18.冷たい床と男達
「おい、いつになったら俺はここから出られるんだ。」
狭くて薄暗い独房。
ここに連れてこられてから二日ぐらい経っただろうか。
体に負った傷こそ癒えているが、食事も最低限しか出てこないからすっかりやつれてしまった。
突如現れたサイラス騎士団に拘束されて以降、尋問も拷問も処刑もされていない。
犯罪者を逮捕したというよりは、まるでグレコに何もして欲しくないような。
そういった意図を感じる処遇に、グレコは憤りを感じていた。
「そもそも、俺は何で捕まったんだ。違法賭博なんて奈落の中じゃかなり軽い罪だろうが。裏路地に転がってる他殺遺体を無視しておきながら、俺を捕まえるってどういう了見なんだ。」
檻の向こうに座っている兵士に対し、ひたすらに文句を垂れる。
ベリオットを殺したことがバレるには早すぎるはずだ。
それに何より奈落はいわゆる無法地帯である。
詐欺も暴行も殺人もありとあらゆる犯罪が横行し、誰もそれを咎めるものはいない。
だからこそヴィトの『バルトラ』のような組織が蔓延り、住人達は悪に身を委ねることを選んでいくのだ。
サイラス騎士団はあくまで地上の組織、奈落に来ること自体が異例なのである。
「ちっ……囚人と言葉を交わすなとでも言われてるのか。」
「そういうことだ、グレコ。全く名字不詳の奴は呼びにくいな。」
グレコが兵士に話しかけることを諦めて壁にもたれかかると、一人の男が部屋に入ってくる。
この男ならばグレコにも見覚えがある。
ラストア……とかそんな名前の騎士。
グレコをここに連れてきた張本人ではないか。
「サイラス騎士団治安維持隊だったか?奈落の治安を維持する前に地上の犯罪を取り締まったらどうなんだ。王城の近くにある居酒屋、あそこ盛大なぼったくりだぞ。」
「ふっ、流石に元勇者だけあって詳しいな。だが今は貴様の方が重要だ。黙って投獄されていろ。」
「投獄されてるったって限度があるだろ。俺はいつまで放置されるんだ。処刑なり解放なりさっさとしろ。」
目の前に立つ厳格な男に対し、全力で敵意を見せる。
つい最近元騎士を殺したばかりだが、この男は奴とは違って極めて真面目に騎士をやっていそうだ。
それこそ上から指示をされれば何でもやりそうな。
「お前の処分は検討中だ。」
「検討中?ふざけたこと言うんじゃねぇ。いつまで検討すれば答えが出るんだよ。」
「検討中だ。」
だめだ、こいつらの目的は俺の拘束。
恐らくはなからこちらを裁いたりするつもりがないのだろう。
グレコはまともに話し合うことを諦め、硬い床に寝転がった。
「じゃあ取り敢えず食事だけどうにかしろ。あんな飯じゃ俺はすぐにくたばるぞ。」
「検討しておこう。サン、引き続き監視は任せたぞ。」
言葉をかけられたサンという男がラストアに敬礼をする。
全く何から何まで検討中。
ふざけた話である。
部屋から出ていったラストアの堅物そうな顔を思い浮かべ、唾を吐く。
「なぁ、お前。サンとかいう名前なんだろ。俺と楽しくお話ししないか。」
「……。」
放置されるというなら脱獄するまでだ。
その一歩目として利用できそうなものは利用しなければ。
「サイラス騎士団所属ってことはあのお姫様達も知ってるよな。あいつら元気にしてるか?追放されてはいるが一応俺はあいつらの元仲間なんだ。」
「……。」
「あいつらは二人とも頭良さそうにしているが昔から問題を抱えてるからなぁ。ライラは無口すぎてほとんど話さないし、アイラは気が強すぎる。それこそ、俺みたいなのに絡まれて籠絡されそうだ。」
「貴様っ……!」
作戦は成功したようだ。
いくら職務に忠実な男といえど、サイラス王国の騎士となれば必ずあの姫達を信望しているはず。
そう思ってからかってみたが、グレコの想定通りサンの顔は見るからに怒り狂っている。
「もしそうなったらお前の職も危ういかもなぁ。まぁその時は安心しろよ。王様になった俺の小間使いとして雇ってやるさ。はっはっ!」
「貴様それ以上姫様のことを侮辱してみろ……!今すぐにでもその細い首を跳ね飛ばしてやる。」
「おいおいそんなことしていいのか?お前の職務は監視なんじゃないのかよ。」
サンの目がどんどんと赤くなっていき、頬も紅潮していく。
いいぞその調子だ。
グレコが内心でにやにやとしていると、サンが檻を両手で掴んできた。
「ふっ、ラストアからは俺のスキルを教えてもらわなかったのか?俺に触れられたら、終わりなんだ。」
「……しまった!」
グレコに手を触られ、サンの怒り狂った顔が一瞬で硬直する。
どうやら【掌握】のことは知っていたようだ。
