第十二話 事情聴取・2
「次はハーゲンドルフ商会の人に当たろう。それからバルデム兄妹。昼食後に一階に部屋のある使用人のところに行く」
ファルギエール家の三人への尋問を終えた仁はそう言って階段を下りて行った。アリシア、シーダー卿、ユルバン警部、刑事の順に続く。
アーベル・ハーゲンドルフの部屋をノックすると、不機嫌そうな声と共にドアが開いた。
「なんだお前ら……し、シーダー卿にユルバン警部!? なんで?」
「今日は『特別捜査局』の捜査官として尋問に来ました」
「そ、そうなのか……わ、分かった、入ってくれ」
一瞬にして従順になったアーベルによって、五人は彼の部屋に入った。
「それでは、ツェーザル・ハーゲンドルフ氏殺害事件についての尋問を行ないます。あなたのいかなる証言も証拠として取り上げられることに留意してください」
「分かりました」
ユルバン警部の言葉にアーベルが頷き、尋問が始まった。
「では初めに、ハーゲンドルフ商会についてですが、代々ハーゲンドルフ家の方が経営していたとのことですが、次の社長はあなたになるのですか?」
「いや、すぐにはそうはならない。俺が社長に相応しい実績を上げられるまではルッツ・アンテスの奴が社長代理って形で経営をする。だから俺には親父を殺す動機はないぞ」
「そうですか、でもあなたは10時過ぎにレジーヌさんと共に居間から退出しました。その後はどうなさったんですか」
「どうもしないさ。レジーヌと少し話をして、この部屋に引き上げた。レジーヌも同じだ」
「ということは、その間に三階まで行って犯行を行なうことは可能だったということですね」
「さっきも言ったろうが、俺に親父を殺す動機はねえよ」
その言葉を無視して、仁は話を変えた。
「ところで、マシューさんの魔道具を買い上げる契約についてですが、アーベルさんは知っていましたか?」
「ああ、ここに来る三日前に親父から直接聞いた。あんな野郎でも魔道具創作だけは上手いからな。精々儲かるものを作ってくれって思ったくらいだな」
その言葉に後ろでアリシアが顔をしかめたが、仁もアーベルも気づくことはなかった。
二人は一切表情を変えずにやりとりを続ける。
「ちなみに契約のことは、ファルギエール家の方には知らせましたか?」
「……どうだろうな? 少なくとも当日、俺と親父とレジーヌはほとんど一緒に行動してたが、その話は全く出なかったぞ。アンテスの奴は書類整理でずっと部屋に籠ってたしな」
「では、情報が漏れるとしたらそれ以前ということですね」
「そうだが、親父は時間と規律には厳しい人間だ。まだ詳しい内容も決まってない内にマシューや他の人間に契約について漏らしたとは思えないな」
「そういえばアンテスさんもあの朝そう言ってましたね……」
そこで一度仁は考え込んだ。周りの人間はそんな仁を不思議そうに見つめている。
やがて仁は顔を上げると、再びアーベルに向き直った。
「ところでアーベルさんの固有魔法ってどんなものなんですか?」
「俺の固有魔法は『金属加工』だ。鉄や銅はもちろん、金銀なんかも泥みたいに捏ね回して形を変えられる。もっとも、金銀は魔力の消費がでかいけどな」
「なるほど。この場で見せるのは……ちょっと無理か」
「そうだな、王国貨幣を変形させるのは犯罪になるしな」
「分かりました。最後に、事件に関して気になることがあれば教えていただけますか」
「……特にないな」
「そうですか。では尋問を終わります。ありがとうございました」
仁はそう言って、アーベルの部屋を後にした。
次はレジーヌ・ノエの尋問を行なうことになった。
ユルバン警部の例の言葉の後、尋問が始まった。
「レジーヌさんはツェーザルさんの秘書を務めていたとのことですが、今後はどのようになるのでしょう?」
「そうですね……社長個人の秘書ではなく社長秘書という立場なので、次の社長の秘書を務めることになると思います。秘書を変えても業務に差し障りが出ますし」
「それもそうですね。ところで、マシューさんとの婚約を破棄しようとしていると伺いましたが、理由をお教え願いますか?」
「……元々、彼は魔道具職人としての道を志していて、ファルギエール家はキャロルさんに継いでもらおうとしていたのです。だからファルギエール家の妻ではなく魔道具職人の妻になってほしいと言われ、私もそれを受けました。私には西部山岳州の領主の妻など荷が重すぎますから」
