第七話 容疑者たち
前話で事件現場の絵を入れ忘れるという失敗をやらかしました。
前話の途中に挿入したので見てない方は見てください。
事件解決の手掛かりになる……と思います。多分。
魔法警察の刑事から睨まれながら部屋を後にすると、二人はまず304号室へと向かった。
「ここが第一の容疑者、リチャード・ソーホーンの部屋です」
「ちなみに容疑者って何人いる? どういう基準で決めたんだ?」
「容疑者は四人。全員が事件当日にこのホテルに宿泊していた魔法使いです」
「なるほど。まあ妥当なところだね」
そう言いながらノックすると、しばらくしてドア越しに不機嫌そうな声が掛けられた。
「どちらさまだ?」
「えー、特別捜査局の捜査官のジン・オーツカと申します。事件についてお伺いしたいことが……」
「断る! 尋問なら魔法警察に何度も受けた。もう充分だろう!」
「いやそれが、魔法警察と喧嘩しちゃって、情報がもらえないんですよ……是非ともお願いできませんかね」
仁のあまりに情けない様子にアリシアは眉を潜めたが、その言葉にどういうわけかドアが開いた。
中から現れたのは金髪碧眼のモデルのような顔立ちの若い男だった。緩くウエーブのかかった金髪が美貌を引き立てている。
「魔法警察と喧嘩した? お前アホだな……魔法使いとして生きてく上で魔法警察と仲良くするのは最低限の必須事項だぞ」
「大丈夫です。私は『タレント』がありませんから」
「それで魔法警察と喧嘩とか、ますます命知らずだな……まあいいや、入れよ」
どうやら魔法警察の執拗な尋問に嫌気がさしていたらしく、魔法警察と喧嘩したという仁は好意的に受け入れられたようだ
(敵の敵は味方ってやつかね。一応容疑者扱いしてるんだけどな)
仁がそう思っていると、彼は机についていた椅子を仁の前に置くと、自分はベッドに腰掛けた。
「悪いな、一人部屋なもんで、そっちのお嬢ちゃんには座る場所がなくって」
「いえ、お構いなく」
アリシアは立ったまま手帳を開いた。記録係に徹するつもりのようだ。
「ちょっとアリシア。尋問ってどういう手順でやるの? 教えてくれない?」
仁のその質問に、アリシアと目の前の男が同時に呆れた顔をした。が、すぐにアリシアが尋問の手順を説明する。
「尋問の開始時には『これからこれこれの事件に関する尋問を開始します。あなたのいかなる証言も証拠として取り上げられることに留意してください』と言います。終わりには『これで尋問を終わります』と言うだけです。証言として用いることができるのはその間の言葉だけです」
「了解。では、これからハワード・ハミルトン氏殺害事件に関する尋問を開始します。あなたのいかなる証言も証拠として取り上げられることに留意してください、と。これでいいかな?」
「はい」
そこでようやくリチャードが声を上げた。
「なんというか……随分変わったコンビだな。それに『特別捜査局』とか言ってたが、一体何なんだ?」
「警察省大臣のシーダー卿が直接統括する捜査局です」
「な!」
仁のハッタリは効果的だったようで、リチャードの顔色が一瞬で変わった。まさかそれが構成員二人の零細組織だとは思いもしない様子だ。
呆れたようにこちらを見るアリシアを無視して、仁は尋問を開始した。
「ええと、まずは自己紹介を」
「リチャード・ソーホーン。24歳だ」
「リチャードさんは普段はどちらにお住まいで?」
「この王都から西にいったメルクって都市だ。一応そこの都市長の息子をやってる」
「なるほど」
西の方の都市の偉い人の息子、と頭の中に入れておく。
「王都には何をしに?」
「旅行だよ。この時期には西からの旅行者が多いことくらい知ってるだろう?」
そう言われても、この世界に来たばかりの仁には初めての情報である。あいまいに頷いて次に進んだ。
「被害者と面識はありましたか?」
「いや、まったくないな」
もっとも「黒薔薇騎士団」の暗殺者なら面識なんてないだろうな、と思いながら仁は尋問を進める。
「都市長の息子となればそれなりに自由になるお金もあると思いますが、北側の高級ホテルに泊まらなかったのはやはり旅行者の多かったせいですか」
