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17.復讐、一つ目

「何故だ……俺はその子を孤児院に預けたはずだ……。何故貴様のところに……。」

「一夜にして国が滅ぶこともあるってのに、孤児院なんかがずっとそこにある確証はないだろ?どんな気分だ?大きくなった愛娘とのご対面は。」


セドナの頭を軽く掴み、呆然と立ち尽くすベリオットの近くに寄せる。

切長の目と細身だが筋肉質の肉体。

そして何より透き通るような赤い目。

やはり父子というものは面影が残るものである。

グレコが顔を見比べて笑っているうちに、ベリオットは膝から崩れ落ちた。


「何なら感謝してほしいぐらいだぜ?俺はこいつが奴隷狩りにあって商品になっていたところを救ってやったんだ。無責任な親父に捨てられた上、拾ってもらった村も奴隷狩りに逢うなんて悲惨な運命だよなぁ……。一体、誰のせいなんだか。」


掴んだセドナの頭を動かし、しっかりとベリオットの顔を見せてやる。

自分を捨てた人間を、自分を見捨て私利私欲を優先した人間を。


「いいか、ベリオット。お前は今からこいつに殺されるんだ。俺なら無慈悲に首を刎ねるが、実の娘ならそうでもないかもしれないぞ?泣いて懺悔すれば優しく殺してくれるかもしれない。」

「そんなこと……あってたまるかぁぁぁぁ!」


ベリオットが咆哮とも取れる声を上げ、槍を握る。

流石のルネと言えど【掌握】に加えて【蓄積】まで奪うような契約は結べなかった。

だがもう毒の効果は切れているだろうし、あれからこちらは一撃も加えていない。

【掌握】による激痛も所詮一過性のもの。

体にダメージがないならばベリオットの【蓄積】も機能しない。

なんて話が通用する相手ではなく、ベリオットは掲げた槍を己の胸に突き刺した。


「ふんっ……が、がっはぁ!セドナの目……明らかに異常だ。大方お前が操作したのであろうな。ならば先にお前を殺せばいいだけ。そのためなら……何だってやってやる。」

「ははっやれるもんならやって見ろよ。コルワ!降りてきてる観客とルネを上に連れて行け!」

「はーい!精々死なない様にね〜♪」


自傷行為によって無理矢理【蓄積】を発動させたベリオット。

対してこちらは先ほどの戦闘によって立っているのもやっと。

復讐の鍵を握っているのはやはりセドナである。

グレコはセドナと共にベリオットから距離を取り、二対一の戦闘が開始された。


「くたばれこの下郎が!俺を罠に嵌めやがって!生きて帰れると思うなよぉぉ!」

「完全に目が血走ってやがるな……。現実から目を背けてキレ散らかしても何も始まらねぇぞジジイ!セドナをこうしたのは俺じゃない、お前だ!後ろのそれが証拠だろ!それにそいつのスキル知ってるか?【放出】っていうんだよ!お前が【蓄積】したものを【放出】してるのさ!セドナの全ては、お前によるものなんだよ!」


ベリオットの槍を必死でかわし、背後を指差す。

一言も話さず、ただ淡々と殺意を向けるセドナ。

【放出】を全力で活用して放たれる攻撃の全てを、ベリオットはただ淡々といなしていく。

己のしたことを、目の前にいる少女のことを、意図的に無視する形で。


「俺はあの日全てを捨てる覚悟をした!魔族に国を奪われ、己の誇りと名誉を奪われ!それらを取り戻すためだけに俺は旅に出た!俺に、娘など、もういないのだ!」

「おいおい自己矛盾しかしてねぇじゃねぇか!じゃあなんでお前は今俺に剣を向けてるんだよ。娘がいないっていうなら、わざわざ俺から殺さずにセドナ諸共ぶっ殺せばいいだろ!」

「黙れ黙れ黙れぇ!俺は今お前を殺したいから槍を振るっているのだ!お前の甘言に耳を貸す気など、有りもしない!」


最高の気分。

普段から爽快な笑い声を上げ、頼れる大人を装っているベリオットが、こんなにも狂乱している。

それもこれも【掌握】を一度手放したり、セドナを連れてきたりしたお陰だ。

グレコがこれまでに積み上げてきた復讐への土台が、今形を成している。

後は、命を奪うだけ。

そう思ったところで、グレコの体は闘技場の地面に再び押し倒される。


「はぁ……はぁ……。どうだ、これで今度こそ終いだ。俺はお前を殺し、全てを取り戻す!」

「そうなるといいな、哀れなジジイがよ。」


ベリオットによって、グレコの首がどんどんと絞められていく。

右手でグレコの首を、左手でセドナの首を絞めているのだろう。

どんどんとグレコの意識が薄れていき、遂には【掌握】を発動することもままならなくなり。

【掌握】による操作も行えなくなったタイミング、ベリオットの肩から血が噴き出す。


「セ…ドナ……?何故、グレコがまだ【掌握】を使えているのか……?」

「ぷっはぁ!全く本気で殺しに来やがって……。いいか、俺はとうにそいつの【掌握】を辞めてるんだよ。俺が操作していたのは出会った頃だけ、今こいつがお前を殺そうとしているのはこいつ自身の意思だ。なぁ?セドナ。」


