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第8話 白銀の少年騎士

小さな後ろ姿が消えた先を、私は複雑な思いで見つめていた。

そんな私の隣で、少年騎士が小さくため息をつく。

「ったく……。あとでちゃんと言っておくから」

「え、あ……、いえ……」


曖昧な返事になってしまった。まだあんな子供が盗みをするなんて。


……きっと、これが初めてではないよね。


私のいた世界でも、子供がスリ行為をする……そんな話は聞いたことがある。でも、こうして目の当たりにするのは初めてだった。


まだ小学一年生か、二年生くらいの男の子。

私たちの世界なら、ランドセル背負って小学校へ通い、元気に勉強して、友達と運動場で遊んで。私の知っている小学低学年くらいの子供なら、こんな感じだ。


あの子も同じ子供なのに……。


ぼうっと考え事をして立つ私の隣で、少年騎士がよく通る凛とした声音で言った。

「紹介が遅れたな。俺の名は、ソラ。ソラ=ウェイルス。白銀の騎士団の一人だ」


白銀の騎士団――。


「白銀の騎士団というのは、このニブルヘイム辺境伯領と、スカディール辺境伯である白銀の姫を守る騎士団だ」


そう言って、背筋を伸ばし、胸に手を当て挨拶をする彼の表情は、強い意志と誇りを見せていた。


けれど、背の高くない私と目線は、まだ同じくらいの高さだ。体つきも細く、柔らかな曲線を描く頬。今もどこかあどけなさが残る少年だ。

私よりもきっと、ずいぶん年下よね。


彼は何かを感じたのか、

「まだちっこく見えるかもだけど、こう見えて一応、《《十五》》だから」

と、口を尖らせて付け加えた。


十五歳って、若っ!!


なのに、先程からの対応もしっかりしているし、すでに白銀の騎士団の一人でいるってすごいな。

尊敬しちゃう。

私は自分がちゃんと二十歳の大人に見えているか、心配になってきた。


ソラくんは栗色のサラサラの前髪をセンターで分け、目鼻立ちもはっきりしていて、キリッとした顔立ちをしている。

瞳の色は白銀に薄い茶色を混ぜたような、不思議な色。グレーシュ色が近いだろうか。王都ではほとんど見掛けない、不思議な瞳の色だった。

白と青を基調とした騎士団の制服をカチッと着こなす姿も相まって、アイドルみたいな男の子だなって思っちゃった。


「私は、ミツキ。こちらは……レイ」

私の少し後ろに立つレイを紹介すると、彼は深くフードを被り、顔を隠したまま、鋭い蒼の眼差しをソラくんに向けて軽く会釈した。


「よろしくね、ソラくん」

私は笑みを浮かべて挨拶したけれど、彼は少しムッとしているように見えた。

「ソラでいい。そんな丁寧な呼ばれ方は、慣れていない」

「あ、うん」

あれ……なんか、ちょっと難しい子かな。少し、ピリッとした壁のようなものを感じてしまう。


「あんたら、旅の者だろ。ここには初めてか?」

「え、うん」

「おおよそ王都あたりから来た金持ちのお嬢さまと、その用心棒ってとこか」

「え、なんで……?」

「そんな抜けた顔してんだから分かるってもんだろ」

「抜けたって……」

いきなりの失礼発言に思わず言葉が出ない。

いま、クスって笑ったでしょ、レイ。フードの中に隠れてても、聞こえたからね!?


「この街ではマルクみたいな子供は普通だ。あいつがどういう境遇なのか分からないから、あんなことが言える」

「あんなこと?」


「あいつの村は三ヶ月前、凶暴化した魔獣に襲われた。そのとき、あいつの両親も死んだんだ。以来、あいつが小さな弟や妹たちの面倒をみてる」


「そんな……」

私は愕然とした。


「金がなければ、食うものも手に入らない。生きるために、必死なんだよ」


ソラの言葉に、私は何も言えなかった。

さっき、私はマルクに言ったことを思い出していた。


『もういいよ。無事に返してもらったから。でも、こういう事はしちゃいけないよ』


何も知らない人間が言ったそれは、マルクにとって、きっとひどい言葉だ。


盗みは悪いことだ。それは、間違っていない。


だけど……。


あの子だって、それが悪いことだと分かってるのだろう。それでも、そうしなければ生きていけない。


私は、そんなことさえ知らずに、あの子に「いけないことだ」と言ってしまった。

まだ幼い彼は、いったいどんな思いで、私の言葉を聞いていたのだろう……。


私は自分が言ったことを思い出して、唇を噛んだ。

悲しいのか、悔しいのか、それともただ、どうしようもなくいたたまれないだけなのか。

よくわからない感情が湧き起こった。鼻の奥がつんと痛くて、息を吸うのさえ苦しく感じる。


正しさを口にしたはずなのに、それは何一つ彼を救うことにはならない。


理不尽な現実が、あまりに切なく、どうすることもできないという思いが膨らんで、胸が締め付けられるような気がした。


ソラはミツキを一瞥すると、何でもないことのように話題を変えた。

「あんたたちは、このあとどこへ行くんだ?」


レイが代わりに答えた。

「領都ニブルブルクだ」


「……ニブルブルク、か」


ソラの眼差しが、にわかに真剣さを帯びる。


「悪いことは言わない、やめたほうがいい」

彼の、低く緊張を含んだ声。


「そんな……!私たち、どうしても行かなければならないの」

思わず声をあげる。


ソラは淡々とした声音で、冷静に言う。

「ニブルブルクへ行くには、フロストヴァルトの森を抜けなければならない。先日、森にノルドヴァルグの群れが出た」


「……黒狼(こくろう)か」

レイの低い声が、冷たく響く。


「ああ」


二人の様子から、その森がどれくらい危険な場所なのか、否応なく伝わってきた。


「ノルドヴァルグを知ってるあんたなら、どんな危険なことかわかるだろう。もう一つ教えておいてやる。先日、偵察に行った小隊が全滅した」


全滅……。


その言葉に息をのむ。


言葉をなくして立ち尽くす私に、ソラはちらりと冷ややかな眼差しを向けた。


「その世間知らずなお嬢さんを危険な目に合わせたくなかったら、やめておくことだな。俺は忠告したからな」


そう言い残すと、ソラは踵を返した。

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