「そうだな。予約を取るのが遅くて高級ホテルは一杯だった。といってもこのホテルが悪いってわけじゃない。いや、このホテルで良かったと思ってる」
「それは……何か理由が?」
「ん、いや、大した理由じゃない」
そういう思わせぶりな態度は困るんだが、と思いながらアリシアを見ると、彼女は今にも食いつきそうな目でリチャードを睨んでいる。
しかし、初回から悪い印象を持たせる必要もないだろうと思い、仁は方針を転換した。
「ところで、事件のあった7時頃についてですが、どちらにいらっしゃいましたか?」
「その時間は一階の個室食堂で食事を取っていた」
「個室食堂?」
「ああ、このホテルは一階のフロントの奥に厨房と食堂があるんだが、右側が普通の人が使う大食堂で、左側が厨房と賓客向けの個室食堂になってるんだ。まあ賓客っていっても予約してちょっと高めの料金を取られるだけだがな」
「なるほど、一人きりで食事を取っていたと」
「ずっと一人きりってわけじゃない。ミリーが一緒にいたことが何度もあったさ」
「ミリーって誰です?」
「ミリー・ブライト。このホテルのベルガールだ。彼女が給仕をしてくれてね。だから何度か彼女が部屋に入って来ている」
「なぜベルガールが給仕を? 専門ではないと思いますが」
「俺が頼んだんだ。確かにぎこちなさはあったが、十分だったし問題あるまい」
胡散臭い、と仁は感じた。ベルボーイやベルガールはあくまで客の案内や荷物の運搬が主な仕事で食事時の給仕はウエイターの仕事のはずだ。
なぜわざわざベルガールに給仕をさせたのか?
アリバイ確保、という言葉が頭に浮かんだが、それを崩すのはこっちから突いても上手くいかないだろう。
「分かりました。あと一つ、あなたの固有魔法を見せていただけますか?」
仁がそういうと、リチャードはにやりと笑った。
「俺の固有魔法か。ちょっと面白いものを見せてやるよ」
そう言うなり彼はポケットから財布を取り出し、銅貨を一枚取り出した。
彼が魔力を込めると、銅貨が淡い光を放つ。彼はそれをベッドの上に乗せた。
次の瞬間、コロンという音と共に、銅貨がベッドから消えていた。
「……え?」
「これが俺の固有魔法『貫通』だ。魔法を掛けた物体を生物以外なら貫通させることができる。ただし魔法の効果は数秒で切れちまうがな。今の音からすると、銅貨は多分絨毯の上だ」
「はー」
仁はひたすら感心するばかりだった、色々な魔法があるものだ。
アリシアの方を見ると、彼女も驚いているようだった。どうやらかなり珍しい魔術らしい。
そんなことを考えながら、仁は席を立った。
「とりあえず今の所はこんなものです。後で何か聞きたいことがあったら、また来ます」
「こんなもんでいいのか?」
リチャードもアリシアも驚いた様子だ。しかし仁としても手探りの状態だ。あまり突っ込んだ質問も思いつかない。
「まだ捜査は始まったばかりですから」
仁は曖昧に笑って、アリシアを連れて部屋を出た。
「次の容疑者はチャールズ・スレイトとシーラ・スレイトです。チャールズが父親、シーラが娘ですね。部屋は308号室」
「すると廊下を挟んで向かいの……ここか」
仁が308号室のドアをノックすると「はい!」という元気の良い女性の声が響いて、直後に勢いよくドアが開いた。
思わず二人は後ろに飛び退る。
出てきたのは、赤髪をショートにバッサリ切った活発そうな女性だった。
「えーっと、どちらさまで?」
「あ、私、特別捜査局のジン・オーツカと言います。こちらは補佐のアリシア・コール」
「特別捜査局? 聞いたことないな」
「警察省のシーダー卿が直接統括する新組織なんです」
そう言いながら仁は身分証明カードを見せる。
女性はそれをしばらくじっと見ていたが、突然ニヤッと笑った。
「面白そうだね。入ってきなよ。父さんもいるからさ、尋問するならまとめてやっちゃえばいいよね」
「いえ、それは……」
「ええ、それで構いません」
アリシアの否定を遮って仁はそう言った。既に何度も魔法警察の尋問を受けているのだ。バラバラに尋問してばれるような嘘ならとっくにばれているだろう。