血を流すベリオットを振り払い、呼吸を整える。

グレコがセドナに施したのは【掌握】による操作ではない、一種の洗脳だ。

瀕死の状態で笑みを浮かべるグレコの代わりとなるように、セドナがベリオットへ距離を詰めていく。


「あたしはお前を父親と認めない。お前のような屑は、殺すだけ。」

「セドナ……そんな待ってくれ……。」


先ほどまでの混乱が嘘のように、ベリオットは落ち着いた目でセドナを見つめる。

父として、全てを投げ打った愚か者として。

己の所業を受け入れて今にも死にそうな目のベリオットに対し、セドナはゆっくりと手を伸ばす。

愛しき父への慈悲ではなく、恨めしき男を殺すために。


「悪かった……全て俺が悪いんだ、許してくれ!あれは……仕方がなかったんだ……。お前を危険に晒したくなかったんだ……!」

「事情なんて知らない。お前のせいで母さんは死んだ、私達が奴隷になったのもお前のせいだ。」

「母さん……?ち、違うお前の母親が死んだのはお前が生まれてすぐ病死しただけだ!奴隷のことも知らなっ!」


みっともなく命乞いをしていたベリオットの言葉が最後まで紡がれることはなく、セドナの手から空気塊が【放出】されベリオットの脳天が貫かれる。

怒りに震えて我を失い、実の娘に命乞いをして無惨に散る。

それも大勢の観客に囲まれながら。

最高だ、これ以上ないほどに無様だ。

ついに達成した復讐の心地よさに酔いしれ、グレコは痛みを忘れていく。


「観客共!今日の演目は終わりだ!お前らには何のことやら分からなかったかも知れないが、明日の朝刊を楽しみにしておけ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


闘技場の観客は所詮戦いが見れれば何でもいい馬鹿者達だ。

呆気に取られていた観客達が一気に湧き上がり、放たれた凄まじい歓声を背中に受け、グレコはゆっくりと闘技場を後にする。




「いやー、おかえりおかえり!んーっ最高の復讐だったよ!ベリオットのおじいちゃん、本当に無様な死に方だったね!」

「何でもいいから傷の手当てができる奴を呼んでくれ。流石に死線を越えすぎた……。」


闘技場の裏に戻り、床へとごろんと転がるグレコ。

ベリオットの感情を揺さぶるためとはいえ、今回はあまりにも手間をかけすぎた。

肉体的にも精神的にももう限界である。


「よし、じゃあ任せたよセドナちゃん♪僕はここでお話ししてるから〜!」

「黙れ、あたしはお前に従う気はない。けどまぁご主人が死にそうなのは良くない。待っていろご主人。」


セドナが不服そうにその場を後にし、部屋にはコルワとグレコの二人だけが残ることになった。


「……にしても、出会った時はあんなに荒っぽかったセドナを良く懐柔したね。随分従順だからてっきり【掌握】で操作したままなのかと思ってたや。」

「懐柔したんじゃない……。【掌握】をこまめに使って脳味噌を徹底的に破壊してやったんだ。セドナは自分の意思で動いているが結局俺の支配下にあることは変わらない。操り人形がサーカスのピエロに進化しただけだ。俺が教え込まなきゃあいつはベリオットのことも本当に知らないままだった。」


セドナを発見したあの日以降。

グレコはセドナを徹底的に支配した。

【掌握】で人間を操作するのは非常に難易度が高い。

一時的に動かすだけならともかくとして、長時間動かし続けるとなれば体への負担も多く、ベリオットのように頭痛に襲われかねないのだ。

だからグレコは体を操作するのではなく、セドナの頭を操作した。


『自分の父親であるベリオット・カイズナーは大悪党。』

『母が死んだのも、村人が不幸に落ちたのも彼のせい。』

『グレコは自分に復讐の機会を与えてくれた恩人。』


こうしたことを【掌握】による操作で頭にすり込ませ、思考を歪ませる。

この方法ならば少ない負担で人間を支配下におけるのだ。

グレコの端的な説明を聞き、コルワは勢いよく笑い始める。


「あっはっはっ!やっぱ最低だねグレコは!将来セドナに殺されても知らないよぉ〜?」

「そうなったらまた【掌握】してやるだけだ。俺に歯向かうやつは全員殺す。」


ベリオットは死ぬ間際まで精神が強く【掌握】できなかったが、セドナはいつでも【掌握】できる。

例え真実を知って牙を剥いてこようと蹴散らすだけだ。

グレコが決意を固め、拳を握っていると廊下からドタドタと音がし始めた。


「ん?全くセドナちゃんったら廊下は走っちゃダメだっていうのに。ちゃんと教育しておいてよね!グレコ!」

「うるせぇ、さっさと扉開けて中に入れてやれ。早く治療してもらわないと俺が死にかねん。」


グレコの指示に従ってコルワが扉を開くと、そこにいたのは予想外の来客であった。


「サイラス王国騎士団治安維持隊隊長ラストア・フーウェンだ!違法賭場『バルトラ』の支配人、グレコとその仲間のコルワだな。サイラス王国騎士団の名の下に貴様らを拘束する!」

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