●第二話 三つの願い
「では第一問、あなたは人と話すのが好きですか? とても好きなら5、やや好きなら4、どちらでもないなら3、どちらかといえば嫌いなら2、とても苦手なら1で、五段階評価で答えてください」
「アタシは5ね。100でもいいくらい」
「私は2です」
花梨はお喋りだが、私はそうではない。
「なるほど。第二問、自分は独創的な人間だと思いますか? これも五段階で答えをどうぞ」
少し変わった質問だ。花梨は「アタシ、クリエイティブだから! 100に限りなく近い5で」と自信満々に答えていたが、私は自分が平凡な人間だと知っている。
「それと、言い忘れましたが、このテスト、不合格なら百万円を支払っていただきます」
「ええっ! そんなの聞いてないし!?」
素っ頓狂な声をあげた花梨だが、どう見ても彼の悪戯、ただの冗談だろう。そんなぼったくり、警察沙汰にならないほうがおかしい。
「すみません、軽い冗談です」
彼も肩をすくめてすぐに笑顔で謝った。
「いやいや、悪質ぅー、それはビックリするからホントやめてよぉ、アハハ」
初対面の相手でもすぐに打ち解けて話せる花梨は凄いと思うが、私は占い師としての彼の能力には疑問を持った。真面目に占ってもらいに来た客が――まあ、こんなところにそんなに真剣に来る人間もあまりいないだろうが――もし、本気で怒ったりしたらどう対処するのだろう?
それに、このテスト、昨日大学で心理学の講義にあった質問がいくつか交ざっていた。
ビッグファイブテスト。
外向性や内向性といった人間の性格を、五つの指標で測るもので、れっきとした統計に基づく心理学のテストなのだ。
違う。これは占いなんかじゃない――
私はそれに途中で気付いたが、だからといってそれを指摘するわけにもいかず、話だけ聞くことにする。
「大河原さんは旅行好きでアクティブな彼氏と相性が良さそうです。近い将来、必ず運命の人と出会えると思いますよ」
「わあ、聞いた?! 陽奈、ついにアタシの運命の人が出てくるって、きゃー、どうしよ!」
無邪気に信じて喜んでいる花梨は本気で信じている様子だ。まぁ、少額の料金でそこまで楽しめるなら、運命の人が来なかったとしてもエンターテイメントとして成立するかもしれない。
「良かったね」
「全然、良くないよ。陽奈が喜んでくれないと、アタシがつまんないし。じゃ、占い師さん、陽奈のほうは?」
「少し時間がかかるかもしれません。ですが、ゆっくりとマイペースでお互いの関係を深めていくことが慎重な性格の二人には大切です。大学生ならまだまだこれからチャンスがありますし、ひょっとしたら近くにもう運命の人がいるかもしれませんね」
「ええ? 大学生でまだ彼氏の一人もいないなんて、ちょっとどうかと思うんだけど?」
「ほっといて、花梨」
花梨は私の個人情報をペラペラと喋っているけれど、どうにもモヤモヤする。それに、私の近くに男性なんて――お父さんしかいなかった。どうして家族が二人とも一度に――
「陽奈?」
「ああ、ううん、何でも無い。ごめん」
「では、もう一つだけ」
占い師の彼は、棚から二十センチほどの台形の装置――メトロノームを取り出し、机の上に置いた。これを見たのは高校の音楽の時間以来だ。重りを下側にずらすと速いテンポに、上側にずらすと遅いテンポのリズムが刻まれるアレだ。
彼は重りを上側にして、カチカチとメトロノームを起動させた。
「結城さん、最近、夜はぐっすりと眠れていますか?」
質問されて気づいたが、私はここにきてまだ名字を名乗っていない。花梨もずっと私のことを陽奈と呼んでいたはずだ。では、どうしてこの人は私の名を知っているのだろう?
