第十二話 警部の悩み
ミルンに別れを告げて裏門を立ち去った二人は、とりあえず特別捜査局の捜査室へと戻った。
城門で見聞きしたことをまとめる必要があったし、何より歩き詰めだったので、少し休もうということになったのだった。
捜査室で休憩がてら雑談を交わしながら、二人は捜査結果をまとめていった。
「これからどうしましょうか」
二ヶ所の城門での調査内容を一通りまとめたアリシアが、今後の方針を仁に尋ねる。
仁は椅子の背もたれにだらしなく寄りかかりながら首だけを動かして彼女の方を向いた。
「城門から得られたのは、魔力を持ったモノが通れば感知されるってことだよね。後、大きなものは中身を検められることか」
「そうですね……ただ、捜査官が最初に話したあの仮説は有効だということでもあります」
アリシアは「あの仮説」という部分で声を潜めた。
周りに聞かれても何のことか分からないとしても、「王女が既に殺されている」ということを口にするのは憚られた。
仁はそんな彼女の様子を見て、身体を起こした。
「ただ、魔法通信を聞く限り、キャサリン殿下はまだ生きている。誕生日やクリスティーネ様の旧姓をちゃんと答えてるわけだから。それこそ犯人が未来予知でもしなけりゃ……」
そこまで言ったところで、仁は思わず顔をしかめた。
「まさか、未来予知ができる魔法なんてないよね?」
「あるわけないでしょう」
「そうだよな。流石にそんな荒唐無稽な……」
アリシアの呆れたような答えに苦笑した仁は、そこでふと首を傾げた。
「どうしたんですか、捜査官?」
アリシアの声に仁は我に返った。
「いや、なんでもない。それよりも事件当日に王城を訪ねてきた人が二人いるんだよね」
その言葉にアリシアは頷いてノートを見返す。
「テニスン侯爵とハーネス伯爵ですね。ゲーリング警部はどうして私達に黙っていたんでしょうか?」
「分からない。とにかく、警部に聞いてみよう。そろそろ夕方だけど、さっき言ってた通りならまだ捜査室にいるだろうし、話くらいは聞けるはずだ」
仁はそう言うと立ち上がった。
大分時間が経っていたが、城門での尋問の前に言っていたようにゲーリング警部は魔法警察の捜査室にいた。
ちょうど部下からの報告が途切れたところのようで、警部は部屋の中央に陣取って悩ましげな顔をしていた。その周りでは、何人かの刑事が調べ物をしているようだった。
警部はむっすりとした顔をして不機嫌そうに唸っていたが、アリシアは構わずに彼に詰め寄った。
「警部、お話ししたいことがあります。事件当日に王城を訪ねた二人のことです」
アリシアがそう言うと、警部はますます顔をしかめた。
「なぜテニスン侯爵とハーネス伯爵が王城を訪ねたことを教えてくれなかったのですか? 確かに特別捜査局は独立した組織ですが、情報の共有は必要です」
「魔法警察は僕らがここに来る前に既にそのことは知っていたんでしょう。なぜ伏せていたんですか?」
冷たい声で迫るアリシアの後ろから、仁もゲーリング警部を糾弾する。
「まあ待て、落ち着け。俺の方も事情があったんだ」
冷たい目で警部を見る二人を手近な椅子に座らせると、ゲーリング警部はぐったりした様子で話し始めた。
「お前たちの気持ちは分かる。だが、二人への本格的な尋問はさっき始まったばかりなんだ」
ゲーリング警部の言葉に仁は驚いた。
怪しい者がいるとなればすぐに引っ張ってくるゲーリング警部だから、てっきりもう何日間も尋問をしていると思っていたのだ。
「ずいぶん慎重に動いていたんですね、警部らしくもない」
「お前は俺をなんだと思っているんだ」
警部は仁をジロリと睨んだが、すぐにため息を吐いた。
「まあ、俺もできることならすぐに二人への尋問をしたかったがな……この事件は極秘なのは分かっているだろう?」
二人が頷いたのを見て、警部は話を続けた。
「当然、取り調べは慎重に行わなければならない。一度尋問を始めるとなったら、事件のことを話さないわけにはいかないし、無実だと分かっても簡単に釈放するわけにはいかん」
「なるほど。二人に外で事件のことを話されては困るということですか」
