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魔法世界の名探偵  作者: 敷座武雄
閑話四 特別捜査局もどき
85/85

捜査・解決編

 シャテリのペットショップは商店街の目抜き通りでも目立つところにあった。

 「パートナー・ハウス」という看板を掲げた店のドアを開けると、店内には犬、猫といったところから蛇、トカゲなどの爬虫類まで、様々な動物がいる。

 二人は爬虫類のいるスペースを避けながらカウンターへ向かった。

 カウンターには茶髪で童顔の小柄な女性が笑顔を浮かべて立っていた。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」


 キャロルが前に出て、女性に話しかけた。


「初めまして。わたくし、キャロル・ファルギエールと申します。こちらは助手のジョン・デクスター」

「誰が助手だ」


 ジョンが小声で抗議するのを無視して、キャロルは話を続ける。


「実は先日、カレン・テイラーさんの飼っていた猫が失踪してしまったのです。それで、彼女の猫についてお聞きしたいことがあるのですが、店長はどちらに?」


 キャロルがそう尋ねると、目の前の女性が微笑んだ。


「私が店長のブレンダ・ハーヴィーです。この店は私一人でやっているんです」

「そうだったんですか」


 キャロルは思わず彼女をまじまじと見つめてしまう。この小柄な女性がこの店を一人で切り盛りしているというのは意外だった。

 しかしすぐに気を取り直し、彼女はカレン・テイラーに飼い猫の失踪の調査を依頼されたこと、同様の事件が起きていないかを調べていることを話した。


「それで、この街で他にペットが失踪していないかを調べたいのです。このお店でどのペットを誰に売ったか、教えていただけませんか?」


 キャロルの質問に、女性は困った顔をして答える。


「申し訳ありませんが、お客様の情報を他の方にお教えすることはできません」


 キャロルはうっ、と言葉に詰まった。考えてみれば当たり前のことだ。そう簡単に顧客情報を漏らすわけがない。

 特別捜査局なら情報を提供してもらうこともできるだろうが、余計な嘘を吐きたくはない。

 と、そこでジョンが口を出した。


「では、最近こちらに来たお客さんの中で『ペットがいなくなってしまった』と言っていた方はいらっしゃいますか?」


 その言葉にキャロルは感心した。それならば話しても問題ないはずだ。

 ブレンダはしばらく悩ましげな表情をしていたが、やがて諦めたようにため息をついて、ジョンの質問に答えた。


「二人、そういう方がいらっしゃいました。一人はヴィクター・レインさん。先々週、飼っていた黒猫がいなくなったと話していました。もう一人はレイラ・ローダンさん。先週、ウサギを盗られたと話していました」

