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魔法世界の名探偵  作者: 敷座武雄
第四章 第一王女誘拐事件
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第十五話 第二の推理

「ち、違う! 俺はキャサリンを誘拐してなんかいない!」


 仁の言葉を聞いた瞬間、取り乱したアルバートは椅子を蹴って立ち上がった。

 反射的にアリシアが仁を守るように彼の前に立ち、氷弾を発動させてアルバートに向ける。

 一瞬で捜査室は緊迫した空気に包まれた。


「でも、君はキャサリン殿下を城外に連れ出す方法を知っている」


 仁が発した言葉にアルバートは顔色を失くして立ち尽くした。


「アリシア、隣室にいる近衛隊長のリールさんを呼んできて。あの人なら事情をよく知ってると思うから」

「待ってください! 彼を捜査官と二人にしておけません!」


 仁はアリシアにそう指示を出したが、アリシアは警戒を解かずにアルバートに氷弾を向けたまま動かなかった。


「……分かった、俺がリールさんを呼んでくる。二人とも、おとなしくしていて」

「彼が何もしなければ」


 血の気の多いアリシアの言葉にため息を吐き、仁は隣室にいる近衛隊長を呼び出しに行った。



 近衛隊長のリールは再度の呼び出しに不審そうな顔をしていたが、仁が人払いをした上でアルバートのことを伝えると表情を一変させた。


「アルバートが!……いや、その前に君はなぜ知っている? 説明してもらわねばならない」

「それも含めて説明します。このこと・・・・を知っているのは他には?」

「陛下と王妃様、ローレンス殿下は当然ご存じだ。それ以外に知っているのは宰相のシューレン閣下、メイド長のフォードと私だけだ」

「キャサリン殿下もですね」


 仁の確認に、近衛隊長は厳つい顔をさらに厳しく引き締めて頷いた。


「とにかく、捜査室に戻ります。二人がかなり険悪な状態なので。後のことは、それから考えましょう」


 そう言って、仁は彼と共に捜査室に向かった。



 それからしばらくは、混乱の中で慌ただしく時間が過ぎていった。

 近衛隊長のリールはアルバート・ヒーリーを厳しく叱責した後、どこかへ立ち去った。

 しばらくすると、リールは国王ライオネルと皇太子ローレンス、そして宰相のシューレンと共に現れた。

 近衛隊長はすぐにアルバートを拘束し、部屋の隅へと引き下がった。

 ライオネルは無表情のまま、仁とアリシアの前に立った。紫の瞳には今まで一度も見せなかった冷徹な光が宿っている。


「ジン・オーツカ。この度のそなたの発言は捜査とは無関係だと余は考えておる。そなたがどのようにこのこと・・・・を知ったのか、場合によっては相応の処罰が必要であろう」

「し、しかし!」

「アリシア、落ち着いて」


 反論しようとするアリシアを仁は制した。

 ライオネルは表情を変えないまま言葉を続けた。


「間もなくシーダー卿がここへ来る。そなたの申し開きはその時に聞こう」

「承知しました」


 なおも何かを言おうとするアリシアを遮って、仁は頷いた。

 次に来たのは王妃クリスティーネとメイド長ドリー・フォードだった。

 王妃は不安そうな目で仁とアリシアを見たが、何も言わずにドリー・フォードと共に部屋の中心から少し外れた場所に座った。

 そして、最後にシーダー卿がゲーリング警部と共に現れた。

 予想外の人物の登場に、仁は思わず声をかけた。


「あれ、ゲーリング警部も来たんですか?」

「あれ、とはなんだ。俺はこの事件の魔法警察の担当警部だぞ。事件に関係することは知っておく必要がある」

「……まあ、いいですけど。陛下から処罰が下るそうなんで覚悟しておいてください」

「処罰? おい、貴様、今処罰と言ったのか? 貴様は一体何をしたんだ!」


 騒ぐゲーリング警部を無視して、仁はその場にいる全員を見回した。


「これで全員でしょうか?」


 仁の言葉にその場の全員が黙って頷く。

 それを見て、仁は話を始めることにした。


「では、私がこの城内にある『秘密の通路・・・・・』について知っていることと、知っている理由について話したいと思います」



 「秘密の通路」という言葉にある者は驚き、そしてある者は疑惑の目を仁に向ける。

 しかし、仁はそれを意に介さずに話し始めた。


「そもそも、自分がこの『秘密の通路』の存在を疑ったのは、事件の概要を聞き、表門からも裏門からもキャサリン殿下の誘拐が不可能だと説明された時でした」

「……事件を初めて知った時から、その存在を知っていたというのか?」


 疑わしげなライオネルの言葉に、仁は「はい」と答えた。


「普通に城外に連れ出すのが不可能なら、普通でない方法で連れ出された。となれば、第三の出口があると考えるのが自然です。問題は『黒薔薇騎士団』が第三の出口を自力で作ったのか、それとも元々この王城にあるものを利用したのか、ということでした」


