事件編
「アリシア、捜査官として命令する。今日は一日、休日として俺に付き合って遊びなさい」
仁がアリシアにそう命じたのは、彼らが「虹の扉」を受け取ってから五日目の朝だった。
「虹の扉」を受け取った日から、アリシアは暇さえあれば自室にこもって「虹の扉」に魔力を限界まで与え、魔力が切れると高価な魔力補充薬を飲んだり仮眠を取って自然回復を待ったり、そして魔力が回復したらすぐにまた自室にこもる、といった具合で、生活のほぼ全てを「虹の扉」への魔力供給に費やしていた。
おかげで当初の予定より早く魔力が溜まりそうなのは確かなのだが、こんな生活は不健康極まりない。
「し、しかし捜査官がどうしてもあちらの世界でやっておきたいことがある、というのであれば、私としてはなるべく早くそれを実現したいと……」
「あのね、俺はそれ以上に、こっちの生活に早く慣れたいの。平たく言えば、この王都アレクサンドリアの案内をしてほしいの。ちょうど魔演祭の真っ最中なんだし、今日くらいは休んで俺に付き合いなさい。これ、捜査官命令。分かった?」
「……わ、分かりました」
何事にも生真面目な、この輝くような髪と緑の瞳を持つ少女は、そうでも言わないと自分から遊ぼうともしないのだ。
仁としても、最新鋭の魔道具や魔法の展示というのには興味があったし、王都の色々な所を回りたかった。
そんなわけでこの日、二人は馬車を呼び出して、王都観光に出かけることになったのだった。
魔演祭のメイン会場となっているのは、南北大通りに面したところにある魔法研究所だった。
位置としては召喚の行なわれた図書館の北にアリシアの通う魔法学校があり、さらにその北にあるのが研究所だった。
大通りに面した正面入口を入ると、馬車を止めるロータリーがある。
二人は一度ここで馬車を下りた。魔演祭をあちこち見て回るとなると、その間の馬車の待機料金は馬鹿にならない。
そのまま馬車を帰し、二人は研究所の中に入った。
前回は研究所の北側、正面から見て左側にある捜査用の研究施設にしか行かなかったが、アリシアによるとこの研究所のメインは南側らしく、ここで日夜新しい魔法や魔道具の研究がおこなわれているとのことだった。
もっとも、研究員以外には入れない特殊な魔法錠が掛かっているらしく、一般の人間は入れないそうだ。
こっちでも個人認証システムとか一部ではあるんだな、と考えながら、仁は正面の大講堂に向かう。
魔演祭のような特別な催しや国家を越えての研究発表会を行なう時に、このような大講堂が使われるのだそうだ。
舞台の上では研究発表の真っ最中だった。
「この魔法昇降機のポイントは、人を乗せるための箱と、到達地点の床の両方に魔道具を使うことにあります。以前から人を乗せ、高所まで運搬する魔道具については開発が行なわれていましたが、それらは乗っている人の体重の合計や箱自体の重さによってどの程度の魔力を与えればどの高さまで動くのか、がバラバラで、非常に実用に乏しい物でした」
壇上の実演者はそこで、手元の機械のスイッチを押した。すると、箱の床部分と二階ほどの高さにある床が魔力によって淡く光り、箱がゆっくりと上昇して二階部分で静止した。
おおっ、という歓声が会場の随所から上がる。
「この会場では高さの問題があり、二階部分までしか上げられませんでしたが、実際には複数の階層に魔道具を設置することで、様々な階層へと箱を昇降させることができます。また、箱の内部にいる人に負担が掛からないよう、箱の速度や加速度には制限を付けています。これは、箱の床部分の魔道具や到達地点の床の魔道具に動力制限を掛けることによって実現しました」
会場のあちこちから大きな拍手が沸き起こる。
仁もすっかり感心していた。
「はー、まんまエレベーターだな、これ」
「捜査官の世界にもああいう道具があったんですか?」
「ああ、頑丈なロープで釣り上げたり下ろしたりって仕組みで、高い所や低い所に移動できる機械があった」
「そうなんですか……」
「こうやって毎年、色んな技術が発表されて広まっていくわけだ」
「そうですね。中にはこの場限りのとんでもないような発表もありますけれど、このように評判がいいものは、数年後には実用化されるのが普通です」
そんな会話をしているうちに、魔法昇降機の実演は終わり、次の実演者が壇上に現れた。
「ようこそ来てくれた! 誰でも使える魔道具などに現を抜かす間抜けな輩どもよ! 今日この場において、このワシ、ポール・グリンドの魔法が世界で唯一無二の力を発揮することを示し! 貴様らの魔道具との格の違いというものを見せてやろう!」
二人は全速力で大講堂から脱出した。
「な、な、なんであの危ないおっさんがあんな所にいるんだよ!」
「た、確かにポール・グリンドは魔演祭に出場登録をしていましたが、まさかあんな所で見かけることになるとは……」
