第十三話 近衛隊長とメイド長
翌日の尋問は特別捜査局の捜査室で行なうことにした。
今、二人の前にはシーダー卿に頼んで呼び出してもらった五人がいた。
近衛兵の二人とメイド長は仁とアリシアの前でも堂々としていた。一方、端にいる小柄なメイドは小さく縮こまっており、その隣の先輩と思われるメイドが彼女のことを心配そうに気遣っていた。
「ええと……本日はわざわざこちらに来ていただいてありがとうございました」
仁がそう切り出すと、五人は無言で頷いた。
「これから尋問をするんですが、まず初めに近衛隊長のリールさんとメイド長のフォードさん、その後に他の方という順番で行ないます」
仁はそう言うと、壁を指差した。
「尋問が始まるまでは魔法警察の刑事がいる隣の部屋で待ってもらいますが、終わっても帰らずに部屋に戻って待っていてください。もちろん、尋問の内容は話さないように。質問はありますか?」
「一ついいかな?」
そう言って手を挙げたのは近衛隊長のラディン・リールだった。
「尋問にはどれくらい時間がかかる? 陛下の警護は部下に任せているとはいえ、全員の尋問の間ずっと待つとなると、長さによっては支障が出てしまう」
「尋問の進み方にもよりますが、最短なら全員合わせても1時間足らずで終わります」
仁の答えにリールはしばらく無精ひげを撫でていたが、やがて小さく首を縦に振った。
「そういうことなら協力しよう」
「ありがとうございます。他に質問のある方はいませんね?」
他に質問がないのを確認して、仁は尋問を始めることにした。
「ラディン・リール。近衛隊長をしている」
短くそう言った近衛隊長は茶髪で厳つい顔立ちをしていた。日に焼けた肌やがっしりした身体つきと相まって、大きな岩のような印象だ。
「リールさん、近衛隊長は普段、どのような仕事をしているんですか?」
彼の迫力にやや気後れしながらも、仁は型通りに質問を始めた。
「最大の仕事は陛下の警護だ。もちろん四六時中陛下についているわけではないし、副隊長に仕事を任せることもあるが、近衛騎士団の中では一番陛下のお傍にいることが多い」
誇るわけでもなく淡々と答えるリールに、仁は次の質問を投げる。
「陛下の警護をする以外の時間は何を? あと、陛下以外の警護をすることはありますか?」
「陛下の警護を除けば、概ね訓練か休みだ。もちろん休日を摂って丸一日休むこともある。もう一つの方だが、陛下以外の警護は王妃様や殿下だけが外出なされる時に行なう」
明快な答えに仁は頷く。アリシアのメモを取る手が止まったのをみて、本題に入った。
「事件当日の犯行時刻前後、午後3時前から4時ごろの間、どこで何をされていましたか?」
「その時間は陛下は政務室でローレンス殿下と宰相のシューレン卿におられた。我々は政務室に入ってはならないので、政務室のさらに奥にある待機室で、他の近衛と一緒にいた」
その答えに仁は少し考え込んだ。
国王への尋問を終えて政務室を出た後、仁とアリシアは何部屋か隣のシーダー卿の執務室で、ゲーリング警部と捜査会議を行なった。
「これは確認なんですが、政務室のある階の部屋の並びは、大臣四人の部屋、陛下の政務室、近衛騎士団の待機室、という順番で合っていますか?」
「そうだ。正確に言うなら、内務大臣室、警務大臣室、外務大臣室、軍務大臣室の順で、その隣が政務室、我々が使う待機室だ。待機室は他の部屋より広く取られている。階段は廊下を挟んで反対側にある」
仁は頭の中に太り気味のクライブ卿、馴染みのシーダー卿、枯れ枝のようなヒューム卿、吠えるハーゼン卿の顔を並べながら頷いた。
「本題に戻りましょう。キャサリン殿下が誘拐されたことが陛下やローレンス殿下に知らされたのは5時前ということでしたが、その後はどのように?」
「私室に戻られる陛下についていた。陛下付きの近衛騎士を二人捜索に出したが、陛下の安全を考えてそれ以上は人員を割けなかった」
そこまで答えたところで、彼は少しだけ口を歪めた。
「ただ、我々も捜索に加わっていれば……と思うことはある」
捜査室に重たい沈黙が落ちた。しかし、仁はすぐにそれを振り払って質問を続ける。
「陛下の警護はいつ頃まで続けましたか?」
「キャサリン殿下の失踪があったので、通常よりも遅くまで警護を続けた。交代した時には日が変わっていた」
彼の答えに仁は少し考え込んだ。シーダー卿とゲーリング警部を交えた捜査会議で仁が語ったように、犯行時刻の前後に犯人と王女は接触していたはずだ。
ゲーリング警部の調査通り、彼が犯人である可能性は非常に低いと考えられる。
尋問の方向を変え、仁は前々から考えていたことをリールに尋ねた。
「リールさんには私室が与えられているんですよね? どこにあるんですか?」
唐突に飛躍した質問にもリールは戸惑くことなく答える。
「王城の外縁部にある近衛騎士団用の塔の一室だ。騎士団に関する書類等が置いてある」
「……王城内部からは離れていますが、警護の上で問題ないのですか?」
「塔は近衛騎士団の住居のような場所なのだ」
「なるほど」
リールの答えに頷いた仁は、近衛隊長に最後の質問をした。
「陛下に最も長い時間付き従っているのはあなただと思いますが、あなたから見て、キャサリン殿下と最も親しかったのは誰ですか?」
意外な質問だったのだろう、彼は初めて目を瞬かせた。が、すぐに冷静さを取り戻して答えた。
「今日ここに呼ばれたアルバートだ。彼の母親であるマリー・ヒーリーはキャサリン殿下の乳母で、兄妹のような関係だと聞いている」
「兄妹ですか。二人は何歳差ですか?」
