13.そして現在
クレア・シャーウッドは火刑にされ炎に包まれる際に強く強く願った。家族を死に追いやった全てに復讐する力を求め、力の限り叫び必ず復讐する事を誓い憎しみを抱いて命を落とした。
そしてその強い憎しみに応える者がいた。
『君の復讐心はとてもいいね! いいよ、僕が力を貸してあげる』
死んでも魂が天に還る事無く現世に留まり復讐のみに囚われたクレアを気に入った男の名はエリス。命の輝きを愛し、糧にする悪魔であった。
全てに復讐すると決めたクレアの魂はこの変わり者の悪魔に魅入られてしまったのだ。
悪魔の申し入れに二つ返事で承諾したクレアは焼け焦げて炭になった体にもう一度その魂を宿す。肉体はほぼ炭で動かすと体がボロボロと崩れていく。しかしクレアはそんな事は気にせず一番最初の復讐の相手に狙いを付けた。
初めの復讐の相手は家族を斬首した男だった。
『思い知れっ!』
怨念の炎が執行人の体を包み込む。熱さに苦しみ藻掻く男が最後に見たのは自身を焼く炎と黒焦げた、辛うじて人だった事がわかるモノ。それが自分が職務として刑を執行したクレアだと気づいた時には男の命は尽きた所であった。
男が死に、魂が肉体から離脱した所を悪魔エリスが素早く回収。魂を糧とする悪魔にとって人の魂は食糧である。この男の魂は大して美味いものではなかったがそれでも多少腹を満たすことは出来る。しかもクレアの復讐対象は多い。腹も満たせるしクレアの魂は美しい。退屈な悪魔の生にも飽きていたエリスは丁度自分の住処である魔界の面倒事を避けたいという思惑もありクレアに手を貸したのだ。最後はクレアの魂を貰って大満足!
と、なる筈だった。
エリスはクレアの怨みと復讐心を甘く見ていたのだ。そして少し抜けているところがあったエリスは気づいていなかった。
レイチェルが使用したアイテムがエリスが以前暇つぶしに作り人間界に落とした魔道具であったという事を。
クレアは復讐する力を欲した際に願ったのは自分や家族を貶め死に追いやった連中全てだ。その中にはレイチェルは勿論、ジェラルドや国王、王太子の補佐となっていた貴族子息達と処刑の際に罵倒した国民も含まれる。そしてレイチェルがジェラルドを篭絡する事が出来たのはエリスが作った魔道具。レイチェルはそれを好感度アップの有料アイテムだと語っていたが、それは悪魔が作り出した代物。効果は言うまでもなかった。
その魔道具が無ければジェラルドはレイチェルに篭絡されることは無かっただろう。魅了の力があっても、レイチェルが命の恩人だったとしても、ジェラルドが愛していたのはクレアただ一人だけであったのだから。
その真実を知ったクレアは魔道具作成者をも標的とした。レイチェルと国王を殺した後、この世界で一番愛しく、一番憎いジェラルドを手にかけた。その瞬間をエリスは心待ちにしていた。腹は十分満たされ、あとはこの美しい魂を眺めながらゆっくり味わおう! そう決めていたのだが。
『お前も復讐対象だ……! ただでこの魂、くれてやるものか!!』
復讐に身を焦がしたクレアは激情を抑えることなくエリスに向かい呑みこんだ。通常ならただの人間にそんな芸当など出来るはずもない。だがこの時のクレアはエリスの力を分け与えられていた。そして数千もの魂を取り込み膨れ上がった力はクレアにも流れ込み、力が増大。何より悪魔との契約は絶対である。
クレアはエリスを取り込み、膨大なまでに膨れ上がったエネルギーを自分のものとしエリスと融合していく。肉体の再構築、魂の強化、精神の超越。
人の枠を飛び越え悪魔の力と精神と肉体を手にしたクレア・シャーウッド。新たな生命体として誕生した彼女は人間であった事を捨て、世界で初の『魔女』となる。
