第八話 衝突と襲撃
「それで、誰が『黒薔薇騎士団』の手の者か見当がつきましたか、捜査官?」
アリシアがそう問いかけたのは、現場となったホテル「星の泉」のフロント前のロビーでの休憩中だった。
この一階は入口から見て手前右側がフロント、左側が今いるロビーとなっている。
時刻は既に夕方で、南側の窓から差し込む西日が長い影を作りだしている。
ロビーの奥は右側が大食堂、左側が厨房と個室食堂になっている。確認したところ、確かに当日リチャードはこの個室食堂を使ったらしい。
ちなみに二階以上は右側がシングル5部屋、左側がダブル三部屋となっている。事件のあった404号室は大食堂側の真上に位置することになる。
「いやいや、尋問っていってもまだちょっと話しただけじゃないか。あんなんで誰が犯人か分かるかなんて、それこそ魔法使いでも無理でしょ」
「でも、捜査官は『闇を晴らす者』として召喚されたんです。だから、私たちにはできないことでも、捜査官にならできるはずです」
「それは買いかぶり過ぎ。俺にあるのは『異世界の知識』だけだよ。それも事件に関する情報が少な過ぎる現状じゃ、どうにも使いようがない」
仁のその言葉に、なぜかアリシアは俯いた。そのままぎゅっと拳を握る。
その様子に、仁はどうしたのだろうと思った。自分は何か変なことを言ってしまったのだろうか。
「……そんなの、おかしいじゃないですか」
「はあ?」
「だって、シーダー卿があなたの力を認めたんですよ! だから特別捜査局なんて作ってまで、私たちに独自に捜査をさせてるんじゃないですか! なのに肝心のあなたが、なんでそんなにやる気がないんですか!」
「……そんなこと言われたって、いきなり異世界に召喚されて殺人事件を解決してくれって言われて、そんなにすぐになんでもできるわけがない。今日だって現場の調査はほとんどできなかったし」
「魔法錠を破る魔法の研究なら、魔法研究所でいくらでもやっています! 私たちが知るべきなのは誰が『黒薔薇騎士団』なのか、それだけです!」
だめだ、考えていることに根本的なズレがある。それを直さないと話が始まらない。
それが分かっていても、今日一日の捜査で溜まった疲労のせいか、「闇を晴らす者」という幻想に過剰な期待をかける彼女に苛立ちが抑えられない。
「それなら魔法警察に任せておけばいいじゃないか! 特別捜査局なんて作っても実際は魔法警察の後追いだけだ! これじゃ何の意味もない! 一体君は俺に何を期待してるんだ!」
周りの客が足を止め、ちらちらと視線を向けるのが見える。しかし、一度口にした不満は止まらない。
「『闇を晴らす者』って具体的に何だ? 何を期待して、何ができると思ってるんだ? 俺は神様じゃない! 勘違いしないでくれ!」
「……あなたなら、あなたなら、私たちには見つけられない『何か』を見つけてくれる。そう思ったんです! なのに、そんな、そんなの、あんまりじゃないですか……!」
彼女は泣いていた。緑色の瞳から透明な筋が一筋、二筋と流れ落ちていく。
そんな彼女の姿にズキリと胸が痛んだが、仁だって訳も分からず召喚されて、ただ犯行現場を連れ回されてるだけだ。
漠然とした期待を持たれても困るのだ。向こうの世界でも普通の人間だった仁に求めるものを間違っている、と思っていた。
「俺は普通の人間だ。『闇を晴らす者』なんかじゃない」
「……っ!」
それは明確な拒絶だった。自分を特別扱いすること、召喚された人間として扱うこと、その全てへの拒絶だった。
アリシアは座っていた席を立ち、仁に背を向けた。
「……先に失礼します」
彼女の声は今までで最も冷たかった。
夕食をどうしようかと悩んだ仁は、結局、昨日と同じ店で同じパンとチューを食べた。
シーダー卿から当面の活動資金をもらっていたので、もっと豪華な食事も食べられただろうが、残念なことにこの辺りの店で知っているのがここしかなかった。
一人で食べるシチューは昨日よりさらに塩辛く感じた。
夕食後、馬車を呼ぼうかという店主の言葉を断り、仁は歩いて家へと向かった。家に帰る時間を先に延ばしたかった。
まだ夜も早い時間帯のせいか、あちこちの食堂や酒場、怪しげな店までが魔法灯の光で輝いている。
ふと、ある小説の冒頭の一節が頭をよぎって、彼は思わず苦笑した。
「『夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった』……か、ぴったりだ」
違いがあるとすれば、彼には破局した妻とは別に一夜を過ごす女がいたが、自分には彼女がいるあの家しかないということだ。こっちの方がより酷い。
そんなことを考えながら、彼はゆっくりと街を歩く。
コツコツと石畳が音を立てる。
新しい靴にはまだ慣れない。靴底が硬いせいか、仁には音の反響が随分大きく聞こえる。
コツコツ……コツン。
不意に音のリズムが変わり、仁の背筋を悪寒が走った。音が反響しているんじゃない。誰かに尾けられている!
