第十話 表門の問答
魔法警察の捜査本部を出た二人は、王城の表門へと向かった。
この城を訪れた時は慌ただしく連れてこられたため、二人がしっかりと城門を見るのはこれが初めてだった。
改めて城門を眺めた二人は、その大きさと人の多さに圧倒されていた。
「城門は二重になってるんだな」
王城の正面に位置する表門のうち、「二の門」と呼ばれている内側の城門を眺めながら仁が呟く。
表門のうち「一の門」はアレクサンドリア城の顔となる威容を誇る城門だ。
高さは3メートル以上はあるだろう。扉や金具には頑丈さだけでなく、王城を守り続けたことによる貫禄のようなものが感じられる。
仁が初めて王城に来たときには、城門の左右には十人以上の門番がいたが、今も同じくらいの人数の門番がいた。
「それで、二つの門はそれぞれどういう役割をしているんですか?」
表門警備監督のスコット・ドレイクに仁が尋ねる。
突然押しかけて質問する仁にも、彼は嫌な顔一つせずに背筋を伸ばして応対した。
「はい。ご覧の通り、この城の表門は一の門、二の門に分かれております。一の門については単純に侵入者の排除が目的です。警備兵には魔法使いを配置し、魔法使いの襲撃にも対処できるようにしております」
「なるほど。では、普通に入城する方はどうするのですか?」
「王城に入城される方については、いつ頃、誰が来るのかあらかじめ我々に連絡があります。何か特別なものを持ってくる場合には、その旨も我々に伝えられます」
「特別なものを持ってくるというのは、具体的には?」
仁の質問に、ドレイクは僅かに笑みを浮かべた。
「貴族の方々が陛下へ献上品を手ずから持参される時などですね」
「なるほど。逆に言えば、大体の荷物は裏門から入れるということですか」
「はい。それについては裏門の担当をしているアレックス・ミルンが詳しいと思います」
仁とドレイクは言葉を交わしながら表門の内側にある「二の門」に向かって歩いていく。仁とドレイクが熱心に話し込んでいるため、アリシアは二人の後を追いかけるような形になった。
「二の門」は仁から見ると門というよりは税関のように見えた。
身体検査や持ち物検査を担当していると思われる警備兵が持ち場についている。
持ち物検査を行なうと思われる場所に置かれた上面が光る台が仁の目に留まった。
「あの光ってる台はなんですか?」
仁が台を指して聞くと、ドレイクは「あれですか」と答えた。
「あれは『魔法検知器』ですね。荷物の中に魔道具を潜ませてないかを調べる機器です」
「どういう原理で動いているんですか? 魔道具を起動させるには魔力を流す必要があるでしょう?」
仁の質問にドレイクは厳しい顔を作った。
「はい。あの装置で魔道具が起動できるわけではありません。あれはあくまで魔道具を発見する装置なのです」
まだよく分かっていないという顔の仁を見て、ドレイクが戸惑った顔をする。
そんな二人を見て、アリシアが仁に声をかけた。
「捜査官、少しいいですか」
「アリシア? 何か聞きたいことがあるの?」
「いえ。捜査官が『魔法検知器』についてよく分かってないようなので。私の知っている範囲で説明をしたいのですが、良いですか?」
「……うん、お願い。いまいちイメージが掴めないんだ」
仁からそう頼まれ、アリシアは「魔法検知器」の説明を始めた。
「私たち魔法使いが魔道具を使うときは魔道具に魔力を流します。魔道具の中には魔法回路が組み込まれており、その回路によって魔道具が働くのです」
ここまでいいですか、と伺うアリシアに仁は頷いた。それを見て彼女は説明を続ける。
「『魔法検知器』は荷物の中にある魔法回路を検出する魔道具です。魔法回路自体に魔力を流すわけではないので、魔道具が壊れることはありません」
「ええと……金属探知機みたいなものか」
「金属探知機、というのは?」
「俺の世界にある機械で、門を通ると身体に金属を身に着けているかどうかが判別できるものなんだ」
「そんな機械があるんですか……そうですね、その金属探知機というのが近いです」
アリシアから「魔法検知器」について一通り説明してもらった仁は、再びドレイクの方を向いた。
「あれが検知するのは魔道具だけですか?」
「いえ、荷物の中に魔法使いが潜んでいたり、あるいは固有魔法が掛かった物があったりしても引っ掛かりますね」
「魔法使いはともかく、固有魔法も探知できるんですか? どういう原理で?」
仁の説明にドレイクは一つ咳払いをした。
「先ほどそちらのアリシア補佐官が説明されたように、『魔法検知器』は魔法回路を検出します。魔法使いはその体内、固有魔法は構成された魔法の中に魔法回路が存在し、そこに魔力が流れていると考えられています」