「そうだ。しかも、何日間も尋問を続ければ周りの人間が不審に思うだろう。事件のことが漏れないとも限らない」
ゲーリング警部の言葉に仁は頷いたが、隣のアリシアは変わらず冷たい目で警部を見ていた。
「シーダー卿にそう言われて、今まで我慢していたと」
「ぐっ」
アリシアの言葉にゲーリング警部は思わず詰まったが、咳払いを一つして話を進めた。
「身代金の支払いが決定された以上、事件の終わりは近い。今からなら拘束しても大した問題にはならないだろう。それに、もうなりふり構っていられる状況じゃないからな」
ゲーリング警部はそう言って拳を握った。
「シーダー卿からも許可をいただいて、今さっき尋問を始めたところだ。お前たちに話すと、余計なことをしかねないからな」
「そんなことしませんよ。別に変なことしてないでしょう?」
ゲーリング警部の文句に対して、仁は呆れたように肩をすくめたが、警部とアリシアからジト目で睨まれ、バツが悪そうに頭を掻いた。
「本当に必要ならちゃんとしますから……ところで、こちらで尋問することはできますか?」
仁がそう頼むと、ゲーリング警部は彼を睨んだ。
「今は魔法警察で尋問しているところだ。お前たちが尋問できるとしても、その後だな」
「そうですか」
「尋問したければシーダー卿に頼め……ただ、あまり期待するなよ。俺たちもしつこくやっているんだが、今のところ大したことは聞けてない」
そう言って警部は大きく溜め息をついた。言う通り、尋問の成果はほとんど出ていないようだった。
そこで仁は、もう一つの用事をゲーリング警部に告げた。
「ところで、さっき城門に行く前に話した王城の警備兵やメイド、近衛兵への尋問ですが、どうでしたか?」
「ああ、そういえば話していたな。尋問の結果はここにまとめてある」
そう言って、ゲーリング警部は十数枚にも及ぶ紙の束を仁に渡した。
「……多いですね」
「当り前だ。お前が城内の全員のアリバイを調べろというからその枚数になったんだ。そんな面を見せるな、お前らの捜査室で検討してくれ」
警部にそう言われ、仁はアリシアを連れて特別捜査局の捜査室に戻ることにした。
結局、二人が資料の検討を始めたのは夕食の後だった。
「もうちょっとちゃんとまとめてくれても良かったと思うんだ」
捜査室の真ん中で尋問の結果が書かれた紙を見ながら、仁はため息を吐く。
机の向かい側では、アリシアが同じようにげんなりした顔をしてメモを取っている。
先ほどから二人は、魔法警察が調べた城内の人物のアリバイをまとめていた。
ゲーリング警部から渡された資料は、名前と身分、仕事の内容、いつから勤めているか、当日の居場所、誰と居たかなどの情報が雑然と並べられている。
二人はとりあえず、当日のアリバイがはっきりしない人物を洗い出すことにした。
「ええと……犯行時刻前後にアリバイがないのは、三人ですね」
「これだけ城内にいて三人って少ないな。メイドが二人、近衛兵が一人か。警備兵は二人一組で行動するし、非番の時は城内には入れないのか。メイドも一人で仕事をすることはまずないんだな」
結局、アリバイのない人物は三人に絞られた。
一人目はメイドのマーサ・ハート。主に城内の清掃担当のようで、当日は体調を崩して休んでいた。
二人目は同じくメイドのアナ・バスリー。普段はマーサと共に仕事をしており、当日は一人で掃除をしていた。
最後が近衛兵のアルバート・ヒーリー。王妃クリスティーネの近衛兵をしていたが、当日は自主訓練をすると言って一人で訓練所にいた。
仁はリストをしばらく眺めていたが、やがて一つ頷いた。
「この三人と、近衛隊長ラディン・リール、メイド長ドリー・フォードから話を聞こう。今からシーダー卿に頼めば、明日か明後日くらいには話が聞けるんじゃないかな」
その言葉にアリシアは不思議そうな顔をした。
「近衛隊長とメイド長も尋問するんですか?」
「いくつか聞きたいことがあるんだ。あと、ちょっと試してみたいことがある」
仁の謎めいた答えに、アリシアは首を傾げた。




