第十一話 裏門の誇り
王城の裏門に行くには、王城の周りをぐるりと半周する必要がある。
もちろん「薔薇の庭」や謁見の間、執務室などが面する回廊を使ってもいいのだが、警備兵に断ってから回廊に上がり、回廊から下りる時に同じことをしなければならない。
二人は王城の外側の様子を見て回りながら裏門に向かった。
訓練をしている兵士や洗濯物を干しているメイド達など、王女が誘拐されたとしても王城の日々の営みは続いている。
「誘拐犯が外庭を通ったってことはなさそうですね」
「そうだね。一応見てみたけど、王女を連れていたら間違いなく目に付くよ」
外庭を観察しながらのアリシアの言葉に仁も頷く。
そんな会話を交わしながら歩いているうちに、二人は裏門に到着した。
裏門の様子は、表門とは大分異なっていた。
大きさも表門に比べると若干小さく、門扉もあくまで実用性を重視したもので、華やかさとは無縁である。
しかし、警備の厳重さは変わらない。裏門にも表門同様に十数人の警備兵が守りを固めていた。
仁とアリシアは裏門警備担当のアレックス・ミルンと挨拶を交わした後、裏門についての質問を始めた。
「表門は登城される方々に対する警備が主な仕事ですが、王城の生活に必要な日々の物資はこちらの裏門から運び込まれます」
ミルンはそう言ってわずかに胸を張った。
仁は彼の言葉に頷くと、裏門について詳しく尋ねていく。
「裏門からはどのような物が運び込まれたり、運び出されたりするのですか?」
「衣類、食料品、家具、文具など何でもです。壊れたもの、捨てるものもここから運び出します」
ミルンの回答を聞いた仁は少し考え込んだ後、質問を変えた。
「では逆に、この門を通らない物はなんですか?」
今度はミルンが考え込む番だった。しばらくの沈黙の後、彼は指を折りながら「裏門を通らないもの」を数え上げ始めた。
「まず、王城を訪ねてこられる方は皆、表門を使います。ですから裏門を出入りする人はいません」
「王城に勤めている警備兵や使用人はどうですか?」
「我々警備兵や使用人などは例外です。しかし、我々が城外に出る時には魔道具の身分証を持って出ます。城に戻ってきた時には身分証を提示するのです」
身分証、という言葉に仁は反応した。
「身分証ですか。どのような物か見せてもらえますか?」
仁の頼みに、ミルンは胸元から自分の身分証を取り出して手渡した。
「これが身分証です。どうぞ、ご確認ください」
ミルンにそう言われ、仁は身分証を観察した。
見た目は普通のカードである。表面にミルンの名前と顔が貼られており、王家の刻印が施されていた。
「この身分証を奪われたことはありませんか?」
仁は鋭く質問を投げかけたが、それに対してミルンは首を振った。
「そのようなことはありません。身分証は本人の顔の念写図と専用の刻印があります。奪ったところで城に入ることはできません」
「本人そっくりに変装する魔法などはないんですか?」
元の世界の映画などを思い出しながら仁は尋ねる。荒唐無稽な話だが、魔法のある世界ならあるいは、と思ったのだ。
しかし、その質問を否定したのはアリシアだった。
「今のところ、そのような魔法や魔道具があるとは聞いたことがありません。もちろん、『黒薔薇騎士団』がまったく新しい魔法使いや魔道具を生み出したのならば別ですが……」
アリシアの指摘に仁は黙り込む。
そもそも、フィクションの中でも変装はすぐにばれてしまうのがほとんどだ。誘拐事件の時だけ都合よく変装が上手くいくとは考えにくい。
仁は変装説を一端切り捨てて、質問を変えることにした。
「人の出入りについてはわかりました。では、裏門を通さない物はなんでしょう?」
その質問にミルンは再び考え込む。
「……そうですね、魔道具の類は裏門を通すことはありません。裏門には表門のような『回路同定機』はありませんから、『検知機』を使って魔力の反応があれば検めることになります」
「魔法灯や蓄音機、印刷機のようなものも城内にはあるはずですが、あれらも全て表門から?」
「はい。王城内の魔道具を把握するため、魔道具の出入りは表門で一括して行なっています。また、王城に魔道具を納めることが、製造業者の箔付けになるという理由もあります」
「なるほど、いわゆる御用達ということですか。見栄えのために、多少面倒でも表門から納めるということですね」
仁の言葉に、ミルンは少し不機嫌そうな顔をした。裏門の警備が表門に劣っているわけではない、と言いたいのだろう。
そんな様子を気にすることなく、仁は質問を変えた。
「魔道具の類は一切持ち込めないということでしたが、普通の武器は持ち込めるのですか?」
今度はミルンは首を縦に振った。
「王城で訓練する兵士や近衛兵などのための武器はこちらから運び込みます」
「魔法使いの警備兵は魔道具の武器を使うのでは?」
「ええ。しかし、普通の武器を使わないということはありません。実際、訓練では魔道具の武器が手元にない場合を想定して、普通の武器を使った訓練をすることも多いのです」
「捜査官。魔道具の武器は表門で管理していると、表門監督のドレイクさんが話していました」