「3歳差だ。アルバートは現在15歳になる」
その言葉に仁はしばらく考え込んでいたが、一度頷くと彼を解放した。
「ドリー・フォードと申します。クリスティーネ様にお仕えしております。また、メイドの取りまとめも行なっております」
メイド長であるドリー・フォードも毅然とした態度を崩さなかった。白髪の混じった髪をきつくまとめている彼女は、二人を鋭い目つき見つめていた。
やはり王族の側近ともなると堂々としたものだ、と感心している仁にアリシアが囁く。
「おそらくこの方、武術の心得があります。万が一の事態に対処できる方でなければ、王妃様に仕えることはできませんから」
言われて初めて、これまでの身のこなしに一切の隙がなかったことに気付いた仁は、内心で冷や汗を流しながらも質問を始めた。
「フォードさんはメイド長ということですが、普段はクリスティーネ様に専属ということでよろしいでしょうか」
「はい。奥様の身の回りのお世話をさせていただいております」
「他にクリスティーネ様に付いているメイドは何人いますか?」
「3人、あるいは4人でございます。これはキャサリン殿下のお世話を同時にすることが多いためです」
誘拐された王女の名前が出てきたことに仁は食いついた。
「キャサリン殿下は、クリスティーネ様と共に行動することが多かったのでしょうか」
その問いに、メイド長は少し考える仕草を見せた。
「そうですね……勉学の時間は教師がついていましたが、それ以外の時間はクリスティーネ様と共におられることが多かったと思います」
「一人で行動されることはあまりなかったのですか? 窮屈だと思うのですが」
仁がそう疑問を口にした途端に、彼女の目が一層きつくなった。
「王族としての最低限のことが伴わない内はあまり一人で行動させるべきでないと、陛下も奥様も考えておられました。それにお二人は、殿下の求められることはできる限り叶えられようとしておられました」
厳しい声でそう指摘され、仁は慌てて方針を変えた。
「分かりました。ところで、質問が前後しますがキャサリン殿下に付いている教師というのは、事件当日は城内にいたのでしょうか?」
「いえ、事件当日は休みの日で、教師は登城しておりません」
仁は無言で頷く。ゲーリング警部の資料でも教師らしき人物の名前はなかった。
「事件当日、フォードさんはクリスティーネ様と共に行動していたのですよね?」
「はい。奥様と共に『薔薇の庭』から厨房までの行き来をしました。軽率な行ないだったと反省しております」
表情こそ変わらなかったが、彼女の言葉からは確かに後悔を感じた。
仁もアリシアもそれに気付いたが、あえて触れずに質問を続ける。
「キャサリン殿下の姿が見えなくなってからは、どうされましたか?」
「奥様と共に殿下のお姿を探しました。もちろん、奥様のお傍を離れないようにはしていました」
ここまでの答えはゲーリング警部の調査とほぼ一致している。
そこで仁は攻め方を変えることにした。
「フォードさんは私室を持っていると聞きました。具体的にはどこにあるのでしょう?」
「私室の場所ですか……本城の回廊東側にメイドの部屋が割り当てられえております。その中の一室を使わせていただいております」
その答えに仁は目をすっと細めた。
「つまり、メイド達の部屋からは回廊に簡単に出られるということですね?」
「その通りでございます」
「回廊で人目につかなければ『薔薇の庭』にも行けるということですね?」
その言葉に、今度はメイド長の目が細められた。
「私たちを疑っているということでしょうか」
彼女の冷たい声に、しかし仁は怯まずに答える。
「王城にいる全員を疑っています」
二人の間に見えない火花が散ったようだった。
しばらく二人は睨み合っていたが、先に折れたのはドリー・フォードだった。
「……失礼をいたしました。素人が差し出がましい真似をいたしました」
頭を下げる彼女に、仁も頭を下げる。
「いえ、失礼なことを言っているのは分かっています。しかし殿下の救出のため、もうしばらく協力していただけますか」
「承知いたしました」
短く答えた彼女に、仁は最後の質問を放つ。
「メイド長であるあなたからみて、キャサリン殿下と最も親しいメイドはだれでしょうか?」
「マリー・ヒーリーです」
間髪入れずに答えが返ってきた。
「彼女は殿下がお生まれになられた時に、殿下の乳母を務めておりました。殿下がまだ幼い頃には、教育係もしております。今も殿下が最も親しく話しかけるのは彼女です」
「その次は誰でしょう?」
「不肖ながら、私であるかと。しかし、殿下はマリーにはご家族のように接しておられましたが、私にはあくまでメイドとして接しておられるように思います」
そう答えた彼女には、わずかに嫉妬の色があったが、仁とアリシアはそれには気付かなかった。
仁はアリシアのメモを受け取ってしばらく尋問内容を見つめていたが、やがて顔を上げると、ドリー・フォードに尋問が終わったことを告げた。
「次は誰の尋問を行ないますか?」
二人きりになったところで、アリシアが仁に尋ねると、即座に仁は答えた。
「メイドのマーサ・ハート、アナ・バリー。最後に近衛のアルバート・ヒーリー。この順番でいこう」
あらかじめ考えていたかのような答えにアリシアは驚いたが、すぐに仁の考えに気付いた。
「その順番が……最後のアルバート・ヒーリーが重要なんですね」
アリシアの問いに、仁もまた驚いたようにアリシアを見返した。
「よく分かったね」
「捜査官との付き合いも、もう長いんですよ」
少し得意げなアリシアの様子に、思わず仁は笑みを浮かべた。