「盗られた?」

「はい。カゴの中で飼っていたのに気がついたら連れ去られていたとのことです」

「立派な窃盗じゃないですか!」


 キャロルが叫び、ブレンダも深刻な顔で頷く。


「ええ、ローダンさんは普通警察に届けたと話していました。捜査は進んでいないようですが……」


 二人は顔を見合わせた。他にもペットの失踪があった。しかも一件は明確な事件である。


「ペットがいなくなったお二人がどこに住んでいるのか、教えていただけますか?」


 ジョンの続けての質問に、ブレンダは「調べれば分かってしまうでしょうから……」と言いながら二人の住所を教えた。


「どちらもテイラーさんの近所じゃない」


 キャロルの言葉にジョンも頷く。


「もしかしたらこの二人以外にもペットがいなくなった家があるかもな。この二人も含めて、近所の聞き込みをしてみよう」


 二人が話し込んでいると、ブレンダがおずおずと口を開いた。


「あの、これ以上お話がなければ、お客様のお相手をしたいのですが……」


 彼女の言葉に二人はハッとした後、慌ててブレンダに頭を下げた。


「お邪魔してしまってすみません。お話ありがとうございました。おいキャロル、行くぞ」


 ジョンはキャロルに声を掛けたが、彼女は「ちょっと待ちなさい」と言うとブレンダに向き直った。


「すみません。最後に一つよろしいですか? 最近ここでペットが盗まれたということはありませんでしたか?」

「いえ、一度もありません」


 ブレンダの答えに「ありがとうございました」と返事をして、キャロルも「パートナー・ハウス」を出た。



 しばらく歩いたところでジョンはキャロルに話しかけた。


「最後の質問はどういう意味だ?」


 その問いに彼女は「ふふん」と胸を張って答える。


「あの店からペットが盗まれていないってことは、犯人は『パートナー・ハウス』の近くには住んでいないってことでしょう。やっぱり、テイラーさんの近所が怪しいのよ」

「ペットショップで動物の管理が緩くてどうするんだよ。あの店から盗めるわけないだろうが」


 が、ジョンから切り返されてキャロルは言葉に詰まった。二人の間に微妙な空気と沈黙が落ちる。


「と、とにかく! お昼も近いし、ここで昼食をとりましょう。それからテイラーさんの近所の聞き込みをやるわよ。何件事件が起きたか、調べるのよ」

「おう」


 強引に話題を打ち切って歩き始めたキャロルを茶化そうかと思ったジョンだが、ここでいつものような言い合いをしていたらいつまで経っても捜査が進まない。

 そう考えた彼は、おとなしく彼女の後をついて行った。



 昼食後、二人は再びカレン・テイラーが住んでいる地区へ戻り、ペットがいなくなったというヴィクター・レインとレイラ・ローダンの家での聞き込みを行なった。

 それぞれの家で黒猫とウサギがいなくなった状況を尋ね、さらに他にペットが失踪した家がないかを尋ねる。

 そうして聞き込みを繰り返し、午後2時頃に二人はなんとかペット失踪についての情報をまとめた。


「ペットがいなくなった家は全部で5つのようね」

「この地区以外にもいるかもしれないけど、調べるとキリがないしな」


 そう言いながら二人はメモを見る。


「いなくなったペットは犬が2匹、猫がテイラーさんのアリスを含めて2匹、ウサギが1羽……か」

「そもそもペットをさらって何をするつもりなのかしら?」

「飼ってるんじゃないか?」

「それなら普通に『パートナー・ハウス』で買えばいいでしょうが」

「……金がないとか?」

「餌やりや散歩も必要よ。それにただ飼いたいだけなら、一匹でいいじゃない」


 キャロルの指摘にジョンは黙り込む。が、しばらくして再び口を開く。


「でも、どこか一ヶ所に隠しているはずだぜ。そこら辺に放置してたら分かるだろ」

「それはそうね。この付近で動物をまとめて飼える場所を考えるわよ」

「そう言ってもペットを何匹も隠せる場所なんて……」


 そこまで言ったところで、不意にジョンは口を噤んだ。キャロルが「どうしたのよ」と声を掛けるのも無視して、彼はしばらく黙り込む。

 しばらくしてジョンはゆっくりと口を開いた。


「……この辺りに空家はないか?」


 その言葉にキャロルもハッとした表情になる。


「なるほど、普段は家で普通に生活して、空家にペットを閉じ込めてるってことね。あんたにしては冴えてるわ」

「後半は余計だ。とにかく、テイラーさんにこの辺りに空家がないかを聞きにいくぞ」



 二人は再びカレン・テイラーの家を訪れ、この付近に空家がないかを尋ねた。


「それでしたら、ここの二つ向こうの通りに面したところに一件空家があります。十年以上前から放置されている家で門も壊れていますから、アリスや他の子達を隠すことはできるかもしれません」