「それが今度の件で彼が領主になるかもしれないということになったので、婚約を破棄しようとしていると。いささか軽率にも思いますが?」
「ぐずぐずしていて手遅れになっては困りますもの。もしヴァレール氏の無実が証明されれば、改めて婚約しても構わないわけですし」
その言葉に仁は呆れた。そんなに簡単に婚約を破棄したり再度結んだりできるのだろうか。相手のこともあるだろうし。
「まあ、それは置いておいて……犯行当日、なんらかのタイミングで魔道具取引の契約についての話は出ましたか?」
「出ませんでした。私は社長と行動を共にしていましたが、当日、社長はそのことについては一切お話しになりませんでした」
「ふむ。ところで社内で例の契約について知っている人はどれくらいいますか?」
その質問にレジーヌは少し考える仕草を見せた。
「社長がここに来る三日前にアンテス副社長に話していました。他にもその日に三人いる専務理事には話していましたが、全員に他言無用にと念を押していました」
「ちなみにファルギエール家に今回の年末パーティーについて最後に連絡したのはいつですか?」
「出発の一週間前です。私が社長秘書として連絡を取りました」
「連絡した相手は?」
「アークさんです」
その言葉に仁はしばらく考え込んだ。その様子にアリシアが不思議そうな顔をする。特におかしな受け答えはなかったと思ったからだ。
「ところでレジーヌさんは私が話を始めた9時から30分ほど席を外していましたが、どこにいましたか?」
「自分の部屋に戻っていました。眠ろうと思いましたが眠れず、結局戻って果実酒を少し頂き、10時過ぎにアーベルが出るのに便乗させてもらったんです」
「アーベルさんと居間を出た後は?」
「部屋の前で少しアーベルさんと話をして、すぐに別れました」
ここまでの証言は特にアーベルの証言と矛盾はしていない。そして同時にアリバイもない。
「ちなみにレジーヌさんの固有魔法はどういうものなんでしょう?」
「私の固有魔法? 『模写』といって書類の内容を別の紙に筆跡ごと複写することができるわ。契約書を作ったりするときに非常に役に立つの」
「へえ、珍しいものですね」
仁の反応にレジーヌは笑った。
「そうね。でもまったくいないわけでもないわ。出版社や商会には一人くらいいるものよ」
「なるほど。では最後に、事件に関して何か気になったこと、不審なことがあれば教えてもらえますか?」
「そうね……アーベルはあまり察しの良い人ではないと思ってたのだけど。あの時私を連れ出してくれる機転が利くとは思わなかったわ。それが不思議と言えば不思議ね」
それはマシューに見せつけるためだったんだろうと思ったが、仁は口に出さなかった。
「とりあえずはこれで終わりです。ありがとうございました」
ハーゲンドルフ商会関係者の最後の一人は副社長のルッツ・アンテスだった。
彼の部屋でユルバン警部がいつもの台詞を言い、尋問が始まる。
「アンテスさんは事件当日、こちらに来てからずっと自室に籠っていたそうですが、それは何か理由が?」
「ええ、急な書類整理が舞い込んできましてね。どうしても一日がかりの仕事になってしまって。おかげでマシューさんの新作魔道具も見ることができなかったんですよ」
「書類整理は夕食後もされていたようですが」
「ええ、結局真夜中近くまでかかりました」
「10時過ぎにアーベルさんとレジーヌさんが部屋に戻ったのは気づかれましたか?」
「足音は聞きました。その時は社長かなと思いましたが、話し声がしたので社長とヴァレール氏かと思っていました」
「11時ごろ我々が部屋に戻った音も聞こえたということですね」
「ええ、にぎやかだな、と思ったのを覚えています」
アリシアは仁の後ろで首を傾げた。つまりこの男はいつでもツェーザル・ハーゲンドルフを殺すことができたはずだ。
しかし仁の尋問は非常に緩い。まるで犯人でないと確信しているかのような態度だ。
「ところで、マシューさんとの魔道具取引の契約についてですが、レジーヌさんがここに来る三日前にあなたに話していたと証言されましたが、それは事実ですか?」
「ええ、そうです。その他にも専務理事には魔法通信装置で連絡を取っていました。ただ、他言無用と言われたので、他に知っている人はいないはずです」
「そうですか。あとは……そうだな、あなたの固有魔法を教えてもらえますか?」
そう言われたルッツ・アンテスは苦笑して右手に魔力を込めた。次の瞬間、机の上にあるペンが高速で移動して彼の周りをぐるぐると回る。
