第11話 生命が存在しない地球へ
目を覚ました瞬間
僕は死んだと思った。
足元には
真っ赤な大地。
空には
黒い雲が渦巻いている。
遠くの山から
溶岩が噴き出していた。
地面の裂け目から
白い蒸気が上がる。
そして
何より恐ろしいのは
音だった。
ゴゴゴゴゴ。
地球そのものが
唸っているようだった。
「さくら!」
僕は叫んだ。
声が聞こえた。
自分の声だった。
手を見る。
五本の指がある。
昆虫ではない。
人間の姿に
戻っていた。
「お兄ちゃん!」
振り向くと
さくらが立っていた。
彼女も
人間に戻っている。
僕は駆け寄った。
「無事だったか!」
「うん!」
さくらは
僕に抱きついた。
その瞬間
足元が大きく揺れた。
僕は彼女を抱えて
しゃがみ込んだ。
すぐ近くの岩が
音を立てて崩れた。
「危ない!」
だが
岩は僕たちに
当たらなかった。
目の前で
青い光に弾かれたのだ。
僕は周囲を見た。
透明な壁が
僕たちを囲んでいた。
半径十メートルほどの
球形の空間だった。
「これは……」
スマートフォンが
振動した。
『第四観測地点』
『約四十六億年前』
『地球形成期』
『残り移動回数 十回』
僕は息をのんだ。
「四十六億年前……」
地球が
生まれたばかりの時代。
いや
まだ完成すら
していない地球だった。
画面には
説明が続いた。
『生命維持領域を展開』
『外部環境への
直接接触は禁止』
『保護領域の外では
生存できません』
僕は
透明な壁に触れた。
冷たかった。
向こう側では
高温の岩石が
赤く光っている。
「これがなかったら
一瞬で死んでたな」
さくらが
僕の手を握った。
「お兄ちゃん」
「どうした?」
「あれ見て」
彼女が指さした先に
巨大な光があった。
空の半分を覆うほどの
大きな天体だった。
「月……?」
だが
僕の知る月とは
まったく違う。
表面が赤く
巨大な亀裂が
走っていた。
その周囲には
無数の岩石が
浮かんでいる。
僕は
スマートフォンを見た。
『惑星形成過程を
再現しています』
「再現?」
僕は顔を上げた。
「やっぱり
ここも作られた世界か」
『はい』
短い返事だった。
「本物の過去じゃ
ないんだな」
『第四地点は
地球形成の可能性を
観測するための
分岐世界です』
僕は
赤い大地を見つめた。
本物ではない。
だが
熱も揺れも
すべて本物だった。
「さくら」
僕は言った。
「ここにあるものは
作られたものでも
存在している」
さくらは
小さくうなずいた。
「うん」
そのとき
透明な壁の外に
人影が現れた。
僕は息を止めた。
「誰だ……」
赤い大地の上を
一人の男が
歩いていた。
宇宙服も
防護服も着ていない。
普通の白い服だった。
男は
ゆっくり近づいてきた。
そして
透明な壁の前で
立ち止まった。
顔を上げる。
僕と同じ顔だった。
だが
右腕はなかった。
「またお前か」
男は
静かに笑った。
「ようやく
ここまで来たな」
僕は
さくらを背中にかばった。
「何の用だ」
男は
透明な壁に
左手を当てた。
「君に
本当のことを
見せに来た」
「本当のこと?」
「この地球が
どうやって
生まれたのか」
僕は
周囲を見た。
「隕石や岩石が
集まったんだろ」
男は首を振った。
「それは
君が知っている
地球の歴史だ」
「違うのか?」
「この世界では
違う」
男は
空を指さした。
そこには
無数の光が
浮かんでいた。
よく見ると
光の一つ一つが
小さな球体だった。
「何だ
あれは……」
「地球の種だ」
僕は
言葉を失った。
「種?」
「まだ何もない宇宙に
地球になる可能性を
配置している」
男は続けた。
「どんな大陸ができるか。
どんな海が生まれるか。
どんな生命が進化するか」
「全部
決めているのか?」
「決めているんじゃない」
男は答えた。
「試しているんだ」
その瞬間
空に浮かぶ球体の一つが
青く光った。
次の瞬間
球体の内部に
小さな海が生まれた。
別の球体では
大地が凍りついた。
さらに別の球体では
惑星そのものが
砕け散った。
僕は
その光景を見つめた。
「こんなことを
僕がやったのか」
男はうなずいた。
「最初は
一つだけだった」
「何が?」
「さくらが
生きられる地球だ」
僕は
隣の少女を見た。
さくらは
黙っていた。
男は続けた。
「君は
娘を失ったあと
世界を作り直す
方法を探した」
「そんな技術が
あるはずない」
「君がいた世界には
あったんだ」
男は
七本の線を
空中に描いた。
青い光が
輪になって広がった。
「七つの次元を
接続する装置」
