第九話 自分のやるべきこと
仁は貴族街の中にある貴族専用の病院のベッドの上にいた。
「『黒薔薇騎士団』に襲われてこれだけの傷ですむなんて奇跡的です。頭の傷も大したことはないでしょう。念のため今日はこちらに泊まって、明日の朝、何事もなければ退院してかまいません」
仁を診察した医師はそう言って立ち去った。ちなみにこの世界の医師は治癒の魔法が使える魔法使いを中心とした組織らしい。
もちろん魔法を使えないが病院で働いているという人もいる。
大雑把な言い方をすれば治癒魔法というのは医師免許に近い効力を持つようだ。もっともどのレベルの怪我や病気が治癒魔法で治せるかは分からないし、それ以外の治癒方法がないとも限らない|(現に召喚された日にシーダー卿から傷薬をもらっている)ので、情報が足りないところではある。
「ジン・オーツカ。貴様に聞きたいことがある」
「……ゲーリング警部ですか。何の用です?」
医師とほぼ入れ違いのようにゲーリング警部が病室に入って来た。もしかしたら待ち構えていたのかもしれない。
「貴様が遭遇した『黒薔薇騎士団』の特徴を教えろ」
「……分かりました」
最初に喧嘩した上に苦手意識のある相手だが、ここで嘘をつく必要もない。正直に襲撃者の固有魔法、大体の身長、おそらく男であることを話した。
「ふむ。貴重な情報だ。最近の『黒薔薇騎士団』は暗殺・闇討ちを常套手段としているからな。生きている証人と言うだけで、お前は大したものだ」
その言葉に仁は改めてぞっとする。アリシアが来てくれなかったら、間違いなくあの狭い路地で人生を終えていた。
「あと、アリシア・コールとシーダー卿が部屋の外で待っている。俺の捜査を先にしてもらったが、貴様に話したいことがあるそうだ」
「……? 今すぐ話す必要のあることなんですか?」
「知らん。では捜査があるのでな、これで失礼させてもらう。これに懲りて、捜査の真似事はやめることだな。『黒薔薇騎士団』を追いつめるのは、我々魔法警察のやるべきことなのだ」
仁の疑問をあっさりと切り捨てた上に嫌味まで追加して、ゲーリング警部は立ち去った。
入れ替わるようにアリシアとシーダー卿が現れる。
アリシアは俯いていて、その表情を伺うことはできない。一方のシーダー卿はやや厳しい目つきでこちらを見つめている。
「アリシア君。君から先に」
「はい」
シーダー卿がそう促すと、消え入るような声と共にアリシアが一歩前に出た。
なおも俯いていたが、やがてその顔を上げて、仁を真っすぐに見つめた。
「……っ!」
思わず仁は息を飲んだ。泣き腫らした跡がはっきり分かる顔、涙を浮かべた緑の瞳、輝くような金髪も乱れている。
今までに見たことのない彼女の弱々しい姿に、仁の胸は強く締め付けられた。
「今日は……護衛の任務を放棄し、あのように捜査官を危険にさらしてしまい、申し訳ありませんでした。以後、このようなことは決していたしません。ですから、どうかお許しを……」
「ちょ、ちょっと待って! あれは、その、俺だって悪い所はあったし、それに、その、一人でも馬車とか使えば良かったわけだし、アリシアだけが悪いって話じゃないだろう!」
「しかし、護衛を任されてそれに失敗したことは紛れもない事実です。申し訳ありませんでした」
「……そんな、謝らないでくれ。俺も悪い所があったんだ。おあいこってことにしないか」
「……分かりました。捜査官がそう言われるのならば」
そう言って小さく一礼して、アリシアは立ち去ろうとした。
「アリシア君。君に少し話がある。病室の外で待っていたまえ」
「っ……分かりました」
病室を出る直前、シーダー卿から声を掛けられて振り向いたアリシアは、びくりと肩を震わせたが、それ以外は何も反応を示さずに小さく一礼して、病室を出ていった。
そして、病室は仁とシーダー卿の二人きりとなった。
「さて、君たちが別行動を取ったいきさつや襲われるまでの経緯はアリシア君から聞いておよそ把握している」
「はい」
「『黒薔薇騎士団』の恐ろしさを言葉だけで説明するのは難しいとは思っていたが、まさかこんなに早く襲われると思わなかった、というのが正直なところだ」
「それは……自分たちのせいでもあります。本当に申し訳ありませんでした」
「それについてはこれから気を付けてくれればいい。それに、私にとっても予想外の事態だった。すまなかった。こちらも魔法警察から警護を出せないか、相談してみることにする」
シーダー卿は、そこで一つため息をついた。
「君に言いたいことは、もっと別のことなのだよ」
「はい?」
てっきり一人でふらついて襲われたことについての叱責だと思っていた仁は、素っ頓狂な声を上げた。
「君は今日、アリシア君に『捜査と言っても魔法警察の後追いだ、何の意味もない』と言ったそうだね」
「は、はい……」
