第13話 地球が誕生した本当の理由
目を開けると
何もなかった。
空もない。
地面もない。
星も光もない。
ただ
果てしない暗闇だけが
広がっていた。
「さくら!」
僕は叫んだ。
声は聞こえた。
だが
自分の体が見えない。
手を伸ばしても
指先が存在しなかった。
「お兄ちゃん!」
さくらの声が
すぐ近くから聞こえた。
「どこにいる?」
「ここだよ!」
僕は
声のする方へ
進もうとした。
だが
足がなかった。
前も後ろも
分からなかった。
そのとき
暗闇に
青い文字が浮かんだ。
『第五観測地点』
『地球誕生以前』
『物質形成前の次元』
『意識接続を確認』
僕は息をのんだ。
「意識だけで
存在しているのか?」
『はい』
「さくらは?」
『同一領域内に
存在しています』
僕は
少し安心した。
だが
次の表示を見て
動きを止めた。
『警告』
『全分岐世界の
崩壊まで
残り二十六分』
時間がない。
僕は叫んだ。
「何をすればいい!」
すると
暗闇の奥に
七本の青い線が現れた。
線は
ゆっくりと回転し
巨大な輪になった。
その中心に
一つの光が浮かんだ。
「これは……」
光の中から
声が聞こえた。
「ようやく来たね」
女性の声だった。
聞き覚えがある。
三億年前の森で
時間を止めた
あの女性型の機械だ。
「お前は誰だ!」
「私は
最初の観測装置」
声が答えた。
「あなたたちが
地球と呼ぶ世界を
管理している存在です」
僕は
青い輪を見つめた。
「ここは
本当に地球が
生まれる前なのか?」
「そうです」
「だったら
どうして僕たちは
存在している?」
長い沈黙があった。
そして
女性の声が
静かに答えた。
「あなたたちは
この宇宙で
生まれた存在では
ないからです」
僕は
言葉を失った。
「どういう意味だ」
「あなたたちは
別の次元から
移動してきました」
「別の次元?」
「はい」
青い輪の中に
映像が現れた。
そこには
見知らぬ世界があった。
空には
巨大な光の輪。
地面には
透明な建物。
そして
人間に似た人々が
歩いていた。
「ここが
あなたの故郷です」
僕は
映像を見つめた。
「地球じゃない……」
「地球ではありません」
女性は続けた。
「あなたたちは
地球が存在する前から
別の次元で
生きていました」
僕は
息をのんだ。
「じゃあ
僕たちが人類の
始まりなのか?」
「正確には
違います」
「何が違う?」
「あなたたちは
地球の人類を
生み出した存在です」
その瞬間
頭の奥に
強烈な痛みが走った。
大量の映像が
流れ込んできた。
透明な都市。
巨大な研究施設。
そして
七本の線。
僕は
その施設で
働いていた。
周囲には
多くの研究者がいた。
その中に
一人の女性がいた。
さくらによく似た
目をしていた。
僕は
その女性の名前を
思い出しかけた。
だが
映像が途切れた。
「何なんだ
これは……」
女性の声が
答えた。
「あなたの
最初の記憶です」
「最初の?」
「はい」
「地球が生まれる
はるか以前の記憶です」
僕は
青い輪を見つめた。
「僕たちは
何のために
地球を作った?」
女性は
少しだけ沈黙した。
そして
答えた。
「生き延びるためです」
「生き延びる?」
映像が切り替わった。
透明な都市が
崩れていく。
空の光の輪に
巨大な亀裂が走る。
人々が
逃げ惑っていた。
「あなたたちの故郷は
崩壊寸前でした」
女性は続けた。
「七つの次元を
つなぐ技術が
暴走したのです」
僕は
映像を見つめた。
「それで
別の世界へ?」
「はい」
「でも
移住できる世界が
なかった」
映像には
真っ暗な宇宙が
広がっていた。
星も
惑星もない。
「だから
あなたたちは
新しい世界を
作ることにしました」
僕は
息をのんだ。
「それが
地球だったのか」
「そうです」
青い輪の中に
小さな光が生まれた。
光は
ゆっくり大きくなり
巨大な球体へ変わった。
「最初に
物質を作りました」
「次に
星を作りました」
「そして
生命が存在できる
惑星を作りました」
映像には
青い地球が現れた。
「しかし
最初の地球は
失敗しました」
「なぜ?」
「生命が
長く続かなかったからです」
地球が
赤く染まった。
次の地球は
氷に覆われた。
その次は
海だけだった。
「何度も
作り直しました」
「その過程で
無数の地球が
生まれました」
僕は
画面を見つめた。
「じゃあ
さくらのためだけじゃ
なかったんだな」
「そうです」
女性は答えた。
「地球を作り始めた
最初の理由は
故郷の人々を
救うためでした」
僕は
少しだけ
安心した。
だが
女性は続けた。
「しかし
その計画は
途中で変わりました」
「どうして?」
「あなたの娘が
事故に遭ったからです」
映像に
白い研究室が現れた。
七本の線が
激しく光っている。
そして
小さなさくらが
倒れていた。
僕は
目を閉じた。
「もう
その記録は見た」
「では
その事故が
なぜ起きたか
知っていますか?」
僕は
目を開いた。
「何?」
女性は
静かに答えた。
「地球を作るための
装置が
