第十一話 事情聴取・1
翌日、関係者への尋問を始める前に、仁はユルバン警部から昨日頼んだ調査についての報告を受けた。
「ファルギエール家の人間とツェーザル・ハーゲンドルフの関係だがな……それほど深い関係はないようだ」
「でも、ヴァレールさんはツェーザルさんに頭が上がらないというようなことを言っていましたが……」
仁の疑問にユルバン警部は首を振った。
「あくまで学生時代に世話になって、その後もいくつかアドバイスを受けた、というだけの関係だ。当時の西部山岳州は今ほど発展もしていなかったし、そもそも戦争の真っただ中だった。そんな田舎から出てきたヴァレール氏に興味を持ち、色々王都の常識などを教えてやったりもしたらしい」
「ツェーザルさんは王都出身だったんですか?」
「いや、メルク出身だ。だが商会を営んできた両親に連れられて王都に行く機会は多かっただろうな」
「ハーゲンドルフ商会ってそんなに歴史があるんですか?」
仁の疑問に、ユルバン警部は呆気に取られた表情で彼を見つめた。
「知らないのか? 創業100年以上の老舗商会だぞ?」
「そういう常識には疎くて。それで、卒業後はどうだったんですか」
「卒業後は時々手紙のやりとりをする程度だったそうだ。ヴァレール氏は西部山岳州の領主であった父を補佐し、後には領主となってこの地の開拓を行なった。ツェーザル氏もハーゲンドルフ商会で己の地位を確立し、父親の死後は社長になった。お互い忙しく、会うこともなかったらしい」
「……過去に因縁があったとは思いずらいですね」
仁の言葉にユルバン警部も頷く。
「そうだな、学生時代に何かあったにしては時間が経ちすぎている。彼らが再び顔を合わせるようになるのは、マシュー氏が魔道具職人として成果を上げ始めてからだ。いち早く商売になると踏んだツェーザル氏はヴァレール氏に連絡を取って、マシュー氏との会合をセットした。後は大して話すことはない。マシュー氏はいくつかの魔道具をハーゲンドルフ商会を通して売り出しているのが現状だ」
「それをすべて買い上げようというのが今回ツェーザルさんが書いていた草案だと」
「そういうことだな」
ユルバン警部の答えに仁は少し考え込んだ。
「すると、マシューさんとツェーザルさんの間には魔道具の取引以外には付き合いはなかったんですか?」
「そうだな。レジーヌ嬢との交際についても特に何も言われなかったらしい。これはレジーヌ嬢が言っていたことだが」
「そうですか……では、キャロルとアークさんは?」
「あの二人は全く接点がないと言っていい。マシュー氏とハーゲンドルフ商会の付き合いが始まってから、ツェーザル氏はこの家の年末パーティーに出るようになったんだが、その時にしか顔を合わせてない」
「魔道具以外での接点は見いだせないと」
「そういうことだ」
その言葉に仁は考え込んだ。警部の調べた通り、ファルギエール家の人間とツェーザル・ハーゲンドルフの関係がその程度でしかないのであれば、あの契約書の草案の持つ重みはかなりのものになる。
警部があの書類を動機と考えるのもおかしくはない。
「では、尋問を始めましょうか」
「最初は誰から始めましょうか?」
「やりやすいところから行こう」
そう言って二人が向かったのは桜とアリシアの部屋だった。
「あら、仁ちゃんにアリシアちゃん、それに……シーダー卿と警部さんに刑事さん? えーっと、何の用でしょう?」
首を傾げる桜に、ユルバン警部が鋭く言い放つ。
「これから、ツェーザル・ハーゲンドルフ氏殺害事件についての尋問を行ないます。あなたのいかなる証言も証拠として取り上げられることに留意してください。分かりましたか?」
「は、はい」
ユルバン警部の警告に、緊張して答えを返す桜。
そしてその張りつめた空気を仁は一言でぶち壊した。
「ええっと、桜姉さんは夕食後はずっと居間にいた。それは俺が確認してる。その後はアリシアとずっと一緒に居た?」
「ええ、そうね。部屋に戻って少しお喋りして、それから交代でお風呂に入って、すぐ寝ちゃったわ」
「分かった。じゃあこれでおしまい」
その言葉に桜を除く全員が固まった。
「あら、もうおしまい?」
「だって、桜姉さんは容疑者じゃないし、ずっと居間にいたから何か見てたってこともないだろうし。何か気になるものとか見た?」
「そうねえ。何かおかしなもの……あ、一つだけ」
「なに?」
「事件と関係ないかもしれないけどね、マシューさん、レジーヌさんに婚約破棄されるかもしれない」
