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魔法世界の名探偵  作者: 敷座武雄
閑話四 特別捜査局もどき
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事件編

 仁とアリシアが王女誘拐事件の捜査を始めてから数日後。

 二人が住む家の前で、燃えるような赤髪を背中まで伸ばした少女と、艶やかな黒髪を同じように長く伸ばした女性が話をしていた。

 その脇では、茶髪で一際背の高い男が手持無沙汰な様子で貴族街の街並みを眺めている。


「それで、アリシアとジンはまだ帰ってきてないのね?」


 赤髪の少女、キャロル・ファルギエールは仁の従姉である桜にそう尋ねた。

 その隣では、引っ張られてきたジョン・デクスターが半眼でキャロルを睨んでいる。


「そうなの。アリシアちゃんがついてるけど、仁ちゃんが危ない目に遭ってるんじゃないかって気が気じゃないわ」

「さすがに王城の中でそんな危険なことが起きるとも思えないのだけれど……じゃあこれはまた今度ということね」


 そう言ってキャロルは手に持った紙の束を軽く叩いた。

 彼女が持っているのは魔法学校からの連絡やアリシアの成績などが書かれた紙だった。

 桜は申し訳なさそうな表情でキャロルとジョンに謝った。


「ごめんね、キャロルちゃん。それにジョン君も、わざわざ貴族街まで来てくれたのに」

「いや、俺はこのお嬢様に引っ張られてきただけですから。気にしないでください」


 ジョンがそう答えると、桜は苦笑を浮かべてキャロルを見た。


「だめよ、キャロルちゃん。ジョン君を無理やり連れてくるなんて。マシューさんも心配してるわ、周りの人を振り回していないかって」

「そ、それは……」


 兄の名前を出されて、キャロルは思わず口籠る。

 その様子を桜は妹を見るような目で見つめていた。


「サクラさんは、マシューさんとよく話すんですか?」


 不意に発せられたジョンの質問に、桜は「えっ」と声を上げた。


「いや、マシューさんがこいつを心配してたって言ってたじゃないですか。マシューさん、サクラさん達の家に魔法通信を掛けたりするんですか?」

「ああ、そういうこと」


 ジョンの不思議そうな表情を見て、桜は笑って答えた。


「この間、皆でキャロルちゃんの家に遊びに行ったことがあったでしょう? お礼の手紙を書いたら、返事が来たのよ」

「なるほど。このお嬢様を監視しろと」

「そんなことは言ってないわよ」


 キャロルを半眼で睨むジョンに、桜は苦笑を浮かべた。


「それじゃあ、私は買い物があるから」


 しばらく雑談を続けた後、そう言って買い物に出かけた桜をキャロルとジョンは見送った。

 桜の姿が見えなくなった途端、二人は口喧嘩を再開した。


「……毎日あいつらの家に行くのはどうかと思うぞ」

「サクラは楽しんでるでしょう。それに一人きりだとアリシア達のことが心配になると思うわ。気分転換は大事よ」

「心配してるのはお前だろうが」

「うるさいわね」


 キャロルが睨みつけると、ジョンは一際大きなため息を吐いた。



「すみません。お二人が特別捜査局の方ですか?」


 不意に声を掛けられた二人は、驚いて振り返った。

 そこにいたのは、白髪の小柄な老婦人だった。


「こちらが特別捜査局の本部と聞いたのですけれど。あなたがたが特別捜査局の捜査官ですか?」


 ジョンは思わず後ろを振り向いた。確かにここは特別捜査局の二人、仁とアリシアの住まいである。

 そこで雑談をしていたのだから、目の前の老婦人が自分たちのことを「特別捜査局の二人」と思うのも無理はない。


「ええと、いや、俺、じゃなくて私達は……」


 ジョンが勘違いを正そうとした時だった。


「はい、私達が『特別捜査局』です。何か御用ですか?」

「は?」


 隣でキャロルが澄ました顔でとんでもない事を言い出した。

 唖然とするジョンをよそに、キャロルと老婦人は話を進めていく。


「ええ、相談したいことがあるのです。警察にも相談したのですが、まったく取り合ってくれないのです。そこで『特別捜査局』ならばあるいは、と思って」

「分かりました。近くに『子犬の家』という喫茶店があるので、そこでお話を伺いましょう」

「本当ですか。まあ、ありがとうございます」


 キャロルの言葉に、老婦人は顔を綻ばせた。

 ジョンは突然の展開に固まっていたが、そこでようやく我に返り、キャロルを引きはがした。


「おい、何をやってるんだよ!」


 ジョンがキャロルに詰め寄ると、彼女は逆にジョンを睨み返した。


「いい? 王城に急に呼び出されて数日も帰ってきてないということは、二人は何か重要な事件を捜査しているのよ。警察も取り合ってくれないと言うし、誰かがあの人の話を聞いてあげる必要があるわ」

