第十六話 二人の容疑者
仁の説明が終わると、呼ばれた人々は三々五々立ち去っていった。
ライオネルは仁の今回の行動について「特別に不問に付す」と伝え、ローレンス、シューレンと共に政務に戻った。
クリスティーネもメイド長のドリー・フォードを連れて自室に戻った。去り際、ドリー・フォードは深々と礼をして、部屋を出た。
近衛隊長のラディン・リールはアルバート・ヒーリーを謹慎させること、何かあれば自分に話してほしいことを伝え、アルバートを引っ張っていった。
仁とアリシア、シーダー卿とゲーリング警部だけになったところで、シーダー卿は全員を見回した。
「今後の捜査について話したい。これから私の部屋に来てくれないかね」
国王の政務室などが並ぶ政務棟。その内の一つ、警務大臣シーダー卿の部屋に四人は移動した。
「さて、これからについてだが」
多くの仕事と事件の急転にも、シーダー卿は疲れを見せずに話し始める。
「ゲーリング警部。明日、ジン君とアリシア君と共にテニスン侯爵とハーネス伯爵の尋問を行なってもらいたい。それからジン君、君が求めていたハーゼン卿、クライブ卿、ヒューム卿への尋問だが、明後日なら全員の都合がつく。ただ、時間がバラバラになるが、構わないかね?」
シーダー卿の言葉にゲーリング警部と仁は首を縦に振った。
「了解いたしました」
「ええ、問題ありません」
二人の同意を得てから、シーダー卿は全員を見つめる。
「数日中には犯人から身代金の受け渡し方法について連絡があるだろう。その後はほとんど捜査の時間はない。これ以上、犯人の特定に時間をかけることはできないと思ってほしい」
ゲーリング警部とアリシアは頷いたが、仁がそこで思いついたかのようにシーダー卿に質問をした。
「そういえば、今の今まで聞いていなかったんですが、犯人は王城のどの魔法通信装置に連絡をしてきたんですか?」
仁の質問に、シーダー卿はあご髭を撫でながら答える。
「そういえば話していなかったな。魔法通信は陛下の私室にかかってきたのだ。王城の魔法通信装置は陛下の私室と政務室の二ヶ所にあるから、確実に取ってもらえる方に掛けたのだろう」
その言葉に仁は驚いた。
「え、二つだけ? だって、王城の色々な所から命令を出したり受けたりする必要があるでしょう?」
仁の言葉に、シーダー卿は怪訝そうな顔をする。
「命令を出す時は遣いの者を出しているが、なにかおかしな所があるかね?」
「いや、例えば誰かを緊急に呼び出す時とか、逆に誰かに謁見を求められる時とか……」
「バカかお前は。どこにいるか分からん相手を呼び出したり呼ばれたり、どうやってやるんだ」
「……あー」
シーダー卿とゲーリング警部の答えに、仁は反論できずに突っ伏してしまった。
アリシアがおろおろしているのにも気づかず、仁はひとしきり唸ってから顔を上げると、疲れきった顔でシーダー卿に話しかけた。
「もしかして、放送施設……例えば、王城全体に向けて『陛下が誰かを呼んでいます』みたいなことができる魔道具もありませんか」
「そういう魔道具は発明されてないね。……ふむ、確かにあればとても便利になるかもしれないね」
シーダー卿の答えに、再び仁は突っ伏した。
この世界には携帯電話なんで便利なものもなければ放送施設もないことを知らされ、仁は改めてこの世界と元の世界のギャップを痛感した。
「どっちかっていうと魔法通信装置の方がオーパーツなのか……」
仁は頭を掻き回すと、シーダー卿に向けてもう一つの疑問をぶつけた。
「ところで、なぜシーダー卿や他の大臣の部屋には魔法通信装置がないんですか?」
シーダー卿の答えは明快なものだった。
「そもそも使う機会がないのだよ。こちらから人を呼ぶことはないし、私が登城している時は副大臣が代わりを務めている。緊急事態となれば急使が来るし、その時は王城全体が厳戒態勢になる。だから、あまり意味がないのだね」
「それは他の大臣も同じでしょうか?」
「分からないが、大きな違いはないのではないかね」
その答えに仁は再び唸っていたが、やがて黙り込んでしまった。
微妙な空気が流れ始めたところでアリシアが慌てて手を叩いた。
