第二話 理由
仁は話を手早く進めるためにそう言ったのだったが、周りの人間はそうは受け取ってくれなかった。
「陛下! こいつは『黒薔薇騎士団』の手の者に違いありません!」
近衛騎士団と思われる兵士たちが一斉に剣と杖を向ける。
仁は思わず両手を挙げて後ずさった。同時にアリシアが素早く彼の前に立ち、氷弾を発動させる。
「ちょ、まっ! なんでそうなるんですか! え? えっ?」
殺気を放つアリシアと近衛騎士団に慌てる仁。
それを止めたのは国王であるアレクサンドリア七世の一喝だった。
「双方! 杖を収めよ!」
『杖を収める』というのはこちらの世界でいうところの『剣を収める』とほぼ同じ意味を持つ。
国王の言葉に近衛騎士団とアリシアは素早く魔法を解き、騎士は剣を収める。
しかし近衛騎士団の面々はまだ仁を睨みつけたままだ。
そんな中、国王が仁に話しかけた。
「そなた、今『誰に危険が迫っているのか?』と言ったな。なぜそう思った?」
とにかくこの雰囲気をどうにかしようと、国王の問いに仁はありのままに答える。
「考えればすぐに分かることです。感謝状を贈るならばそれ相応の場所と時間を用意するはずです。でも今回はそのどちらもなかった」
仁は国王と、その周りで彼を不審の目で見る近衛騎士団を説得するように言葉を続ける。
「なぜそうなのか。場所が違うのは感謝状を贈るというのが嘘だからです。ではそれ以外の理由で自分たちが呼び出される理由は? 何か事件があったと考えるしかありませんでした。それも秘密かつ至急の事件です。それはどんな事件なのか?」
仁は一息ついて周りを見渡す。アリシアの自分への信頼の表情、シーダー卿の納得の表情に勇気づけられ、そして国王と近衛騎士団の僅かな驚きの表情に少し愉快な気分になる。
「秘密にすべき事件ならばいくらでも可能性はありますが、至急を要する事件となるとそうはない。至急ということは事件はまだ終わっていない、いや、今も続いている。そんな事件は殺人や窃盗ではありえない」
そう言い切って仁は真っ直ぐに国王を見据えた。
「だから申し上げたのです。誰に危険がせまっているのか、と」
仁のその言葉に、国王は僅かに苦笑した。
「流石はシーダー卿が推すだけのことはあるな。ここで言葉を並べても仕方がない、ということか」
国王は一息つくと、仁をまっすぐ見つめて言った。
「我が娘、キャサリンが『黒薔薇騎士団』に誘拐された。君たち特別捜査局に娘の救出を命じる」
「命じる、ということは失敗した場合にはやはり罰があるのでしょうか……?」
しばらくの沈黙の後、そう発したのは仁だった。
我ながら小心だな、と思いながらも、元々が一般人である彼はこういう場の経験が全くない。
「命じる」などと言われて失敗した時にどうなるかと考え、思わずそう口走ってしまったのである。
次の瞬間、彼は頭を派手に度突かれ、慌ててたたらを踏んだ。
「な、何するんですかシーダー卿!」
「それはこっちの台詞だ! 陛下の命だぞ! 謹んで受けるんだ!」
「いや、そう言われてもですね……失敗した時に『死刑』とか言われたら洒落にならないですし」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ!」
二人の漫才じみたやり取りを止めたのはアリシアだった。
「捜査官、陛下が特別捜査局に『命じる』というのはつまり捜査を行なえ、ということで、それ以上の意味はないと思います」
そうですよね、というように国王の方を見るアリシア。国王は「うむ」と頷くと話を始めた。
「今『命じる』と言ったが、シーダー卿を通して行われる通常の捜査活動と捉えてもらって構わない。別室には魔法警察も待機している。ゲーリング警部とは同じ事件を協力して解決したそうだから、問題はないだろう」
「……協……力?」
アリシアが思わず首を傾げたところで我を取り戻した仁が力強く頷いた。
「分かりました。ゲーリング警部の率いる魔法警察と共同で、王女殿下の誘拐の捜査にあたれ、ということですね」
「あの、捜査官。ゲーリング警部と協力した事件なんてありま……もごっ」
何か言おうとしたアリシアの口を強引にふさぎ、仁は国王に確認を取る。
国王は何かを察したようだが敢えて口にすることはせず、頷いた。
「その前に、キャサリン殿下でしたか? 彼女の姿や顔が分かる念写図はありますか?」
「もちろんあるとも」
仁の問いに国王は頷く。同時に、近衛騎士の一人が念写図を差し出した。
仁がそれを受け取ると、アリシアも近づいてきた。
「あれ、アリシアも顔を知らないの?」
「知っているといえば知っていますが、遠くからしか見たことがありませんので」
なるほど、王族が普段からそこら辺を歩いてるわけもないわな、と思いながら二人で念写図を見つめる。
そこに写っていたのはまだ少女と言っていいような歳の娘だった。
ウエーブのかかった金髪を肩まで伸ばし、可愛らしい顔立ちだが、どこか澄ました様子で椅子に座って微笑みを浮かべている。
珍しい紫色の瞳が国王の娘だということを示していた。
「その子が十二歳の時の記念に写したものだ。ほんの数週間前だった」
国王が苦々しくそう口にすると同時に、彼の脇に控えていた女性がすすり泣き始めた。
念写図と同じウエーブのかかった金髪の女性、おそらく彼女がキャサリン殿下の母親だろう。
それをなぐさめている青年が茶髪であることが少し仁は気になった。
国王も王妃も金髪なのに、なぜ王太子と思われる彼は茶髪なのだろう?