暴走したからです」
僕は
息をのんだ。
「つまり
僕が地球を作ろうと
したせいで……」
「はい」
「さくらは
命を失いました」
僕は
何も言えなかった。
故郷を救うために
地球を作った。
だが
その装置の事故で
娘を失った。
そして
娘を取り戻すために
さらに地球を
作り続けた。
すべてが
つながった。
そのとき
さくらの声が
聞こえた。
「お兄ちゃん」
「さくら?」
「私
思い出したよ」
僕は
声の方を向いた。
「何を?」
「本当のお母さん」
その瞬間
暗闇に
小さな光が現れた。
光の中に
さくらの姿があった。
人間の姿だった。
「お母さんはね」
さくらは
ゆっくり話した。
「お父さんに
怒ってたんじゃないよ」
僕は
息を止めた。
「どういうこと?」
「地球を作るのを
やめないでって
言ってた」
僕は
彼女を見つめた。
「なぜ?」
「まだ
助けられる人が
いるからって」
その言葉に
胸が熱くなった。
僕は
故郷の人々を
思い出しかけた。
逃げ惑う人々。
崩れゆく都市。
そして
娘を抱く女性。
僕は
必死に叫んだ。
「その人たちは
どうなった!」
女性の声が
答えた。
「現在も
待っています」
僕は
言葉を失った。
「どこで?」
「七次元の
避難領域です」
「まだ
生きているのか?」
「はい」
「だったら
今すぐ助ければいい!」
女性は
静かに答えた。
「それが
できないのです」
「なぜ?」
「すべての地球が
不安定だからです」
青い輪の中に
無数の地球が現れた。
それぞれが
赤い線で
つながっている。
「現在
さくらの存在を
維持するために
すべての地球の
エネルギーが
使用されています」
僕は
息をのんだ。
「じゃあ
故郷の人たちを
救えないのは……」
「そのためです」
さくらが
僕を見つめた。
「私のせい?」
僕は
すぐに首を振った。
「違う」
「でも……」
「君のせいじゃない」
僕は
はっきり言った。
「選んだのは
僕なんだ」
そのとき
青い輪が
赤く光った。
『警告』
『全分岐世界の
崩壊まで
残り十二分』
女性の声が
響いた。
「第一観測者」
「最終選択の時間です」
僕の前に
三つの光が現れた。
一つ目。
『さくらを保存』
『全分岐世界の
崩壊を許容』
二つ目。
『さくらを消去』
『世界間接続を解除』
三つ目。
『原初装置を再起動』
『結果は予測不能』
僕は
三つ目を見つめた。
「再起動すれば
どうなる?」
「すべての世界を
最初から
作り直します」
「さくらは?」
「保証できません」
「故郷の人たちは?」
「保証できません」
僕は
拳を握った。
どれを選んでも
誰かを失う。
また
同じ選択だ。
そのとき
さくらが
僕の手を握った。
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「私ね
一つだけ
お願いがあるの」
僕は
彼女を見た。
「何でも言って」
さくらは
静かに答えた。
「もう
誰かを犠牲にして
私を助けないで」
僕は
言葉を失った。
「でも
君が消えたら……」
「私
消えたくないよ」
さくらの目から
涙がこぼれた。
「でも
みんなにも
生きてほしい」
僕は
彼女の手を
強く握った。
その瞬間
頭の奥に
最後の記憶が
流れ込んできた。
白い研究室。
七本の線。
そして
若い僕自身。
僕は
装置の前に立ち
誰かに話していた。
「もし
僕が判断を
間違えたら」
「もう一人の僕に
止めてもらう」
映像が切り替わった。
右腕のない僕が
立っていた。
彼は
静かに答えた。
「その役目を
引き受ける」
僕は
息をのんだ。
あいつは
敵じゃなかった。
僕を止めるために
作られた存在だった。
その瞬間
スマートフォンに
新しい文字が
現れた。
『記憶照合率
九十九%』
『最終記憶の
解放条件を確認』
僕は
画面を見た。
そこには
たった一つの
質問があった。
『あなたは
娘を救うために
もう一度
地球を犠牲にしますか?』
僕は
さくらを見た。
彼女は
涙を流しながら
首を横に振った。
僕は
ゆっくり答えた。
「いいえ」
その瞬間
七本の線が
一斉に光った。
『最終記憶を解放』
頭の中に
一つの映像が現れた。
そこには
最初の地球があった。
青く美しい地球。
そして
その地球の中心に
巨大な装置が
埋め込まれていた。
装置の名前は
『原初生命装置』
僕は
息をのんだ。
その下に
もう一つ
文字が表示されていた。
『第一観測者』
『原初生命装置の
起動目的』
『地球を
生み出すことではない』
僕は
目を見開いた。
「じゃあ
何のために……」
女性の声が
静かに答えた。
「地球は
目的ではありません」
「地球は
ある存在を
誕生させるための
装置だったのです」
僕は
さくらを見た。
「まさか……」
女性は
最後の記録を
読み上げた。
『原初生命装置』
『最終生成対象』
『第一観測者本人』
僕は
言葉を失った。
そして
女性が告げた。
「あなたは
地球を作った人間では
ありません」
「地球によって
作られた
最初の人間なのです」




