第四話 発明家マシュー・ファルギエール
マシューへの自己紹介を終え、荷物をそれぞれの部屋に運び終えると、四人はキャロルに言われたとおりに一階にある居間に集まった。
居間ではキャロルとマシューが彼らを待っていた。
「夕食までまだ少し時間があるわ。それでその間をどうしようかってお兄様と相談してたんだけど、この家にお兄様の発明した魔道具が展示してある部屋があるの。いい機会だから紹介しようと思うんだけれど、どうかしら?」
その言葉に対する反応は真っ二つに分かれた。
「ああ、見てみたいな」
「俺も興味あるな」
賛成したのは仁とジョンの男性二人。
「私はいいわ、魔道具にはあまり興味がないし……」
「私も、ちょっとそういうのはよく分からないから……」
そう言って断ったのはアリシアと桜の女性二人だった。
「私たちは料理人さんの所に行ってくるわ、どんな料理を作るのか気になるから」
そう言って桜はアリシアを引っ張って行ってしまった。
「仕方ないわね、じゃあ四人だけでいきましょう?」
キャロルはそう言うとマシューを先頭に立ててその後ろに続いた。
少しマシューとの距離が空いたのを見計らって、仁は気になっていたことを尋ねた。
「あのハーゲンドルフ商会の人ってのは一体何なんだ?」
途端にキャロルは不機嫌な顔になった。
「ハーゲンドルフ商会の奴らは、お兄様の発明品を狙ってるのよ。お兄様の発明品を安く買い叩いて丸儲けしようって企んでるのよ」
「いや、でも商会である以上それは普通だろ? それが商売なんだからさ。そんなのに一々目くじら立ててちゃやっていけないぞ?」
ジョンが反論すると、キャロルは彼を睨み返した。
「まっとうに商売しようっていうのなら仕方ないけどね、性質が悪いことに、ツェーザルのおっさんに学生時代お世話になったとかで、お父様は頭が上がらないのよ。それを利用してお兄様の発明品に手を出そうとしてるの。それに、あの女……」
「あの女?」
仁が聞き返すと、キャロルが突然仁の頭を叩いた。
「おいっ、いきなり何を……」
「静かに。あんたも会ったでしょ、社長秘書のレジーヌ・ノエよ。あの女、お兄様を誑かそうとしてるのよ」
「……まあ、確かに綺麗な人ではあったけどさ」
「あの美貌でお兄様を誑かして、ハーゲンドルフ商会に有利に事を運ぼうとしてるのよ」
敵意むき出しのキャロルに、ジョンが呆れたように突っ込む。
「それ、お前の妄想だよな。何にも証拠はないんだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
ひそひそと三人が話していると、不審に思ったのだろう、マシューが振り返った。
「どうしたの、三人とも? さっきから何か話してるみたいだけど……」
「あ、ああ、すいません! ちょっとキャロルに聞きたいことがあって……」
「? まあいいけど……どうぞ、ここが僕の創作した魔道具の展示室だよ」
マシューに先導されて、三人は魔道具展示室に入った。
「うわあ……」
仁は思わず声を漏らした。
部屋中に様々な魔道具が置いてあるのが分かる。杖や剣のような魔道具としてはよくある形のものから、ぱっと見では何に使うのか分からない物まで、多種多彩な魔道具が並んでいた。
展示室というよりは物置に近く、特に魔道具の説明書きなどはない。整理整頓はされているものの、様々な魔道具が雑然と置かれている印象を受けた。
「どう、凄いでしょう? お兄様は魔力はそれほどないけれど、魔道具の発明者としては天才と言われてるのよ。ここにあるのは全部、お兄様のオリジナルの魔道具よ」
「これが全部!? そりゃ凄いな……数の多さもそうだけど、種類も色々あるみたいだ」
「確かに凄いな、戦闘向きの魔道具なんかも作ってるんですか?」
軍人志望だというジョンはやはり戦闘系の魔道具に興味があるのか、そんな質問を繰り出した。
「そこの『炎剣』は炎を纏って攻撃する剣だね、後はこれなんか面白いんじゃないかな」
そう言ってマシューは棒のようなものを取り上げた。一見するとこちらの世界のポインターのようにも見える。
「これに魔力を込めると……」
マシューがそういった瞬間、棒の先から長さ2メートルはあるかという炎の槍が現れた。
「うわっ」
槍の巨大さに思わず仁は後ずさる。一方のジョンはかなり興味を引かれたようだ。
「これは長さは変えられるんですか? 威力は?」
「長さは剣ぐらいの長さから長槍|(約4メートル)くらいまでは変えられるね。魔力さえあればかなり高温にできるから、鉄の塊をそれこそ紙のように斬ることもできる」
「ちょっと貸してもらえませんか?」
「ああ、構わないよ」
マシューから許可をもらったジョンは魔道具を弄って炎の槍の長さを変えたり、挙句の果てに振り回したりし始めた。
「ジョン! 危ないから止めろって!」
「大丈夫! 他の所に当てるようなヘマはしねえよ!」
いやそうじゃなくて俺が危険を感じてるんだよ、という言葉を仁は飲み込んだ。
キャロルに止めてもらおうとしたが、彼女もマシューにべったりでこちらに全く注意を払っていない。
仕方なく仁は、ジョンから離れたところで他の魔道具を見て回ることにした。
なんとなく部屋を壁沿いにぐるりと回ると、窓からワインセラーが見えた。ワインセラーには窓があるが、暗くて内部はよく見えない。
そういえばワインセラーが門から見て屋敷の左側にあったな、と思い出す。
