●第三話 尾行
占いを終えたあと、花梨に昼食のランチを奢ってもらい、彼女はそのまま居酒屋のバイトがあるからと言って帰って行った。私はそのまま一人ですぐに家に帰る気にはならなかったので、しばらく街をぶらぶら散歩してみることにした。
「ねえ、彼女、僕らと遊ばない?」
「いえ、結構です」
軽薄そうな二人組の男が声をかけてきたけれど、ナンパは苦手だった。見ず知らずの人間に声をかける勇気は尊敬するが、彼らの近くには興味を引く女の子はいなかったのだろうか? 知人より赤の他人のほうがチャンスがあると思う根拠は何なのか? それを考えるととても不思議な気分だ。
くるみ割り人形がまた鳴り始めたので、私は周囲を見回し、人にぶつからない場所で携帯を見た。てっきり花梨からの電話だと思ったが、伯母さんからだった。
「陽奈さん、私だけど、今、お時間は大丈夫かしら?」
はっきりとした発音で、落ち着いた物腰。伯母が着物で正座しながら電話している姿が脳裏に浮かぶ。私も思わず、背筋を伸ばした。伯母さんは姿勢にとてもうるさいのだ。
「ええ、大丈夫ですけど」
「なんだか騒がしいわね。今、どこにいるの?」
「渋谷のデパートの前です」
「そう。何か入り用なものがあれば、何でも言いなさいね」
「いえ、特にはないので、大丈夫です。葬儀の手続きではお世話になりました」
「もう、あなたはそんなこと気にしなくて良いのよ。自分の妹の葬式ですもの、私があれこれ仕切って当然です。ところで、啓祐さんのご家族だという人から、連絡が来ましたよ」
「え? 父の?」
私は少し驚いた。父は自分の家族のことについて一切話さなかったからだ。だから私は母方の親戚についてはよく知っているが、父方の親戚とは一人も会ったことがなかった。てっきり、もう全員亡くなっているものだと思っていたのだが……。
「雨貝不比等さん。あなたの祖父に当たる人が先月、お亡くなりになったそうよ。あなたにとっては立て続けで大変でしょうけど、先方の弁護士がお見えになって遺産の件で話し合いたいそうだから」
「はぁ……」
急に知らない人から遺産の話をされても正直、どうしていいやら困ってしまう。
「辞退しようかと思うのですが」
「ダメよ。もらえるものはちゃんともらっておきなさい。一千億を超えるお金だそうよ」
「えっ、そんなに?」
多すぎてちょっと想像も付かない金額だ。たしか、一億円の札束で十キログラムもあり、アタッシュケース一つ分だというクイズ番組を見た事がある。それの一千倍だと、お札だけで十トンになってしまう。とても一人では持ち運べない量だ。
「ええ。それに何よりも、あなたは雨貝家の血も引いていて、正当な権利があるんですからね」
「はぁ」
私は気の強い伯母さんには勝てない。お母さんは優しい人だったけれど、姉妹でも随分と性格が違う。
「大丈夫よ、一人では心細いでしょうし、心配ですからね。私の親友の息子さんにボディーガードをお願いしておきました」
「ええっ?」
また勝手なことを。伯母さんの親友の息子など、私は会ったどころかその存在を聞いたのも今が初めてだ。ボディーガードというが、そっちのほうが余計に心配になってきた。
「あの、一人で行けますから」
「いいから、必ずその人を連れて行きなさい。こちらでも調べてみたのだけれど、雨貝家はあまり良い噂を聞きません。あなたの父の啓祐さんはまともだったというのに、家族とは言っても、こればかりは分からないものね」
「達美さん、噂で人を判断するのは良くないと思います。とにかく、一度、先方と会ってみますね」
「ええ。ちょうど今日、雨貝家の遺産の話し合いがあるそうです。本当ならお通夜や葬儀のときに連絡するものでしょうと、抗議はしておきましたよ」
そうは言っても、向こうの親戚も父の住所を知らなかったのかもしれない。
私は伯母から先方の住所を聞き、そのまま一人で新幹線で雨貝家に向かうことにする。明日は日曜でアルバイトも入れていないので、もし遅くなってもなんとかなるだろう。
最初は辞退の電話を入れようかと思っていたが、父の実家がどんなものなのか、親戚に会ってみよう――そんなふうに私の考えが変わっていた。
私と血のつながっている、父の家族はどんな人達なのだろうか。
