第五話 犯人からの連絡
「寿命が十年は縮んだぞ!」
会議が終わり、魔法警察の捜査室に入った途端にゲーリング警部は仁を怒鳴りつけた。
「いいじゃないですか。特に問題も起きなかったわけですし」
「起きました! たくさん起きました!」
仁の言葉にアリシアが怒鳴る。
「でも、まずは『黒薔薇騎士団』がキャサリン殿下を生かしていることを証明させないと。相手の思惑通りに動かされるのもあまり良くないからね」
そう言いながら、仁は近くにある椅子を引き寄せて座る。
「とりあえず俺達は、もう少し先のことを考えておくべきだろうな。『黒薔薇騎士団』がキャサリン殿下を誘拐したという前提で、相手の狙いを考えないと」
「相手の狙い?」
「そんなもの、アレクサンドリア王家を害する以外にないだろう」
仁の言葉にアリシアは首を傾げ、ゲーリング警部は何をバカなことをと呟く。
そんな二人に対して仁は首を横に振った。
「そんなわけないでしょう。それなら単に殿下を殺して首でも晒しておけばいいんです。わざわざ王城から誘拐するなんて面倒極まりないことをする必要はない」
「なっ、おまっ、それは陛下に対して」
「不敬とか論理的思考の邪魔になります。別に陛下の前で言わなきゃいいだけでしょうが」
真っ赤になって口をパクパクさせるゲーリング警部に対して、仁の非常識さに耐性のあるアリシアが尋ねる。
「では、捜査官はなぜキャサリン殿下が誘拐されたと考えているのですか?」
アリシアの問いに仁は首を傾げた。
「それがよく分からないから困る。アレクサンドリア王家の中でキャサリン殿下を選んだ理由は分かるんだけど」
「分かるのか!」
「一番警備が緩いからに決まってるでしょうが」
「た、確かに」
感心するゲーリング警部を呆れた目で見やりながら、仁は机に頬杖をつく。
そのまま宙を見つめて呟いた。
「誘拐っていうのは、相手の身柄と引き換えに何かを得るためにやるわけなんだけど……なんで王女なんだろう?」
仁の独り言に反応したのは、やはりアリシアだった。
「なんで、というのは?」
「別に貴族の子供とかでもいい、というかその方が効果的なはずなんだ。例えば『身代金を寄越せ』とか『我々に協力しろ』とか、被害者の身柄と引き換えにそういうことを要求するのが誘拐でしょ?」
「……まあ、そうですね」
「それが王女だとどうしても周囲に知られることになる。だから何らかの要求をしたところで、それがすんなりと通るとは限らないんだ」
「では、キャサリン殿下を誘拐しても意味がないと?」
「いや、目的があるからわざわざ王女を誘拐したんでしょ。だからその目的を考えないといけない」
仁とアリシアのやりとりにゲーリング警部が口を挟む。
「いずれにせよ、近いうちに『黒薔薇騎士団』の奴らから連絡が来るだろう。奴らの目的など、その時に分かるのではないか?」
その言葉に仁はちらりと警部を見やり、再び宙に視線をさまよわせた。
「まあ、そうかもしれないんですけどね……」
仁の再度の呟きに、今度は二人とも応えることはなかった。
アレクサンドリア王家の元に「黒薔薇騎士団」から魔法通信が届いたのはそれから三日後のことだった。
国王ライオネルと王太子ローレンスは執務中だったため、魔法通信に出たのは王妃クリスティーネだった。
また、魔法警察の刑事が捜査のために王家の私室近くに詰めており、通信があった時には共に立ち会っていた。
『やあ、気分はどうだい?』
「ど、どなたですか? 一体何の用で……」
『言わなくても分かるだろう。娘さんを預かってる者だよ』
「く、『黒薔薇騎士団』ですか! 娘は無事なんですか!」
『もちろん無事だ。信用できないか?』
「お願いです! 声を! 娘の声を聞かせてください!」
『……ふむ。確かに私の口から聞いただけでは信用できないだろう。娘さんの声を聞かせてやる』
「お願いします」
『……お母様?』
「キャサリン! 大丈夫!? 酷いことされてない!?」
『……大丈夫。私は大丈夫ですから。……お父様やお兄様にもそう伝えてください』
「分かったわ。絶対に助けてあげるからね」
『もう充分だろう? そろそろこちらの条件を聞いてもらえないかな?』
「待ってください! もう一つだけ。娘の誕生日を、あの子の口から聞かせてもらえますか?」
『ふん、それほど信用できないか。まあいい、聞かせてやる』
「お願いします」
『……誕生日、ですか? 7月15日です』
「そう……良かった」
