遂にその日がやって来た。
『いい加減帰る』
今すぐにでも帰ろうとするオルタナは一応魔王に告げて魔界の門までやって来た。後は門を潜るだけ、という所でエリスが満面の笑みを携えてやって来た。そして告げたのが既にオルタナの肉体が魔界に馴染んでしまっている為、人間界に戻れば環境に影響が出てしまう、というものだ。
それにキレたオルタナは選抜戦では見たこともない表情でエリスに向かって魔術を放つ。紛れもない、本気の一撃だった。流石にエリスも冗談を言っている場合ではないと気づいたが、本気のオルタナと一度交えて見たかったのも本当。チャンスとばかりにお互い本気で殺し合った。
だがそれも長くは続かない。魔王城を吹き飛ばし、周辺の街や村にまでその衝撃が及ぶ程の争いに怯えた魔族達が魔王に助けを求めたのだ。軍を率いて二人の争いを止めようとするも被害が拡大するばかり。魔王直々に争いの仲裁をする羽目になったのだが、一歩間違えば即死を免れない戦場に介入しなければならなくなったヒューバートは心の中で盛大に泣いた。
『止まってくださーーーいっ!!!』
魔王だというのに敬語のヒューバート。魔王の威厳などこの二人の前では何の意味もなさない事を知っている部下達はそれでも必死で止めようとする魔王の姿に感動し、魔王に対する尊敬が爆上がりしたのだった。
エリスとオルタナ。
初めて本気を出して戦う二人はこれまで感じた事のない高揚感を楽しんでいた。十手も二十手も先を読み繰り出される魔法や、極限まで高められた体術や剣術、持てる全てを出してお互いを殺しにかかる。戦いの中二人だけの世界にいられる事に言い知れようのない幸福を感じるエリス。そして戦いの高揚感とは別に怒りと悲しみ騙された事への憤り、屈辱感、最も感じるのはいつの間にか信用していたエリスへの裏切りに近い騙し討ちに対する悲しみがオルタナの心を支配していた。
悲しみの一撃を放ったオルタナに迎え撃つエリス。……の、間に割り込んで来た魔王。
『……と、止まった……?』
気づけば血だらけのヒューバートはそう言うと意識を失い、落下していく。慌てて部下達が受け止め、意識の無い魔王に対して尊敬の眼差しを向ける。中には『一生ついて行きます……!』と涙を流す者もいたという。
そうして冷静さを取り戻したオルタナは大きく溜息をついた後、魔王の元に向かい治療を行う。魔王の怪我は深刻で、しばらく真面に動く事は出来ないものだった。仕方なく仕事復帰出来るまでエリスと二人で仕事を回す事数年。
漸く復帰した魔王に改めて謝罪を行い、今度こそ魔界を出る。エリスは駄々をこねたものの承諾。肉体から魂を離脱させ人間界に戻った。残された肉体はヒューバートが保管してくれる事になっている。エリスが欲しがったがそこは拒否され、魔王城の地下深くに埋葬されることになった。
『僕も行く! 絶対行くから!!』
自分の肉体で人間界に赴く事は出来るには出来るがそう長くは続かない。基本的に召喚される事でしか人間界に留まれないのだ。
そんなエリスがどうやって人間界に渡り、更には学園に通う教会関係者に憑依していたのか。
『フフフッ! オルタナと送る学園生活! 楽しみ~♡』
悪魔召喚により呼び出された悪魔は契約者に代償を求める代わりに契約者の望みを叶える。つまり先ほどの通り召喚されたが故に人間界に留まっているという事だ。あまり信じたくはないが召喚したのは憑依していた司教の息子で間違いないだろう。何を望んだのかなど、聖女ミリアの取り巻きだった事から予想は出来る。何とも嘆かわしい事だ。
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苦虫を数十匹は噛んだような顔をするぺテリウス元教皇。今はもう教皇の地位を返上しオルタナの孫弟子として堂々と侍ろうとするナイスミドル風イケオジだが、一応は教会のトップであった事もあり関係者が悪魔召喚を行った事に対して思う所はあるようだ。と言っても実害は恐らく契約者の男だけだろう。召喚されたからと言って素直に願いを叶えるような悪魔ではないからだ。
「チェスター・プライムですね。狂信的な聖女崇拝者でしたが……まさか悪魔召喚を行うとは……」
聖女ミリアを崇拝するだけならまだよかった。しかし悪魔を呼び出してしまう程狂信者であったとは誰も思わなかったのだろう。オルタナがクレアとして過ごしていた時の記憶を思い返してもその男は影のようにミリアを見守るだけだったように思う。
「エリスが動かなかった事は大きい。アレが素直に動いていたらチェスターとやらのルートでは悪役令嬢は死罪を言い渡されていたのではないか、セレスト」
「はい。確かにチェスター・プライムという男はこの女のいう攻略対象というもので悪役令嬢は尤も悲惨な死を迎える事になるそうです」
そんな人間が教会関係者とは、ねぇ? 世も末だな。ま、エリスには私が気に入っている人間が誰なのかはお見通しだったのだろう。
ぬるくなりつつある紅茶を口に含み、喉を潤す。芳醇な香りを楽しみながら楽しいお茶会は続く。