「他に似たような空家はありますか?」

「……いえ、この辺りにある空家はそこだけですね」

「ありがとうございます。今から向かってみます。アリスを見つけたら必ずご連絡します」

「分かりました。よろしくお願いします」


 キャロルはカレン・テイラーから空家についての情報を聞き出すと、ジョンを引っ張って彼女から聞いた空家へと向かった。

 十数分後、二人は彼女から教えられた空家の前に立っていた。

 門は壊れており、玄関に鍵が掛かっている様子もない。あちこちの窓に傷があり、壁もところどころ色が落ちている。雑草も伸び放題で、長年手入れがされていないのが分かる。

 二人は思わず空家の前に立ち止まり、お互いに顔を見合わせた。


「あんた、先行きなさいよ」

「お前が行け。お前が始めたことだろうが」

「あんたの魔法、近接戦闘特化でしょ。私が後ろから援護するから、あんたが先頭よ」


 二人はしばらく睨みあってたが、ジョンが根負けしたようにため息を吐くと、先に立って門を押し開けた。

 門をすり抜け、ギイギイと耳障りな音を立てるドアを二人は開けた。

 同時にジョンは「疾風」の魔法を発動させる。一息遅れて、キャロルも「炎槍」の魔法を発動させた。

 ギシリ、と鳴る床に一瞬動きを止めた二人だが、すぐに気を取り直して空家の中へ足を踏み込んだ。

 ホールにはゴミが散乱していた。先頭のジョンがそれをどかしながら進み、キャロルが後に続く。

 リビング、食堂、台所、風呂場などを一通り見て回ったが、ゴミや埃ばかりで、動物のいる痕跡はなかった。

 どうやらこの家にペットはいないらしいと考えた二人は、二階には上がらずに一階のリビングの椅子に腰を下ろした。


「どうやらここにはいないみたいだな」

「そのようね」


 二人はそう言ったきり、椅子に座ったまま黙り込む。しばらくして、キャロルが思いついたかのように口を開いた。


「そういえばあんた、ここに入る時に色々どかしてたわよね」


 それにジョンはムッとした顔で言い返す。


「悪いかよ。そうしないと中に入れなかったろ」

「そうじゃなくて。……もし犯人がここにペットを閉じ込めてるとしたら、あんなに散らかってなかったんじゃないかって思ったのよ」


 彼女の指摘にジョンは黙り込んだ。しばらくして「そうかもな」と応える。

 彼女の言った通り、この家にペットを運び込んでいたら自分達が通る以上のスペースが必要なはずだった。

 薄暗い部屋の中、気まずい沈黙が二人の間に訪れる。やがて、沈んだ表情でキャロルがぽつりと呟いた。


「やっぱりジンやアリシアみたいに上手くはいかないのかしら」


 その言葉にジョンは眉を顰めた。彼は立ち上がるとキャロルの頭を軽く小突いた。

 「なにするのよ!」と怒る彼女に、ジョンは「元気じゃねえか」と言い返す。


「最初からあいつらみたいにやれるわけないだろ。それでもやるって決めたんだろ。なら、なんでもいいからやってみようぜ」


 ぶっきら棒な口調だったが、キャロルはその言葉にハッとした。

 「いい加減に放り投げない」と自分で言ったのだ。一度や二度の失敗でへこたれていられない。


「そうね。二人ほど、とは言わなくてもそれに近いことはやれるはずだわ」

「その自信はどこから来るんだ」


 立ち直ったキャロルを見て、ジョンは苦笑しながら突っ込んだ。

 しかしキャロルは真剣な表情でジョンを見返す。


「前にマリソン・ソラナスの事件の捜査を手伝った時に二人が言ってたわ。犯人になりきって、その行動におかしなことがないかを考えるって」

「ああ、そんなこと言ってたな。お前の家で事件が起きた時も、ジンが俺たちの行動を予想してサポートしてくれたしな」


 キャロルの言葉に、ジョンもかつての事件で友人がしてくれた手助けを思い出した。


「そう、犯人でも私でもあんたでも同じよ。なりきってその行動を考えるの。どう行動したのか、どうしておかしな行動をしたのか」


 キャロルの言葉にジョンは頷く。が、すぐに渋い表情になる。


「なんでペットを何匹も盗んだのか、なんて想像のしようがないぞ」


 その言葉にキャロルは「うっ」と詰まるが、今度はすぐに立ち直った。


「それはおいておきましょう。とにかくペットを盗んだ犯人はどうすると思う?」

「どうするって、そりゃどこかに閉じ込めてるだろ。殺すだけならわざわざ見つかる危険を犯して盗む必要がない」

「絶対ではないけど、それはおそらく間違いないわね。じゃあどこに閉じ込めてるのかしら」

「ここじゃないけど、まあ他人の入らない所だろ……自分の家とか」


 ジョンの言葉にキャロルは唇を噛む。


「さすがに一軒一軒回るわけにはいかないわよね……」

「そりゃそうだろ。せめて誰の家にいるのかくらいは分からないとダメだろ」

「そうよね……家の中って言っても、玄関から見えるような場所には閉じ込めてないでしょうし」

「そうだな。押入れみたいな所か、もしあるなら地下室あたりか」


 そこで二人は黙り込んだ。家の中に閉じ込めているとして、ではどうやってその家を特定するのか。

 しばらく考えていたが、いい考えは浮かばずに二人ともため息を吐いた。


「どこの家にいるか、外から見て分かる方法はないかしら?」


 キャロルの言葉に、ジョンが呆れたように返す。


「だから、外から見られないような場所に閉じ込めているって結論だったろ。ペットもおとなしくしてないだろうから、しっかりと閉じ込めておかないと……」


 そこまで話したところで、不意にジョンが黙り込んだ。キャロルが不審に思って彼を見ると、その顔が徐々に険しくなっていった。

 しばらくすると、彼はゆっくりと口を開いた。


「……あの男だ」


 キャロルが「あの男って?」と問い返したが、彼はキャロルを無視して一気に捲し立てる。


「テイラーさんの家の前で見かけたペットの餌を抱え込んでいだ男だ! あの男がペットを盗んで自分の家に閉じ込めているんだよ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! なんでそう言い切れるのよ?」


