第三話 第一の推理
お待たせしました。しばらく書いてないと本当に書けなくなりますね……
王城の警備兵が特別捜査局専用の部屋を作る間、仁とアリシアはゲーリング警部から事件の詳細を聞くことにした。
「まずは、犯人からの手紙を見せてもらえませんか。現状、手掛かりはそれしかないんですよね?」
仁の質問に対して、ゲーリング警部は渋い顔をしてうなずいた。
「忌々しいことにな。一体どうやって王城から殿下を連れ去ったのかすらわからんのだからな」
「しかし、あるもので捜査をするしかないでしょう」
仁はそう言ってゲーリング警部から「黒薔薇騎士団」からとされる手紙を受け取った。
以前のアリバイ事件の時に見た覚えのある薔薇の押印がされた手紙である
『アレクサンドリア王国第一王女、キャサリン・アレクサンドリアの身は我らが手の内にある
我らの指示に従わねば、彼女に不幸が降りかかるであろう』
手紙を読んだ仁はため息をついた。
「清々しいくらいに何の捻りもない手紙ですね、黒薔薇の押印以外は」
「当り前だ、脅迫状に何を期待してるんだお前は」
仁の言葉に呆れた表情をしたゲーリング警部だが、すぐに真剣な顔になった。
「だがこれが唯一の手掛かりなのだ。実際、我々が駆け付けたのは犯人からの手紙が王城に届いてからだからな」
「それまで誘拐されたことも分からなかったんですか?」
仁の質問にゲーリング警部は渋い顔をして、ため息を一つつくと絞り出すような声を出した。
「犯人は『黒薔薇騎士団』を名乗った。分かっているのはそれと、手紙からおそらく貴族階級の男であるだろう、ということだけだ」
ゲーリング警部の説明によると、事件は以下のようにして起こったという。
まず12時過ぎに昼食を国王、王妃、王太子と共に食事を摂った。
その後、国王ライオネルと王太子ローレンスは執務に、王妃クリスティーネと王女キャサリンは「薔薇の庭」と呼ばれる中庭の庭園に行ったという。
これはいつも通りの行動だ、とゲーリング警部は補足した。
「王太子殿下も23歳だからな。王国の執務にも本格的に取り組まれておるのだ」
「ん? 王太子殿下……ローレンス殿下が23歳、で誘拐されたキャサリン殿下が12歳、ですよね。結構歳の差があるんですね」
そこで今まで黙っていたアリシアが口を挟んだ
「今の王妃、クリスティーネ様は二人目の王妃なんです。一人目のレイフィア様の子供がローレンス殿下で、クリスティーネ様の子供がキャサリン殿下です」
「ああなるほど、異母兄妹なのか。……兄妹の仲は良かったの?」
「……おい、貴様、ローレンス殿下を疑っているのか?」
ゲーリング警部の険のある声に、仁は平然と答える。
「こんな警備の厳重な場所から姿を消しているのです。内部の協力があったとみるのが妥当でしょう?」
仁とゲーリング警部の間に火花が散った。
険悪な空気を破ったのはアリシアの冷静な一言だった。
「とにかく事件の続きを聞きましょう」
「……そうだね」
アリシアの提案に仁は頷き、ゲーリング警部は何も言わずに事件の説明を再開した。
薔薇の庭はクリスティーネ、キャサリン母子の憩いの場だったという。
様々な薔薇を植えたり、自分で手入れをすることもあったという。
「王城の警備兵によれば、ここまでは大体いつも通りの行動だということだ」
事態が動いたのはそれからだという。
王妃と王女は中庭でお茶をするため、王妃がメイドと共に厨房の料理人の所へ行ってお茶と菓子の用意をするように頼むのだという。
しかし、その後中庭に戻ってきた時には、既に王女の姿はなかったという
「ちょっと待ってください。キャサリン殿下の専属のメイドはどこにいたのですか?」
「キャサリン殿下専属のメイドはいないのだ。いるのは乳母だけだ。いくら王族といっても殿下もまだ12歳だ。常に周りにちやほやされるのはよくないと陛下も王妃も考えておられた」
その後、中庭にいないことを不審に思ったクリスティーネ王妃が命令によってキャサリン王女の捜索が行われたが、その時点で既に彼女の姿は消えていたのだという。
「この城の入口は僕らが入った表門と北の森に面する裏門しかないと言っていましたね? どちらにも魔力探知装置があり、魔道具や魔法使いの出入りはそれで分かると」
「そうだ。だからキャサリン殿下がどうやって連れ去られたのかが分からないのだ」
「姿を消してからこの脅迫状が届くまでの間に、魔力探知装置に不具合があったか警備が杜撰だったということはありますか?」
「あるわけがない。ここをどこだと思ってるんだ」
「……そうですよね」
一通り事件の流れを聞いた仁はゆっくりと息をついた。
アリシアはゲーリング警部の話をメモにまとめていた。
「アリシア、ちょっといい?」
仁はアリシアからメモを受け取り、しばらくぼんやりと眺めていたが、ふとゲーリング警部に向き直った。
「ゲーリング警部。魔力探知装置について一つ質問があります」
「なんだ。言ってみろ」
突然様子を変えた仁を不審そうに見ながらも、ゲーリング警部は真剣な顔を作った。
「もし『タレント』のない自分が……例えば鞄の中に入った場合、魔力探知装置には引っかかりませんか?」