「陽奈? 眠れないの?」
「ああうん、眠れてる。……いえ、眠れてないですね、最近は」
私は正直に答えた。
「そうですか。朝は日の光を浴びるようにしたほうがいいと思いますよ。散歩がいいかもしれません。人間の肉体は二十万年も昔から朝日と共に起き、日が沈めば眠るようにできています。睡眠を司るセロトニンというホルモン物質が日の光によって分泌されますからね」
「へぇ」
「なるほど」
「鰹やマグロ、牛乳やチーズやヨーグルト、納豆や豆腐、ナッツ類やバナナなどを食べると、セロトニンが出やすいそうです」
そういえばこのところ、何もする気力が起きなくてカップラーメンだけの食事になってしまっていた。少し健康にも気をつけよう。
「アタシ、バナナが大好き! だからよく眠れるんだねー」
花梨は笑顔で言うが、活発で悩み事が無さそうな彼女ならいつだって、ぐっすりと眠れることだろう。ちょっと羨ましい。
「では、最後の質問です。あなたは三つ願いが叶うなら、何を願いますか?」
「あっ、アタシはお金がいい! 二番目は彼氏で。どーんと十億円の宝くじとか、当たらないかな?」
花梨が前のめりになって占い師に聞くが。彼は微笑んで答えた。
「大河原さんはギャンブルはやめた方が良いでしょうね。私の占いでは、宝くじに当たらないと出ています」
「ええー? がっかり。陽奈は?」
「私は、そうだなぁ……一番は健康、二番目は世界平和?」
「うっわ、やめて。それ実現させるには大国の大統領にでもならないと無理っしょ」
花梨が言うが、まあ、具体的に本気で実現させようと思えば、そうかもしれない。ただ、私はなんとなく考えただけだ。だいたい、この質問に答えたからといって、願いが本当に叶うわけではないのだから。
「三つ目は?」
彼が私を見て聞く。なぜ花梨に先に聞かないのかと思ったが……カチ、カチ、カチとメトロノームの音がやけに大きく聞こえてくる感じがした。この人の目が気になってしまう。さっきまでは別に普通の人に見えていたのに。ああ、笑っていないからか。闇をそのまま写したような瞳はどこまでも鋭く、それでいて悠然と落ち着いている。
「答えてください」
「ほら、陽奈、何でも良いから。馬鹿にしたりしないし」
「じゃあ、家族で一緒にまたどこかに行きたい、かな」
私は本心を述べた。
「陽奈……」
途端に、花梨が悲しそうな顔をする。しまった。
つい、答えてしまったが、これはもう二度と決して、叶うことのない願いだった。
私は先月、両親を失い、今はひとりぼっちになっているのだから。
「たとえ夢の中であっても、叶うといいですね」
占い師の彼は私の事情を察したのか、少し気遣わしげにうなずいた。
「ごめんなさい」
思わず、涙が出そうになったので、慌ててハンカチで目元を隠す。
もう泣き疲れて枯れたと思っていたのに、悲しみは私を支配して手放す気はないらしい。
こんな場所で、知り合いでも無い人の前で泣きたくなんかないのに。
「お茶を入れてきます。少しここで待っていてください」
「ああ、すみません、気を遣わせちゃって」
花梨が私の代わりに彼に謝ってくれた。
「それと、泣きたくないなら、背筋を伸ばして両手を広げて、口をイーの形にして、姿勢をよくしておいたほうがいいでしょう。それで元気のパワーが体に入ってきます」
彼が初めて占い師っぽいことを言ったけれど、これもおそらくなんらかの心理学に基づく意味があるのだろう。私はそう思ったので、言われたとおりにする。
「ほら、陽奈、私が付いてるからね。自分の心を騙したら駄目よ、あなたの心も大切にしてあげないと。泣きたいときは泣いてもいいんだから」
花梨に背中を撫でてもらうと、私は堰を切ったように、子供のように泣き出してしまった。
だけど、それまでと違い、悲しみのどこかに心地良い温かみも同時に感じていたのだった。