 突然そう言い出したジョンに、キャロルは慌てて話を遮った。

 ジョンは改めて自分の考えを整理すると、キャロルに向かって話しかけた。


「いいか。犯人は盗んだペットをどこかに閉じ込めている。これは間違いないよな?」

「ええ、間違いないと思うわ。もちろん殺されてしまったかもしれないけど、生きていて閉じ込められている可能性の方が高いわね」

「じゃあ次だ。ペットを閉じ込めたあと必要なものはなんだ?」


 ジョンの問いかけにキャロルは首を捻る。


「……閉じ込めておくための檻かしら。あとは外から見つからないような部屋の用意?」

「そうじゃねえ。いや、もちろんそれも必要だけど……閉じ込めたペットを『生かしておく』ためには絶対に必要なものがある」


 ジョンが「生かしておく」という言葉を強調すると、キャロルもハッとした表情を浮かべた。


「餌ね!」

「そうだ! テイラーさんの家の前でペットの餌を抱え込んでた男を見かけただろ。あいつ、色んな動物の餌を買い込んでたじゃないか」


 キャロルは一瞬納得の表情を浮かべたが、すぐに難しげな顔つきをする。


「ちょっと待って。あの男が『パートナー・ハウス』の従業員だったら……あっ!」

「そんなわけないさ。だって」

「『パートナー・ハウス』はハーヴィーさんが一人でやっている!」


 ジョンの言葉に被せるようにキャロルが叫ぶ。彼女の言葉にジョンも頷いて、推理を続ける。


「問題はあの男がどこに住んでいるかってことだ。ただ、色んな動物の餌を買い込んでるわけだから『パートナー・ハウス』で聞いてみれば分かるだろ」

「いえ、それはありえないわ」


 キャロルはそう言うと、今度は自分の推理を話す。


「もしそんな変な客がいたら『パートナー・ハウス』であの人が話してくれたはずよ。あの男はシャテリの街の外で餌を買ってるのよ」

「……確かにそれもそうか。すると他の街で餌を仕入れたってことか?」

「ええ、そしてシャテリの街の馬車駅を降りてからは歩きで運んだはずよ。毎回馬車を都合したら不審に思われるわ。だからあの時、歩いて運んでたのよ」

「ってことは、犯人の家はテイラーさんの家の近くか!」

「そうよ。テイラーさんにあの男の特徴を聞けば男の家が分かるはずだわ!」


 そこで不意に二人は黙り込んだ。そのまま気まずい沈黙が続く。

 やがてジョンがゆっくりと口を開いた。


「……ところでお前、あの男の特徴、覚えてるか?」

「……あんたは?」


 一瞬の間の後、二人は同時に椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


「お前、なんで覚えてないんだよ! 先に見つけたのお前だろ!」

「あの男が犯人だって言ったのはあんたでしょ! あんたが思い出しなさいよ!」

「俺はほとんど見てないんだよ! お前は見てただろ!」

「私だってぼんやりとしか見てないわよ!」


 しばらく騒がしく言い合いを続けていた二人だが、今度はすぐに落ち着きを取り戻した。


「とにかく、覚えてる限りあの男の特徴を挙げていこうぜ」


 ジョンの提案にキャロルも頷いた。


「背はあんたより高くて」とキャロル。

「肩幅は広かった」とジョン。

「茶髪で髭はなかった」と二人の声が揃う。


「取りあえず、テイラーさんに話を聞こう。これだけでも特定できるかもしれないぜ」

「そうね。少なくとも、ある程度は絞れるはずだわ。急ぎましょう」


 二人は再び同時に立ち上がって、空家を飛び出していった。



「それはジミーさんじゃないかしら?」


 ジョンとキャロルから「餌を抱えた男」の特徴を聞いたカレン・テイラーはそう答えた。

 キャロルが彼女に質問を重ねていく。


「ジミーさんというのは? どこに住んでいるんですか?」

「ジミー・モーズリーさんです。この通りを向こうの方に行って右側の、大きな緑の屋根のある家に住んでる方です」


 カレン・テイラーが指した方向は正に、男が歩いて行った方向だった。