『これで満足したか? ではこちらの条件を聞いてもらおう』
「わ、分かりました」
『我々「黒薔薇騎士団」はキャサリン第一王女の身柄と引き換えに1000万セルを要求する』
「い、1000万セル? そんな大金、とても用意できるはずが……」
『娘さんの……第一王女の命に比べれば安いものじゃないか』
「しかし、そんな大金、私一人で払えるものではありません!」
『もちろんそれは承知の上だ。国王陛下や大臣と話し合うと良いだろう』
「……はい」
『それではこれで失礼させてもらう。次の連絡は3日後だ。いい返事を期待している』
「以上が『黒薔薇騎士団』とクリスティーネ様のやり取りだ」
王妃クリスティーネと誘拐犯の魔法通信を聞いて考え込む仁とアリシアに、ゲーリング警部がそう声をかけた。
王妃と誘拐犯のやり取りは小型の蓄音機に録音されており、ゲーリング警部はその録音を二人にきかせたのだった。
キャサリン殿下の誕生日は、このやり取りの通り7月15日だという。
ちなみに、この世界の1年も12ヶ月からなるが、1月は30日で固定されており、曜日は6つとなっている。
1年は360日で、曜日が変わることはない。
アリシアからそのことを教えてもらった時、仁は意外とよくできていると感心した。
「つまり『黒薔薇騎士団』はキャサリン殿下の身代金を要求してきたというわけだ。明日にも今後の対応についての会議が開かれる。何か聞きたいことはあるか?」
ゲーリング警部の問いかけに仁は手を挙げた。
「なんだ」
「なんだか変な声なんですが、声を変える魔道具でも使ってるんですかね」
「おそらくな。『変声機』を使っているんだろう」
そこでゲーリング警部は一つ咳払いをした。
「魔法通信装置に魔道具まで使える。犯人はまず間違いなく貴族だろう。それも含めて明日の会議は行なわれる」
ジロリと仁を睨みつけた。
「今度はおとなしくしていろよ」
そう言うと、ゲーリング警部は二人を残して部屋から出て行った。
特別捜査局専用の捜査室の中で、仁とアリシアはしばし無言で向かい合っていた。
「結局、身代金目当ての誘拐なんでしょうか?」
やがてアリシアがそう言うと、仁は唸った。
「そうなのかもしれないけれど……やっぱり引っかかるんだよなあ」
「しかし、1000万セルもの大金となると、やはり一般の貴族には払えない金額でしょう」
「じゃあ、普通の貴族の子供を誘拐したとして、身代金って大体どれくらいになるかな?」
「えっ?」
「昔も身代金目的の誘拐ってあったわけでしょ? 大体どれくらいを要求されてたの?」
「え、と……ちょっと待ってください」
仁の問いに、アリシアはしばらく魔法警察から貰った資料を取り出して調べていたが、やがて口を開いた。
「そうですね、数10万セルがほとんどです。100万セルを超えるものも少数ですがありますね」
「……そんなもんなのか」
この世界の貨幣単位はセル。仁の感覚では大体1セルは10円くらいだと思っている。
だから過去の誘拐事件の身代金は、日本円なら数百万から一千万円程度。今回は一億円、ということになる。
もっとも桜に言わせると食料品は安く、高度な魔道具は同じ機能の機械に比べるとかなり高め、だそうだが。
「まあ、10億セル要求してこなかっただけマシか」
仁の独り言にアリシアがギョッとした表情で仁を見つめる
「じ、10億セル!? なんでそんな数字が?」
「いや、俺の世界の小説でそれくらいの身代金を要求するって話があってね」
「……もう、びっくりさせないでください」
再び魔法警察の資料を調べ始めたアリシアを横目に、仁は椅子から立ち上がって窓の外を眺めた。
窓からは王都アレクサンドリアの街並みが見えた。
この街のどこかに王女が囚われているのだろうか。
「……いや、逆に、ちょっと厄介かもしれないな」
仁の呟きは、誰にも聞こえることなく虚空に消えた。
翌日の御前会議は仁の予想通りに紛糾した。
身代金の金額に激高し、用意する必要はないと主張したのは軍務大臣のハーゼン。
「奴らにそんな大金をくれてやる必要はない! 徹底的に拒否しろ!」
「前回から全く変わってな、あがっ」
ハーゼンの変わらない強硬姿勢に呆れた仁が呟いた瞬間、両脇から拳が飛び、前回と全く同じように机の上に突っ伏すことになった。
「ある程度譲歩の必要はありましょう。しかし1000万セルは流石に高い。値下げを要求するべきです」
そう主張したのは外務大臣のヒューム。
