1-6 『安閑』
「あの……いつになったら教えてくれるんです? こうしている間にもどんどん時間が……」
「気にしなぁい気にしなぁい! 焦っても、剣はぁ教えてあぁげられなぁいよぉ?」
どういうことだろう?
師匠なりの考えがあるのだろうか?
もしそうなら、僕は彼女に何も言えない。相手は一流の騎士なんだ。僕が何かしら意見していい立場じゃないことは分かってる。
でも……僕は焦る。
そうして時間が過ぎていつの間にか夕方、とかになっていたらさすがに「今日は何だったんだ!」って叫ぶかもしれないけど、さすがにそれはないよね?
ここは信じよう。
どうか、ただ「教えるのが面倒だから」っていう理由だけは勘弁してッ!
弱い僕はそう信じるしかないけれど、しかし一向に師匠はお茶をひたすらたしなんでいた。リッチなお嬢様! っていう感じはしないけどね。だって鎧着てるから物々しすぎるよ。帯刀してるし。
さらに三十分後!
「さぁて、ご飯にしましょぉうか!」
「……は、はい」
なんでだよぉぉぉぉぉっっ!!
この人……教える気ないでしょ!?
ていうか、ここに来た時にすでに部屋中レトルトカレーの容器だらけだったけど、たった一時間半くらいでさらに食べるの!? この人、一日何食食べるつもり!?
ああ、問いただしたい。教える気があるのかどうか、そして、一日に何食食べているのか! もしかすると、これだけ食べるから強いのかもしれないしね!
師匠は席を立つと、キッチンへ向かった。
しばらくして戻ってきた彼女は、やはりレトルトカレーを山盛りご飯にかけてきた。彼女の華奢な腕が、よく支え切れているなと思うぐらいの山盛りだった。
それもふたつ。もちろん、片方は僕の分だけど、そんなに食べられないよ? なにこれ、パワハラ?
しかし、文句を言っても仕方ない。僕は目の前に置かれた山を見上げて、ごくりと唾を飲み込むと、山にスプーンを突っ込んだ。
スパイシーな香りが食欲をそそるが、瞳を開ければそれも減退する。
確かにおいしいよ。
でも、こんなにたくさんはやっぱり食べられないかな?
おそらく、これ一食でレトルトカレー三食分は使っているだろう。これだけで一日分だね!
師匠はきっと浪費家だ。ふと彼女を見ると、何とそちらのほうが遥かに山が高い。おお、富士山とそこらの山くらいの差がある!
「いっただきまぁすぅ!」
しかも、その富士山を一気に食べるのだ。僕がちまちま食べている間に、師匠は完食!
そして再びキッチンへ!
また富士山級のカレーを盛ってやってきた! どんだけカレー好きなの!?
僕が食べ終わる頃には、師匠は五回ほどおかわりしていた。この人、バイキングに連れて行ったら嫌がられる客になりそう。時間内永遠カレー食べていそうだけど。
「ごちそぉうさまでしたぁ」
「ご、ごちそうさまでした……」
何とか完食できたけど、師匠はまだまだいけるぜ! っていう感じでにこにこ笑っていた。あなたの胃袋は四次元ポケットか何かですか?
僕は苦しいからしばらく動けそうにない。
「さぁて、剣の修行はじめましょぉうか!」
「今っ!?」
いま食べ終わったばかりなのに、そんなにすぐに動けるわけないでしょう!?
ああ、でもこの人ならきっと動ける!
なんだかそんな雰囲気がある!
だから逆に自分の未来が不安だ!
そんな僕に、師匠はむぅと頬を膨らませた。
「タグはぁ、教えてもぉらう気があるのぉ?」
いや、教える気があるかどうかも分からない人にそれを言われても全く説得力がないよ!