「ところで、ジミーさんはどんなペットを飼ってるんですか?」


 キャロルがそう質問を振ってみると、老婦人は首を傾げた。


「いえ、あの人がペットを飼っているという話は聞いたことがありませんけれど……」

「では、『パートナー・ハウス』に勤めていたりしますか?」


 その言葉に、老婦人は僅かに笑みを浮かべた。


「お二人もあそこに行かれたのね。でもあそこはハーヴィーさんが一人でやってらっしゃるの。少なくともジミーさんが勤めている、ということはないわ」

「なるほど……ありがとうございます。大変助かりました」


 キャロルは礼を言うと、ジョンと素早く目配せを交わした。



 ジミー・モーズリーの家に向かって歩きながらキャロルは「決まりね」と言った。

 隣を歩くジョンは「絶対じゃねえけどな」と返したが、その顔は今までにないくらい緊張で引き締まっていた。

 無言で歩き続けるうちに、カレン・テイラーから聞いた緑の屋根の家が見えてきた。

 二人は家の前で立ち止まる。表札にはジミー・モーズリーの名前が書いてあった。

 意を決して、キャロルがドアのベルを鳴らすが、何の反応も帰ってこない。

 ジョンがドアノブを回すが、やはりドアが開くことはない。

 わずかな沈黙を置いて、キャロルが口を開く。


「裏手に回るわよ。さっきと同じで、あんたが前、私が後ろよ」


 今回はジョンも無言で頷いた。二人は物音を立てないよう足音を忍ばせて裏手の勝手口に回るが、そちらにも鍵がかかっていた。

 ジョンが後ろについてきたキャロルを振り返る。


「どうするんだ」


 キャロルは彼に黙っているように合図すると前に出て「炎槍」を小さく発動させ、鍵の部分を焼き切った。そのままドアを開けて、手招きをする。

 ジョンはキャロルのとんでもない行動に唖然としていたが、彼女が家の中に入っていくのを見て、慌てて後に続いた。

 二人が入ったのは台所だった。周囲を見回すと見かけた時に男が持っていた様々なペット用の餌の袋が開いていた。


「当たりだな」


 ジョンが小声でそう言うと、キャロルも無言で頷く。


「それで、どこから探す?」

「外から見えるような場所には閉じ込めておかないはずよ。だから一階にいるとは考えにくいわ。二階のどこかかしら」


 キャロルの推測に、ジョンは首を横に振る。


「二階でも猫は隙を見て逃げ出される可能性がある。まずは地下室がないか探してみるべきだ」

「分かったわ」


 ジョンの言葉に短く同意し、彼女はジョンの後ろにつく。それを確認して、ジョンは見回りを始めた。

 台所から食堂へ、そこからリビングへ。ジョンは「疾風」、キャロルは「炎槍」を発動させたまま、周囲を警戒する。

 そうして一階を一通り見回ったが、ジミーにも出会わず、ペットも見つからなかった。


「もしかして、また間違えたのかしら?」


 台所に戻ったところでキャロルが悄然と呟くが、ジョンがそれを否定した。


「いや、当たりだ。これだけ歩き回ったのに、一階はもちろん、二階にも誰もいる気配がない。なのに玄関の鍵は掛かってた。ってことはどこかに地下室があるんだよ」


 玄関の鍵が掛かっていたのを確認していた彼はそう断言する。

 キャロルはなるほどと頷くが、すぐに首を傾げた。


「でも、どこにあるの? 一階は全部見て回ったけど、出入口なんてどこにもなかったわ」


 その言葉に「当たり前だろうが」とジョンは返す。


「そりゃ、ジミー・モーズリーを警戒しながらだったからな。見落としだってあるだろ。今度は本腰入れて」


 探すぞ、と言おうとした瞬間、台所の床が大きな音を立てて跳ね上がった。

 二人が驚いて振り向くと、そこには呆然とした表情で二人を見つめる、茶髪の大柄な男がいた。

 一瞬、台所の空気が固まる。


「うおおおおおおおおおおおお!」

「うわあああああああああああ!」

「きゃあああああああああああ!」


 男が吠え、ジョンが叫び、キャロルが悲鳴を上げる。

