14.馬鹿と屑
「おらー!もっと戦え!」
「お前に子供の学費かけてんだ!命はれやぁ!」
頭上に降ってくる紙屑や石ころ。
思えばあの老人について行ったことが失敗だった。
初めてここに来た時から数日。
積み上がっていた儲けは泡と消え、その代わりに山のような負債が肩にのしかかった。
ギャンブラーとして賭場に通っていると偶にこういうことはある。
しかしあまりにも今回は酷い。
こちらだってかなりのギャンブル慣れをしている。
そう簡単にスるわけがないのだ。
明らかに意図的にそれもかなり徹底的に仕組まれているはずだ。
ベリオットはある種の諦めの中、横に立つ男へ声をかける。
「で、本当にこの試合に勝てば借金返済でいいんだな。」
「あーそうだそうだ!今日の相手はお前と同じギャンブラー!元冒険者で腕っ節は相当だぜ!」
いつか声をかけてきた若者達のうちの一人。
完全に賭場全体で自分を嵌めたのだろう。
だがまぁここで暴れてしまってはランベリー達に賭場通いがバレてしまう。
ただこの試合に勝てばいいだけ。
そう思いながらベリオットは愛槍を握る。
「さぁ始まりました!本日の対戦は素性不明の謎の老ギャンブラーVS元冒険者にして闘技場の主!アルバートォォォ!!!皆さん!盛り上がって参りましょう!!!」
「うぉぉぉぉぉぉ!!アルバートォォォ!!」
ベリオットが闘技場の真ん中に立つと、高らかなアナウンスと客の歓声が耳をつく。
目の前に居るのが対戦相手ということだろう。
全く勇者の仲間ともあろうものが何故こんなところで素性を隠し戦わされるのだろうか。
自分のせいといえば自分のせいなのだが実に面倒くさい。
「おうジジイ、こんなとこにまで連れてこられて災難だったな!俺の名はアルバート、今日お前を殺す男だ!」
「あぁそうか。おい若造、俺も殺しはしたくない。頼むからさっさと負けてくれや。」
アルバートとかいう名前らしい対戦相手がこちらに声をかけてくれる。
アナウンスも常連とか言っていたが、どうやら本当にこの闘技場に慣れているようだ。
ギャンブルに何度負けても試合に勝てば何度でも取り返せる。
中々にいい仕組みのような気がしてきた。
ベリオットは妙な高揚感を持ちながら目の前の男を見据えた。
「それじゃあ両者、構えて!スタート!」
「うぉぉぉぉ!!!」
盛大に試合開始が宣言され、アルバートがこちらに向けて走ってくる。
舞い上がる砂埃、鳴り響く観客の叫び声。
こうして一対一で戦闘をするのは久々、ベリオットの心は自然と躍り始めた。
「俺は剣術で身を立てたんだ!甘く見るなよ!」
「俺は槍術で世界を救ったがなぁ!」
アルバートにしか聞こえない程度の声でそう叫び、槍を振る。
元冒険者というだけあって剣の筋は中々いい。
速度もパワーも十分だが、所詮冒険者レベルだ。
この程度ならグレコの方がよっぽどマシである。
「いいか、俺は槍の専門家だがな。お前に一つ助言をしてやる。剣術というものは隙がないから強いんだ。」
アルバートの攻撃は極めて荒削り。
高速で高火力の攻撃を放ち続ける、その戦い方で勝てるのは弱い魔物と戦闘慣れしていない一般人だけだ。
ベリオットのような戦いを極めた男からすれば、止まって見える。
繊細に放った突きがアルバートの脇を刺し、彼が体勢を崩す。
「くっ、ジジイ!正体不明のギャンブラーじゃなくてゴリゴリの戦闘経験者じゃねぇか!けど俺も負けてねぇぞ!」
立ち上がったアルバートが距離を詰めてくる。
剣を振るには近すぎる間合い。
ベリオットがそう思った頃にはもう遅かった。
「仕込み武器……意外と姑息じゃねぇか。」
「はっはっはっ!闘技場の主と呼ばれた俺の力を思い知れ!ここの戦闘は何でもありなんだよ!」
「でたぁぁぁぁ!!アルバートの仕込み針だぁぁ!」
観客の声がベリオットの脳に響いてくる。
単に剣の柄に針を仕込んでいただけではない、恐らく毒まで盛られているようだ。
徐々に体の動きが鈍っていき、視界が揺らいでいく。
だがしかし、ここらがベリオットの本領発揮だ。
「お前を倒せば俺は明日もギャンブル出来るんだ!くたばれぇ!」
「悪いがそれは俺も同じなんでな、おらぁ!」
アルバートが意気揚々と振り下ろした剣を弾き飛ばす。
【蓄積】
長年ベリオットと戦いを共にしてきたこのスキルは中々にピーキーな性能をしている。
ダメージを受ければ受けるほど筋力が強化される。
話だけ聞けば有用なスキルなのだが、デメリットの多さが果てしない。