実際、それは今日の捜査で仁が感じたことだった。現場の調査もほとんどせず、『黒薔薇騎士団』の容疑者と思われる魔法使いの面々に通り一遍の尋問を行なっただけ。
それならば、とっくに魔法警察がやっているはずのことだ。
この世界の犯罪捜査でそれ以上の何ができるというのか。
しかし、シーダー卿は仁の想像を遥かに超えることを言いだした。
「ならばどうして、自分で捜査方針を決めないのだ?」
「は?」
「私が特別捜査局を作り、君を局長兼捜査官としたのは、君が我々とは違う考え方、違う見方をもって事件に当たってくれると考えたからだ。捜査方針を決めるのはアリシア君でも、ましてや魔法警察でもない。君自身が考え、決めることなのだ」
「それは……」
「もちろん、召喚したばかりの君に無茶なことを言っているのは事実だ。だが、私は君ならばそれができると信じている。だからこそ、君のやるべきこととして、特別捜査局捜査官の立場を任命した」
「自分の、やるべきこと……」
「君の考えを、君の捜査を、もっとこの事件にぶつけたまえ。それが私からの指示だ」
そういうとシーダー卿は背を向けた。「けがをしている中、長々と話してすまなかった」という言葉と共に、彼は病室から消えた。
一人残された仁は、ゆっくりと天井を見上げた。
確かに、今までの自分は何の意志も持たず、状況に流されるままだった。その不満をアリシアにぶつけたのは、たまたまそこにいたのが彼女だったからというだけだ。
改めて考えると、格好悪いことこの上ない。
明日、ちゃんと謝ろう。それから、自分の調べたいことを伝えよう。
「……自分の、やるべきこと、か」
目をつぶり、先ほどの会話を思い出しながら、仁はゆっくりとそう呟いた。
アリシアは病室の外に置かれたソファの上に小さくなって座っていた。
補佐役としても護衛役としてもまるで成果を上げられなかったことが、彼女の責任感を締めつける。
(……もしかしたら、補佐役を解かれるかもしれない)
そうしたら、キャロル・ファルギエールが新しく補佐役に着くのだろうか。そんなことを考えていると、シーダー卿が病室から出てきて、彼女の隣に腰を下ろした。
どんな言葉が来るのだろう、叱責だろうか、罵倒だろうか、解任と言われるかもしれない。
しかし、シーダー卿は、まるで予想外のことを口にした。
「召喚した日のことだ。彼にこの事件の説明をした時の、彼の反応を覚えているかね?」
「え? ええ。ええと、確か……『おお、みっしつさつじんだ』とか何とか」
「そう、『みっしつさつじん』とやらの意味はさっぱり分からなかったが、私はあの時心底驚いた。魔法錠が破られたことにより、王都では次は自分の番かもしれないと怯えている貴族が何人もいるというのは知っているかい?」
「聞いたことはあります。それに、私の学校でも『不可解な殺人』の噂が飛んでいて、『黒薔薇騎士団』が新しい魔道具を開発したのではと言われていました」
「そう、それを彼はたったの一言で片付けたのだ。まるでそれが、彼の世界ではありふれたことであるかのような反応を示したのだよ」
そう言うと、シーダー卿はアリシアを真正面から見た。アリシアは思わず背筋を伸ばす。
「この世界は確かに魔法が重要な地位を占める世界だ。だが、彼はまったく異なる世界からやってきた。たとえ『タレント』がなくても、それは我々にはない力なのだ」
「でも……彼は言いました。自分は普通の人間だと」
「彼の世界の普通はこちらの世界の普通ではない。それを彼も、そして君もきちんと理解しないといけない」
「私も……?」
「そうだ。君を補佐役に据えたのは、もちろん彼にこの世界の常識を教えるためでもあるが、それ以上に彼の考えを理解してほしいと思ったからだ。君は今日、魔法警察と同じように現場の調査と容疑者への尋問を行なったそうだね?」
「ええ、それが魔法警察の捜査手順ですから」
「しかし、彼にとってはそれは普通ではないのだ」
「あ……」
「魔法使いが関わる犯罪ならば魔法警察の捜査手順通りに行なう。それ自体が、君が彼を理解しようとしていないということに他ならない」
「……はい」
「なぜ私が特別捜査局などというものを作ったのか、そして魔法警察ではなく学生である君に補佐役を命じたのか、分かってもらえたかな?」
「……はい!」
「ならばよろしい。明日からは捜査官の指示に従い、補佐件護衛の任務をしっかりと全うしたまえ」
「はい! ありがとうございます!」
「……それと、病院内では静かにするように」
「……は、はい」
そういうとシーダー卿は「では、失礼するよ」という言葉と共に立ち去った。
一人残されたアリシアはゆっくりと拳を握りしめ、気合を入れる。
まず、今日は自分も家に帰ってゆっくり休もう。それから明日、捜査官に謝ろう。
そして彼の考えを、彼のことを、もっともっとちゃんと知るのだ。
思いを新たにしながら、彼女も立ち上がり、家路に向かうための馬車を呼ぶことにした。