 三人の叫び声が響く中、どこか他人事のようにジョンは考えた。餌の袋が台所にあるんだから、台所に出入口があるのが当たり前じゃないかと。

 そんな恐慌状態から最初に立ち直ったのはジミー・モーズリーだった。

 地下室から飛び出しながら、懐に手を入れ大ぶりのナイフを抜く。固まった血のような赤黒い刀身が、禁術によって産み出された武器であることを物語っている。


「くっ!」


 ジョンは咄嗟にキャロルを突き飛ばし、自らは逆向きに転がった。二人の間を黒い何かが通り過ぎ台所の壁に直撃すると、壁が黒く変色してどろりと溶けた。

 それを横目に見ながらジョンは「疾風」で一気に間合いを詰めようとするが、男の振ったナイフから再び黒い物体が飛び出すのを見て慌てて飛び退る。

 二人は距離を置いて狭い台所で向き合った。ジョンは拳を構え、男はナイフを構えたまま静止する。

 その均衡を破ったのはキャロルだった。


「やあっ!」


 掛け声と共に1メートル近くの炎の槍が出現し、男に向けて撃ち出された。慌てた男は体勢を崩し、倒れ込みながらキャロルの「炎槍」をぎりぎりで避ける。

 その隙をジョンは逃さなかった。男が体勢を立て直すよりも早く死角に回り込み、拳を連続で叩き込む。

 低くうめき声を上げながら、男が崩れ落ちる。そこにキャロルが「炎槍」で一撃を加え、男を完全に沈黙させた。

 床に倒れ込んだ男が気を失ったのを確認して、ジョンとキャロルはほっと息を吐いて顔を見合わせた。


「こいつ、どうする?」


 しばらくの沈黙の後、荒い息を整えたジョンが口を開いた。

 少しの間、キャロルは考え込む表情をしていたが、すぐに顔を上げると台所をぐるりとぐるりと見回す。


「台所にロープが何かがあるはずよ。それでこの男を縛って魔道具を持ってないか調べましょう。それから地下室に下りるわ」

「分かった」


 キャロルの方針にジョンは同意する。

 数分後、二人は台所からロープを探し出して男を縛り、ナイフ以外に男が魔道具を持っていないことを確認した。

 目を覚まさない男をその場に放置して、二人は地下室への階段を下りていく。

 薄暗い部屋の四方に檻が無造作に置かれ、何匹もの動物が閉じ込められていた。

 恐る恐る部屋の中央に進んでいった二人だが、突然キャロルがジョンの袖を引っ張った。


「ねえ、あれ!」


 彼女が指差した檻の中にはカレン・テイラーのペットである子猫、アリスがいた。幸い餌などはちゃんと与えられてたようで、衰弱した様子は見られない。

 ジョンも子猫の様子を見て胸を撫で下ろした。


「しかし、こんなところに何匹も閉じ込めて何をするつもりだったんだ?」


 そう呟きながら、ジョンは周りを見回す。すると、ある物が彼の目に飛び込んできた。

 「まさか」と思いながら、ゆっくりと近づいていく。


「これって……」



「まさか、動物の血で禁術を行なおうとしてたとはな」


 翌日の昼、シャテリから王都アレクサンドリアに向かう馬車を待ちながら、ジョンがため息と共にそう吐き出した。

 隣ではキャロルがいまだに憤然とした表情をしている。


「実際のところ、動物の血で禁術の魔道具なんてできるのかな?」

「血液を使う魔道具はあるけれど、魔力のない血だと効果は微々たるものよ。そんなことより、ペットをあんなことに使うなんて信じられない!」


 ジョンの疑問に、キャロルは怒ったままそう答える。

 昨日、二人が地下室で見つけたのは禁術に使われる魔道具の材料の数々だった。

 予想外の事態に慌てながらも、ジョンはジミー・モーズリーの見張りをし、キャロルはシャテリの警察への連絡へと走った。

 特別捜査局の名前を騙ってたことが幸いし、キャロルの話を聞いたシャテリの警察はすぐに刑事をジミー・モーズリーの家へと派遣した。

 二人はその場でジミー・モーズリーを警察に引き渡し、捕まっていたペットをカレン・テイラーや他の飼い主へ連れて行って一件落着。

 とはならず、二人は夜まで警察で事情を説明することになった。

 結局その日のうちに王都に帰ることはできず、翌日になってようやく王都への帰路に着くことができたのだ。


