第十三話 第二の殺人
「さて、尋問の結果、犯人は分かったの? お父様の無実は証明できる?」
アリシアと二人で各人の証言を検討しようと遊戯室行くと、そこにはなぜか桜とキャロルとジョンがいた。
「あのさ、一応ジョンとキャロルは容疑者なんだけど……」
「私がお父様に罪を着せるわけないじゃない!」
「俺が犯人だったらシーダー卿の所まで行こうとしねえよ」
「まあ、そうなんだけどね……」
すると、そこで桜が二人を宥めにかかった。
「ほらほら二人とも、これは正式な捜査なんだから、あまり邪魔しちゃダメだよ」
「そ、それはそうだけど……」
「俺達も手伝いたいっていうか……」
「二人はシーダー卿の所まで行ってくれたじゃない。それで十分よ。それにこれ以上関わって、あの警部さんが『特別捜査局』を信用しなくなったら困るでしょう?」
「う……」
桜の言葉にキャロルは呻く。なおもしばらく唸っていたキャロルだが、やがて深呼吸すると、仁とアリシアを真正面から見つめた。
「あなた達のこと、信じてるわ。だからお願い、この事件を解決して、お父様の無実を証明して」
「……分かった。全力を尽くすよ」
今までにない真摯でまっすぐなキャロルの言葉に一瞬驚いたが、仁ははっきりと返事をした。
そうだ、彼女はあんなにボロボロになりながらシーダー卿に自分達が活動できるように直訴したのだ。それに応えるのが「特別捜査局」としての自分のやるべきことだ。
三人が遊戯室から出て行ったのを見送ったアリシアは、仁に声をかける。
「絶対にこの事件の真相を明らかにしましょう、捜査官」
その言葉に、仁は無言でうなずいた。
「さて、得られた証言をまとめてみようか」
「はい」
仁の言葉にアリシアは素直に頷く。
「まず来客組は三グループ。ハーゲンドルフ商会関係の人間、バルデム兄妹、それから俺達五人。この中で一番早く来たのはハーゲンドルフ商会の人間で、ルッツ・アンテスは部屋に籠り、それ以外はマシューさんの魔道具の展示室を回っていた」
「そこから始めるんですか?」
アリシアの疑問に仁は真面目に頷く。
「ああ、これは重要な情報だ。きちんとまとめておいてくれ」
「はい」
「次に来たのが俺達五人。この中でマシューさんの魔道具展示室に行ったのは俺、ジョン、キャロルの三人だ」
「私とサクラお姉さんは部屋で休んでいました」
「そして夕食直前に来たのがバルデム兄妹。彼らは展示室は見ないで、すぐに食堂に行った。夕食直前に食堂に下りる時に彼らに会ったから、これは間違いない」
「分かりました」
アリシアは仁のまとめをメモに取った。
「夕食後の行動の検討をしよう。夕食後、ルッツ・アンテスとツェーザル・ハーゲンドルフ、そしてヴァレール・ファルギエールと使用人以外は居間で『食後の歓談』を行なった。ヴァレールさんは9時頃に来たが、それまでのアリバイはない」
「アリバイがないということは、逆に言えば犯行が可能だということですね」
「そうだ。他にアリバイがないのは、果実酒を作るために居間から出たニック・アークとキャロル。彼らは10時までは何度か姿を消している。9時から20分ほど退出して、10時過ぎにまた部屋を出て戻らなかったレジーヌ・ノエ。10時過ぎに部屋を出たアーベル・ハーゲンドルフ。10時から11時の間に席を外したベラスコ・バルデムとマシュー・ファルギエール。これだけの人間にアリバイがない」
仁の言葉にアリシアは難しい顔になった。
「犯行が可能な人が多すぎます。もっと絞れないんでしょうか?」
「誰が犯人か、となるとまだ難しいな……」
「……そうですか」
そんなアリシアの横顔を仁はしばらく見つめていたが、アリシアに見つめ返されて思わずドギマギする。
「つ、次に行こう。例の契約書についてだが、ハーゲンドルフ商会の四人はここに来る三日前から知ってたそうだね」
「そうですね。意外でした。ツェーザル氏が個人で書いたものだと思っていたので」
「一方他の人はこの契約内容については全く知らなかった。ニック・アークがレジーヌ・ノエからパーティーについて最後に連絡を受けたのが来る日の一週間前っていうのも、それを証明している」
「はい」
「あと、使用人からは特に有益な情報はなし。まとめるとこんなもんかな?」
「そうですね……これが犯人を暴く手掛かりになるのでしょうか?」
「そうなるといいんだけどね」
「難しいですね……」
二人は揃って、大きくため息をついた。
特別捜査局の捜査によってヴァレール・ファルギエールが釈放され、屋敷には一応の平穏が戻った。とは言っても相変わらず魔法警察の刑事達が屋敷にいるため、重苦しさがなくなったわけではない。
尋問の翌日の朝食も、なんとなく重苦しい空気の中進むことになった。
その時、マシューとレジーヌが立ち上がった。突然の行動に全員が二人を見る。仁はレジーヌの左手にあった指輪が消えていることに気付いた。
「少し、お時間をいただけますでしょうか」
口火を切ったのはレジーヌ・ノエだった。
