16.仕込みと仕組み
「待って待って!ストーップ!」
ベリオットの巨槍が空に掲げられたタイミング、間にコルワが割って入る。
唐突に現れた元仲間であり想い人を見て、槍の動きは止まりベリオットは平静を取り戻した。
「どうしたんだぁコルワ?そんな死にかけの男を庇うなんて……。」
「そりゃぁ庇うよ!僕はその死にかけに着いていくために勇者パーティを抜けたんだもの♪」
極めて余裕そうなコルワと、切羽詰まった表情のベリオット。
【蓄積】でパワーが強化されているとはいえ、彼の体も毒でボロボロだ。
いくら目の前にいるのがコルワといえど、口説き文句の一つも言えはしない。
ただ冷静に、話し合いを始める。
「そこをどいてくれや……。俺はそいつを殺さなきゃなんねぇんだ……。仮にも勇者の仲間なんでなぁ。」
「別に殺す必要はなくない?勝ったのはおじいちゃんなんだし、【掌握】の力は手に入るじゃん♪スキルを持ってないグレコなんてただの性格が悪い一般男性だよ!」
「その呼び方は辞めてくれっていつも言ってるじゃねぇか……。まぁその話は一理あるな。おい婆さん!あんたの【契約】とやらはこれで条件達成なのか!」
相変わらず飄々とした態度のコルワに頭を悩ませ、奥に控えていた老婆を呼び出す。
毒の痛みで頭がぼやけているから殺意が溢れていたが、確かにグレコを殺す必要はない。
この男を追放したのもこの勝負に乗ったのも、全ては【掌握】を無効化するためだ。
命を奪わずとも能力が奪えるのならばそれでいい。
「あぁ。それで大丈夫だよ。あんたとそこの死にかけ、二人の手をもう一度天秤に乗せな。そしたら【契約】満了だ。」
杖をつきながら現れたルネの指示に従い、グレコを担ぎ上げる。
担ぎ上げた瞬間にわかる体重の軽さ。
筋肉も凡人レベルであるし、暗器の類が仕込まれている様子もない。
自分が剣術を教えていなければ本当に無力な青年。
そんな男をランベリーを筆頭とした勇者パーティ全員で恐れていた。
たった一つのスキルを理由にして。
その事実がバカらしくなり、ベリオットは軽口を叩いた。
「なぁコルワ。お前さんのお仲間は事実上くたばったんだ。俺らのところに戻ってこないか?ランベリーはどうにでもなるが、お前さんがいないと俺達三人は迂闊に前に出れねぇ。どうせ行くところもないんだろ。」
「んー、いいよ!ていうか【掌握】を手に入れられるんだから好きにすればいいじゃん♪それを使えば性奴隷でも何でも作り放題だよ!」
コルワがくるくると周り、辺りに笑顔を振り向く。
そうだ、【掌握】を手に入れるということはそういうことだ。
金も女も何もかも。
自身がかつて捨てた数多のもの達を簡単に取り戻すことができる。
ベリオットが使うから危険な能力になるのであって、自分が使えばまた違うはずだ。
酒場のねぇちゃんを惚れさせたり、ギャンブルの対戦相手をわざと負けさせたり。
それぐらいのことに使う程度であれば問題ない。
元より自分はランベリーの様に絶対的正義ではないのだ。
心の中にある悪戯心を満たすぐらい、この傷の見返りとしてもいいだろう。
高鳴る胸がベリオットの傷を癒やし、ルネの天秤へ手を乗せる。
「よし、これで契約終了さ。おめでとさん。」
「ふっ、終了の時は大仰な台詞もないんだな。」
仕事を終え天秤を片付け始めるルネに対し憎まれ口を叩く。
自分の体に何か変化があったとは思えない。
まずは試してみなければ。
そう思い、闘技場を埋めつくしている群衆へ手を振る。
繰り広げられた激戦に対し声を上げるだけでは我慢できなくなったのだろう。
闘技場の長であるグレコまで撃破したベリオットを労おうと、群衆の一部が下に降りてきている。
実に丁度いいじゃないか。
「やるじゃねぇかMr.B!あんたが誰かも敵が誰かもよくわかんねぇが熱い勝負だったぜ!」
「あんたに生活費をかけた甲斐があった!今夜は焼肉に決まりだぜ!」
やはり奈落に住んでいる人間はみすぼらしい。
服も黄ばんでいるし、体も泥がついてしまっていて、地上ですれ違う民とは大違いだ。
しかしこいつら一人一人に触れておかねば。
【掌握】のことは詳しくないが、対象に触れることが条件だというぐらいは理解している。
こちらを褒めそやしてくる観客達の手を取り、できる限り自然に握手を交わしていく。
サルド・トロネイ
身長:173cm 体重:78kg
年齢:43 スキル:なし
誰とも知らぬ男。
43ということは自分より少し年下か。
何にせよどうやら【掌握】はちゃんとこちらの手に渡ったようだ。
ベリオットは一つの確信とともに両手を広げた。
「お前らぁ!今稼いだ金を全部俺に寄越せぇ!」
自分より格下の相手を思いのままに操作できる。