「しかし、よく最後までバレなかったな。王都の魔法警察に連絡が行った時にはどうなるかと思ったぜ」

「そうね。ゲーリング警部が来なくて助かったわ。あの人や部下に会うことになったら大変なことになってたもの」

「何か別に大きな事件でもあって、来られなかったのかもな」


 シャテリには魔法警察がない。そのため、禁術の魔道具を持っていたジミー・モーズリーが「黒薔薇騎士団」に所属しているかを調べるために、王都から魔法警察の刑事を呼ぶことになったのだ。

 話を聞いた時には自分達が「特別捜査局もどき」であることがバレるのでは、と戦々恐々としていたが、シャテリの警察に来たのは二人の知らない刑事だった。

 シャテリの警察や王都の魔法警察の刑事達には「シーダー卿の命令ではなく個人的な依頼で活動したので、報告はしなくていい」と言い繕うことで何とか誤魔化し、二人は急いで警察から逃げ出した。

 警察を出た二人は、王都に帰る前にカレン・テイラーの家を訪ねた。

 彼女はアリスを抱き、優しい笑みを浮かべて二人を出迎えた。


「お二人のおかげで、これからもアリスと共に暮らすことができます。本当にありがとうございました」

「いえ、私達はできることをしただけです」


 頭を下げて礼を述べる老婦人に、恐縮しながらキャロルはそう答えた。

 一方でジョンは、気になっていた子猫の様子について尋ねた。


「アリスの様子はどうですか? 調子が悪かったり、おかしかったりといったことは?」


 彼の心配に、カレン・テイラーは笑って子猫を撫でた。


「大丈夫です。世話はちゃんとしてたようで、特に痩せてたり体調が悪かったりはしません」


 その言葉に、ジョンは「それは何よりです」と軽く頷いた。


「それでは、そろそろ私達は失礼させていただきます」

「あら、もう少しゆっくりされてもいいんですよ?」

「いえ、今日中にアレクサンドリアに帰らなければならないので」


 キャロルとジョンがそう言って固辞すると、彼女は残念そうな顔をした。


「そうですか。それでは後日改めてお礼を……」

「いえ! 今回の捜査は非公式のものですので、そのようなものは受け取れません!」

「ですが……」

「シャテリの警察にも話したのですが、個人的な依頼ですから警察省などに連絡すると混乱してしまいますので」

「……分かりました。しかし、いつか是非お礼をさせてください」

「ええ。機会がありましたらぜひ」


 カレン・テイラーの言葉に、二人はそう答えた。



 事件のことを思い返している二人の前に、王都アレクサンドリアへと向かう馬車が止まった。

 二人は立ち止まってお互い顔を見合わせた。


「お前、先に乗れよ」

「……ありがとう。じゃあお先に」


 ジョンが譲るとキャロルはあっさりと折れ、先に馬車に乗り込んだ。ジョンもゆっくりと後に続く。

 二人が馬車の最後尾に座ると、間もなく馬車が動きだした。

 しばらく馬車にゆられるまま、キャロルとジョンの間にゆっくりとした沈黙の時間が流れる。

 やがて、キャロルの口からぽつりと「疲れたわ」という言葉が零れた。

 「ああ、疲れたな」とジョンも同意した。


「あいつら、いつもこんなことやってるのね」

「まあ、俺たちよりはスマートに解決するんだろうけどな」


 キャロルの言葉にジョンはそう返す。しかし、不意に彼は渋面を作った。


「もう二度と手伝わねえからな」


 その言葉にキャロルも苦々しげな表情になる。


「もう二度とやらないわよ」


 そう言うと彼女は背もたれにもたれかかり、そのまま空を見上げた。ジョンも自然と空を見上げる。


『疲れた……』


 青い空に二人の呟きが小さく消えていった。


閑話なのに長すぎるのは二人の捜査能力のためです。

これにて閑話四終了。諸事情により一度、ここで更新を止めたいと思います。

詳細は活動報告で。

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