第四話 会議は踊る
翌日、仁とアリシアはゲーリング警部と共に、会議室の下座に座っていた。
上座に座るのは国王、ライオネル・アレクサンドリア。右隣には王太子であるローレンスもいる。左隣には、白髪と長い白ひげをたくわえた老人が沈痛な面持ちで座っていた。
仁から見て、テーブルの左側には岩のような身体の上に厳つい顔を乗せた茶髪の男とシーダー卿が座っている。
反対の右側には金髪だが大分白髪が多い壮年の痩せぎすの男と、同じく金髪だがまだ若く、顔も身体も丸々と太った男がいた。
どうやらこの五人が王族以外のこの国の重鎮らしい。
ガチガチに緊張しているゲーリング警部とアリシアの間で、シーダー卿って偉かったんだなあ、と考えながら、仁は延々と言い合いを続ける彼らのことを眺めていた。
仁とアリシアが王城に滞在し始めてから三日後、仁、アリシア、ゲーリング警部の三人はシーダー卿の指示により、この会議に参加することになった。
本来は国策を決めるための会議であり部外者を入れることはないのだが、この事件において魔法警察で捜査を指揮することになったゲーリング警部と特別捜査局二人は参加するように、との命令があったのだ。
三人が会議室に入った時には既に全員が揃っていて、シーダー卿によって各人の紹介をされた。
国王の隣に座る老人はミハイロ・シューレン、アレクサンドリア王国の宰相を務めているという。
シーダー卿と並んで座っている大男はヴェルター・ハーゼン、軍務大臣。
その二人と向かい合う痩せぎすの老人と太った若者はダグラス・ヒュームとジョセフ・クライブ。それぞれ外務大臣と内務大臣を務めていると紹介された。
(内と外の政務と軍務で四人の大臣、そしてそれを統括する宰相ってわけか)
そう考えながら仁はアリシアとゲーリング警部に倣って左膝をつき、右手を胸に当てる臣下の礼を取った。
「魔法警察警部デレク・ゲーリング、参上いたしました」
「特別捜査局補佐アリシア・コール、参上いたしました」
「特別捜査局局長ジン・オーツカです……参上いたしました」
適当に済ませようとした仁は左右からひじ打ちを食らい、慌てて言い直した。
三人が用意された席に着くと、国王ライオネルは三人に向かって言った。
「よく来てくれた。今回は我が娘、キャサリンの誘拐についての会議だ。諸君には忌憚のない意見を期待したい」
国王のその言葉と共に会議は始まった。
「忌憚のない意見を期待したい」と言われても仁達と王族、大臣の間には天と地ほども身分が違う。
それは発言の順番や重みについても同じらしい。
「それでは」と言いかけた仁はアリシアに両手で口をふさがれた上にゲーリング警部に向こう脛を蹴飛ばされて悶絶することになった。
怪訝そうな顔を向ける上座の面々に向かい、アリシアとゲーリング警部は「こちらは気になさらないでください」「閣下、我々の事はお気にならさらず」と必死に弁明していた。
不審そうな顔をしていた国王、王太子と大臣達だったが、些細な事だと考えたようで、キャサリン王女誘拐についての話し合いを始めた。
「なにするの、苦しいって、痛いって」
「それはこっちの台詞です! なんで捜査官が発言しようとするんですか!」
「だって『忌憚のない意見を』って言ったじゃん」
「馬鹿野郎! 言葉通りに受け取る奴がいるか! これは御前会議だぞ! 我々は陛下や閣下の命を拝すればいいのだ!」
「じゃあ、俺いる意味ないじゃないですか。帰っていいですか?」
「ダメです!」
「斬られたいのか!」
三人がそんなやりとりをしている間にも、席上では激しい論議が交わされてた。
まずこの事件が諸外国に知られていないか、国内の貴族、一般市民にどの程度まで知られているかについての確認が行なわれた。
「貴族にもほとんど知られてないのか」
「私達は例外中の例外です。サクラさんにも口止めはしてあります」
「魔法警察でも担当捜査官以外には事件の中身は伏せられている。もっとも、俺のように王城に詰めている者がいる以上、重大な事件が起きていることは分かっているだろうがな」
続いて事件への対処、ここで議論が紛糾した。
「キャサリン殿下の身の安全が第一であることは確かだ。しかし、『黒薔薇騎士団』の脅迫に屈するようなことがあってはならない!」