仁は再び室内に興味を戻し、様々な魔道具を一つ一つ眺めていく。
「ん? これ……なんだろう?」
仁が見つけたのはおもちゃのような大砲と的のセットだった。
大砲も小さいし、的に至っては何のために置いてあるのか分からない。
仁が首を傾げていると、マシューがやって来て説明をしてくれた。
「それは魔法学校に入る前の子供の教育用の玩具だね。魔力を調節して大砲から弾を発射して的に当てる。それだけなんだけど、これで魔力の調節方法なんかを学べるようになっているんだ」
「なるほど……」
「ねえお兄様、それより、お兄様が作った新しい魔道具はどこにあるんですか? 手紙では『炎のナイフ』だって言ってましたけど、どこにもナイフなんかないですよ?」
マシューについてきたキャロルは兄に甘えるような口調で尋ねた。
マシューの新作と聞いたジョンも炎の槍を元に戻して三人の所にやってくる。
三人の視線を受けて、マシューは笑いながら歩き始めた。
「そうだね、確かにぱっと見はナイフに見えないからね」
そう言って彼が取り上げたのは、三角フラスコを押し潰して平たくしたような形状の魔道具だった。
「さっき、ツェーザルさんとアーベル、それからレジーヌには紹介したんだけどね……」
その言葉にキャロルがむっとするのが見えたが、マシューは気づかずに魔道具に魔力を込めた。
次の瞬間、三角フラスコの底にあたる部分から炎が噴き出し、小さな三角形を作った。
「これが『炎のナイフ』だ。これはこの形にしかできないけど、先端部分は炎が集中して物凄い高温になっている。金属の加工なんかに使うための魔道具だ。戦闘用としてはちょっと使いずらい」
「確かにナイフみたいな形ですね。戦闘用ではない、って言ってましたけど、これで刺されたりしたら大変ですよね」
仁がそう尋ねてみると、マシューは真剣な表情でそれに答えた。
「もちろん、取り扱いには細心の注意が必要だよ。それはどんな魔道具だって変わらない。大事なのは道具でなくて道具を使う人だからね。この魔道具だって、僕が考えもつかないような使い方をする人が出てくるかもしれない。自分の創作した魔道具が色々な形で使われるっていうのは、魔道具職人として、誇りに思えることだよ」
そう語るマシューの顔は、キャロルの言う通り、一流の魔道具発明者のものだった。
四人はそれからもしばらく魔道具展示室で色々な魔道具を紹介してもらった。
仁は暗闇や壁越しでも熱源から人間の位置を特定したり、魔力を感知したりする魔道具に興味を示し、一方のジョンは、今年の魔演祭で披露された「爆炎の大槌」に興味を示した。
「これ、どれくらいの威力が出せますか?」
「多分王城の裏門くらいなら木端微塵にできると思うよ」
仁が探索系の魔道具を見ている後ろでは、ジョンとマシューが「爆炎の大槌」についてかなり物騒な会話を交わしていた。
「さあ、そろそろ夕食の時間が近づいてきたわ。食堂に行きましょう」
「ああ、もうそんな時間か。今日は大事な発表があるし、急いで行かないとな」
「大事な発表ってなんです?」
仁が尋ねてみたが、マシューは笑って答えようとはしなかった。
キャロルも首を傾げているところをみると、どうやら彼女も知らないらしい。
何があるのだろう、と思いながら階段を下りていくと見覚えのない二人組がいた。
「おうマシュー、久しぶりだな」
「マシューさんキャロルちゃん久しぶりー、そっちの二人は誰かな? マシューさんの友達?」
「ずいぶん遅かったね、二人とも」
「こいつが夕食に間に合えばいいとか言い出して昼まで寝ていやがったからな。おかげでおじさんにも大分迷惑かけちまった」
「すいません、反省してまーす」
「本当に反省してんのかてめえは……」
「あはは、まあセリナの言う通り夕食に間に合ったからいいんじゃない?」
言葉から察するにマシューの知り合いらしい。
仁がそう考えていると、すぐにマシューが二人を紹介してくれた。
「この二人はベラスコ・バルデムとその妹のセリナ。ベラスコとは魔法学校で初級から上級までずっと一緒だったんだ」
「ベラスコ・バルデムだ」
「はじめましてー、妹のセリナです!」
そう言われてみると顔立ちは似ていないが二人とも金髪に茶色い瞳をしている。
「ジョン・デクスターです。魔法学校の学生です」
「あ、どうも。はじめまして、ジン・オーツカと申します」
仁がそう名乗ると、ベラスコがピクリと反応した。
「ジン・オーツカというと……『特別捜査局』のか?」
「は、はい」
仁は自分の素性がばれていることを警戒しながらも素直に頷く。
ベラスコはしばらくそんな仁を眺めていたが、やがてニヤッと笑ってバシバシと仁の肩を叩いた。
「そう固くなるなよ。俺は軍に所属してるからな、最近の『黒薔薇騎士団』絡みで活躍してる人間の名前は耳に入ってくるってだけだ」
「そ、そうなんですか……」
ほっとすると同時に予想外の所まで自分の名前が知れ渡っていることに、仁は驚いた。
後ろではジョンがニヤニヤしながら仁の肩を突いてくる。
「すっかり有名人じゃねえか、うらやましいぜ」
「あんまり嬉しくないんだけど」
「特別捜査局」はいまだにアリシアと二人だけの零細組織なのだ。名前だけ売れてしまってもできることには限界がある。
(だからあんまり有名になりすぎても困るんだけどなあ……)
そんなことを考えながら、仁はジョンとキャロルとマシュー、そしてバルデム兄妹と共に夕食の場に向かった。




