第三話 ファルギエール家にて
ファルギエール家の門前まで来ると、エイベルは御者台から下りて門番に何やら話しかけた。
門番は一つ頷くと、呼び鈴のようなものを押し、それからレバーを操作する。
すると、鉄の門が音を立て、観音開きのように開いた。
「……今のは魔道具か?」
「おそらくそうです。門番も魔法使いなのでしょう」
「門番は魔法警察から派遣されてる警備係よ。一応これでも領主の家だから、魔法警察から日替わりで警備員がついているのよ。もちろんお父様が平凡な泥棒ごときに負けるわけないけれども、お兄様はそれほど魔力がないし……それに『黒薔薇騎士団』の暗殺者や魔道具を狙う魔法使いが忍び込もうとしないとも限らないからね」
仁の独り言のような呟きにアリシアが答え、さらにキャロルが補足する。
彼らがしゃべっている間に、馬車はゆっくりと敷地内へと入っていく。
庭は一面芝生でできた緑の絨毯だった。そして庭の中央の玄関のすぐ前には大きなため池があり、その周辺が馬車を止めるためのロータリーのようなスペースになっている。
屋敷の左側には小さな建物があった。
「あの小さな建物は何?」
「あれはワインセラーよ。小さいっていうけど地上以外にも地下に二階分の深さがあって、この地方で作られるワインが収められているのよ」
仁の質問にキャロルが答える間にも、馬車はゆっくりと屋敷へと近づいていく。
そして馬車はちょうど玄関の前で止まった。
エイベル・モローがドアを開けると真っ先にキャロルが飛び出し、玄関まで走って行った。
そのままノッカーを叩きつけるように鳴らす。
しばらくすると、ドアがゆっくりと内側に開き、二人の男が現れた。
一人は背が高く、がっちりした体躯で臙脂色の服を着た男だ。キャロルそっくりの赤髪と褐色の目で、彫りの深い顔をしている。
もう一人は背は低いものの、こちらも鍛え抜かれた身体をしている。執事服を着ているが、軍服の方が似合いそうな感じだ。
キャロルはドアが開いた瞬間、背の高い男の所に走っていった。
「お父様! ただいま帰りました!」
そのまま父親に抱きついたキャロルを見て、残りの四人はあっけにとられた。
「……キャロルってファザコンだったのか」
「父や兄の話になると止まらないのは知ってたけど、あれほどだなんて……」
「……俺、目がおかしくなっちまったのかな」
「キャロルちゃんってお父さん大好きなんだねえ。普通この年頃だと嫌いな娘の方が多いものだけど。珍しいわよね」
仁達がそんな言葉を交わしながら生暖かい目で彼女を見ていると、彼女はようやく他人の目があることに気付いたのか、顔を真っ赤にしてパッと離れた。
「ほ、ほら、皆下りてきなさいよ! 荷物はエイベルが運んでくれるから! 皆の紹介をしないといけないでしょ!」
恥ずかしさをごまかすためか、いつもより声が上ずっている。
四人は思わずお互い目を見合わせ、笑いをかみ殺しながら馬車を下りて彼女の後に続いて敷居をまたいだ。
玄関ホールは広く、頭上には大きなシャンデリアが飾られている。光はおそらく魔法灯によるものだろう。
四人が二人の男の前に並ぶと、キャロルがお互いの紹介を始めた。
「こちらの背の高い人が私のお父様、ヴァレール・ファルギエールよ。この一帯、西部山岳州を治める領主でもあるわ」
「君たちのことは娘から聞いてるよ。いつも娘が世話になっているね。ありがとう」
ヴァレールは深みのある声で四人に声を掛ける。思わず仁の背筋が伸びた。
(凄い、この人「本物」だ)
戦争を経験し、この山岳地帯を治める人物の器とでもいおうか。声に人を従える力のようなものを感じる。
その隣でもう一人の男が頭を下げる。
「こちらはニック・アーク。我が家の執事よ。本人の話によると、戦争中から我が家に仕えていて、我が家の使用人で唯一人の魔法使いでもあるわ」
「初めまして、ニック・アークと申します。ご主人様には戦争中より仕えており、今は執事を務めさせていただいております。本日はお嬢様のためにこのような遠くの地まで足を運んでくださり、ありがとうございました」