「とりあえず、今日はこれで終わりにしましょう。シーダー卿、わざわざ来てくださってありがとうございました」
彼女の言葉にシーダー卿とゲーリング警部は頷いて席を立った。
「うむ。それでは私は執務室に戻るよ。何かあれば来てくれ」
「俺も戻るぞ」
二人がそう言って部屋を出て行ってからも、仁は黙り込んだままだった。
アリシアはそんな彼を何も言わずに見守っていた。
翌日、仁とアリシア、そしてゲーリング警部の三人はテニスン侯爵を前にしていた。
アリシアによれば、テニスン侯爵は王国南部を治める貴族の中でも最も大きな家だという。
王国は南を海に接しており、テニスン家は海上の南方諸島に対する外交や軍事を担っているのだ。
「はじめまして、テニスン侯爵。特別捜査局捜査官、ジン・オーツカです」
「補佐官のアリシア・コールです」
仁とアリシアの言葉に、カスペル・テニスンは無言で頷いた。
小柄だが横幅は広く、筋肉質な身体をしている。細長い顔には、今は疲労の色が濃い。
「今回の尋問は私は口を出しません。内容が被ることもありますが、よろしくお願いします」
ゲーリング警部が言葉だけは丁寧に、だがぶっきら棒にそう言ったのを機に尋問が始まった。
「ではテニスン侯爵。記録によれば、あなたは事件当日に軍務大臣のハーゼン卿との面会を目的にここへ来たそうですが、登城したのは何時ごろでしたか?」
仁の質問に対して、カスペル・テニスンはしばらく黙りこんでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「午後2時過ぎだ」
余計なことは答えたくない、といった様子の相手に、仁は質問を重ねていく。
「登城した時に、武器等は持ち込みましたか?」
「魔導武具の火炎剣を持ち込んだ」
「火炎剣は普通の剣としても使えますが、魔力を流し込むことで炎を纏わせることができる剣です」
カスペル・テニスンの答えにアリシアが補足を加える。
どんなものかちょっと見てみたい、と思った仁だが、気持ちを抑えて先に進める。
「ハーゼン卿との面会はどこで?」
「応接室だ」
仁がゲーリング警部を見ると、警部はため息を吐きながら彼の答えを補足した。
「応接室は謁見の間の両側を挟むように四室ある。回廊から謁見の間に向かう途中で枝分かれしている」
その言葉に頷き、仁は再びテニスン侯爵に向き直った。
「ハーゼン卿との面会は何時から何時までか、覚えていますか?」
「3時から4時までだ」
「面会の内容は?」
そこで初めて、侯爵の表情が動いた。声に力が戻る。
「最近、南方諸島の動きに不穏なものがある。国力には大きな差があるから侵攻の心配はないが、海上の安全確保が必要だと感じたのだ」
「海軍の増強を頼んだということですか? しかし、陸と違って海軍は簡単に動かせないのでは?」
「内陸の川沿いに常駐している軍の一部を動かしていただくことになった。当面はそれで問題ないし、何事もなければ数ヶ月で収束するだろう」
本分である南部についての話が出たためか、侯爵は緊張もほぐれ、話にも余裕が出てきたようだった。
「ちなみに2時から3時までは応接室にいたんですか?」
「うむ」
「その時に誰か一緒に居ましたか?」
「応接室まで案内した警備兵がそのままいた。私の警護と監視を兼ねていたのだろう」
「ハーゼン卿と面会するまでに応接室を出たことは?」
「いや、ずっと応接室にいた」
テニスン侯爵の言葉が事実なら、彼にはキャサリン殿下を誘拐することなど到底不可能だ。
そこで仁はゲーリング警部を見やった。
「今のテニスン侯爵の証言、裏は取れているんでしょうね」
馬鹿にされたと思ったのだろう、警部はフンと鼻息を鳴らした。
「当り前だ。それくらいは警備兵とハーゼン卿に聞いている。テニスン侯爵の証言の裏付けをしてくれた。ちなみに、面会が終わった後にハーゼン卿は執務室に戻られたそうだ」
「……ああ、4時ごろローレンス殿下がハーゼン卿に政務室の廊下で会ったのは、侯爵との面会が終わって政務棟に戻ってきたところだったのか」
そう呟いたところで、仁はふと疑問を覚えた。その時間には、キャサリン殿下の誘拐は明らかになっていたはずだ。気付かなかったのだろうか?