「先日、マシューと私の婚約をこの場で発表したことを、皆さんは覚えていらっしゃると思います。しかし、この事件でこの先のマシューや私の立場は著しく不安定なものになっています」
そこでレジーヌは一度言葉を切った。隣ではマシューが苦みと悔しさを押し殺したような顔をしている。
「そこで、今回の婚約を一度解消することにいたしました。先日お祝いを頂いた皆さんには申し訳ありませんが、なにとぞご理解ください」
それだけ言うと、レジーヌは何事もなかったかのように座ってしまった。それにつられるかのようにマシューも腰を下ろす。
周りの人間は、あまりの急な婚約解消に何も言えないまま、やがて朝食を再開した。
一人アーベル・ハーゲンドルフだけは婚約解消を聞き、機嫌が良さそうだった。
「私の言った通りじゃない! あの女、マシューさんを弄んで放り捨てるだなんて、やっぱり碌でもない女だったんだ!」
朝食後、遊戯室で事件の検討をしようとする仁とアリシアは、セリナ・バルデムに捕まると延々と愚痴を聞かされる羽目になった。
「お兄ちゃんは仕方ないっていってたけどさー、いくらなんでも一度婚約したのをほんの数日で破棄するとかありえないよ! まあ、マシューさんがそんな相手と結婚することにならなくて良かったと思うけどさ!」
憤慨するセリナを二人はなんとか宥めて追い出そうとするが、よほど鬱憤が溜まっていたのか、彼女はしまいに魔法警察が邪魔だの、食事が台無しだのと口にし始めた。
困り切った二人を助け出したのは、メイドのコレットだった。
「オーツカ様、コール様、シーダー卿とユルバン警部がお呼びです」
二人は渡りに船とばかりにその言葉に頷き、セリナを振り切って遊戯室を飛び出した。
「庭師のエフセイ・グラチェフが朝から見当たらない?」
シーダー卿とユルバン警部は御者のエイベル・モローと庭師のエフセイ・グラチェフの部屋にいた。
「ああ、なんでもエイベル・モローによれば朝起きたらベッドがもぬけの殻だったらしい」
「逃げ出したとか?」
「ありえないな。お前の仲間が逃げ出してから警備はさらに厳重にしている」
仁の思いつきはユルバン警部によってあっさり否定された。
「では屋敷内のどこかにいるんでしょう。モローさん、彼のいる場所に心当たりはありますか?」
「それは……いえ、特には」
「嘘をつくな!」
ユルバン警部は一瞬の躊躇を見逃さなかった。そのままエイベル・モローの襟を掴んでぐいぐいと締め上げる。
「言え! 心当たりがあるのだろう! さあ、吐け!」
がくがくと揺すられ、エイベル・モローはあっという間に降参した。もともと一般人と魔法使いには厳然とした差がある。もし彼の機嫌を損ねて魔法を使われたら自分の身が危ない。
「あ、あの……ワインセラーだと、思います……あいつは酒好きで、時々こっそりワインセラーに忍び込んでいて……」
「ワインセラーか! 行くぞ!」
ユルバン警部の声と共に、数人の刑事と仁とアリシアはワインセラーに向かって駆け出した。
「なんということだ……」
シーダー卿がその場の光景に呻くような声を上げる。
ユルバン警部はすぐに立ち直り、部下に指示を飛ばし始めた。
庭師のエフセイ・グラチェフはワインセラーの床の上で冷たくなっていた。
おそらく後頭部を何度も殴られたのだろう、床には派手に血が飛び散っている。
死体の近くにはどこからか拾ってきたらしい鉄の棒が落ちていた。おそらくこれが凶器だろう。
仁は死体の近くにしゃがみこんだ。死体の持っているワインの瓶が気になったのである。
それを見たアリシアも彼に近づき、しゃがみこんだ。
「どうしたんですか?」
「ワインの瓶が昨日のものと違う」
ワインの瓶が昨日持っているものと違った。おそらくこのワインセラーでくすねたのだろう。そう仁は推測する。
「だとすると……」
仁の中にある仮説がぼんやりと浮かび上がった。その仮説を裏付けるものがないか、仁は現場を歩き回る。
「おい! 勝手に現場を荒らすな! 何をするつもりだ!」
ユルバン警部の言葉にも耳を貸さず、仁はワインセラーの窓を一つ一つ見て回る。
そしてある窓の前で立ち止まった。
「うん、そうだな。そうでないといけない」
その窓のそばには椅子がおいてあった。こちらの世界で安楽椅子と呼ばれるもので、ワインセラーの中では妙に浮いている。
しかし、時々は使われているようで埃はほとんど見当たらない。
念のために椅子の座を指でなぞってみたが、やはり埃はつかなかった。
仁は振り返って、アリシアに声をかけた。
「アリシア、行こう」
仁のその言葉に、アリシアは首を傾げた。
「行こうって、どこにですか?」
「まずはヴァレールさんのところだ。庭師のことについて聞かなきゃいけない。次に御者のモローさんに話を聞く」
「ここはどうするんですか?」
「魔法警察に任せよう。俺達がいてもあまりすることはない」
そう言って仁はワインセラーを出て、再び母屋に向かって歩き始める。
アリシアはその後を慌てて追っていった。