そこまで紹介が終わると、キャロルは少し躊躇した。仁達のことをどう紹介すればいいのか迷っているようだ。
確かに出自も所属もバラバラの四人だから迷うのも無理はない。そう考えた仁は、こちらから自己紹介を行なうことにした。
「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。私はジン・オーツカ、異世界から召喚され、現在は『特別捜査局』の捜査官を務めております」
「ほう、君があの『魔法錠破りの殺人』事件や『空飛ぶ殺人者』事件を解決したという『特別捜査局』の捜査官か。噂は聞いているよ」
キャロルの父は仁の活躍を聞いているらしい。興味深そうに彼を眺めている。
続いて声を上げたのは隣のアリシアだった。
「アリシア・コールと申します。キャロルとは同じ王都の魔法学校の上級生です。また、『特別捜査局』の一員として、こちらのジン・オーツカ捜査官の補佐を務めています」
「君の話も娘から手紙で聞いてるよ。自分と違って一人きりなのにとても努力家だと――」
「お父様! 手紙のことは止めて! 言わないで!」
父親の言葉を全力で止めようとするキャロルだが、しっかり聞いてしまったアリシアは「あ、ありがとうございます」と少し顔を赤くしてお辞儀をした。
次に自己紹介を始めたのはジョンだった。
「ジョン・デクスターと申します。キャロルさんと同じく、魔法学校上級生です。よろしくお願いします」
「ああ、君のことも娘から手紙で聞いてるよ。うん、娘の手紙では君のことが一番多く書かれてる」
そこでキャロルがギロリと父親を睨み、彼は笑いながら最後の一人となった桜の方を向いた。
「サクラ・オーツカと申します。ジンの従姉で、彼の保護者として異世界から移住しました」
さすがに桜の存在は予想外だったようで、ヴァレールも思わず言葉に詰まる。
「それは……ジン君のためだけに世界を渡ったと。相当な覚悟が必要だったのでは?」
「そんなことありません。この子のためなら火の中水の中、異世界だってなんのその、です」
「やめて姉さん、恥ずかしいから。俺を親離れできない子供扱いするのもやめて」
「あら、いまだにまともに食事ひとつ作れないで私に依存してる子が何を言ってるの?」
「しょ、食事は関係ないだろ!」
「それに私が言い出さなきゃ服だってまともに揃えようとしないし」
「ぐぬぬ……」
自己紹介の途中で言い合いを始めた従姉弟だが、突如響き渡った笑い声に思わず振り向くと、ヴァレールがおかしくてたまらないといった様子で笑っていた。
「いや、王国中にその名を知られるようになった『特別捜査局』捜査官と言えど、サクラさんの前では形無しといったところだな。とにもかくにも皆さん、遠いところからよく来てくださいました。歓迎しますよ」
「こちらこそ、数日の滞在ですがよろしくお願いします」
代表して最年長の桜が返答をし、その場に和やかな空気が流れた。
しかし、その空気は突如として破られた。
「おお、ヴァレール、こんな所にいたのか、探したぞ!」
大声と共にホールの奥にある階段から金髪を持つ大柄の太った中年の男が現れた。その後ろには同じく金髪の大柄だが精悍な顔つきの若い男と茶髪のロングヘアの若い女がいる。
どうやら太った男とその後ろの男は親子のようだ。髪の色や顔のパーツがよく似ている。女は非常に魅力的なボディラインで、街を歩けばすれ違う男が必ず振り向きそうな身体を、こちらの世界の正装の中に押し込んでいる。
彼らは階段を下りてくると、仁達のところにやってきた。
「おう、ヴァレールのお嬢さんじゃないか。今年は随分大勢で来たんだな」
「……あなたには関係ないでしょう」
先頭を歩いてきた中年の男の言葉にキャロルはそっけなく答えた。どうやらこの男のことがあまり好きではないらしい。
一方で仁達は、全く知らない人間の登場に面食らっていた。
キャロルからは他に客がいるなどと聞いていない。かといって服装からして使用人にも見えない。
どうしたものかと思っていると、ヴァレールが彼らの紹介を始めた。