仁はそう考えたが、アリシアは不可解なものを見る目でこちらを見ていた。
308号室は二人部屋で、ベッドが二つある他には二人掛けのソファがあった。
仁とアリシアはソファに腰掛け、赤毛の女性がベッドに、頭に大分白いものが混じった初老の男性が事務机付の椅子に腰かけた。
仁がお決まりの台詞を言って、尋問が始まった。
「まずは自己紹介ね。あたしはシーラ・スレイト。年齢は23歳。こっちが父のチャールズ・スレイトで56歳」
「二人のお住まいはどちらで」
「あたしたちは西部のバディエラって街から出てきたの、もちろん魔演祭のためにね」
「魔演祭?」
聞いたことのない単語が出てきて、仁は思わず聞き返してしまった。途端にアリシアが「しまった」という顔をし、シーラがびっくりした顔をする。
「君、魔演祭を知らないの!? 田舎から出てきたばっかりとか?」
「え、ええまあ、そんなもんです。ちょっとこの辺りの常識に疎くて」
シーラはしばらく胡散臭げに仁を見ていたが、一つ頷くと説明を始めた。
「魔演祭っていうのはね、国中の魔法使いが王都に集まって一年間の研究成果を発表し合う場なの。毎年ここから新しい魔道具や魔法の使い方が生まれるから、魔法使いで新しいもの好きな人は大体この時期王都に集まるわね」
「なるほど。シーラさんとチャールズさんも毎年魔演祭には来られているんですか?」
「ええ、もちろんよ」
「すると魔法研究所に勤める被害者のハワード・ハミルトン氏とも面識があると」
「んー、どうかな。念写図は見せてもらったけど、あたしは会った覚えがないんだよね。父さんはどう?」
「いや、見覚えはなかったな。魔演祭はただでさえ大きな祭りだ。大きな研究成果があればともかく、ただの研究員では印象に残るまい」
「なるほど、会ってるかもしれないけれど覚えてない、と」
「ま、そんなところね」
どうも被害者との面識から攻めるのは効果が薄いようだ。そう考えて仁は方向を変える。
「事件のあった日の7時頃、つまり犯行時刻にはどちらにいましたか?」
「この部屋にいたわよ、私も父さんも」
「他には誰か? ベルボーイなどはいませんでしたか?」
「残念ながら二人きりよ」
アリバイなし、と結論付ける。流石に親子の証言を真に受けるわけにはいかない。
「後は……そうですね、二人の固有魔法を教えていただけますか」
「父さんのは普通の『念動』よ。それでも見る?」
「ええ、一応」
その言葉にチャールズがゆっくりと立ち上がると、事務机の上の花瓶に魔力を込めた。花瓶が淡く輝く。
次の瞬間、花瓶がふわりと宙に浮かび、ゆっくりと仁の膝の上まで動いて、止まった。
仁は花瓶を掴み「ありがとうございました」と礼を言う。
「次はシーラさん、お願いします。」
「あたしのはちょっと珍しいからね。その花瓶、返してくれない?」
仁が花瓶を返すと彼女は花瓶に魔力を込めた。先ほどと同様に花瓶が淡く光る。
次の瞬間、シーラは花瓶を床に叩きつけた。
派手な音を立てて花瓶が粉々になる。
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
二人は思わず悲鳴を上げて身をすくめる。一方のシーラはけらけらと笑いながらそんな仁たちを見ていた。
「ごめんね、こうしないと効果がはっきり分からないからさ」
「効果って……えっ!」
あっけにとられる二人の前で、花瓶が見る見るうちに元の形を取り戻していく。
そして完全に元に戻ったのと同時に、花瓶にかかっていた魔法が消えた。
「これがあたしの固有魔法『復元』。どう、なかなかのもんでしょう?」
「いや、びっくりしました。色々と」
仁はそう言っておいた。わざわざ目の前で花瓶を床に叩きつける所も含めてびっくりした、とは言わなかった。
「とりあえず尋問はこれで終了です。ありがとうございました」
「あらそう? ずいぶん簡単だね。魔法警察だともっとネチネチやるのに」
あはは、とお互いに愛想笑いを交わしながら、仁はアリシアを連れて部屋を出た。
「最後の容疑者はポール・グリンド。部屋は201号室です」