貴族街の門まではまだ遠い。今から走り出して間に合う保証はない。その前に相手が魔法使いなら足を奪われる。
だから……先に相手の意表を突くしかない!
仁はとっさに、目に着いた曲がり角に飛び込んだ。慌てて走り出したような足音がその後に続く。
一気に狭くなった道を仁は駆け抜ける。最初の曲がり角に再び飛び込むと、道なりにそのまま左に折れる。
その先にはさらに二股に分かれた道が現れた。右を選んで突っ走る。
足音は依然としてなくならない。振りきれていない。
次の分かれ道はどうする? 右か、左か?
「……って」
目の前には貴族街の高い壁があった。しかしそれを越える門はない。行き止まりだった。
反射的に後ろを振り向くと、コツコツという足音と共に、頭から黒いローブをすっぽり被った人間が現れた。
右手がすっと持ちあがり、その手が淡く光る。
反射的に右に跳んだ。
ガンッという音と共に、壁に小さな穴が空き、破片が舞う。
(……衝撃波!? そんなのもあるのかよ!)
再び向けられる右手に、今度は左に跳ぶ。石畳の地面に穴が空き、小石が跳ねる。
(考えろ、考えろ! どうすればいいか考えろ!)
三度目の衝撃波。足下を狙われ、大きく跳ぶ。
動きが大きくなった所を狙われ、着地した直後に四度目の衝撃波が来る。身体ごと転がってなんとかかわす。
(右手を向ける向きは毎回変えている。おそらく衝撃波は直線的だ。そして、発動時間の間隔はそれなりにある)
なら、取るべき手段は一つ。
五回目の衝撃波の直前に、偶然手元にあったゴミ袋を投げつける。ゴミ袋が木端微塵になったが、衝撃波は襲ってこない。
そのまま真っすぐ突っ込むと見せかけて、直前で右に跳ぶ。六回目の衝撃波が左に逸れる。
着地した右足に全体重を掛けて、死角となる相手の左半身に突っ込む!
次の瞬間、襲撃者の左手から小さな杖のようなものが現れた。
(魔道具!?)
気づいた時には、小さな爆発音と共に仁は壁に叩きつけられていた。
距離がやや遠かったのか、火傷は腹部の一部にしかない。だが、肺が押しつぶされるような衝撃に息が詰まる。頭を打ち付けたせいで視界が揺れている。
叩きつけられた場所にずるずるとへたりこんでしまう。
「まさか『タレント』もない一般人相手にこれを使うとはな」
上から降ってくる男の声に、仁は襲撃者を見上げた。
「お前が事件に首を突っ込まなければ、平穏に生きて行けたろうにな」
その言葉に仁の頭が回り始める。
(俺が事件の捜査をしていることを知っている……事件関係者にはない固有魔法……)
「あんたが『黒薔薇騎士団』とかいうやつか。秘密結社なんて初めて見たな」
「ふん。確かにあの方が警戒されるだけの才能を持っているということか」
(あの方って誰だ? 俺を警戒する理由はなんだ? 才能ってなんだ?)
「色々考えているようだが、全て終わりだ」
彼の右手が仁の頭に添えられる。それを跳ね除けるだけの力が出てこない。
「安らかに眠れ」
その直後、氷の塊が襲撃者を直撃し、彼が横に吹っ飛んだ。
仁は氷が飛来して来た方を見る。
そこには、彼女がいた。
「アリシア……」
アリシアが馬車に乗って家に帰り着いたのは6時前のことだった。
涙でぐしゃぐしゃになった顔は御者に相当に不審に思われたようだが、何も言われなかったのがありがたかった。
家に着いた彼女は夕食も食べず、食堂の椅子に座り込んででぼーっとしていたが、気づけば夜の8時を過ぎていた。
仁はまだ帰ってきていない。
おかしいと思った。帰りずらいのは分かるが、どこかで夕食をとったとしても家に着いていないとおかしい時間だ。
嫌な予感に急かされるように家の魔法通信装置で馬車を呼び出し、やってきた馬車に跳び乗って貴族街を走らせる。
南門までの間も目を凝らしたが、彼の姿は見当たらない。
南門を出た所で一度馬車を止め、衛兵に黒髪黒眼の男性が通ってないかを確認した。
衛兵の答えは否だった。
つまり彼はまだホテルからこの商店街の間のどこかにいるのだ。
アリシアは必死で考えた。
もし自分がほとんど知らない街に一人でいるとしたら、知っている場所に行こうとするだろう。
彼女は昨日仁と食事をとったレストランに馬車を走らせた。
「ああ、その人なら確かにここで食べてったよ。その後一人で貴族街の方に歩いていったねえ」
どうやら彼は歩いて家まで戻ろうとしたらしい。
それを聞いたアリシアは馬車を降り、そこから彼を見たものがいないか方々の店先の人に聞いて回った。
ただ道草を食っているだけならそれでいい、そう思っていた彼女の願いは、ある店主の言葉に打ち砕かれた。
「見たよ、ぼさぼさの黒髪の兄ちゃんだろ。何か黒いローブを被った奴が後を尾けてるみたいだったんだよな。んで、黒髪の兄ちゃんが突然そこの路地に跳び込んだと思ったら、黒ローブも慌てて走り出してさ。黒ローブはなんか怪しい感じで……っておい、嬢ちゃん!」
最後まで聞かず、礼も言わずにアリシアは駆けだした。彼が危ない!