「他愛もない『念動』ですよ。それでも物体を動かす速度と精度には自信があります」
「分かりました。最後に、当日の夜、あるいは事件に関して不審なことがあれば教えてもらえますか?」
仁のその質問にルッツ・アンテスは少し考え込む素振りを見せた。
「そうですね……社長は時間と規律にはうるさい方なのですが、なぜヴァレール氏が来られるのにあの草案を出していたのか、は気になります。社長でしたら契約書が完成するまでああいうものは表に出さないと思っていたので」
「ふむ、そうですか。ありがとうございました。また何か聞きたいことがあれば来ますのでよろしくお願いします」
「分かりました」
終始ゆったりとしたペースでルッツ・アンテスとの尋問は進み、そのまま終わってしまった。
「ベラスコさんは随分遅くに来ましたね、毎年そうなんですか?」
「そうだな、いつもセリナがのんびりとしていて夕食ギリギリになることが多い。まあ、俺ら自身がクラージンに住んでいるから、半日そこらで行けちまうってのも大きいんだけどな」
「なるほど。近いということは頻繁にこの家に来たりするんですか?」
「いや、仕事もあるし、なんだかんだで年末パーティー以外ではこの家には来ないな」
「そうですか。では魔道具展示室にも行っていないと」
「ああ。というかここ数年、あいつの魔道具は公の場で発表されたもの以外は見ていないな。数が多すぎる」
「確かに」
ベラスコ・バルデムへの尋問は尋問というより雑談という雰囲気だった。後ろでユルバン警部がイライラと足を踏み鳴らしているが、仁はそれを完全に無視している。
「それで、ハーゲンドルフ商会がマシューさんの魔道具を全て買い取るという契約についてはどう思いますか?」
「ちょっと気になるな。軍でも使えそうな魔道具が多いのに、商会に高値で売り付けられたら損だからな。それにマシューは魔道具職人としては一流だが、自分の発明したものの価値をいまいち理解してない気がする。できればあの能力を、もっと王国のために役立ててほしいんだよな」
「なるほど、軍人のベラスコさんらしい意見ですね」
「まあ、王国軍に身を置いてると、どうしても王国のことが頭に来るからな」
ベラスコの言葉に仁は頷く。
「そうでしょうね。ところで話は変わりますが、ベラスコさんは10時から11時の間にトイレに行くということで居間を出ていますが、どれくらいの時間でしたか?」
「ちょっと迷ったからな。10分から15分ってところだろ」
「その気になれば犯行は可能な時間ですね」
「そうだけど、俺はやってないぞ」
「まあ、誰もがそう言うでしょう。最後に、事件に関して何か不審に思ったことはありますか?」
「いや、全然思い当たらないな」
結局ベラスコ・バルデムとの尋問はあっという間に終わってしまった。
セリナ・バルデムは怒っていた。レジーヌ・ノエが婚約を破棄しようとしていることをどこからか聞きつけたらしい。
「だから言ったでしょー! あの女、やっぱり碌でもなかったんじゃない! マシューさんとの婚約を破棄しようだなんてさ、勝手すぎだよ!」
「よく御存じですね」
「マシューさんとサクラさんが食堂で話してるの聞いたのよ。サクラさんの言う通り、あの女には責任感が足りないと思うわ」
「はあ……それよりもセリナさん、あなたがこの家に来た時間ですが……」
「ああ、お兄ちゃんにはいつも怒られてるんだけどね、どうしてもギリギリまで寝ちゃうんだよねー」
「ちなみに、年末パーティー以外でこの家に来ることはありますか?」
「あるわけないでしょ。あたし、おいしい料理が食べれるからってお兄ちゃんにくっついて来てるだけだもん」
あんまりな回答に思わず脱力しかけた仁だが、態勢を立て直して質問を続ける。
「ところで、マシューさんが魔道具をハーゲンドルフ商会に買い上げてもらう契約についてですが、何か思うところはありますか?」
「あたし、そういうことはよく分からないから……お兄ちゃんはなんか『あんな契約が実現しなくて良かった』みたいなこと言ってたけど」
「そうですか。セリナさんは食後の歓談で最初から最後まで居間にいましたが、その後はどうしましたか?」
「あなたたちと別れた後、お兄ちゃんと少し話して、それから部屋に戻ってすぐに寝たわよ」
元々彼女のアリバイは完璧だ。特に追求する必要もないのだが、仁は一応確認を取った。