巨大な体躯からそれにふさわしい大声で「黒薔薇騎士団」への強硬姿勢を主張するのは軍務大臣のハーゼン。
一方で内外の政務を司る二人は「黒薔薇騎士団」へ慎重な対応をすべきと主張する。
「もちろん脅迫に屈するべきでないということには賛成だ。だが奴らがキャサリン殿下を害するようなことがあってはならない。それこそ奴らの思う壷ではないか」
外務大臣のヒュームはそう反論する。
細く年老いた身体からは激しさこそないが確かな気迫があり、安易な強硬姿勢は許さぬとその眼は語っている。
「キャサリン殿下の身が彼らの元にあることは確かなのです。多少の損害はキャサリン殿下の身の安全には替えられません!」
内務大臣のクライブは「黒薔薇騎士団」の脅迫を呑んででもキャサリン殿下の安全を確保すべきと主張する。
「そもそもキャサリン殿下が『黒薔薇騎士団』に囚われているということが確かなのか!? 確証もなく奴らの脅しに屈することになるぞ!」
ハーゼンが再び吠える。
「いや、偶然にしちゃタイミング良すぎだろ、『黒薔薇』に誘拐されてるのはほぼ間違いないって」
仁が小声でそう言うと、両隣から拳が飛んだ。
うめき声を上げて仁はテーブルに突っ伏す。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
ライオネル王が仁の様子を見て心配そうに声をかける。
「いえ、緊張しているだけです! なにぶんこういう場に縁がありませんので!」「こちらは問題ありません、どうぞお続けください」
アリシアとゲーリング警部が再び弁明し、一度止まった会議が再開する。
「なんか今日、俺の扱い酷くない?」
「捜査官の態度が酷いからです」
「お前一人だったら今頃斬られてるぞ」
仁のぼやきにも、今日の二人は容赦がなかった。
その後の会議は三人がそれぞれ一歩も譲らず、平行線をたどった。
キャサリン王女が「黒薔薇騎士団」に誘拐されたという証拠がない以上、彼らに従う必要はないと主張する軍務大臣ハーゼン。
安易に「黒薔薇騎士団」を信じるのは危険だが、キャサリン王女の身の安全は考える必要があると主張する外務大臣ヒューム。
キャサリン王女の安全を確保できるなら「黒薔薇騎士団」の脅迫を呑んでもいいと主張する内務大臣クライブ。
三人の論戦に妥協点が見いだせない中、警務大臣であるシーダー卿は一言も発さず、静観の構えを崩さなかった。
「いい加減飽きてきた。帰りたい」
「冗談でもやめてください」
「お前もう喋るな、胃が痛くなってきた」
アリシアとゲーリング警部が仁の呟きに突っ込んでいた時だった。
「そもそもキャサリン殿下が今も無事であるという証拠があるのか! 殿下が既に害されていれば、こんな議論は無意味だぞ!」
軍務大臣ハーゼンの言葉に議場が凍りついた。
おそらくは誰もが頭の片隅で考え、しかし敢えて言わなかったことを彼は口に出したのだ。
「お主、不敬にも程があるぞ! 根拠もなくキャサリン殿下が害されているなどと陛下の前で言うことか!」
今までにない語気でヒュームがハーゼンを糾弾する。
この枯木のような老人のどこにそんな力があるのかと仁は驚いた。
「キャサリン殿下の無事のために議論をしているのです! なんてことを!」
クライブも叫ぶような声でハーゼンを糾弾する。
しかし一度言ったものは引っ込められないと思ったのか、ハーゼンは勢いのまま吠えた。
「ならばキャサリン殿下が無事であるという証拠はどこにあるか! 『黒薔薇騎士団』に囚われているという証拠はあるのか!」
その言葉に場は沈黙する。
この会議はキャサリン王女の身が無事で「黒薔薇騎士団」の元にある、という前提で進められていたのだ。
それを根底から揺るがすような発言に対しての反論など、誰も考えてはいなかった。
「君達はどう思う?」
警務大臣シーダー卿が仁達に意見を求めたのはその時だった。
意見を求められた時の三人の反応は三者三様だった
「ひゃい!」と奇声を発したまま固まったのはアリシア。
「も、申し訳ありませんが、我々にはかっ、過大な事案であります」とつっかえながらも返事をしたのはゲーリング警部。
しかし、シーダー卿の眼は最初から真ん中に座る人物に向けられていた。
「そうですねえ」
シーダー卿の視線を受けた仁は、あえて視線を宙に泳がせる。