聖女の登場によって人生を奪われたクレアは悪魔エリスの力を得て彼らが操る魔法というものを知る。魔素という身に見えない力を行使する事で聖女が持つ『奇跡の力』を疑似的に扱える事を知ったクレアは素養さえあれば誰でも魔法が使える世界を創る事を決めた。
そんな時、ターレ王国、クヴェレ国、リンチェ帝国がレアード王国領土を狙い侵攻してきた。王家唯一の生き残り、王弟の第一子であるアイザックを保護するという名目で王都に攻め入って来た三国はそこで見た。
今までなかった魔法という力を使い、何もない所から炎を、水を出し、風が巻き起こり、地面が割れる。天変地異か、神か悪魔の仕業か。一人の年若い女の指先から繰り出される技に恐怖を覚える者やあまりの出来事に唖然とする者、その美しさに茫然とする者。様々な態度を見せる侵略者達だが冷静にその力を見極める人間はこの力を我が物とする事こそが国の利になると判断。不思議な力を使うが相手は年若い女という事もあり、アイザックを人質にとれと命令。現場の判断であるがそれはクレアの逆鱗に触れるには十分だった。
彼らの誤算は彼女が既に人間を超越した存在となっていたという事。アイザックを人質に捕った事はクレアが彼らの祖国に牙を剥き、一切の容赦せず滅する事とイコールであった。そして全くの躊躇なく実行したのだ。レアード王国、ターレ王国、クヴェレ国、リンチェ帝国は一晩にして焦土と化した。その国に生きる者全てを地獄の炎で焼き滅ぼしたクレア・シャーウッドはこの日をもって名を改め、全世界にその名を轟かせた。
新たな名は『オルタナ』
この世界に魔法という新たな概念を生み出し、『奇跡の力』の代替を見出した者。そして聖女レイチェルの言うゲームの世界の悪役令嬢として生み出されたクレアが、自らの手で新しい選択肢を生み出したとい
う意味を込めた。
その後、レアード王国の王都民の大半がクレア・シャーウッドの復讐の犠牲となった事件を『鮮血の安息日事件』、レアード王国を含む四国を滅し、ヴァン大陸の五分の二以上が焦土と化した事件を『紅蓮の月夜事件』と呼ばれる事になる。鮮血の安息日は復讐の大一番、自らの婚約者であり最も愛して憎んだ王太子ジェラルドが殺された日である。王太子の首を抱き、返り血を浴びたクレア・シャーウッド。人もまばらになった王都で処刑以来、その姿を現した。返り血の赤と燃える炎のように紅い髪のクレアは恐ろしくもあり、神々しい姿であったという。
そして『紅蓮の月夜事件』。古い手記によるとその日は満月。燃える大地の光を反射して紅く輝く月が、それはそれは美しく幻想的な光景であったという記録が残っている。
世界に名を轟かせたオルタナ。
力を見せつけたオルタナは世界各国で絶対不可侵の存在となる。焦土と化した四国を彼女所有の領域であると認め、今後一切彼女を取り込もうとしないと各国の代表が誓いを立てた。その誓いが本物である事を証明する為、オルタナの元には人質として高貴な人間が差し出され領域に取り残されてた。一人残されたアイザックを養育しつつ、人質となった哀れな少年少女達を同じように養育し十七歳まで領域に滞在させた。その間元公爵令嬢としての最高の教育を受けて来たオルタナが彼らに持てる全てを注ぎ、更には素養があると判断した者には魔法教育を行った。
オルタナは『奇跡の力』が聖女にしか扱えない事こそが問題だと考えたのだ。全ての人間がその力を扱う事が出来れば力に目が眩んだ人間によってクレアの様な人間を生み出すことは無いと判断した。人質となった少年少女達は始めこそオルタナに恐怖したが理不尽な真似をされることは無く、それどころか最高の教育と魔法という新たな能力を開花させてくれたことに感謝をした。成人し祖国に帰った後はその力とオルタナの想いを汲み、祖国で素養ある若者に魔法を教えて行った。年を重ねる事に魔法を使える人間は増えていき、中にはただの人間を下に見るような者も現れ始めた。だがそれもオルタナを前にすればその人間も塵に等しい。差別的思想が増え始めた国には時折オルタナが圧倒的な力の差を見せつける事で0に戻していく。繰り返し、繰り返し。