その情報に思わず仁は身を乗り出す。
「え、なんで!?」
「元々ね、マシューさんはキャロルちゃんにお婿さん取ってもらうつもりだったんだって。ファルギエール家はその人に継いでもらって、自分は魔道具職人として生きていくつもりだって言って、レジーヌさんにもそう言って求婚したらしいの。それがこの状況でしょ? まさかまだ学生のキャロルちゃんに結婚相手決めて家を継げなんて言うわけにもいかないし、マシューさんが領主になって自分が領主の妻になるのは嫌だ、なんて言い出したのよ」
「……ちなみに姉さん、それをどこで仕入れてきたの?」
「え!? いや、その……たまたま聞こえてきたというか」
「盗み聞きしたわけか」
「う、うるさい! なによ、どうせ事件と関係ないわよ!」
「いえ、意外と関係あるかもしれませんよ」
従姉弟の言い合いを止めたのはアリシアだった。
「逆に言えば、魔道具職人として生きていきたいマシューさんが、父親に容疑をかかるような行動をとるとは考えずらいということですから」
「確かに。そういう意味ではマシューさんが犯人とは考えにくくなったかな」
「おお、私の情報、役に立った?」
身を乗り出す桜に仁は笑って答える。
「まあそれなりにはね。じゃあ、これで尋問おわり。また何か聞きたいことがあったら来るから」
仁の言葉をきっかけに、五人はぞろぞろと桜とアリシアの部屋から出て行った。
「あんな適当な尋問でいいのか?」
ユルバン警部は不満そうだ。シーダー卿も何も言わないが眉を寄せて不審な表情を浮かべている。
なので仁は二人の疑問に答えることにした。
「むしろ相手の油断を誘って本音を零させるのが目的です。犯人の見当がついていればその人物を責め立てればいいんでしょうが、この事件は犯人になりうる人間が多すぎる」
「ヴァレール氏以外に犯人である可能性のある人間がいるのか?」
「ヴァレール氏に罪を着せようと思ってあの『炎のナイフ』を持ち出したとすれば、魔法使いは全員容疑者です」
「む、むむ……」
唸るユルバン警部と感心したような表情を浮かべたシーダー卿を見て、仁はほっと胸を撫で下ろした。
しかしそれを見逃さなかった人物が一人いた。
「捜査官。今の、口から出まかせじゃないでしょうね」
「……」
アリシアのジト目を無視して、仁はジョンと自分が泊まる部屋に入った。
「おう、ジンか。それに……このメンバーってことは、尋問か?」
「その通りだ」
ユルバン警部がジョンの問いに答え、型通りの宣言をした後にジョンの尋問が始まった。
「ジョンのアリバイは俺が知ってるからいいや。居間にはずっといたし、アークさんが鍵を閉めるまで部屋から出てないことも確認してるし」
「そうか」
「ジョンに聞きたいのは別のことだな。マシューさんの魔道具をハーゲンドルフ商会は安値で買い叩こうとしてたらしいけど、それについてはどう思う?」
「は? それ事件に関係あるのか?」
唖然とした顔をするジョンに、仁は至極真面目な顔で返す。
「結構重要な質問」
「マジか……んー、特にどうとも思わないな。商人ってのは安く仕入れて高く売るのが仕事なわけだし。マシューさんも魔道具職人として生きていくなら、自分の創ったものがどれくらいの価値を持つか色んな人に聞いてみて、ちゃんと考えるべきだと思うな」
「ふーん、ジョンは厳しいな。正論だけど」
「……他に聞きたいことはないか?」
「そうだな、ずっと居間にいたけど、その間不審なものとか見なかったか?」
その言葉にジョンは少し考え込んだ。
「不審なもの、ねえ……アークさんがやたらと頻繁に果実酒のお代わりを作りに行ってた気がするが、それくらいか? それとも普段からあんなもんなのかね?」
「それは本人に聞いてみるか。よし、じゃあとりあえずこれで終わり」
「はえーなおい」
「容疑者圏外の人間に時間かけても仕方ないしな」
そう言って仁が立ち上がるのを合図に、五人は部屋から出ていく。
「せっかく俺らがシーダー卿の所まで行ってきたんだ。頑張ってくれよ」
去り際にジョンはそう言って、仁達を送り出した。
「さて、次からが本番だ」
「そうなんですか?」
「キャロルにはアリバイのない時間がある。だから理屈の上では犯行が可能だ」
「父親大好きのキャロルが、父親を陥れるような真似をするでしょうか?」
「それでも容疑者として扱わないとね、じゃあ、行くよ」
そう言って仁はアリシアを連れてキャロルの部屋に向かった。