「なんで俺も巻き込むんだよ!」

「さっき『お二人が』って言っていたでしょう。『特別捜査局』が二人だということは知られてるのよ。私だけじゃ不審に思われるわ。あんたも協力しなさい」

「……なあ、せめて話だけ聞いて、後でジン達に知らせるとかにしないか?」


 ジョンは最後の抵抗を試みたが、キャロルは「それじゃあ意味がないでしょう」と言うと、そのまま老婦人と一緒に歩き出してしまった。

 一人後に残されたジョンは、天を仰いでぼやいた。


「ったく、あのワガママお嬢様は……」



「ご家族が行方不明……ですか?」


 キャロルはカレン・テイラーと名乗った老婦人に問い返した。

 三人は喫茶店「子犬の家」にいた。ジョンとキャロルが並んで座り、カレン・テイラーが二人の向かいに座っている。

 もっとも会話はほとんどキャロルと老婦人の間だけで、ジョンはぼーっと二人のやり取りを見ていた。


「はい。アリスという名前なのですが、三日前に家を出て、それきり戻ってこないのです」

「家を出た時にはおかしな様子はなかったんですか?」

「ええ。アリスがふらっと家を出ることはよくあるので、私も気にしなかったのですが」

「……ふらっと、ですか。普段は普通に帰ってくるのですか?」


 キャロルが尋ねると、婦人は「はい」と小さな声で答えた。

 そこで不意にジョンが口を挟んだ。


「そもそも一人で外に行かせたのがまずかったんじゃないですか。外出するなら一緒に行くとかすればよかったと思うんですが」

「あんたは黙ってなさい」


 キャロルが肘鉄をしながらそう言うが、向かいから「仰る通りです」という小さな声が返ってきたため、二人とも口を噤んだ。

 気まずい沈黙を打ち破るために、キャロルが再び口を開く。


「警察は取り合ってくれなかったとのことでしたが」


 彼女の言葉に依頼人は悔しそうな顔で頷く。


「はい。警察にはこのような些細な事件には構っていられない、と言われてしまいました」


 その言葉にキャロルは眉を顰める。


「テイラーさんはどちらにお住まいなのですか?」

「シャテリです。ここからは馬車で2時間くらいです」


 キャロルは少し考え込む仕草をしてから、となりのジョンに話しかけた。


「ねえ、あんたは明日、学校での報告以外にすることはある?」

「特に用事はないが、俺を巻き込むんじゃねえ」


 ジョンの抗議を無視して、キャロルはカレン・テイラーに向き直る。


「分かりました。明日にでも、そちらに伺います」


 キャロルの言葉に、彼女は深く頭を下げた。


「夫を亡くした今、アリスは私の唯一の家族なのです。どうかよろしくお願いします」

「分かりました。必ずアリスさんを見つけます」


 そう言ってキャロルは力強く頷いた。

 老婦人は最後にもう一度頭を下げて「子犬の家」を出て行った。

 老婦人を見送ったキャロルは、ジョンに問いかけた。


「あんたはどうするの?」

「……俺も行くよ。あんな状態の人を放っておけるわけないだろ。警察が動いてくれないってのもおかしな話だけどな」

「それが一番酷いわ。明日はまず警察でしっかり話を聞くべきね」


 そう言って気炎を上げるキャロルに対して、ジョンは一人、首を捻っていた。


「なんか、おかしな話だよな……」



 翌日、二人は朝一番の馬車に乗って王都からシャテリへと向かった。

 シャテリの馬車駅を降りた二人はすぐに警察へ足を運んだ。

 二人は「王都から来た探偵」と名乗ってアリスについての話を聞いたが、そこでは想像もしていなかった事実が待ち構えていた。


「子猫!?」

「ええ、子猫です。カレン・テイラーが捜しているアリスというのは、だいたい30cmくらいの茶色の猫ですね。確かに彼女はここに来て捜索願いを出しました。一応受け取りましたが、あまり人手は割けないと言った覚えがあります」

「……そ、そうですか」


 呆然としているキャロルを見て、警官が言いにくそうに話を続ける。


「お二人はわざわざ王都からいらっしゃったとのことですが、本当に大した事件ではないんですよ」


 その言葉にしばらく固まっていたキャロルだったが、やがてゆっくりと首を横に振った。


「いえ、詳しい話を聞かせてください」



 警官によると、カレン・テイラーは数年前に夫を亡くしたのだという。

 二人の間に子供はおらず、彼女はしばらくの間一人きりで暮らしていたそうだ。


「彼女によれば、いなくなった子猫は去年、知人から譲り受けたものだそうです。唯一の家族だと言っていました」

「ええ、私達にもそう話していました」


 キャロルの相槌に警官は頷いて話を続けた。


「子猫はテイラーによく懐いていましたが、一日に一度か二度、ふらっと外に出ては1,2時間で戻ってくることがあったそうです」

「散歩などはしていなかったのですか?」

「ええ、歳で体力的な余裕がなかったと言っていました」


 二人が話し合っている隣で、ジョンは頭を抱えた。


(これじゃ本当にただのペット探しじゃねーか)