初めて会った時の魔法を食らったトラウマから全力で逃げ出した二人は、結局そのまま研究所を出て、歩いて南へと向かった。
アリシアの通う魔法学校も講堂など一部を開放してしているが、魔法研究所で行なわれているのに比べると小規模な展示が多い。
「なんか玩具とかに使うようなものが多いな」
「そうですね。ただ、ああいった物も『タレント』がある子供が使うことで、幼いころから魔力を伸ばしたり、魔法を発展させたりすることができると言われています。また、ここにあるものをプロトタイプとして、翌年研究所の大講堂で発表できるような成果を出す人もいるようです」
「なるほど、幼児教育用魔道具や大規模魔道具用プロトタイプか。色々あるもんだ」
「あら、珍しいじゃない、あんたが魔演祭に顔を出すなんて」
突然の声に二人が振り向くと、そこには燃えるような赤い髪を長く伸ばした女性がいた。
身長は高く、仁と同じくらいはありそうだ。赤毛とやや釣り気味の目つきが気の強さを表しているように見える。
「キャロル、あなたも来ていたの」
「ん、知り合い?」
「ええ、この人はキャロル・ファルギエール。私の同級生で、西部山岳州を治める大貴族の娘でもあります」
「そしてアリシアと『闇を晴らす者』の補佐役を争った仲でもあるわ。あなたがその『闇を晴らす者』ね」
「一応ジン・オーツカという名前があるんで、そっちで呼んでもらえません? 『闇を晴らす者』は大仰すぎてちょっと……」
「あら、随分謙虚ね。充分それに値する仕事をしたと思うけど」
そう言うとキャロルはゆっくりと仁の方に迫って来た。反射的にアリシアが間に入る。
「そんなに警戒しなくていいわよ、アリシア。私だって、無理やりあなたの射止めた補佐役を奪い取ろうなんて思ってないわ」
「でも機会があれば……とは思ってるんでしょう?」
「それは……どうかしら?」
「それより、どうしてあなたこそここにいるの? あなただって魔法警察志望でしょう? ここの小規模な発表より、魔法研究所の大講堂の方がいいと思うけど」
「お兄様がいくつか小品をここに出展しているのよ。私はその手伝いをしていたの。昨日は魔法研究所で大講堂の発表を見たり、お兄様の発表の手伝いをしたりしたわ」
「……ええっと、キャロルさんにはお兄さんがいるの?」
なんだか火花を散らすような会話をしている二人をなだめようと、仁は話題の方向転換を図る。
途端にキャロルがパッと花の咲くような笑顔になる。
「ええ、お兄様は世界一の魔道具発明家よ! 今年発表した『爆炎の大槌』も大好評だったわ!」
「キャロルのお兄さんは魔力は少ないのですが、発想力に長けているのか、珍しい魔道具を次々と作っているんです」
「あなたも見る? ここに展示しているのは小品だけど、どれもなかなかのものよ」
「残念だけどキャロル。私は捜査官に王都の案内を頼まれてるの。また今度ね」
そう言うなりアリシアは仁を引っ張ってその場から急いで離れた。
しばらく走るような勢いで仁を引っ張り続けていたが、距離が開いたのを確認してようやく歩調を緩める。
「えーっと、あのキャロルってどんな娘?」
「どんな娘と言われましても……見た通りです。気が強くて、大貴族の娘らしくプライドが高く、私を一方的にライバル視しています」
「その割には火花散らしながらも普通に喋ってたけど」
「彼女のプライドは大貴族の義務感から来る自負心のようなものです。それに、確かに彼女の実力は非常に高いものです。実力のない貴族のわがまま娘とは違い、彼女は『本物』の魔法使いなんです」
「そこまで評価してるなら、お兄さんの魔道具の見学くらい、付き合っても良かったんじゃない?」
「……いけません。彼女は悪い人ではないのですが、こと兄や父のことになると酷いんです。彼女の兄の自慢話に付き合っていたら日が暮れます」
「あ、そういうこと……」
キャロルについての話を聞くうちに、仁は魔法学校を出て、大通りを南に歩いていた。
「魔演祭の時期には、中央広場に多数の屋台が出ます。昼食はそこでと考えているのですが、どうでしょうか」
「いいね。中央広場ってでかい噴水があるところでしょ。あそこで昼ってのも楽しそうだ」
「では、ちょうどいい時間ですし、中央広場に行きましょう」
通りがかる空の馬車もなかったので、二人はゆっくりと歩きながら中央広場に向かう。
中央広場に多数ある出店を冷やかしながら、結局二人が選んだのはホットドッグのようなものだった。
もっともホットドッグと違い、焼いた豚肉にジャガイモやニンジンやキャベツのようなものが挟まれている。
二人は噴水のそばのベンチに腰掛けて魔演祭の雰囲気を楽しみながら昼食を食べた。
「ホットドッグ風サンドイッチというか……でも結構いけるな、こういうのも」
「やっぱり少し食文化に違いはありますか?」
「そうだね。まあ名前と多少の形の違いくらいだから、苦労はほとんどない。食事で苦労しないってのはいいことだ」