キャロルの部屋は客室よりも一回り広く、ベッドも大きく、そして部屋には年頃の女の子らしいアクセサリやらぬいぐるみやらが置いてあった。
「あ、あんた達、何しに来たのよ!」
半日以上ぐっすり眠ったせいか、キャロルはいつもの調子を取り戻していた。
そのキャロルを抑えつけるようにユルバン警部が一歩前に出る
「容疑者の尋問だ」
続いてユルバン警部が例の台詞を言って、尋問が始まった。
「さて、キャロルは『食後の歓談』の時にアークさんが果実酒のお代わりを作っていたとき、時々席を外してたよね。その時一人になることはあった?」
「何回かあったわ。ニックがお酒を作って私が運ぶって段取りだったから、作っている間に……その、ちょっと席を外したりはしたわよ」
「その間に三階まで行こうと思えば行けた?」
「ちょっと、私を疑ってるの?」
キャロルが食ってかかるが、仁はそれをあっさりとかわす。
「もちろん、全員を疑っているよ。それで、三階まで行く時間はあったと思う? これはアークさんにも聞くから、嘘をついても意味はないぞ」
「……あったでしょうね。ニックの果実酒は結構面倒な作り方なのよ。その分おいしいけれど、時間はかかるわ」
「じゃあ逆にニックさんも、果実酒を作るふりをして三階まで行くことはできたと」
「……できたでしょうね」
「ふむ……ちなみに、いつもアークさんが作ってキャロルと二人で運んでるの?」
「あの日は例外よ。いつもより人数が多かったし、あとサクラが結構飲んだから」
「……あーすまん。うちの従姉が申し訳ない」
頭をかいて謝る仁に、逆にキャロルが問いかける。
「聞きたいことはそれだけ?」
「いや、まだある。マシューさんの魔道具をハーゲンドルフ商会は買い取ろうとした契約書の件だ」
その言葉を聞いた途端、キャロルは憤慨した。
「信じられないわ! お兄様の魔道具は色々な人に評価されてるのに、それを安値て買い叩いて大儲けしようだなんて! しかもお兄様からは切れない契約だなんて、不平等じゃない!」
「まあそうだな、じゃあ、十分な金額で平等な契約内容だったら良かったのか?」
「それは……お父様がツェーザル・ハーゲンドルフに頭が上がらないのはちょっと嫌だけど、契約自体はお兄様を正当に評価してくれたってことだからいいと思うわ。でも実際は違うじゃない」
「そうだけどな。ちなみに、例の契約内容を知ったのはいつだ?」
「ユルバン警部が話した時よ、それまでは聞いたことすらなかったわ。そんなことするんじゃないかとは思ってたけどね!」
鼻息も荒くマシューとハーゲンドルフ商会の契約について文句を言うキャロルに、仁は最後の質問を発した。
「そうか……じゃあ最後に、事件当日に何か気になることがあったら教えてくれ」
「気になること? うーん……思い当たらないわ、果実酒の準備で結構席を外してたから、居間にそんなに注意を払ってなかったし」
「そうか。とりあえずこれで終わりだ。また何か聞きたいことがあれば来るよ」
「分かったわ。お父様の無実の証明、頼んだわよ」
キャロルは最後にそう言って、五人を部屋から送り出した。
五人が次に向かったのは、マシューの部屋だった。
「やあ、ジン君にアリシア君、それから……シーダー卿と警部さんまで。一体何の用です?」
「これから、ツェーザル・ハーゲンドルフ氏殺害事件についての尋問を行なうのです。よろしいですね?」
ユルバン警部の返答に、マシューは些か緊張した面持ちで頷いた。
「分かりました。警部が尋問をされるのですか?」
「いや、尋問をするのはこいつだ」
ユルバン警部はまだ納得がいっていないのだろう、渋々といった様子で仁を指した。
「ジン君が?」
「はい、『特別捜査局・捜査官』として活動させていただきます」
「……本当に君は『特別捜査局』の人間なんだね」
今更の言葉に思わず苦笑する。
「それでは始めましょう。まず、犯行が可能だったかどうかについて。犯行の会った夜、マシューさんは10時から11時の間に一度トイレに行くと言って席を外しましたね?」
「ああ、よく覚えてるね。席を外していたのは……5分から10分くらいかな」
「そうですね。時間的に犯行が不可能とも言い切れないくらいですね」
「た、確かにそうだけど……」
「それ以前にマシューさんは展示室の鍵をもっていましたね。夜中でも入ろうと思えば入れましたか」
「そ、そんな意地悪なことを言わないでくれ!」
「いえ、犯行可能かどうかの確認は必須ですから」
仁の後ろでユルバン警部が深く頷いている。