 ジョンの気持ちをよそにキャロルと警官の話が続く。


「失踪したのは4日前の午後だそうです。まだ日が高い時間に外に出たが、夜になっても帰ってこなかったそうです。ここに来たのは翌日、つまり3日前です」

「なるほど。テイラーさんの家の周辺は調べましたか?」

「いえ。地区を巡回している警官に話を聞きましたが、特に異常はないという報告でした」

「ありがとうございました。こちらでも少し調べてみます。何か分かりましたら、報告します」

「よろしくお願いします」


 キャロルの言葉に、警官は軽く頭を下げた。



「道理でおかしいと思った。失踪したのが人だったら、警察が必ず動くはずだしな」


 シャテリの警察署を出ると、ジョンは伸びをしながらそうこぼした。が、キャロルの返答がない。

 振り向くと、キャロルが頭を抱えていた。

 ジョンは一つため息をついて、キャロルの頭を突いた。


「お前がちゃんと確認しないでここに来たのがいけないんだろうが」

「ちゃんと確認しなかった自分が許せないのよ」

「まあ確かに、あんなこと言われたら人間だと思っちまうけどな……なんかそんな話を聞いた覚えがあるな」


 ジョンの言葉にキャロルが勢いよく振り向く。


「本当に! どういう事件? 関係あるかしら?」


 鼻息荒く詰め寄るキャロルから距離を取りつつ、ジョンは答える。


「ジンから聞いた小説の話だよ。確か、誘拐事件の解決に向かったら、被害者が猿だったっていう話があるらしい」

「……なんの参考にもならないじゃない」


 がっくりと項垂れる彼女にジョンは声をかけた。


「なあ、別に本気で捜す必要はないんじゃないか? 子猫だろ?」


 その言葉にキャロルは勢いよく顔を上げてジョンを睨みつけた。元々釣り目がちな目がさらに吊り上がる。


「何を言っているのよ。どういう事件だとしても、引き受けた以上、事件は解決するのよ」

「まあ、そうだな。特別捜査局として来ちまってるわけだし」

「特別捜査局でなくても、よ。一度引き受けた以上、いい加減に放り投げていいことはないわ」


 キャロルの剣幕に押されてジョンは無言で頷いた。こういう頑固さは彼女の欠点でもあり、また美点でもある。


「とにかく、テイラーさんの家に行って詳しい話を聞きましょう。あと、近所の人にも話を聞く必要があるわ」


 そう言って歩き出したキャロルの後をジョンはついて行った。



 カレン・テイラーは喜んで二人を出迎えた。


「ようこそいらっしゃいました。本当に遠くまでありがとうございます」


 二人は居間へと通され、香りのよい紅茶と共に彼女の話を聞いた。


「アリスがいなくなった日のことですが、アリスはどこから家を出て行ったんですか?」


 キャロルの問いに、彼女は居間の奥にある人が通れないような小さな扉を指差した。


「アリスは外に出たくなると、その扉の近くに行くのです。私が扉を開けると、あの子は外に遊びに行くのがいつものことでした」