「こちらはツェーザル・ハーゲンドルフ。ご存じかもしれないが、ハーゲンドルフ商会の社長だ。私は学生時代に彼にはかなり世話になっていてね、今でも頭が上がらない」
「はっはっは、まあそんなわけで今回の年末パーティーにもお邪魔させてもらったわけだ。マシュー君の魔道具のこともあるしな」
「そうですか」
相変わらずキャロルはそっけない態度を取りづつけている。
仕方なくといった様子でヴァレールは残りの二人の紹介も行なった。
「その後ろにいるのはツェーザル先輩の息子のアーベル君と社長秘書のレジーヌ・ノエさんだ。あともう一人、副社長のルッツ・アンテスという方が来ているのだが……」
「あいつなら今も書類整理の最中だ。で、君たちはお嬢さんのご学友かね?」
ツェーザルもツェーザルで、どうやらキャロルに好かれようという気はないらしい。露骨に見下した目で仁達を見つめる。
そこで仁が一歩前に出た。
「私、ジン・オーツカと申します。シーダー卿の下で『特別捜査局』捜査官を務めさせていただいております」
「特別捜査局……! お前、いや、あなたがあの!?」
カウンターパンチは見事に決まったらしい。目に見えて彼の態度が変わるのを見て、仁は内心でほくそ笑んだ。
彼の意図を察したのだろう、続いてアリシアが前に出る。
「私はアリシア・コールと申します。キャロルさんの同級生で、同時に『特別捜査局』補佐を務めております」
「ジョン・デクスターと申します。キャロルさんの同級生です」
「サクラ・オーツカと申します。ジンの従姉で、彼の保護者でもあります」
立て続けの自己紹介が終わり、ツェーザルはようやく立ち直ったらしい。
「いや、驚きました。てっきりご学友かと思ったら、まさか『特別捜査局』の方だったとは……ツェーザル・ハーゲンドルフです。以後、よろしくお願いします」
そう言ってツェーザルは手を差し出してきた。少し迷ったが、仁はその手を握り返す。
握手の間、ツェーザルの琥珀色の瞳がこちらを値踏みするように見つめているのに気づき、仁はなんとなく居心地が悪くなった。
握手が終わったのを見計らって、ヴァレールがツェーザルに声を掛ける。
「先輩、私を探していたとのことですが、何か……?」
「いや、大した用じゃない、君はそちらのお客さんの相手があるだろう。夕食の時にでも話すさ」
そういうとツェーザルは再び階段を上って行ってしまった。
息子のアーベルと秘書のレジーヌ・ノエはどうしたものかと迷っていたが、やがて秘書の女は社長を追って階段を上って行き、アーベルは「アーベル・ハーゲンドルフです。よろしく」とだけ言うとレジーヌの後を追ってそのまま消えてしまった。
そこでキャロルがパンと手を叩き、皆の注意を引いた。
「さあ、とにかく荷物を部屋に入れないといけないわよ。ニック、部屋は決まっているの?」
「はい、男性二人と女性二人で一部屋ずつですが、問題ないでしょうか」
「それで問題ないわ。じゃあ皆、荷物を部屋に置いて……」
「あれ、キャロルじゃないか、もう帰ってきたのかい?」
その声にキャロルの説明が途切れ、パッと花の咲くような笑顔で振り返る。
そこにはキャロルと同じ赤髪と褐色の瞳を持った男がいた。背は高いがひょろりとした感じで、さきほどのアーベルと比べるとやや線が細いように見える。
「お兄様!」
キャロルが駆け出し、あっという間に彼に抱きついた。
「ファザコンでブラコンなのか、キャロルって……」
「……先ほどのことで予想はついていましたけど、またやるなんて……」
「いやあ、でも、いつものあいつを知ってる人間としては何度見ても驚かされるね」
「いいじゃない、家族思いで」
再び四人の生暖かい視線を浴び、キャロルが顔を真っ赤にして離れる。
「み、皆に紹介するわ。私のお兄様で天才魔道具発明家でもある、マシュー・ファルギエールよ」
「それは言い過ぎだよ、キャロル。はじめまして、魔道具職人のマシュー・ファルギエールです。みなさん、よろしくお願いします」
キャロルの兄である魔道具職人、マシュー・ファルギエールはそう言って軽く頭を下げた。