「ところで、現場にあった契約書の草案のことですが、マシューさんはツェーザルさんがあなたの魔道具を全て買い上げるという話をしていましたか?」
「い、いえ。今まで一般家庭向けの魔道具をいくつか売り出したいと買っていただいたことはありますが、全て買うなどという話は聞いたことがありませんでした」
「そうですか。ではユルバン警部があの契約書の草案を持ち出すまでは何も知らなかったと?」
「はい、そうです」
契約書についてはキャロルと同じ回答が返ってきた。しかしこれについては裏を取らなければならない。
ハーゲンドルフ商会の関係者から裏が取れるだろうか、と仁は内心で考えつつ、質問を続けた。
「契約の内容についてはどう思いましたか?」
「詳しい内容は聞いてないので……ただ、断ってレジーヌの心象を悪くしたくないですし、よほど酷い条件でなければサインしていたかもしれません。今の状況ではレジーヌにすら愛想を尽かされそうですが」
「そうですか……」
桜の言った通り、事件をきっかけにマシューとレジーヌの間はぎくしゃくしているようだ。
「そういえば、マシューさんの固有魔法は『炎刃』とのことですが、実際どういうものなのですか」
「それは……実演した方が早いでしょうね。ちょっと待ってください」
そう言ってマシューは右手に魔力を集中させる。次の瞬間、アイスピックのような形状の炎が現れた。
「……あまり『刃』という感じではありませんね」
「そうだね、形は細剣に似ているけれども、これで相手を切り裂くこともできる。昨日ジョン君が振り回していた『炎剣』はこれが元なんだよ」
「なるほど……ただ、それでツェーザルさんの背中を刺してもあんな風な傷口にはならないでしょうね」
「そ、そうだね」
あくまで事件に結び付ける仁に、マシューは若干引いている。
しかしそんな彼を無視して、仁は質問を続けた。
「事件の日の昼間に展示室を案内したということですが、その時に『炎のナイフ』も紹介しましたか?」
「ええ、もちろん。新作の魔道具でしたから」
「では、その時その場にいたのは誰ですか?」
「ツェーザルさん、アーベル、レジーヌ、それに父とニックです」
「……副社長のルッツ・アンテスさんは?」
「書類の整理があるとかで、ずっと部屋に籠っていました」
その言葉に仁は独りごちる。
「あの人ずっと自分の部屋に籠ってたのか……」
仁が黙り込んでしまったのを見て、マシューが問いかける。
「あの、尋問はこれで終わりかい?」
「え? ああ、そうですね。最後に、事件に関して何か気になったことがあれば教えてもらえますか?」
「気になったことか……アーベルが途中で部屋を出て行ったことかな。あいつはいつも自分と張り合ってたから、途中で抜け出したのがちょっと気になるな」
それはレジーヌさんが話に参加しなかったから居間から連れ出して、それをマシューに見せつけたかっただけじゃないだろうか、と仁は思ったが口には出さなかった。
「分かりました。まずはこれで終わりとしますが、何かあったらまた尋問を行ないますので、よろしくお願いします」
「あ、ああ……分かった」
マシューに見送られ、仁達は部屋を出た。
次はヴァレール・ファルギエールの番だった。
「まだ尋問をするのかね? もうさんざん魔法警察から尋問は受けたのだが……」
「今回は私が『特別捜査局』の捜査官として尋問に当たります。内容もおそらくは違うと思います」
そんな言葉から尋問は始まった。
「さて、ヴァレールさんは夕食後すぐに『炎のナイフ』を持ってツェーザルさんのいる書斎に行かれた。それはいつ頃ですか?」
「そうですね。使用人にいくつか指示を出してからだったので、8時15分頃だったと思います」
「書斎に入った時、ツェーザルさんはどこにいましたか?」
「刺されていた椅子に座っていました」
「書類は?」
「そのようなものは見つかりませんでした。ノックした時に『少し待ってくれ』と言われたので、その時に机の中にしまったのかも知れません」
「ちなみにツェーザルさんはなぜ『炎のナイフ』が見たいと言われたのでしょう」
「昼過ぎに説明したときにはマシューが手に持っていただけだったので、自分で持ってみたくなったのでしょう。握りに滑らない工夫があるとよいなど、実用上のアドバイスをいくつかもらいました」
そこで仁は質問を変えた。
「ヴァレールさんとツェーザルさんは学生時代からの仲だとのことですが、どのような関係だったのでしょう?」