しかし、その疑問を解消する時間は与えられなかった。
廊下を速足で歩く音が聞こえ、あっという間に扉が開けられる。
そしてその人物は部屋に入ったところで跪き、恭しく頭を下げるとこう言った。
「魔法警察警部、デレク・ゲーリング、参上しました。ただ今より特別捜査局と共同でキャサリン殿下誘拐事件の捜査に当たります」
仁、アリシア、ゲーリング警部の三人はシーダー卿と別れて国王の執務室を出ると、捜査本部となっている王城の一室に入った。
部屋の中には数人の魔法警察の刑事がいた。ゲーリング警部によると、他にも王城内外で聞き込みに回っている刑事がいるとのことだった。
「あんな馬鹿丁寧な態度を取るもんだから、一瞬誰かと思いましたよ」
捜査本部へ通された仁は真っ先にゲーリング警部にそう言ったが、返ってきたのは苦々しげな顔だった。
「バカはお前だ。国王陛下はアレクサンドリア王国の主体。この国の全てといっても過言ではないのだぞ。それをお前は普通の人間に対するように馴れ馴れしく……」
「分かりました分かりました。で、どういう状況なんですか?」
ゲーリング警部の説教を強引に打ち切った仁は、事件の状況の説明を求めた。
警部はため息をつきながら「これだから異世界人は……」などとひとしきりぼやいた後で、ようやく事件の説明を始めた。
「まずキャサリン殿下が誘拐された状況が変わっていてな……」
ゲーリング警部は咳払いを一つすると、重々しく話し始めた。
「殿下が姿を最後に目撃されたのは四日前の昼間だ。王妃様とメイドがお茶を取りに行く時にキャサリン殿下は一人で庭に残られた」
「薔薇の庭?」
「ああ、お前は王城の中には詳しくなかったな。魔法使いでも王城に入れるのは一握りだ。ましてや魔法を使えない一般人が王城に入るなど、めったにあることではないからな……薔薇の庭というのは、王城の中にある庭の一つだ。王妃様は薔薇を好まれてな。様々な種類の薔薇を咲かせた庭があるのだよ」
ゲーリング警部の言葉に頷いて、仁は質問に入った。
「王妃様が庭を出た時間は?」
「午後3時ごろだ」
「それで、誘拐されたのが分かったのは?」
「それからおよそ20分後だ。王妃様が戻ってきた時には姿を消していたそうだ」
ゲーリング警部の言葉通りなら、キャサリン殿下の誘拐が起きたのは午後3時から午後3時20分、少し幅を持たせても前後15分くらい。
そう考えながら仁は質問を続ける。
「それで、どうやって誘拐されたかは分かっているんですか?」
「……それが、分からんのだ」
「はい?」
仁は聞き間違いかと思った。通常誘拐事件というのはいついなくなったのかははっきりしないが、どうやって誘拐されたか、怪しい人物がいなかったかなどは徹底して調べるものだからだ。
しかもここは王城だ。警備だって街の比ではない。
「ちょっと待ってください。この城には出入口がいくつあるんですか?」
「街に面する表門と北側の守護の森に面する裏門の二つだけだ。どちらからも殿下が出て行った形跡はなかった」
「誰も姿を見ていないだけじゃないんですか。気絶させて鞄に詰めたりとかすれば分かりませんよ」
仁の言葉にゲーリング警部は首を振った。
「もしそうだとしたら、魔力探知に引っかかるはずだ。あれは魔道具だけでなく、人間の魔力も感知する。だから殿下の姿を隠せても誘拐は不可能なはずなのだ」
仁は首を捻った。
ゲーリング警部の言葉はおかしい。それならば「誘拐」ではなく「失踪」のはずだ。なぜ殿下が「誘拐」されたと分かったのか?
仁の疑問を察したかのように警部は言葉を続けた。
「そして殿下の姿が見えなくなった翌日、王城に『黒薔薇騎士団』からの手紙が届いた。『殿下の身元を預かっている。返して欲しければ金貨1000枚を身代金として払え』とな」
「それで……はじめて誘拐だと分かったわけですか」
「ああ、最初に俺達魔法警察が呼ばれ、一通り捜査をしたところで、陛下直々に提案があったんだよ。お前たちを捜査に加えられないかってな」
「……」
「どうした? 期待が重いか?」
ゲーリング警部の言葉に仁は我に返った。
「あ、いえ。ちょっと考え事をしていただけです」
「そうか。まあ人員的にも魔法警察が中心に捜査をすることになるだろう。お前たちはいつも通りにやってくれればいい。その方が効果が上がるだろうからな」
「……分かりました」
強力な助っ人を得たと満足げなゲーリング警部に対してどこか悩ましげな顔をしている仁。
アリシアには仁のその表情の理由が気になって仕方がなかったが、魔法警察の刑事がいるこの場で仁と捜査に関するやりとりをすることを彼女は躊躇った。
「あの、それで、私達にも一室与えていただけませんか?」
ふと思い立って、アリシアはゲーリング警部にそう言った。
仁と二人で事件の検討をする場所が欲しい。そういうつもりだったのだが。
「何を言ってるんだ。お前たち一緒の部屋で寝るつもりか?」
『え!?』
ゲーリング警部の想定外の一言に二人は固まった。
「この事件は国の機密だ。これからお前たちには王城から出ないで捜査に当たってもらう」
「ちょ! そんな! 僕ら泊まりの用意なんかしてませんよ!」
「今から家に連絡すればいいだろう。家にはお前の従姉しかいないんだろう? ならば理由は言えないとでも言っておけばいいはずだ」
涼しい顔でそう言うゲーリング警部に対して、仁はあの過保護な従姉が理由なしで納得してくれるだろうかと頭を抱えた。
結局、アリシアの要求した特別捜査局の捜査室は、魔法警察の捜査本部の隣に置かれることになった。