「キャサリン殿下が無事かどうか、そしてその身が『黒薔薇騎士団』の元にあるかどうか、という問題だけなら割と簡単に判るんですけどね。どうせ向こうから教えるでしょうし」
「なにっ!」
発端となった軍務大臣ハーゼンが腰を浮かせる。
しかし、シーダー卿が目で彼を止めた。
「具体的な方法は?」
シーダー卿の再度の質問に、今度はシーダー卿に向かって仁は話し始めた。
「どこかの段階で向こうは魔法通信装置を使って連絡を取ってくるはずです。声を聞かせるのが殿下の生存を知らせる最も簡単で分かりやすい方法ですから」
「では、殿下の生存は向こうが教えてくれると」
「ただし、既に死んでいるのを生きているように偽装される可能性があります」
仁の言葉に場が再びざわつく。
仁が周囲に目をやると、ヒュームとクライブの政務大臣は不審そうな顔でこちらを見つめていた。
一方で軍務大臣のハーゼンは今にも食いつきそうな勢いで身を乗り出していた。
正面には真剣なライオネル王とどこか必死そうなローレンス皇子、沈痛さを保ちながらもどこか冷静な宰相シューレン。
そして確信をもって仁を見つめるシーダー卿。
口をパクパクさせているアリシアと胃を抑えているゲーリング警部は放っておいて、仁は話を続けた。
「声を聞かせる、というのは誘拐事件において被害者が生きていることを知らせるには分かりやすく、また双方にとって信頼性が高い方法です」
「双方に、とは?」
「こちら側には殿下が生きていて相手の元にいるということが、そして向こう側には殿下を生かしていて自分がその身を確保しているということが分かりやすい」
そこで仁はハーゼンの方をちらりと見た。
「殿下が生きていて『黒薔薇騎士団』に囚われていることを我々に説得しない限り、向こうも誘拐した意味がありませんからね。軍務大臣のハーゼン閣下が言われたように、証拠がないと突っぱねられる可能性がある」
「なるほど。では、偽装の可能性とはなんだね?」
シーダー卿の問いに仁は一言で答える。
「蓄音機での録音」
はっ、と息を飲んだ音がした。仁は構わずに続ける。
「殿下に適当な声をいくつか喋らせておいて蓄音機に録音しておき、殿下を殺します。あとは魔法通信で蓄音機に録音された殿下の声を聞かせておけばいい」
議場に痛いほどの沈黙が落ちる。
この場にいる誰もが、蓄音機に自分の声を吹き込むことを強要され、そして殺されるキャサリン王女の姿を思い浮かべたのだろう。
その沈黙を、再び仁が破る。
「ただし、これは簡単に見破れます」
「……その方法は?」
今や議場の全員が仁とシーダー卿のやりとりを見守っていた。
そんな中で二人は、まるで警察省のシーダー卿の部屋にいるかのように、いつも通りの受け答えを続ける。
「誘拐とは無関係なことを質問し、答えさせればいいんです。例えば誕生日とか」
「なるほど。犯人が予想できない質問を出して殿下に答えさせればいいのか」
「その通りです」
そこで仁は全員を見渡した。既に全員が仁を見つめている。
「以上のことから、まずは相手の出方を待つべきだと考えています。相手はキャサリン殿下の生存をこちらに知らせなければならないのですから」
「殿下の生存を我々に知らせる方法ですが、念写図を使う可能性は?」
そう質問したのはヒュームだった。
仁は壮年の外務大臣に向き直って質問に答えた。
「その可能性もありますが、低いと思います。念写図で殿下が生きている様子を写せば、殿下がどこにいるかの手掛かりを与えることになります。敢えてその危険をおかす意味はありません」
仁の答えにヒュームは満足して頷いた。
「では当面は『黒薔薇騎士団』からの連絡を待つという方針で。特別捜査局局長ジン・オーツカの提案通り、魔法通信にキャサリン殿下を出していただき、誕生日を尋ねてその生存を確認するということでよろしいでしょうか?」
宰相シューレンのその言葉に反対する声は上がらなかった。
「特に反対もないようだな。ではこれにて会議を終えることとする」
「会議の内容はこちらの蓄音機に録音し、保存しておきます。各大臣も必要があれば再度聞き直してください」
「それでは各人とも、職務に励んでくれたまえ。以上で本日の会議を終了する」
国王と宰相の言葉により、その日の会議は幕を閉じた。