その質問に、ヴァレールは遠い目をした。
「関係、ですか……そう、私が王都の魔法学校に入ったころです。当時は戦争中ということもあり、西部山岳州も軍事施設がほとんどで、私は王都での暮らしになかなか慣れませんでした。そんな時に色々と王都の生活を教えてもらったのがツェーザル先輩だったのです。彼はメルク出身で、両親の商売について何度も王都に来たことがあったということで、私に行ってはいけないところや便利なところなどを色々と教えてくれました。悪いことも随分やりましたよ」
そう言ってヴァレールは朗らかに笑った。
「しかし、卒業してからは疎遠になりました。手紙をたまに出し合う程度が精々です。お互い忙しい身になりましたし、同窓生というわけでもなかったので会う機会もなかった。卒業後に彼の声を聞いたのはマシューの魔道具についての話をしに魔法通信を掛けてきたのが初めてです」
「そうすると、そこまで親しい身でもなかったわけですね。それでも年末パーティーには呼ばれたと」
「マシューの新作魔道具を全て見られるのがここの展示室だけですからね。こちらも学生時代の恩がありますし、他に私が呼ぶ相手がいるわけでもないので、毎年呼んでいるのです」
「なるほど、そういう関係だったんですね」
ユルバン警部から似たような報告を受けていたが、仁はそれをおくびにも出さずにヴァレールの答えに頷く。
「ところで、ヴァレールさんはツェーザルさんからマシューさんの魔道具を全て買い取る契約について何か話は聞いていましたか?」
「いえ、聞いていませんでした。もっとも、聞いていたら反対していたでしょう。マシューの発明品には、安易に売り出すにはあまりに危険な魔道具も多くあります。『炎剣』や『破壊の大槌』はその代表格でしょうね。あれらは国が管理すべきものだ」
「なるほど……」
ヴァレールは王国の貴族としてハーゲンドルフ商会に全て売り渡すことに反対しているようだった。
「ところで、ヴァレールさんの固有魔法はどのようなものなのでしょう? 見せてもらえますか」
「はい、構いませんよ」
そう言うと彼はゆっくりと右手を握った。すると拳の周りに炎の塊が集まってくる。
「これが私の固有魔法『炎槌』です。大木を根元から破壊するくらいは簡単にできますよ」
「それは凄いですね……」
「ファルギエール家には魔力に恵まれた者が多いのです。マシューのように発想力に長けた人間は逆に少ない」
「しかし、キャロルの話によるとあなたは戦後、西部山岳州を大分発展させたようですが」
「それは学生時代にツェーザル先輩に教わった商売のことや、王都で学んだ魔法以外のことを持ち込んだだけです。当時は本当に軍事施設とその補給用に道があるだけでした。万一この街が敵に抑えられた時のために、田畑すらろくに作らなかったのです。街の規模も今より相当小さかった。私はただ、この一帯を開拓していっただけなんですよ」
ヴァレールはそう言って謙遜するが、この地の乳牛や牛肉、山菜は王都でも特産品として売れているとキャロルは言っていた。それは並大抵の努力でできることではないだろう。
この人はやはり西部山岳州を治める器量を持った大人物なのだ、と仁は思った。
「また話が変わりますが、凶器に使われた『炎のナイフ』は展示室から持ち出されたものですが、鍵を持っているのはあなたとマシューさん、アークさんの三人だけですか」
「そうです。ちなみに魔法鍵でアーク以外の使用人には開けられません」
「アークさんへの信頼は随分厚いのですね」
「私の父の代から、つまり戦争中から我が家に仕えてくれていますからね。家の全ての鍵をもっているのは私と彼だけです」
それだけ信頼が厚かったら主人のために殺人も厭わないかもしれない、と仁は思ったが口には出さなかった。
「最後に、事件の夜に気になったことがあれば教えていただけますか」
「気になったこと、ですか……先輩は私以外に会う予定はないと言っていたことでしょうか。犯人はおそらく、事前の予告なしで先輩に会いに行ったのでしょうが……」
「なるほど、他に会う予定はない、ですか……分かりました、これでとりあえず尋問を終わります。ありがとうございました」
「いえ、魔法警察に比べると随分紳士的で助かりました。頑張ってください」
ヴァレールから励ましの言葉を受けて、仁達は三階の彼の部屋を後にした。
長くなったので分割
前回のアリバイ崩しもそうですが、動きが増えると勝手に会話が増えて長くなってしまいます。