【掌握】の力を使えばこの程度の命令は実行できるはず。
どうせ人を見世物にして稼いだ金だ、少しばかり貰ったところで文句は言われないだろう。
そう思ったのだが。
舞い込んできたのは札束でも貨幣でもなく、凄まじい頭痛であった。
「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁ!!!」
成す術もなく床に転がり、頭を押さえつける。
抑えた所でどうにもならない、いっそ地面に打ち付けて頭ごと砕いてやりたいような。
剣で頭を切られた痛みとも、ハンマーで殴られた痛みとも違う。
内部から膨れ上がるような激痛がベリオットの頭を襲ってくる。
最早まともに前を見据えることすら出来なくなくなった彼の目に入ってきたのは、グレコの汚い笑いだった。
「はっはっはっ!相変わらず最低の人間性だな!人のことを追放しておいていざ自分が力を手にしたら振りかざす。正義の味方じゃなかったのかよ、勇者パーティってのは!」
「ちょっと、人の肩借りておいてそんなに高笑いしないでよ!僕が来なかったら死んでた癖に!」
全てが計算通りだった。
自分がベリオットに勝てる確率はそう高くない。
だがたとえ負けたとしても絶対に勝てる戦いだった。
こちらが敗北すれば必ずコルワが出張ってくるし、例えコルワが来なくともダードやら何やらが上司の殺害を止めないわけがない。
グレコ自身の命が繋がりさえすれば、後は勝手にベリオットが自滅してくれる。
「直前に俺が鳥を大量に操っていたから【掌握】は何だってできると思ってたんだろ。だが、それは大間違いだ。【掌握】で操作できる生物の量は対象の知性に反比例する。人間ぐらい賢い生物なら一人や二人が限界なんだよ。許容量を超える【掌握】は自分の身を傷つけるだけだ。今のお前みたいになっ!」
「がっ!」
ベリオットの広い背中を踏みつけ、唾を吐く。
ランベリーを筆頭にグレコの周りの人間は【掌握】を恐れるばかりで詳細を知ろうとしなかった。
【掌握】は言うほど万能なスキルではない。
ベリオットの様に大量の人間を一度に操作しようとすれば、必ず脳を破壊される。
しっかりと制限もあり、限界もあるものなのだ。
「おいルネ。お前のスキルは両者の合意さえあれば何だってできるんだろ。【掌握】を俺に返す契約を結ばせろ。条件は適当に決めろ。」
「しぶといだけじゃなくて悪知恵も働くなんて。あんた本当に元勇者パーティかい?ま、いいさ。さっさと手を乗せな。」
頭痛で動けないベリオットの手を無理矢理掴む。
少しの痛みは【蓄積】で力に変えられてしまうが、いくら力が強くなっていようとこの頭痛では動けもしない。
シワと毛が目立つ手はだらんとしたまま天秤に乗り、再び天秤が光りだす。
「取り敢えずじゃんけんでもして勝敗を決めな。そしたらあんたの勝ちさ。さぁ、公正なる天秤の元に、契約を果たしな。」
再び契約が結ばれ、グレコはベリオットとじゃんけんを交わす。
最もまともな勝負ではない。
ただ広げられたベリオットの手に対し、指をブイの字にするだけ。
先ほどあんなにも血を流して奪われた力は、いとも簡単に舞い戻ってきた。
「グレコ……貴様覚えておけよぉ……。いつか必ず貴様を地獄に叩き込んでやる……。」
「おいおい、いつもの余裕のある話し方はどこいったんだよ。それに何終わらせようとしてるんだ。言っただろ、俺はお前を殺すんだ。セドナ!」
互いに満身創痍の状態でグレコとベリオットは睨み合う。
【掌握】を奪い返されたことで頭痛も軽減されたのだろう、今にもこちらを殺さんという勢いのベリオットに対し、グレコも人を呼ぶ。
下に降りてきた時はああ言ったが、はなからこの男を自分の手で殺すつもりはない。
ことベリオットに関しては、自分よりずっと相応しい人間がいる。
「ベリオット……お前は魔王討伐に乗り出す時、富と名声のために色々なものを捨てたんだったよな。まだ全てを失ったわけではないってのに、薄情な奴だよ全く。」
「それがどうした……俺はギャンブラーだ。何かを失えば己の全てを賭けて取り返す。手に残っているものの量が多ければいいんだ。それが何かなど些細な問題だろう……。」
「ふっ、お前も中々奈落向きの性格してると思うぜ。だがこいつを見てもそんなことが言えるかな。」
虚な目でグレコの近くに寄ってくるセドナ。
先日【掌握】したこの一人の少女こそが、ランベリーを殺すピエロである。
「こいつの顔と名前を見て思うところはないのか?こいつの名前はセドナ・カイズナー。お前があの日放り捨てた実の娘だ。お前は今から、こいつに殺される。」
告げられた事実にベリオットの顔が強ばり、壮健な肩が緩んでいく。
さぁ、ラウンド2の始まりだ。