「引っかからんが、何の意味もないぞ? そんな大きな荷物なら当然中身は検められるし、そもそもキャサリン殿下は光壁という固有魔法がある」
ゲーリング警部は呆れたようにそう言ったが、仁は難しい顔をしてメモを見つめていた。
ゲーリング警部から事件の詳細を聞かされた後、仁とアリシアは王城に泊まり込むための準備に追われた。
部屋はあらかじめ手配してあったようで既に準備されていたが、魔法通信装置を使っての桜の説得が大変だった。
自分の言葉に頑として耳を貸さない桜に参った仁はシーダー卿を呼び出して説得をしてもらったが、話を終えたシーダー卿は10歳ばかり老けたように見えた。
最後に桜は仁にこう告げた。
「いい、仁ちゃん。絶対にアリシアちゃんの傍を離れたら駄目だからね! どうして王城にいなきゃいけないのか分からないけど、とにかく危ない目にはあわないようにね!」
「分かった、分かりました」
「本当に分かってる!? アリシアちゃんにも代わって!」
桜に言われるまま魔法通信装置をアリシアに渡すと、桜はアリシアに何やら長々と話し込んでいるようだった。
通信を終えたアリシアは、疲れた様子で仁にこう言った。
「サクラさんって、捜査官には凄く過保護ですね」
その後二人は用意された部屋への衣類や生活用品の持ち込み、荷物の整理などに追われ、夕食は特別捜査局用の捜査室で食べることになった。
「捜査官、何か悩んでいるようでしたけど、この事件に気になることがあるんですか?」
アリシアが仁にそう尋ねたのは、夕食後しばらくたってからだった。
魔法警察との打ち合わせで、関係者への尋問は明日以降に共同で行なわれることが決まっていた。
そんな中、アリシアは仁が夕食前から考え込んでいるのが気になった。
「先ほどゲーリング警部に事件の状況を聞いた時、難しい顔をされていたので、何か気になることがあるのかなと」
アリシアの言葉に、仁は再び難しい顔をした。
「ああ、それか……ちょっと事件について想像をめぐらしてただけだよ。あまり手掛かりもないしね」
仁はそう言うとソファに腰を下ろした。
自宅の椅子とは違う沈み込むような柔らかさにさすが王城、などと場違いな感想を抱く。
仁の中には一つの仮説があったが、それを言う気にはなれなかった。
「捜査官、何か隠していますね」
しかし、アリシアには通じなかった。
思わず顔を上げると、そこには真っ直ぐに仁を見つめるアリシアがいた。
「ずっと共に事件の捜査をしてきたから分かります。捜査官、何か考えていることがあるんですね?」
アリシアのその言葉に、仁は大きくため息をついた。
「分かった、話すよ。だけど誰にも言わないでくれ。確証もないし、あまりいい仮説じゃない」
「……分かりました」
仁のその言葉にアリシアは頷き、仁の隣に座った。
しかし仁はアリシアの方を見ず、前を見ながら話を始めた。
「この誘拐事件にはおかしなところがあるのは分かってるよね?」
「キャサリン殿下がどうやって消えたのか、まったく分からないことですね」
「そうだ。もう少しはっきり言えば、『連れ去るのが不可能な状況で連れ去られた』ことだよ」
「どういうことですか?」
「王城からの出入口は二つ。どちらも完全に封鎖されていて、魔法使いはもちろん、普通の人間すら通れない。そんな状況で王女は姿を消した」
「確かに。……もしかして、捜査官には、その方法が分かると?」
アリシアの問いかけに、仁は俯いて黙り込んだ。
ややあって、仁は顔を上げた。そのままアリシアを見ずに話し続ける。
「王女を城外に連れ出そうとすれば必ず魔力探知装置に引っかかる。だから王女がどうやって城外に連れ出されたのかが謎になっている」
「はい、そうです」
「だが一つだけ、魔力探知装置を通り抜けて王女を城外に連れ出す方法がある」
「本当ですか!?」
驚いて身を乗り出すアリシアを無視して、仁はその方法を告げた。
「キャサリン殿下を殺して、運び出せばいい」
ソファから跳び上がるように立ち上がったアリシアを見ずに、仁は淡々と仮説を告げる。
「王女を殺してしまえば魔法は使えなくなる。そうすれば俺のような一般人と同じで魔力探知装置には引っかからない」
「で、でもっ! それでもキャサリン殿下を運び出すことはできません! ゲーリング警部も言っていた通り、荷物の検査があるのですから……」
「王女の死体をバラバラにすればいい」
「っ!」
「死体は文句を言わない。バラバラにして複数人で手荷物に紛れ込ませれば検査を誤魔化すことも不可能じゃない」
仁はそこで、言葉を失って呆然と立ち尽くすアリシアを見上げた。
「あくまで仮説だ。だけどね、人体消失としてはよくある方法だ」
「そ、そんな。キャサリン殿下が、既に亡くなられている、と……」
バラバラに切り刻まれ、どこともしれない場所に打ち捨てられる王女の事を考え、アリシアは崩れ落ちそうになった。
そんなアリシアを仁は抱き止める。
「しっかりしろ。あくまで可能性の一つだ。生きている可能性だってある」
「で、でもっ」
動揺を抑えられないアリシアの頭を、仁は軽く撫でた。
「大丈夫だ。王女の生死を確かめる方法がある」
「……え?」
アリシアのか細い声に、仁は力強く頷いた。
「犯人から連絡があれば、王女の生死を確かめる方法はいくらでもあるんだ」