食らったダメージは全く軽減されないし、力に変えるまでもなく瞬殺されれば成す術がない。
加えて筋力にしか変換されないから、速度や耐久の面ではただの負傷者のレベル。
元騎士である身の上にはふさわしい能力だが、ベリオットはこれを嫌って戦士を名乗っている。
「金稼ぎの時ぐらいは役に立て、この厄介者がぁ!」
目を血走らせながら槍を振るう。
本来ならばこんな乱雑に振り回すものではないが、今の筋力なら楽勝だ。
鈍る体に鞭を打ち、アルバートをねじ伏せる。
「くっ!わかった俺の負けだ!こんな化け物敵うわけがない!」
アルバートが負けを認め地面に膝を突く。
命乞いの次に聞こえてきたのは例の歓声であった。
「本日の勝者が決まりました!闘技場の主、アルバートを下したのは正体不明の老人!新たな英雄の誕生です!!」
「うぉぉぉぉ!!ジジイよくやったぞぉぉぉ!!!」
なるほど、これがここバルトラという賭場のシステムか。
賭場の確率を操作し客を罠にはめ、闘技場のファイターにする。
勝てる奴は金を稼げるから賭場に入り浸るし、負けるやつは闘技場の土に消えていく。
賭場側からすれば一切の損がない完璧な形態だ。
ベリオットは感心しながら闘技場を後にした。
「さっ、借金を返せたところでもう一回ルーレット回しにいくか!」
結局自分もアルバートと同じ穴のムジナだ。
例え賭場の術中だろうと、またこの闘技場で勝てばいい。
ギャンブルの楽しさは稼ぐことではない、勝つことだ。
「さて、いつ決行するか。」
闘技場の上の上、関係者専用席でベリオットの戦いを見つつ、グレコは呟いた。
ここまで驚くほど順調に作戦は進行している。
こちらがやっている下準備もそうだが、ベリオットが予想以上にこちらを無警戒だ。
恐らくランベリーは「グレコが復讐を目論んでいる」という事実を周知するばかりで、奈落で働いていることなど細かいことは伝えていないのだろう。
人に色々話して警戒させるよりは、自分一人で全てを抱え込んで解決しようとする。
世界最強の男の悪い癖である。
「明日……とかにしない?お願いだからさぁ!」
「おぉなんだお前。ルネの所で殺されまくってたんじゃないのか。」
唐突にグレコの首が絞められ、後ろからコルワが姿を表す。
【不死】が追いついていないのか体はボロボロ。
普段のコスプレ衣装も今日はなく、哀れな全裸。
全裸でも男とは思えないほど綺麗な体をしているのが腹たつが、だいぶ滑稽な姿である。
「殺されまくってるんだよ!見ての通り!これでも命からがら逃げてきたの!これ以上一緒にいたら本当に死ぬって!」
「例え廃人になっても死にはしないだろ。けどまぁ明日やるのはありだな。そろそろランベリーが起き上がりかねない。」
ランベリーが倒れたのは数日前のことだ。
肌が爛れているわけだから普通の人間はまだまだ治癒できないはずだが、奴は普通ではない。
体が動くようにさえなれば、【無視】で痛みを無視して戦いに来れるはずだ。
こちらが組んだ策はあくまでベリオットを殺すもの、ランベリーまで加われば討伐は不可能に近い。
あの化け物が眠っている間に、作戦を実行しなければ。
「ルネの方は明日で大丈夫なのか。」
「大丈夫も何もあのばあさん何もしてないよ!奈落の魔女とかいう名前はお飾り、僕を殺すことに命を懸けてる大馬鹿野郎!」
まぁその印象に関してはグレコも同意だ。
ダードからルネの話は聞いているが、あの婆の仕事の話は聞いていない。
「グレコの方は明日で大丈夫なの?なんか色々悪巧みしてるんでしょ?」
「こっちも特に問題はない。そうだ、久々に会わせてやるよ。おい!」
グレコは大きく声をかけ、奥から一人の少女が静々と現れる。
虚な目と小さな体。
かつてグレコが【掌握】で操作したセドナである。
「わぉ♪久々だねこの子も。今日は僕のこと殺したりしなそう!」
「セドナ、こいつを殺せ。」
「はい。」
セドナが短く返事をし、コルワに向かって空気砲を射出する。
【放出】を使えばコルワを殺すことなど赤子の手を捻るに等しい。
転がったコルワの首を片付けるより早く、死体は動き出して文句を言い始めた。
「おつまみ感覚で僕を殺さないでよ!全く本当最低だね……。ていうか完全に操作してるんだ。」
「中々いい出来だろ。まぁこいつを見ればわかる通り俺の準備も万全だ。明日、決行するぞ。」
セドナの頭を撫でながら言葉を交わす。
ここまで長かったが、やっとベリオットの無様な死に顔がみれるのだ。
ありがたく楽しませて貰おうじゃないか。