なるほど、と仁は頷いて魔道具についての質問を続ける。
「会議に出席した際に蓄音機を見かけたんですが、あれらの魔道具も全て検知器で検査するのですか?」
ドレイクは首を横に振った。
「いえ。大臣や貴族の方々には、魔道具を持ち込む方も多くおります。そのような方々にはあらかじめあちらで魔道具を提出していただくのです」
ドレイクの指した先には、検知器の前にいた警備兵とは別の警備兵がいた。
役人にも見える彼らは入城する者から魔道具を受け取ると、それを何かの装置で調べていった。
「あれも魔道具ですか?」
仁が装置を指して質問すると、ドレイクが頷いて答えた。
「ええ。あの『回路同定機』は魔道具の魔法回路を調べ、どのようなモノかを判別するものです。また、あそこで誰がどの魔道具を持ち込むのかを記録します」
「魔法回路を見て分かるものなんですか?」
「はい。あの装置はそういうものですから」
ドレイクの言葉に仁は首を傾げる。その様子をドレイクは訝しげに見つめていた。
再びアリシアが補足を入れる。
「『回路同定機』には、既存の魔道具の魔法回路が全て登録されています。『同定機』が魔法回路からどの魔道具かを判別するんです」
「なるほど……でも、未知の魔道具は判別できないよね?」
「ええ。おそらくその場合は危険物として処理されるのでしょう」
アリシアの言葉にドレイクが付け加える。
「それだけではありません。王城の門を守る者として、魔道具はもちろん、持ち込もうとした人間に対しても厳しく対処します。また、固有魔法を使った何かを持ち込むことも禁止されています」
ドレイクの強い口調に、仁は短く「そうですか」と答え、質問を変えることにした。
「では、魔道具以外の持ち物はどのように検査するのですか?」
「魔道具の検査が終わった後で、各人の荷物や身体に不審物がないかを確認します。表門は裏門と違って大量の荷物が持ち込まれることはありませんが、登城する人全員のチェックをする必要があります」
ドレイクの答えに引っかかるものを感じ、仁は質問を重ねる。
「私がこの城に来た時はこの武器を簡単にチェックして返されましたが、武器は魔道具よりも基準が緩いんですか?」
そう言って、彼は腰に下げているレイピアを軽く叩いた。
ドレイクは若干渋い顔をして答える。
「この事件では、魔法警察や特別捜査局の方々は色々な面で優遇されております」
ただ、と彼は続けた。
「身分の保証されている貴族の方々は、武器や魔導武具の持ち込みがある程度は認められております。最低限の護身や、儀礼などで使う必要性などがあるためです」
「では、貴族ではないと帯剣が認められない場合もあると」
「そうですが、滅多にありません。貴族でもない人間が王城に招へいされることはほとんどありませんから。それこそ大罪人を裁く場合や、今回の様に特別に平民の方々を招く必要がある場合くらいです」
ドレイクの言葉によれば、王城に入れる人間自体が限られていることになる。やはり誘拐は内部に協力者がいないとできないのではないか、と仁は考えた。
しかし、最大の問題なのは今回の事件で重要なのはどうやって城内にいる王女を誘拐したかである。
門の警備について一通り聞き終えた仁は、誘拐の手掛かりを得るために本題に入った。
「逆に、何かを城から持ち出す場合の検査はどうなっていますか?」
王女を城外に連れ出す方法はないか、と暗に尋ねた仁に対して、ドレイクも鋭い目つきで答える。
「まず初めに、荷物と身体の検査を行ないます。これは、王城から何かを盗み出そうとしていないかの確認です。もちろん王城内部も警備兵がおりますが、ここで警備を怠ることはいたしません」
「公式に……例えば陛下から貴族に褒賞が与えられることもあるのでは?」
「陛下から下賜された品がある場合などは、その旨があらかじめ連絡されます。連絡された内容と照らし合わせて、相違がないかを確認します」
「それ以外で王城の物が紛れ込んでいた場合にはまず拘束する、ということですか」
ドレイクは頷いて仁の言葉を引き継いだ。
「もちろん、王城にある全ての物を把握しているわけではありません。しかし、式典や晩餐会でもなければ王城にある貴重品が持ち去られるということは警備上もまずありえません」
「ちなみにそういう時はどうするのですか?」
「近衛兵団が独自の警備体制を敷いて不審者や物品の出入りを監視しています」
そこでアリシアが二人のやりとりに口を挟んだ。
「捜査官。最後に晩餐会があったのは事件の数週間前のキャサリン殿下12歳の誕生パーティーでした。さすがに関係ないのでは?」