「では最後に、事件に関して何か不審なことがあれば教えてもらえますか?」
「そりゃ、あの女よ。絶対あの女が犯人に決まってるわ。マシューさんと婚約したくないから、この事件を起こしたのよ」
仁の最後の質問に、セリナは自信たっぷりにそう言ってのけたのだった。
「さて、あとはファルギエール家の使用人だけだな」
「尋問は誰から始めましょうか?」
昼食後に仁がそう言うと、アリシアがそう尋ねてきた。
「うーん、犯人の可能性があるアークさんを最初に。後の四人は魔法使いじゃないから、二人ずつでいいかな」
「そんなにいい加減でいいものか!」
ユルバン警部が思わず突っ込むが、仁はそれに平然と返す。
「すでに魔法警察の尋問を受けている以上、ユルバン警部の前で変な嘘をつくこともないでしょう? 二人ずつで十分です」
その言葉に唸っている間に、仁は執事のニック・アークの部屋をノックした。
「はい、確かにノエ様から今回の年末パーディーについての確認の魔法通信がありました。来られる日の一週間ほど前だったと思います」
執事のニック・アークへの尋問はまず、レジーヌ・ノエからの連絡の内容の確認から始まった。
ニック・アークは素直に連絡があったことを認め、内容はパーティーの日程等の確認だったと述べた。
「その時、魔道具の契約の話は出ませんでしたか?」
「いえ、全く出ませんでした」
次に仁はニック・アークのアリバイ検証へと移った。
「アークさんは『食後の歓談』で果実酒を作るために頻繁に席を外されていましたが、一回当たりどれくらいの時間居間を出ていたか、覚えていますか?」
「その時々で違ったと思います。2~3分の時もあれば一から作り直したために5分以上かかったこともあります」
「ふむ。その間に書斎まで行くことは可能だったと思いますか?」
「……可能だったでしょう。私はこの家のことはご主人様よりも良く知っていると自負しております」
そこで仁の話は再び変わった。
「マシューさんの魔道具を買い取る契約書についてですが、その内容についてはどのようにお考えですか?」
その質問にニック・アークはしばらく黙り込んだ。やがて話し始めた彼の口調には、抑えきれない鬱憤が表れていた。
「そもそもご主人様は、学生時代のことでツェーザル氏に譲歩しすぎだと思っておりました。お互い今は責任ある身の上であれば、もっと毅然とすべきだと思います。マシュー様の契約に関しても、ハーゲンドルフ商会としか交渉していません。あの契約書の草案の内容を聞く限り、もっと多数の商会と交渉を持つべきだったと思います」
「なるほど。しかしそれは、ハーゲンドルフ商会が十分な金額をもってマシューさんに契約を持ちかければよかったということでもありますね」
「それはそうですが、実際にはそうではありませんでした」
どうやら契約書の草案の内容に不満を持っているのはニック・アークも同じらしい。
「分かりました。では最後に、この事件に関して不審に思うことがあれば教えていただけますか?」
「……いえ、特に思い至りません」
「そうですか、ありがとうございました」
メイドのマーサとコレットは同時に尋問を行なうことになった。
どちらも金髪だが、茶色い目で大柄のマーサと青い目で小柄のコレットでは大分受ける印象が違う。
死体を発見した朝のコレットの証言等は既に知っていたので、仁は一つだけ質問をした。
「二人にお尋ねしたいのは一点だけです。『食後の歓談』時、お二人は部屋に戻っていたとのことですが、何か不審な物音などを聞きませんでしたか?」
「いえ、特には」
「私も何も気づきませんでした」
メイドの二人からは全く何も得られなかった。
五人は次に御者のエイベル・モローと庭師のエフセイ・グラチェフの部屋に向かった。
出迎えたのは室内用に執事のニック・アークの服装をもう少し略式にしたエイベルと、それを着崩して赤い顔をしたエフセイだった。
どうやらエフセイは昼間から飲んでいるらしい。右手にはワインの瓶が握られている。
仁はこの二人にも同じ質問を発した。
「『食後の歓談』時、お二人は部屋に戻っていたとのことですが、何か不審な物音などを聞きませんでしたか?」
二人は一瞬お互いの顔を見やったが、すぐに普通の顔で答えた。
「いえ、何も気づきませんでした」
「俺もだ。おかしなものなんて、なにも見てないし、聞いてもいねえよ」
「……そうですか」
結局ニック・アーク以外の使用人たちからは、尋問ではほとんど成果が得られなかった。