「俺を恐れてくれて、ありがとな。げ・ぼ・く。」
「……。」
サンの【掌握】及び操作に成功し、虚な目になったサンに扉を開けさせる。
あまりにも完璧な脱獄作戦だ。
「さて、取り敢えずコルワでも探しにいくか。」
牢を抜け出し、大きな伸びをする。
投獄されたのは自分だけではない、一応助けに行かなければ。
サンから適当に服や武器を奪い、自分の代わりに檻に閉じ込める。
脱獄したとはいってもここはサイラス騎士団の本拠地。
覚悟を決めて、部屋を出た。
「ラストア団長!お疲れ様です!例の方がいらしたので中へお通ししました。あちらの部屋でお待ちです。」
「あぁ、すぐに向かう。後数時間でサンと交代だったな。奴の監視任せたぞ。くれぐれも奴に触れられるな。」
「はっ!」
長い廊下を歩いていると、横の扉の奥から話し声が聞こえてくる。
流石に騎士だけあって声が大きい。
扉一枚挟んでいるというのに、話している内容が筒抜け。
やはり【掌握】は警戒されているようだ。
(コルワを探す前にこいつらの話を聞いとくのはありだな……。俺を投獄した理由は知っておきたい。)
そう考え、グレコは壁に手を当てる。
【掌握】で見る限り中にいる人間は一人。
隣の部屋にはラストアと客がいるのだろうが、取り敢えず今【掌握】した部屋の中にいるのはそれだけだ。
一人だけならさっと処理して潜入することも可能だろう。
ここからでも【掌握】でラストアの様子は感知できるだろうが、小声で話されでもしたら困る。
せっかくならばこの目で会話を覗き見させてもらおう。
そうと決まれば、グレコはさっきくすねた短剣を床に転がし、音を鳴らす。
「ん?何の音だ一体。どれどれっと……。」
「悪いな、大人しく寝といてくれ。」
音に気付き様子を見にきた兵士を即座に拘束する。
簡単な手だが警戒心の強い騎士達には有効な作戦だ。
潜入やら脱獄やら悪事を働く手段なら心得ている。
拘束した兵士と共に部屋の中へ入り、適当な棚の中に身柄を放り込む。
できる限り静かに行動した甲斐があったようで、横の部屋にいると思われるラストアもこちらに気づいていないようだ。
改めて隣の部屋の扉に手を当て、【掌握】しながら中の会話に耳を傾ける。
「ご苦労様ですラストアさん。グレコの様子はいかがでしたか。」
「あぁ、早く出せと喚いていた。相変わらず邪悪な顔だ。」
言葉を交わすラストアと客人。
その顔を【掌握】で見た瞬間、全ての合点がいった。
「で、ベリオット殿は見つかったのかね。こちらとしてもいつまでも奴を拘束しては居られないぞ。」
「残念ながら……。自分が持っていた奈落の賭場の招待状がなくなっていたため、グレコが関与していることはほぼ間違いないと思うのですが。」
ランベリー・レオナル。
やはりグレコの邪魔をするのはこの男だ。
怪我も治りベリオットの不在に気づいたのだろう。
仲間がいなくなったらすぐに行動を起こすのがこの男だ。
「身分を隠して賭場通い……全くベリオット殿も相変わらずだな。しかしそうなるとやはりグレコを尋問するべきでは?奴に聞けばすぐにわかる話だろう。」
「いや、やめておいた方がいいと思います。グレコは酷くプライドの高い男です。迂闊に危害を加えれば何をされるかわからない。」
なるほど、『検討中』というのは本当だったようだ。
実際ランベリーの判断は間違っていない。
グレコの見る限り、騎士団の人間はグレコのことを警戒している人間が多い。
警戒は恐れだ。
簡単に【掌握】で操作できるし、こちらに何かしてこようものならいくらでも暴れられる。
「まぁ後一ヶ月ぐらいは拘束可能。ベリオット殿の消息を掴み次第奴の処遇を考え直そう。」
「ええ、奈落の住民への聞き込みもしていますしそう時間はかからないと思います。賭場では身元不明の人間が毎日戦っていますから、そこらを中心に捜索するつもりです。」
ランベリー達が話し合いを一段落させ、椅子から立ち上がり始める。
しかしこうなるとどうしたものか。
このまま逃走しようにも何かしら正当な理由を用意しなければ、色々と問題が生じるだけだ。
幸いなことにこの前闘技場で死んだ人間がベリオットだと知っている人間は多くない。
ベリオットは行方不明、ということにしておいて俺も解放される。
それが最高のシナリオだ。
取り敢えず身を隠そうと机の下に身を忍ばせたところで、隣の部屋への扉と廊下との扉、双方がゆっくりと開く。
「おう、騎士団のクソ野郎とそっちは天下の勇者様かぁ?俺の部下、返して貰おうかぁ。」
久方ぶりに見た上司が、狭い部屋の中で笑っていた。