「……確かに、今のところは関係なさそうだ」
アリシアの指摘にばつが悪そうな顔をして、仁は質問の軌道修正をした。
「話を戻します。荷物と身体の検査を行なった後は、やはり『魔法探知機』や『回路同定機』で魔道具関係の確認をするのですか?」
二つの検査用魔道具を指しながら仁は尋ねる。
「はい。入城の際に魔道具の持ち込みを記録することをお話ししましたが、ここで持ち込んだ魔道具を持ち帰るどうかを確認します」
「持ち込んだ魔道具は必ず持ち帰らなければならないのですか?」
「原則その通りです。やむを得ない事情がある場合は、事前に近衛兵団長のリール殿に許可を貰う必要があります。その場合は我々に連絡があります」
「持ち込みが許可される魔道具はどういうものですか?」
「印刷機、蓄音機といった、書類整理に使うものがほとんどです。式典や晩餐会の時には念写機や追加の魔法灯が持ち込まれますが、危険物は基本的には許可されません。近衛兵が試作品の魔導武具を使う時が唯一の例外だと思います。登城された貴族の方も護身用の最小限の武器しか持たせないのは、先ほどお話しした通りです」
ドレイクの答えの要点をアリシアはメモしていく。彼女の手が止まったところで、仁は別の方向から質問を投げかけた。
「では、事件当日に城内にあった、あるいは持ち込まれた魔道具に変わったものはありましたか?」
仁の言葉に、ドレイクはしばらく眉を寄せて考え込んでいたが、やがて首を横に振る。
「いえ、特に思い当たる物はありません。当日持ち込まれていたのは印刷機や蓄音機などだけです。頻繁に登城される大臣の方々……シューレン卿、ハーゼン卿、ヒューム卿、クライブ卿はいつも通りに会議用の蓄音機や書類の入ったカバンと護身用の武器のみでした。また、当日に登城されたお二方は護身用の武器と贈り物だけで、当日中に持ち帰っております」
「お二方?」
思わず仁は聞き返した。ゲーリング警部からは事件当日に特別に登城した貴族がいたことは聞かされていない。
驚いた仁に対して、ドレイクは不思議そうな顔をして言った。
「はい。魔法警察に既に話しましたが、事件当日の午後に登城された方が二人おられます。一人はカスペル・テニスン侯爵……この方は南部の国境付近を治めておられます。もう一人はルーファス・ハーネス伯爵……代々この城の北の森の守護を任されている方です」
予想外の名前が出てきたことに仁は少し驚いた。彼は隣のアリシアに確認する。
「ハーネス伯爵ってクレアのお父さんだよね」
「はい……魔法警察も二人が事件当日に登城したことを知っているはずですが、私は何も聞いていません」
「俺も聞いてない。後でゲーリング警部に確認する必要があるな」
二人はドレイクに聞かれないように小声で相談を交わすと、改めてドレイクに向き直る。
「では、大臣とその二人以外で特別に登城された人や持ち込まれた物はありませんか?」
「ありません。私の知る限り、その六人と皆さんが持ち込まれた魔道具、武器以外に表門を通った危険物はないと言えます」
「逆に出て行ったことも考えられない」
「その通りです」
仁は念を押すように彼に問いかける。
「つまり、キャサリン殿下を表門からこっそりと連れ出すことは不可能だった」
ドレイクは仁を見返して大きく頷く。
「はい。大きな荷物ならば必ず中身を検めます。また、魔法使いや固有魔法が『検知器』に引っかかるのは申し上げた通りです。表門から殿下が連れ去られたとは考えられません」
ドレイクの言葉に仁も頷きを返す。表門は人の出入りこそあるが、大きな荷物が入ることはないし、魔法使いがいれば「魔法検知器」に引っかかる。
ここから王女が連れ出されたとは、仁にはどうしても思えなかった。
仁はアリシアに聞きたいことがあるかどうか尋ねたが、アリシアも特に聞くことが思いつかないようだった。
とりあえず表門での尋問を終えることにした二人は、改めてドレイクに頭を下げた。
「ご協力ありがとうございました。またお話を伺うことがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
仁の言葉にドレイクも丁寧に頭を下げた。
「いつでも協力いたします。今回の事件、王城の門を守る者としての責任を果たせなかったことに我々一同、責任を感じております。事件解決のためにできることであれば、なんなりとご質問ください」
「分かりました……まあ、できるやれるだけははやってみます」
「国王陛下を初め、皆様のご期待に恥じないように微力をつくします」
ドレイクとそう言葉を交わして、仁とアリシアは裏門に向かった。