「一度召喚が議題に上がった時にもそれが反対理由の一つにあったそうです。食生活が合わなければ最初はともかく、十全の力を発揮してもらうのは難しいのではないかと」
「へー。国の偉い人も色々考えるもんだ。まあそれが仕事だからな」
食事を終えた二人はそんな他愛もない話をしていた。
しかし、突然の叫びによってそれは破られる。
「ドロボーッ!」
その叫びと共に、男が大通りに面した路地に飛び込む。二人は一瞬顔を見合わせ、次の瞬間には弾かれたように走り出した。
「待てーっ」
「返せーっ」
どうやら追っているのは自分たちだけではないらしい。数人が狭い路地を縦に並び、スリを追っていく。
スリは非常に目立つ服装をしていた。赤い帽子に赤いマントのようなものを翻し、路地を右に曲がる。
さらに追っていくと赤いマントが路地を左に入るのがちらりと見えた。
どうやらスリはこの路地を熟知しているようで、途中に見える行き止まりになる枝分かれには目もくれない。
先頭で追っている男も路地の構造は知っているようで、一心にスリを追いかけている。
目の前でさらに赤い帽子と赤いマントが左の路地に入る。
「くそ、あの先は大通りだ! そこに入られたら捕まえようがない!」
先頭の男は歯ぎしりしながら走る速度を上げた。
しかし、曲がり角を曲がった時にはもう、赤帽子と赤マントを身につけたスリは影も形もなく、大通りへの一本道が見えるだけだった。
「くそ! また逃げられた!」
「また、ってことは、最近何度もこういう被害が?」
「ん? ああ、あんたは初めてか。そう、魔演祭の直前くらいから赤帽子に赤マントのスリが出てくるんだ。めっぽう脚が速くて、今日みたいに路地に入ったと思ったらあっという間に大通りに逃げられちまう」
「そうなんですか……」
被害者の話を聞きながら仁は、そのまま一本道を抜け、すぐそばで屋台を構えていた男に声を掛ける。
「ちょっとすみません。さっきここから、赤い帽子に赤マントを着た小柄な人が出てきませんでしたか?」
「ええ? そんな人見てないぜ? なんでだい?」
「スリがこの路地に入ってここから逃げたようなんですが」
「いや、スリどころか猫の子一匹出てきてねえぞ。見間違えじゃねえのか?」
「いえ、この路地は途中の枝分かれは全て行き止まりですから、実質一本道なんですけれども……」
「とは言っても見てねえもんは見てねえからなあ」
「……そうですか」
「どういうことですか、捜査官? 話を聞いていると、まるでスリが消えてしまったかのように思えるんですが」
「枝分かれは全て行き止まり、入口からは俺達が追ってて、出口は屋台の親父さんが見張ってた。りっぱな人間消失だね」
アリシアの問いにそう答えながら、仁は路地をスリが駆け込んだ所から順番に調査する。
最初の直線には左右に三ヶ所ずつの枝分かれがあるが、全て数メートルで行き止まりになり、ゴミや木箱が散乱している。
スリはそこには目もくれず突き当たりを右に曲がった。その先の直線は枝分かれなしで、数メートル先で左に折れている。
左に折れてから最後の曲がり角の間までには左右二ヶ所ずつの枝分かれがあるが、最初の直線同様、数メートルで行き止まりである。ゴミや木箱が散乱しているのも同じだ。
最後の大通りに向かう直線は、右側は川になっていることもあり、やや高い塀が並んでいる。左側には枝分かれが数か所あるが、やはりすぐに行き止まりになる。
「よいしょっと」
仁は最後の直線の右側の壁を前にジャンプすると、足をじたばたさせながらも壁を登り、川の様子を伺う。
小さな川で、河原には草木が生い茂っている。所々ゴミが散乱しているが、それ以外にこれといった特徴はない。
しかし、そこから降りた仁は、あっさりとこう口にした。
「うん、大体分かった」
「分かったって……スリが消えた方法が、ですか?」
「まあね、そんなに難しい方法じゃないし」
「……一体どこで誰が見逃したんですか? あの赤い帽子と赤いマントは非常に目立ちます。とても見落としがあったとは思えないんですが」
「それは違うね。目立つから見逃すし、見落とすんだよ」
「はあ?」
仁の謎掛けのような言葉に首を傾げるアリシア。
そんな彼女を見ながら、仁は言った。
「アリシア。魔演祭は明日もあったよね?」
「ええ、今日が一番大規模で明日は規模も小さくなりますが」
「ってことは明日も例のスリは出る可能性が高いわけだ」
「……確かにそうですね」
「よし、アリシア、明日もここに来よう。あのスリを捕まえる」
「……分かりました。捜査官がそう言われるのならば、捕まえられるのでしょう。協力します」
「ありがとう。よろしく頼む」
こうして二人は、次の日も中央広場でスリを待ち受けることになった。
思ったより長くなったのでここで一区切り。
閑話はほとんどが人が死なない話になると思います。