「ハーゼン卿は誘拐事件について何か言ってました?」
「ハーゼン卿は忙しい身だぞ。長い時間は割いていただけないから、尋問ができない。分かるだろう?」
仁はゲーリング警部に尋ねたが、返ってきたのはそんな答えだった。仁は首を振りながらため息を吐いて、尋問に戻った。
後ろで警部がなにやら呟いているが、気にせずに質問を続ける。
「面会が終わった後は、そのまま王城を出たのですか?」
「そうだ」
その答えを待って、仁は核心の質問に入った。
「登城から応接室まで、あるいは応接室から王城を出るまでの間で、一人になった時間はありましたか?」
しかし、返ってきた答えは解決には繋がらないものだった。
「いや、城門から応接室までも、応接室から城を出るまでも警備兵がついていた。片時も私の傍を離れたことはない」
仁は再びゲーリング警部の方を見た。警部は困ったような顔で頷いている。どうやら彼の言葉は警備兵の証言などから裏が取れているらしい。
他に思いつくこともなく、仁は最後の質問をした。
「侯爵が現在拘束されている理由に、キャサリン殿下を誘拐した方法が分からないということがあります。誘拐された方法に思い当たることはありますか?」
「ない。そもそも私は滅多にここには来ない。城内のことには詳しくないのだ」
カスペル・テニスン侯爵の言葉は、簡素ながらも真実を感じさせるものだった。
ルーファス・ハーネスは仁とアリシアの姿を認めると、一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐに納得の表情を浮かべた。
「そうだ、君たちは特別捜査局の捜査官でしたね。ここに居ても不思議ではないですね」
「なんだ、貴様らハーネス伯爵と知り合いだったのか?」
「ええ、まあ……」
意外そうなゲーリング警部の言葉に、仁は曖昧に頷いた。失敗談というのはあまり思い出したいものではない。
警部は怪訝そうな顔をしていたが、何も言わずに三人から少し離れた場所に椅子を引き寄せて座った。
それをきっかけに、ハーネス伯爵への尋問が始まった。
「改めて挨拶をさせていただきます。特別捜査局捜査官、ジン・オーツカです」
「補佐官のアリシア・コールです」
「ルーファス・ハーネスです。王都の北の森の守護を任されています」
その自己紹介に、以前から気になっていたことを仁は尋ねた。
「ところで、その北の森の守護というのは具体的にどういう仕事なんですか?」
「王都の北に森の管理ですね。木々の手入れや、森の外に出た野獣の討伐などが主です」
事件に関係のない仁の質問にも、彼は真面目に答える。
「そうですか……あなたの家は王都にあったと思いますが、事件当日はなぜ王城に?」
「キャサリン殿下が12歳になられたことのお祝いを申し上げに登城したのです」
「……お祝いを陛下に言うだけのために登城したんですか?」
仁が思わずそう問い返した途端、ゲーリング警部のカミナリが落ちた。
「お前はアホか! 陛下やキャサリン殿下への献上品があるだろ! そうでなくても祝辞を欠かすような貴族は無礼者だと評判が立つぞ!」
警部の怒声に仁は目を丸くした。
「……警部が礼儀を説く日が来るとは思いませんでしたよ」
「こいつは……!」
「捜査官、警部。尋問を進めてください」
仁とゲーリング警部の不毛なやり取りを止めたのは、アリシアの絶対零度の声だった。
気まずそうに咳払いをして、仁は尋問に戻る。
「登城したのはいつ頃ですか?」
「午前10時頃でした」
「登城した時に持ってきた物は?」
「護身用の剣と陛下への献上品です」
「献上品はハーネス家が収める領地の特産品、木彫りの小箱とご祝儀……こちらは目録のみだが、ハーネス伯爵が持ち込んだのはこの二つだ」
ゲーリング警部がハーネス伯爵の答えを補足する。献上品について、仁は警部に確認を取ることにした。
「献上品は表門で精査されたのですね?」
「もちろんだ」
仁は頷いて、再びハーネス伯爵への尋問を続ける。
「登城してから謁見までの間、どこにいましたか?」
「陛下がお呼びするまでは応接室にいました。案内した警備兵がそのまま護衛についていました」