ミルンの答えとアリシアの補足に、仁は軽く頷いた。そしてすぐに次の質問に移る。
「では、大量の荷物や大型の武器に関してはどう扱うのですか?」
「大型の、あるいは大量の荷物は裏門で扱います。もっとも時間がかかるので、そのような物を通す場合にはあらかじめ王城から知らせがあります。大型の武器は表門で扱う物ですね。程度にもよりますが、陛下に直接お目通しするような物は表門で検査します」
「なるほど……では大きな荷物の中に、別の物を紛れ込ませることはできますか?」
「別の物」を僅かに強調した仁の言葉に、ミルンも少し表情を動かした。
「そのような荷物については、王城からの知らせに間違いがないか詳細に確認します。もちろん時間はかかりますが、注意し過ぎるということはありません。荷解きをしてもらい、一つ一つ点検をします」
「人手が足りなくなることはないんですか?」
「先ほどもお話ししましたが、そのような場合は王城から連絡がありますので、人員を追加して対応します」
ミルンの説明に、仁は質問を重ねる。
「城内から荷物を持ち出すときも同じですか?」
「はい。城内で一通りチェックはしますが、ここで再度、詳細に確認を取ります。壊れたものやゴミに紛れて貴重品を盗み出されることを防ぐためです」
「今までそのようなことはありましたか?」
「……『黒薔薇騎士団』が活発に活動していた頃に、王家の宝物を持ち出そうとしたことがあります。王家の権威を失墜させようとしたものと思われます。しかし、ここ数年はそのようなことはありませんでした」
「つまり、キャサリン殿下の誘拐は『黒薔薇騎士団』が数年ぶりに王城で起こした事件ということですか」
仁の言葉にミルンは重々しく頷く。
仁が今までの話の内容を反芻していると、不意にアリシアが質問を投げかけた。
「ミルンさん。過去の窃盗未遂に使われたのは、表門ですか、裏門ですか?」
急に話に入ってきたアリシアにミルンは驚いたが、それでも彼女の質問に丁寧に答えた。
「過去の事件で奴らが使ったのは裏門でした。そのため、魔法警察も殿下がここから城外に連れ出されたと考えているようです」
「しかし、『魔法検知機』があれば殿下がいることは分かると思いますが?」
「ええ。魔法警察にもそのことは何度も話しています」
アリシアの疑問に、ミルンはそう答えて小さく溜め息を吐いた。
確かに彼女が言うように、王女を生きたまま裏門から運び出すのは無理があるように思えた。
捜査を始めた時に、仁は「王女が殺されている」という仮説を元にどちらかの門を通すか、城門を使わずに城外に運び出すという方法を考えていた。
だが、魔法通信のやり取りを聞く限り、彼女は今も生きている。12歳の少女とはいえ、生きている人ひとりを隠して運ぶというのは不可能に思えた。
「当日には、大きな荷物の出入りはありましたか?」
困ったような顔をしているアリシアに代わり、再び仁が質問する。しかし、返ってきた答えは芳しくないものだった。
「いえ、いくつかの家具や武器が運び込まれましたが、大きなものはありませんでした。すべて荷解きをして、中身も確認しています」
「ちなみに、どういう理由で運び込まれたものですか?」
「殿下の誕生日を祝う晩餐会で使われたテーブルや椅子の幾つかを、修繕に出していたのです。事件当日に戻ってきたのは、その一部です。武器は訓練用のものですね」
その答えに、仁はガリガリと頭を掻いた。表門からも裏門からも、大きな物の出入りはない。城門からキャサリン王女が連れ出された可能性は非常に低いと考えるしかなかった。
仁は、ある思いつきのことを考えてため息を吐く。あまり触れたくはないが、今の彼には、それ以外に王女の誘拐方法が思いつかなかった。
ふとアリシアの方を見ると、困ったように仁を見つめている。彼女にも、裏門から王女を連れ出す方法は分からないようだった。
仁は軽く頭を振ると、ミルンに向き直って頭を下げた。
「ご協力ありがとうございました。またお話を伺うことがあるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
表門の監督をしているドレイクに言ったことと同じことをミルンに話し、二人はその場を立ち去ろうとした。
しかし、それをミルンが呼び止めた。
「お二人は特別捜査局、というのは魔法警察とは独立しているのですか?」
ミルンの言葉に二人は立ち止まる。
「はい。特別捜査局は魔法警察から独立した、シーダー卿直下の組織です」
アリシアの答えに、ミルンは強い口調で二人に訴えた。
「我々は万全の警備体制を敷いています。裏門からキャサリン殿下が誘拐されたことは絶対にないということを、お二人から魔法警察に話していただけますか?」
ミルンの頼みに二人は思わず目を見合わせる。しばらくして、仁がミルンに答えた。
「分かりました。ゲーリング警部がどこまで話を聞いてくれるかは分かりませんが、彼に伝えておきます」
「よろしくお願いします」
短いやり取りを終え、今度こそ二人は裏門を立ち去ることにした。