だけど、そんなことが言えるわけもない僕は、
「いえ……でも、食べたばかりだし……」
「敵はぁ、いぃつ襲ってくるかぁ分からなぁいんだよぉ? これはぁ、まだましな状況なぁんだからねぇ?」
た、確かにそうだけど……。
「なぁにがあってもぉ、ちゃぁんと対処できなぁいと、剣を教えてもぉ、意味がなぁいんだからねぇ?」
「……」
いつ何があるか分からない生活の中で、いつ好機や危険があるかは分からない争い……それに臨機応変に対処してこその騎士。
なんだか、かっこいいなそれ。
僕は思わず納得して、苦しいながらも立ち上がった。
「分かりました。僕は神を殺したい……だから、剣を教えてください!」
「うんうん。もぉちろんよぉ、タグ。昨日わたぁした模擬刀もってぇ、ついてきてぇね」
僕は腰に提げていた模擬刀の柄を握ると、師匠の後をついて行った。
僕は絶対に神を殺す。そのためなら、今苦しいからって嘆いている暇なんてないんだ!
胸にその感情を刻み込んだ。
この感情を、この思いを忘れないようにしよう。
苦しいなんて言っていられないんだから。
だって、僕の妹はすでに死んだから。
神によって殺された……その復讐をするのに、妹をいつまでも待たせるわけにはいかないんだ!
でも焦る必要はない。焦りと一生懸命とは違うんだ。
焦ってもうまくいかないことがあるし、一生懸命でもできないことはある。
一生懸命でうまくいかなかったとき、つい焦ってしまうけれど、その時こそ落ち着くべきなんだ。
深呼吸して、ゆっくり歩き始めれば、できなかったことだっていつかできるかもしれない。
頭を休ませるのも、たまにはいいことなんだ。
いつも同じことを考えて苦しんでいても、目的を見失うだけなんだから。
そして、僕はまだ始まってもいない。
まだこれから、師匠にいろいろなことを教えてもらう。
僕はまだ未熟だから、学ぶことは多くて苦しいだろうけど、それでも前に進もう。
嘆かないように、そして焦らないように……。
まあ、師匠の緩慢さを見ていると、どうも焦ってしまうけどね。彼女みたいに、ちゃらんぽらんとも取れる行動をしているのに、なんでこの人は剣の腕があるのだろうか。
彼女を越えなければいけない――それを思い出して、僕は唾を飲み込んだ。
無理だと思うな。
できると思え。
焦っても仕方ないけど、いつまでも時間をかけていられないのも事実だけど、いつか必ず、この人より強くなって、そしていつか、神を殺せるほどの剣術を身につけるんだ!
道のりは長い……先が全く見えない闇の中。
その真っ暗な闇を切り裂く一本の剣……僕自身という一本の剣を鍛錬させ、磨き上げ、光をつかみ取る。
僕は息を吐き出して、よしっと小さく意気こんだ。
師匠の部屋はやっぱり広い。空き部屋だけでも十個くらいはありそうだ。でも、そのすべての部屋が散らかっているのはどうかと思う。立派な騎士は片付けができないのかもしれない。
やがて連れてこられたのは、道場のような部屋だった。中は広く、壁には様々な模擬刀が掛けられていた。薙刀や竹刀、大斧、大剣なんかもある。
部屋は木で作られ、涼しい雰囲気があった。部屋の奥は少し段差になっていて、壁の上のほうに習字で「飛翔」という文字が掲げられていた。
天井は高く、網目状になっていた。その隙間にガラスがはめ込まれていて、そこから光が降ってきていた。この部屋には照明がないらしい。それでもここまで明るいのだから驚かされる。
壁に窓はなかったけど、外はきっと曇り空になっているはずだった。ここまで明るいということは、もしかするとこの部屋は雲より高いのかもしれない。まさかとは思うけど、それが本当ならすごいなぁ。
師匠はまず、部屋の中心まで歩いていくと、そこに座禅した。僕はその正面に座らされて、同じ格好になる。
「じゃあねぇ、まずはぁ、瞑想してみよぉうか? 目を閉じてぇ、呼吸することだけぇを意識するのぉ」
「はい」
瞑想をすることから、僕の鍛練は始まった。