「分かった。ところでアリシア、俺の尋問ってもしかして適当すぎる?」
「適当かは分かりませんが、私は捜査官を信じているので」
「あんまり信じ過ぎないでくれ。重いから」
そんな会話を交わしながら、二人は最後の容疑者の部屋の前に立った。
……中から妙な唸り声が聞こえてくる。
「……ねえ、ポール・グリンドってヤバい人?」
「魔演祭に出場登録されてる方ですから、危険人物ではない、とは思いますが……」
とりあえずノックをしてみると、怒声が返って来た。
「邪魔だ! 私は今、魔演祭に向けて偉大なる我が魔法の成果に一点の曇りもないことを確認している最中なのだ! 後で来い!」
「すみませんね、こちら特別捜査局のジン・オーツカと言いまして、シーダー卿直々に捜査に協力するようにと言われてるんですが」
「くそ! 国家権力の犬め!」
そのあとも彼はしばらく罵詈雑言をまき散らしていたが、結局ドアを開けた。
出てきたのは40代と思われる中年の男だった。ぼさぼさの茶髪にぎょろりとした目が仁にマッドサイエンティストを連想させた。
「ふん! どんな奴かと思えば若造二人か! とっとと聞きたいことを聞いて帰れ!」
「分かりました。では早速」
リチャードの時と違い、仁もアリシアも立ったままで尋問が開始された。
「まずはお名前と年齢を」
「ポール・グリンド。43歳だ」
「お住まいは」
「東部平原の外れに一軒家を構えておる。近くに大きな街はない」
「はあ。それで王都へは、魔演祭に出場するために?」
「そうだ! 今年こそあのハミルトンの若造にワシの魔法の素晴らしさを教えてやろうと思ったのに、まさか奴が殺されるとはな!」
二人は思わず顔を見合わせた。この容疑者はハミルトンとの面識を自ら暴露したのだ。
「殺されたハミルトン氏を御存じで?」
「ああ! あの若造、一年前にワシの魔法の実演を『幅広い人間が使えなければ意味がない』などといってバカにしおった! だから今年こそ! そう今年こそ、わしが唯一無二の魔法使いであることを証明し、我が偉大なる魔法が『幅広く使える魔道具』とやらとは格が違うということを見せつけてやるつもりだったのだ!」
彼が朗々と演説する横で、仁はアリシアにそっと聞いてみた。
「魔演祭って、魔法使いの新魔法は冷遇されるの?」
「ものによりますね。よほど汎用性があれば別ですが、あまり一点に特化した固有魔法は逆に使いどころが少ないとも言われます」
なるほど、と頷いて仁は尋問を再開した。
「それで事件の日の7時頃はどちらに?」
「夕食時で下がうるさかったからな、ホテルの外で魔法の鍛練を行なっていた」
「分かりました。では最後に、あなたの固有魔法をみせていただけますか?」
仁がそういうと、彼はニヤリと笑った。
「ほう、我が偉大なる魔法を体験したいというか! ならば味あわせてやろう。ワシの『収束炎』をな!」
そう言うなり彼は指先に魔力を込め始める。指先に大きな炎が現れたが、それがだんだん小さくなっていく。
(……いや、炎を固めている?)
そう思った次の瞬間、耳をつんざくような音と共に赤い色をしたレーサーが発射され、足下の絨毯に穴が空いていた。その下の床も大きくへこんでいる上に黒焦げである。
足下からはもうもうと煙が立ち上がっている。
ぺたり、と仁は尻もちをついた。
(……こ、こいつ、危なすぎる!)
目の前ではアリシアが物凄い勢いで男に食ってかかっていたが、何をされるか分からないからやめておけと言いたかった。
「何をするんです! もし彼に何かあったら、どうするつもりだったんですか!」
「もしなどないわ。我が偉大なる魔法に間違いなど起こらぬ」
「な、なんて傲慢な……」
「い、いや、アリシア、もういいから」
仁はゆっくりと立ち上がった。まだ少し脚が震えていたが、極力顔には出さないようにする。
「とりあえず尋問はこれで終わりです。ありがとうございました」
「ふん! 二度と来るんじゃないぞ、国家権力の犬ども!」
最後まで罵声を投げかける男に反論する気力もなく、二人は最後の容疑者の部屋を出た。