「帰ってくる時はどうしていたのですか?」

「夕方には帰ってくるので、扉は開けっ放しにしていました」

「それはあの日も同じでしたか?」

「はい」


 老婦人の答えに頷くと、キャロルは扉に近づいた。扉の周囲を見たり、開け閉めを繰り返したりしている。

 見かねたジョンがキャロルのところに行き、小声で囁く。


「おい、何やってるんだ」

「扉に変な仕掛けがないか確認してるのよ」

「……あったらテイラーさんが気づいてるだろ」


 ジョンがそう指摘すると、キャロルは無言で立ち上がり席に戻った。


「アリスが消えた前後に、あの扉におかしなところはありませんでしたか?」

(それを先に聞けよ)


 キャロルが問いかけ、ジョンが突っ込み、カレン・テイラーがしばし考え込む。


「……いえ、特に思い当たることはありません」


 その答えにキャロルはしばらく目を瞑って黙り込んでいたが、不意に頷くと席を立った。


「分かりました。それでは私達は周辺を調べてみます。聞きたいことがあった時にはまた伺います」

「はい。よろしくお願いします」


 老婦人も立ち上がり、深々と礼をした。



 カレン・テイラーの家を出た二人は、しばらく無言で家の前に立ち尽くしていた。

 やがて、ジョンがぼそりと呟く。


「で、これからどうするんだよ」

「それを考えてるのよ」


 カレンがぶっきら棒に言い返すが、その先が続かず、沈黙が二人の間に流れる。

 そんな二人の前を、帽子を被った大柄な男が歩いていく。両手には犬、猫、ウサギなどの餌を抱えている。

 男が通り過ぎてしばらくしてから、キャロルはぼそりと呟いた。


「あの男、ペットショップの人間かしら」

「そうかもな」


 ジョンも気のない返事をする。が、ふと我に返ってキャロルの方を向く。


「おい、この家だけじゃないかもしれないぞ」


 ジョンの言葉にキャロルは首を傾げるが、それに構わずジョンは話を続ける。


「この街にペットショップがあるなら、結構な数のペットがこの街で飼われてることになるだろ。シャテリはそんなに大きな街じゃない」

「そうね……ペットショップは基本的に大きな街にしかないもの」

「そうだろ。それで、この街にペットがたくさんいるなら、いなくなったペットがテイラーさんの子猫だけじゃない可能性が高い。ペットを飼ってる家に聞き込みをしてみれば、それが分かるはずだ」


 ジョンの言葉にキャロルはハッとした表情になる。


「なるほど! 確かにその通りね。まずはこの近所の聞き込みを……いえ、先にペットショップに向かうべきね。どの家にどんなペットがいるか、教えてもらえるはずだわ」

「そうだな。じゃあまず、商店街のペットショップに向かおう」


 お互いに頷き合って、二人は足早に商店街に向かった。


参考文献

エリザベス・フェラーズ「猿来たりなば」[1942]

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