 仁は周りを見回した。周りの目は真剣なものに変わっていた。


「もし『秘密の通路』があらかじめ存在するなら、それを利用するのが自然でしょう。そこで、この王城に『秘密の通路』が存在するのかを確かめることにしました」


 そこまで話して、仁はクリスティーネに向き直った。


「秘密の通路の存在を確信したのは、クリスティーネ様の尋問を行なった時でした」


 予想外の言葉だったのだろう。王妃は狼狽した様子で周りを見回してから、仁に問いかける。


「私ですか? しかし、私は一言も話していません」


 クリスティーネの言葉に仁は無言で頷き、「しかし」と続けた。


「しかし、私がクリスティーネ様に『キャサリン殿下を城外に連れ出した方法に心当たりはないか?』と聞いた時、あなたは『連れ出す方法を知っていれば疑うのか』と答えました。また、宰相のシューレン卿も似たようなことを言っていました」


 そこで仁は全員を見回した。


「もしキャサリン殿下を王城から連れ出す方法の見当がつかなければ、単に『分からない』と答えるはずです。連れ出す方法に心当たりがなければ『自分を疑うのか』などとは答えません。そして、これは同時に『秘密の通路』を使って彼女を誘拐した犯人に心当たりがないということでもあります」

「おい、ちょっと待て。秘密の通路を教えたくないというのは分かった。だが、どうして犯人に心当たりがないことまで分かるんだ」


 仁の推理にゲーリング警部が疑問を挟むが、仁は即座に答えを示した。


「簡単です。もし犯人に心当たりがあれば『秘密の通路』の具体的な場所や脱出方法を伏せて、犯人だけを我々に教えればいいからです」


 その言葉に、ゲーリング警部はむう、と唸って黙り込んだ。


「以上のことから、私はこのように考えました。王城からキャサリン殿下を連れ出す方法はある。ただし、その方法を知ってる人は彼女を連れ出せなかった、と全員が考えている・・・・・・・・

「おい、それだと犯人はいないことになるぞ。なんでお前はアルバート・ヒーリーが犯人だと考えたんだ」


 仁の話を遮ったのは、またもゲーリング警部だった。警部の言葉にアルバート・ヒーリーが身じろぎして口を開きかけたが、近衛隊長のラディン・リールが力を強めると、すぐにおとなしくなった。

 それを見て、仁はゲーリング警部に問いかける。


「王城からの秘密の通路を知っている人は、ここにいる人だけですか?」


 彼の問いに、ゲーリング警部だけでなく全員がポカンとした表情をしていた。

 その中で最初に答えに辿りついたのは、やはりアリシアだった。


「キャサリン殿下! 殿下が誰かに教えていたとしたら、その人は『秘密の通路』を使って殿下を誘拐することが……」


 そこまで言いかけて、アリシアは弾かれたようにアルバート・ヒーリーを見た。少し遅れて、全員も彼のことを見る。

 全員がアリシアの言葉の意味を理解したところで、仁は話を続けた。


「キャサリン殿下が『秘密の通路』を教えるとしたら相手は殿下と親しい人です。殿下と親しく、かつ事件当日に所在を証明できない人物。それが、キャサリン殿下を誘拐することができた人物です」

「……なるほど。それでジン君はアルバート・ヒーリーに疑いを持ったというわけだね」


 シーダー卿の言葉に、仁は「はい」と答えて話を続けた。


「そして、この説を今までお話ししなかった理由も分かってもらえると思います。王族を始めとする一部の人だけが知る『秘密の通路』がどういう用途で使われるか、想像は難しくありません。軽々しく表に出すことではないと考えたため、控えていたのです」


 仁の言葉に、アリシアとシーダー卿、そしてゲーリング警部は深く頷いた。仁が今までこの推理を話さなかった理由がようやく分かったからである。

 「秘密の通路」についての仁の推理が終わると、しばらくの間沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは、国王ライオネルだった。


「アルバートが犯人だということに、疑いの余地はない」


 苦味の混じった声だった。アルバートのことを名字ではなく名前で呼んだのは、それほど王家とヒーリー親子が親しい関係だったといことなのだろう。

 王太子のローレンスも、複雑な表情でアルバートのことを見ている。

 捜査室に呼ばれた全員が、アルバートを複雑な思いで見つめていた。

 しかし、ライオネルの言葉を簡単にひっくり返した者がいた。


「いえ、アルバート・ヒーリーが犯人だと決まったわけではありません。彼が犯人だと証明するには、まだ欠けているものがあります」


 そう言ったのは、よりによって最初にアルバートに嫌疑を向けた仁だった。



 「秘密の通路」の入口は王城の回廊にあった。

 「薔薇の庭」からも政務棟からも近い場所で一同は立ち止まる。

 誘拐事件に関わる緊急の用件だと説明し、回廊は人払いがされていた。王城で働く人々は、城の外を大回りで回って大変だろうな、と仁はどうでもいいことを考えた。


「この魔法灯の根元、ここが魔道具になっている。ここに魔力を込めると……」


 そう言いながら、近衛隊長ラディン・リールが手をかざす。すると、回廊の壁の一部がゆっくりと動き始めた。


「こんなものが……」


 ゲーリング警部はそう言ったきり絶句した。

 脱出は不可能と言われていた王城から外に出られる「秘密の通路」を見せられ、改めてショックを受けているようだった。その隣ではシーダー卿も驚きをあらわにしている。

 仁は「秘密の通路」を開けた近衛隊長に質問をした。


「通路がここに設置されている理由はあるんですか?」

「陛下たちがお食事を摂られたりお休みになられたりする場所はもっと上の階にある。そこには近衛騎士が大勢詰めている上に、容易には破れない。この通路は陛下が下の階におられる時の脱出路として設計されている」