新幹線を使うにしても、私はまだ大学生の身分なので、学割で少しでも安くならないかと思い、みどりの窓口へ出向き、聞いてみる事にした。
「はい、大丈夫ですよ。学生証を提示していただければ、学割の対象にできます」
係員の人が親切に対応してくれ、二割引で私は新潟方面への切符を手に入れることができた。
そのまますぐに東京駅のホームに向かい、入ってきた上越新幹線に乗り込む。
「着替えは……日帰りだからいいか」
アプリで検索した時刻表によると、この新幹線は目的地の越後湯沢駅に三時過ぎに着く。最初は、新潟なら新幹線でも二時間くらいはかかるはずだから、日帰りするなら新幹線しかないと思い込んでいたけれど、これなら普通の特急などでも良かったかもしれない。無駄遣いしてしまった。
「失礼」
隣にスーツ姿の乗客がやってきてキャリーケースを上の荷物棚へ置いた。
顔を見ると、花梨と一緒に行った占い師の人だった。
「あなたは……」
「自己紹介がまだだったな。僕は夜見月真、君の伯母さんに頼まれたボディーガードだ」
「えっ、まさか、あれから私を尾行していたんですか?」
「当然だろう。ボディガードを頼まれて、そのまま放置しておくわけにもいかない」
占いの館では丁寧な話し言葉だったが、今は少し横柄な印象だ。ひょっとしてあの占いの館も私と会うための手段だったのだろうか? しかし、普通に話しかけるなり電話で――いや、それだと私は絶対に拒否していたと思う。
「私、承諾してませんけど」
「構わない。僕が勝手に付いていくだけだ」
「ええ?」
「しかし、旅行シーズンでもないんだから越後湯沢駅なら特急列車でも良かっただろうに、新幹線の指定席とは恐れ入る。おかげで三千円、往復で六千円も損させられた。君はどうやら放蕩なお嬢様気質らしい」
なんなのだ、それは。そりゃあ、ちょっと無駄遣いしたなと私も少し反省したところだったのに。ちょっと新幹線を使ったくらいで放蕩とまで言われる筋合いはないと思う。
「じゃあ、あなただけ特急で行けばいいですし、帰りは特急にしますけど」
「そうしてくれると助かる。もう切符は買ったから往路については我慢するさ」
「あの、まさか私の借りているマンションまで同行するつもりですか」
「そうだな。オートロックの前までは送っていく。最近の東京は治安も悪い」
「それは……」
私もそう感じていたので、すぐには拒否できなかった。
「それに、君はこれから向かう雨貝家についても何も知らないはずだ。資料を渡しておこうと思ってな」
そう言って彼はタブレットを渡してきた。そこには雨貝家調査ファイルと銘打ってある。
「調べてくれたんですね」
「ああ。必要経費も君の伯母さんから受け取っているし、正式な依頼だからな。赤の他人が君の祖父を悪く言うようで気が引けるが、雨貝家前当主、雨貝不比等はかなりの曲者だ」
スクロールさせると、雨貝不比等の顔写真が出て来た。白髪をオールバックにして似合わない和服を着ているが、特徴的なのはその傲慢そうな笑みと鋭い目つき。肩書きは経営コンサルタントと不動産投資家となっている。
コンサルタントというのはピンとこないが、その下に関連企業として○○健康食品という社名が続いていたので、なんとなくこの人の事業の方向性が理解できた。
「健康食品ですか……」
「目の付け所はいい。人は健康と長寿のためなら惜しまず金を使う。『薬九層倍』と言うが、これは原価が一割で利益が九割という意味だ。原材料はその辺の雑草であっても、分かりゃしない」
「ええ? それはそうかもしれませんが……」
「大きなニュースにはなっていないが、不当表示で消費者庁から何度も指導を受けている。強引な売りつけもやっていたようだ。勝訴はしているが、裁判沙汰にもなっている」
「ふぅ、それを聞いて決心が付きました。やっぱり、遺産は辞退します」
「遺産放棄したところで、被害者に金が行くわけじゃないけどな」
「じゃ、どうしろって言うんですか」
「遺産の内訳には株式や経営権も入っている。君がその気になれば、会社を畳むなり、経営方針に口を出すこともできるだろう」
「なるほど」
「少なくとも、他の遺産相続を狙っている血縁者よりは、君のほうがずっとまともだ。遺産相続人リストを見てくれ」
彼に言われて、私はその項目を見る。