自分は彼の護衛を任されたのに、一人にした挙句にその隙に襲われるなんて! 私は馬鹿だ、大馬鹿だ!
路地に跳び込んだアリシアは直感に従って、最初の曲がり角を折れた。細い道が左に折れているのを駆け抜ける。
遠くで何かがぶつかるような音が聞こえた。彼が襲われている!
アリシアは必死で走るスピードを上げた。音の先に彼がいると信じて、分かれ道を右に折れる。
音は先ほどから止んでいる。もう終わってしまったのだろうか? 何が終わったのか? いやだ、考えたくない!
頭の中をぐちゃぐちゃにさせながら、それでもアリシアは走り続ける。
そして見つけた。路地の壁際にへたり込む彼と、彼に手をかざす黒いローブの人間。手から溢れる魔力の光。
無意識の内に固有魔法を起動させ、氷の弾丸を黒いローブに叩きつけた。
呻き声を上げて黒いローブが吹き飛ぶ。
アリシアは彼に向かって叫ぶように呼びかけた。
「無事ですか、捜査官!」
アリシアの叫びに仁はゆっくりと立ち上がると、痛む身体に鞭打って大声を出した。
「この通り! ぴんぴんしてるよ!」
その言葉にアリシアの顔がくしゃりと歪んだが、すぐに鋭い目つきに戻る。
「捜査官は下がっていてください。すぐに終わらせます」
アリシアは敵をじっと見つめる。目の前の男は単発でしか魔法を撃てないようだ。こちらは8発の氷の塊を同時に射出できる。
数の上ではこちらが有利、と考えていたアリシアに仁が叫んだ。
「右に跳べ、アリシア!」
その声に反射的に身体が動いた。次の瞬間、自分の後方にあった氷の塊が粉砕された。
「相手の固有魔法は衝撃波みたいなものだ! 直線的だが射程は長い! 目には見えないから相手の右手に気を付けるんだ! あと、至近距離専用の爆発を起こせる魔道具を持っている!」
「分かりました!」
そう答えながら、アリシアは内心で舌を巻いた。一般人にとって魔法使いというのは「恐るべき超人」という認識が普通だ。
一般に使われる魔道具も仕組みも分からずに使う人間がほとんどである。
それなのに、この世界に来てまだ一日の彼は、魔法使いでもないのに初見の相手の魔法の分析や対策まで立てている。
やはり彼は普通の人間なんかじゃない。彼を護りきらなくてはいけない。
改めてそう決意したアリシアは、再び氷塊を最大の8発まで増やすと、全てを相手に叩きつけた。
1発は相手の固有魔法対策に右手を、2発は同様に右ひじと右肩を、3発は両脚と胴体に、かわされるのを予想して相手の右側にもう2発。
(さあ、どうする!)
黒ローブは予想外の動きに出た。固有魔法を放棄し、左手から魔道具を抜きだす。
爆発音と共に炎が弾け、アリシアの目をくらませる。
次の瞬間、煙の中から黒いローブが現れた。
(しまった!)
再度氷塊を創り出すが、それより先に相手の右手が光る。
しかし次の瞬間、黒いローブは大きくのけ反って距離を取った。
直後に目の前を拳大の石が通過する。
はっと横を見ると、仁が既に次の石を握りしめ、黒いローブを睨みつけていた。
「……ちっ」
黒いローブの舌打ちが聞こえたかと思うと、彼は次の瞬間、右手を仁に向けた。
反射的に跳ぶ仁。氷弾を打ち出すアリシア。
しかし右手からは何も撃ち出されない。
(騙された!)
その隙にアリシアは一気に距離を詰められ、魔道具を向けられる。至近距離で氷弾は使えない。
(やられる!)
そう思った次の瞬間、仁の身体が黒いローブに突っ込んだ。
しかし彼もそれを予想していたかのように鮮やかに身を翻し、そのまま路地を駆け抜けていく。
仁が地面に突っ込むどしゃり、という間抜けな音が路地に響いた。
「助かった、のか?」
しばらくして仁がぽつりと独り言のようにもらした。
「……そのようですね」
アリシアは半ば呆然としながらそう答えた。
二人の『黒薔薇騎士団』との初めての戦闘は、こうして幕を閉じた。
戦闘シーンは難しいです。
参考文献
ウイリアム・アイリッシュ「幻の女」[1942]