「なるほど。だから政務室の近くなんですね」

「そうだ」


 そう言ってリールは全員を先導して「秘密の通路」を下りていく。

 仁とアリシアがそれに続き、それに残りの人が続いていく形になった。

 階段を下りる音と共にリールの説明が続く。


「この階段を下りた先が通路だ。ただし、この先は迷路状になっている。外から入る場合も中から出る場合も、分岐を知らなければならない。もちろん我々は知っているが、アルバートが知っているかどうかは分からない」


 その言葉にアルバートは思わず声を上げた。


「そんなことは知りません! 俺は、そういう通路があるってキャサリンに聞いただけで……ぐっ」

「こいつはこう言ってるが、ここでそれを証明できるのか?」


 アルバートを締め上げたゲーリング警部が仁に向かって尋ねる。

 仁はそれには答えずに、リールの後について階段を下りていった。

 やがて階段が終わり、全員が地下通路に辿りつく。それを確認したリールが通路を歩きだそうとした時だった。


「皆さん、止まってください! それからリールさん、その照明をください」


 仁の鋭い声に思わず全員が足を止め、彼の方を振り向く。

 仁はリールから照明具を受け取って前に出ると、アリシアを呼んでそれを手渡した。


「これで床を照らして。俺の足元の辺り」


 アリシアは戸惑いながらも頷き、仁の指示通りに地下通路を魔道具で照らした。

 仁はそれをじっと見つめ、屈みこんで足元の床を指で擦る。

 しばらく自分の指と足元、そしてアリシアが照らす床を見ていたが、やがてため息を吐いて立ち上がった。


「外れだ。キャサリン殿下が誘拐されたルートはここじゃない」



 「おい、どういうことだ! アルバート・ヒーリーが犯人じゃないのか!」と騒ぐゲーリング警部を無視して、仁は一団と共に特別捜査局の捜査室に戻った。

 もっとも、二転三転する仁の説明に困惑しているのは警部だけではなかった。

 捜査室の椅子にそれぞれが座ったところで、シーダー卿が口を開いた。


「ジン君、君は先ほどまでアルバート・ヒーリーが犯人だと言っていたはずだ。アルバートは『秘密の通路』を使ってキャサリン殿下を誘拐したのではないのか? それとも、別のルートを使って誘拐したのかね?」


 シーダー卿の疑問は、その場にいる全員の気持ちを代弁したものだった。

 しかし、仁の回答は今までの話を全て否定するものだった。


「いいえ、キャサリン殿下の誘拐に『秘密の通路』は使われていません。よって、アルバート・ヒーリーが犯人だという根拠は全て崩れました」



「最後の証明に必要なのは、最近『秘密の通路』を使った形跡があるか、ということでした」


 呆然とする全員の前で、仁はゆっくりと自分の推理を話す。


「もしも『秘密の通路』に足跡なり、足跡を消そうとしたホウキの跡なりが残っていれば、アルバート・ヒーリーが犯人だと言うこともできたでしょう。しかし、地下通路にはホコリが分厚く積もっていて、最近使われた形跡が全くありませんでした」

「先ほどの行動はそういう意味だったんですか」


 アリシアの言葉に仁は頷いて、話を続ける。


「『秘密の通路』が使われてない以上、アルバート・ヒーリーが犯人だとは断定できません。王城にいる全員と同じ容疑者どまりです」

「じゃあお前は何のためにこんなことをした!? 陛下にまでご迷惑をおかけして、タダで済むと思って……」

「つまりこういうことですね」


 突っかかるゲーリング警部の言葉を遮ったのはアリシアだった。


「今まで捜査官は『秘密の通路』の存在は予想していたけれど、使われたかどうかは分からなかった。もし使われたとしたらアルバート・ヒーリーが犯人、使われてないなら『秘密の通路』のことを事件から外して考え直す必要がある。今の調査は『秘密の通路』が事件に関わっているかどうかを調べるためのものだったんですね」


 アリシアの推測に仁は笑みを返す。


「そういうこと。皆は『秘密の通路』が事件に使われていないと考えていたけれど、自分は使われた可能性もあると考えた。実際、その存在を知っていて事件当日に自由に行動できた人物がいた」


 そこで仁は全員の方に向き直った。


「大事になってしまったのは申し訳ないと思っています。しかし、事件の捜査に必要だということを理解していただきたいと思います」


 彼の言葉に反論する者はおらず、部屋には静かな沈黙が流れた。


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