いくつかの国が滅ぼされた頃にアイザックの孫が旧レアード王国一帯をエンブリオ王国として立国した事を宣言。魔法国家エンブリオ王国が誕生した事で魔法の先進国となり、オルタナに代わり世界各国に睨みを聞かせる役目を担った。
そうしてオルタナはかつての公爵領のみを領域として静かに暮らすようになる。時折オルタナの存在を思い出させるような大災害を引き起こした事がきっかけで〝始まりの魔女〟から〝災禍の魔女〟と呼ばれていった。
*****
「―――で、お察しの通りクレア・シャーウッドの元婚約者というのがそこにいる男という訳さ」
温かな昼下がり。自慢の庭で開く気心知れた友人達とのお茶会の一角で拘束され転ばされておきながらこちらを熱のこもった瞳で見つめてくる男が一人。
この男こそがクレア・ヘインズの婚約者であったジェラルド・ウィルモットであり、かつてのレアード王国最後の王太子、ジェラルド・シミオン・レアードの生まれ変わりだ。
一体いつ、何故思い出したのかは知らないが思い出したところで私がこの男を受け入れる事は無い。クレア・シャーウッドはあの日死んだ。あの男に対する恋心など、あの炎で全て焼かれて灰すら残っていない。
「私達の時代では既に魔法は当たり前になっていました。それもオルタナ様のおかげという事ですね」
私の次に魔女となった〝哭声の魔女〟セレストがカップを持ちながら微笑む。その仕草は流石元公爵令嬢。とても美しい。……左手に握られた鎖を見なければ。
「魔法なんてあって当たり前だもの。無かったなんてちょっと信じられないわぁ~」
率直な感想を述べるのは五番目の魔女である〝狂恋の魔女〟ルシール。目のやり場に困るような刺激的な衣装に身を包む彼女はテーブルに肘をついて感心している。
「それにしても、そのレイチェルという女も異世界人だったのですね」
四番目の〝暗澹の魔女〟フィオナがセレストが持つ鎖の先を睨みながらお茶を啜る。
「フンッ! 〝聖女〟と名乗る者には碌な者がおらぬな!」
三番目の〝赫怒の魔女〟ディアナが吐き捨てる。
五人の魔女が揃ってお茶会をするなんて初めてかもしれない。でもこうして仲間達とお茶をするのも悪くないね。
「あ゛ー! あ゛ーーー!!」
ガチャッ
「う゛っ!?」
「音を発する事、許可した覚えはないわ。……帰ったらお仕置ね」
「……っ!!」
左手に握られた鎖の先。そこには首輪に繋がれ両手を後ろ手に拘束された元聖女のミリアがあった。最後に見た時よりも窶れ、肌も髪もボロボロだ。酷く痛めつけられたのか薄い衣には血が滲み黒いシミになっている。
「コレから異世界の情報は抜き出したかい?」
「はい。概ね私を貶めたあの女と同じ事を供述しました。それで今回の遊戯のストーリーと言うのがこれです」
そうして頭に直接映像が流れこんで来た。これがミリアのいた世界でのミリアの姿か。
「可愛くないわねぇ~。もっさりして根暗っぽいわ。それに周りを無意味に馬鹿にしてそう」
「自分の性格の悪さを棚に上げて、不運を全て周りの所為にするタイプのようじゃな」
「周りの視線が怖い癖に注目されたいとか思ってそう」
「モテなかっただろうね。だからこっちで男漁りしたんだろう」
キッ! と睨みつけてくるミリアはまだまだ元気そうだ。それならまだまだ楽しめそうだね?