ハーネス伯爵の答えは、テニスン侯爵とほとんど違いがない。それでも仁は、何か手掛かりがないかと尋問を続けた。
「陛下との謁見は何時ごろでしたか?」
「11時ごろから、およそ15分程度とだったと思います」
「その後は警備兵に送られて城外に出たのですか?」
「はい、その通りです」
仁がゲーリング警部の方を見やると、彼は渋い顔をしながらも頷いた。警備兵の証言から、裏は取れていたのだろうと思う。
そもそも、午前中にしか王城にいなかったハーネス伯爵に犯行が可能だったとは思えなかった。
ふと、あることが気になって仁は質問を発した。
「ところで、なぜ遅れて陛下にお祝いの言葉を届けたのですか? キャサリン殿下の誕生日を記念した晩餐会が二週間ほど前にあったと聞きましたが」
その質問に、彼は少しバツの悪そうな顔をした。
「ちょうど妻の誕生日と重なっていて、妻の実家に行っていたのです。妻がすっかり良くなったので、その回復祝いということもあって、私も行っていました。一応名代は立てたのですが、やはり私自身が陛下にお祝いを申し上げないのは無礼にあたるので、あの日に陛下にお目通りさせていただいたのです」
「なるほど。ちなみに昨年はどうしていたのですか?」
「昨年は妻が実家に、私が晩餐会に出席しました」
その答えに仁は無言で頷いた。事件当日に登城したとはいえ、王城にいたのは午前中だし、ゲーリング警部が裏を取っているなら、アリバイも間違いないのだろう。
仁はあまり期待をせずに、最後の質問を投げかけた。
「伯爵はキャサリン殿下が誘拐された方法に心当たりはありますか?」
「……ないことはないのですが」
「えっ」
一瞬聞き逃しそうになったが、思わぬ答えに仁は腰を浮かせた。
アリシアとゲーリング警部も緊迫した空気を纏わせてルーファス・ハーネスの方を向く。
その雰囲気にたじろいだようだったが、ひとつ深呼吸をして、彼は話を始めた。
「私は歴史に興味があって、色々なことを調べています。私の調べたところ、ハーネス家は伯爵家ではありますが、その歴史は王国建国から間もない時期まで遡ります。いくつかの侯爵家よりも歴史があるのです」
そこでルーファス・ハーネスは三人を見渡した。
「そのハーネス家が初代から行なっていることが王都の北の森の管理です。私は元々はハーネス家の人間ではないですし、妻や義父も何も知らないようですが……私は北の森に王家に関係のある何かがあるような気がするのです」
その答えに三人は思わず顔を見合わせた。
しばらく全員が無言だったが、やがて仁がハーネス伯爵に頭を下げた。
「ありがとうございました。また何かあればお話を伺います」
「分かりました」
「で、北の森の秘密とはなんだと思う?」
魔法警察の捜査室でゲーリング警部はおもむろにそう切り出した。
「十中八九、『秘密の通路』の出口でしょうね」
対して仁はあまり興味がないといった様子でそう答える。
「だがな、もしルーファス・ハーネスの言葉が嘘で、あいつが『秘密の通路』を使ったとしたら……」
そこまで言ったところで、警部は自分が間違っていたことに気付いたようだった。
「警部、『秘密の通路』は使われてないって結論がでてるでしょう」
アリシアが警部の間違いを指摘する。
「大体、『秘密の通路』を詳しく知っていたら、あんな思わせぶりなことは言いません。無駄に疑われるだけです」
仁もゲーリング警部の説を一蹴する。
「じゃあなんであんなことを言ったんだ?」
「あの人はおそらく『秘密の通路』の存在に勘付いているんでしょう。俺たちが気づいていないかもしれないと思って、それとなく知らせたんだと思います」
仁は気のない様子でそう言うと、ゲーリング警部に向かって一言付け加えた。
「一応、ルーファス・ハーネスが犯行時刻にどこにいたか調べてください」
ゲーリング警部がむっつりとした顔で応じる。
「もう調べてある。犯行時刻前後はずっと、勤め先の農耕省にいた。裏も取れてる」
「じゃあ、アリバイ成立ですね」
アリシアの言葉に、警部は仏頂面のまま無言を貫いた。
そんな警部を見ながら、仁は誰ともなしに呟いた。
「明日には各大臣への尋問ができる。でも、それ以上は時間がないか……」