僕は
前の旅を思い出した。
一次元。
二次元。
三次元。
そして
七次元。
あの旅で見た
世界の構造。
「まさか……」
「そうだ」
男は言った。
「君は
七次元から
三次元の地球を
生成する技術を
手に入れた」
僕は
息をのんだ。
「それで
地球を増やしたのか」
「一つ作った」
男は答えた。
「さくらは死んだ」
「二つ目を作った」
「また死んだ」
「三つ目も
四つ目も
同じだった」
男の声が
少し震えた。
「だから
何千もの地球を
作り続けた」
僕は
空を見上げた。
無数の光。
無数の地球。
すべてが
一人の少女を
救うために
生まれたという。
「でも
今のさくらは
生きている」
僕が言うと
男の表情が変わった。
「そうだ」
「だったら
成功したんじゃないか」
男は
ゆっくり首を振った。
「成功していない」
「どうして?」
「今のさくらは
一つの地球に
存在していないからだ」
僕は
意味が分からなかった。
男は
透明な壁に
七本の線を描いた。
「彼女の存在は
すべての地球に
分散している」
「分散?」
「一つの世界だけでは
維持できない命を
無数の世界で
支えているんだ」
僕は
さくらを見た。
彼女は
自分の胸に
手を当てていた。
「じゃあ
世界が壊れたら……」
男は答えた。
「さくらも消える」
僕は
何も言えなかった。
「だから
僕は止めようとしている」
男は続けた。
「君が
これ以上
世界を増やすことを」
「そのために
さくらを殺せと?」
男は
目を伏せた。
「それが
一番確実な方法だ」
僕は
怒りを抑えられなかった。
「ふざけるな!」
透明な壁を
拳で叩いた。
「この子は
生きてるんだぞ!」
男は
僕を見つめた。
「分かっている」
「分かってない!」
「分かっているから
苦しいんだ」
男は
左手を握りしめた。
「僕も
君なんだから」
その言葉に
僕は何も返せなかった。
そのとき
さくらが
前に出た。
「ねえ」
男が
彼女を見た。
「私がいなくなれば
みんな助かるの?」
男は
答えなかった。
「ねえ
教えて」
長い沈黙のあと
男はうなずいた。
「世界同士の
干渉は止まる」
さくらは
少し考えた。
そして
僕を見上げた。
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「私
消えたくない」
僕は
彼女の手を握った。
「消させない」
「でも
ほかの人も
死んでほしくない」
その言葉に
胸が痛んだ。
僕は
もう一人の自分を見た。
「第三の方法は
本当にないのか」
男は
しばらく黙っていた。
そして
空を見上げた。
「あるかもしれない」
僕は
息を止めた。
「何だ?」
「地球が
生まれる前に戻る」
「どういう意味だ」
「世界を作った
最初の装置を
止めるんだ」
僕は
男を見つめた。
「それなら
さくらは?」
「分からない」
男は
正直に答えた。
「だが
今の仕組みを
変えられる可能性はある」
僕は
ゆっくりうなずいた。
「それを探す」
男は
初めて
小さく笑った。
「やっぱり
君は僕だな」
その瞬間
空が激しく光った。
巨大な天体が
地球へ近づいていた。
赤い光が
大地を照らす。
スマートフォンが
警告を発した。
『第四地点
形成過程に異常』
『予定外の天体衝突を検出』
男の表情が
一変した。
「まずい」
「何が?」
「この世界が
予定より早く
終わろうとしている」
大地が裂けた。
溶岩が
噴き上がった。
透明な壁に
亀裂が走る。
『生命維持領域
損傷率 二十%』
僕は
さくらを抱き寄せた。
「どうすればいい!」
男は
空に浮かぶ
七本の線を指さした。
「中央の接続装置へ
行くんだ!」
「どこにある!」
男は
地平線を指さした。
そこには
巨大な黒い塔が
立っていた。
「地球が
誕生する前から
存在している塔だ」
僕は
息をのんだ。
「そんなものが
どうして……」
男は
静かに答えた。
「それこそが
地球誕生の
最大の秘密だからだ」
その瞬間
男の体が
青い光に包まれた。
「待て!」
僕は叫んだ。
だが
男は消えていった。
最後に
一つだけ
言葉を残して。
「塔の中にいる
最初の君を
信じるな」
僕は
黒い塔を見つめた。
その頂上には
七本の線が
赤く光っていた。
そして
スマートフォンに
新しい警告が
現れた。
『第一観測者の
原本を検出』
『原本の所在地』
『第四地点
中央接続塔』
僕は
息をのんだ。
僕の原本。
つまり
本当の僕が
あの塔の中にいる。
では
今ここにいる僕は
いったい
何者なのだろうか。