まあ現実的な判断だろうな、と仁は思う。
「1000万セル、用意することはできるでしょう。キャサリン殿下の命には代えられません」
誘拐犯の要求を全面的に呑むべきだと主張するのは内務大臣のクライブ。
ちょっと弱気が過ぎるように仁には思えた。
喧々諤々の議論が交わされた結果、1000万セルの用意はしておくが金額については誘拐犯と交渉を行なう、ということで一致した。
「で、お前はどう思う」
会議が終わり、特別捜査局の捜査室に戻るなり、ゲーリング警部が仁に話しかけた。
部屋にいるのは仁、アリシア、ゲーリング警部の三人だけである。
今日は発言しなかった仁に、ゲーリング警部は思う所はないのかと尋ねたのだった。
仁は一つ伸びをしてから応えた。
「まあ、妥当なところだと思いますよ。そもそも身代金をどうすべきかは、僕らが口出しすることでもないと思いますし」
「ふむ、そうか」
「僕らが考えないといけないことは、犯人の特定もそうですが、身代金受け渡しの時にどう動くかですね」
その言葉にゲーリング警部も頷く。
「そうだな、よほど突飛な魔法でも使わない限り、犯人が顔を出すはずだ」
「ええ。身代金受け渡しの時に、なんらかの形で犯人との接触があるはずです。犯人逮捕の最大のチャンスですが、警備を厳重にしすぎると身代金受け渡し自体が中止される可能性があります」
「そこは我々魔法警察に任せてもらおう。犯人に気付かれないように警備するとなると、人員が必要だろうからな」
「そうですね。それはそっちにお任せします」
仁の言葉に頷いていたゲーリング警部は、ふと眉をひそめた。
「それで、お前は何をするんだ?」
「まあ、犯人を特定できないか、色々考えてみますよ」
はぐらかしたような答えに、ゲーリング警部は鼻白んだような表情を浮かべて仁を見つめていたが、やがて諦めたようにため息を吐くと、部屋から出て行った。
二人きりになってしばらくしたところで、アリシアは表情を引き締めて仁に問い直した。
「それで、実際のところ、どう考えているんですか?」
その言葉に物思いにふけっていた仁は顔を上げる。
ゲーリング警部がいなくなった捜査室で、机を挟んで仁とアリシアは向かい合う。
しばしの沈黙の後、仁はゆっくりと口を開いた。
「そうだね……やっぱり、不自然だ」
「不自然というのは、どこが?」
アリシアの疑問に仁は答える。
「身代金の受け取りはとにかく難しい。どうしても被害者側と接触しないといけないし、その後、被害者を解放しないといけない。捕まる危険が二重にある」
「それは分かります」
「俺の世界でもこっちの世界でも、誘拐事件で警察が入ってくるのを犯人は嫌がるのは、それが理由だね」
「はい。過去の身代金目的の誘拐でも、魔法警察に通報した結果、被害者が殺されてしまったという事件がいくつかありました」
「だから不自然なんだよ」
「……はい?」
突然の飛躍に目を白黒させるアリシアに、仁は「ごめんごめん」と苦笑して説明し直す。
「この事件の犯人は、誘拐事件が知られることを恐れていない。この国のトップに知られることも、シーダー卿に知られることも、当然警察に知られることも分かってキャサリン殿下を誘拐した」
「……確かに、おかしいですね」
「そうだろ? 警察の捜査も考えて計画を立てる誘拐犯はいるけど、これじゃまるで最初から警察に入ってきてくださいと言わんばかりだ」
「身代金の金額だけでは説明がつかないと?」
「そもそも1000万セルも手に入れてどうする? 急に大金が動いたら犯人だってバレるだろうに」
「それは……もしかしたら、小出しで使う計画なのかもしれません」
「まあそうかもしれないけど」
アリシアの必死の反論を仁は否定はしなかったが、やはり疑念を拭うことはできなかった。
「でもやっぱり不自然だ。王城からの誘拐なんて離れ業をやってのけたのに、それに対してありきたりな身代金の要求っていうのは、どうもチグハグな感じがする」
仁のはっきりとした言葉に、アリシアは頷いた。
今まで仁はいくつもの事件を解決してきた。
彼の直感を信じよう、アリシアはそう決めた。
「普通の誘拐対策はゲーリング警部の魔法警察に任せておけばいい。今日はもう遅いけど、明日からあっちとは別行動を取ろうと思う」
「分かりました。まずどこから調べましょうか?」
仁はアリシアの質問にしばし頭を悩ませていたが、やがてこう答えた。
「まずは王家と近衛兵だ」
参考文献
天藤真「大誘拐」[1978]




