第7話 アイゼンフォルの小さな泥棒
雑貨店の外へ出たとたん、私はこちらへ走ってきた男の子とぶつかってしまった。
「わっ!」
「きゃっ!」
咄嗟に、男の子が転ばないようにと差し出した私の手を、男の子はグイッと掴んで、そのまま私を引っ張り込むように後ろに尻もちをついてしまった。
勢いよく引っ張られた私も、情けないことに我が身を支えきれず、その子の上に倒れ込んでしまう。
二人してもつれ込むように転んでしまったけれど、せめて私の全体重が男の子の上に乗っかってしまわないように、なんとか石畳に手をついて、かろうじて身体を支えた。
「ミツキ!」
あとから出てきたレイを振り返って、私が大丈夫と告げると、彼もホッとした表情を見せた。
自分の身体の下にいる男の子に、慌てて声を掛ける。
「ごめんね!大丈夫?」
「うん、平気」
私は手を貸して、立たせてやる。
「怪我してないかな、痛いところない?」
服の土埃を払ってやりながら、膝などに怪我してないか見る。
よかった。擦りむいたり、怪我はしていなさそうだ。
「うん、平気だよ。お姉ちゃん、ボクこそ、ごめんね」
そう言って、小首をかしげてにっこり笑った。
栗色の髪に、大きな瞳。可愛い!
「ううん。怪我してなさそうだね。よかった!」
私がそう言うと、男の子は先を急いでいるようで
「大丈夫だよ!ありがとう、じゃあね!」
と、元気よくそう言って、手を振りながら駆け出そうとした。
そこへ、騎士のような格好をした少年が現れ、男の子の行く手を阻んだ。
「あ」
男の子が驚いて小さく声をあげた。
少年騎士は勝ち気そうな顔を厳しくしたまま、すばやく男の子の右手を掴んだ。
「あ、イテッ」
「マルク。ダメだって言ってるだろ」
「ソラ!」
マルクと呼ばれた男の子の小さな手には、見覚えのある薄紅色の小さな巾着袋が握られていた。
「あ、私の巾着袋!」
どうしてその男の子が持っているのか、瞬時には理解できなかった。
「落ちてたんだよ」
男の子が声をあげる。
「え?そうなの?」
私はどこで落としちゃったんだろう、と焦ったけど、でも、偶然この子が拾ってくれてて、ほんと運が良かった!
そう思った瞬間―
「マルク、嘘は重罪だぞ」
え?
少年の騎士の顔を見上げた。
小さな男の子は、ふんっと鼻をならした。
「冗談に決まってるだろ」
「冗談?」
「お姉ちゃんも、信用するなよな!」
えっと……ぶつかった隙に盗んだってこと?
「あんたも世間知らずだな」
少年騎士も呆れていた。
差し出した私の手に、マルクが不貞腐れて小さな巾着袋を乱暴に返してくる。
慌てて落とさないように両手で受け取ると、中身をそっと確認する。
良かった、壊れてない……。
中には、レイから貰ったピアスが入っていた。彼の瞳と同じ色をした濃いブルーサファイヤと、きらり揺れる月がついた大切な思い出のピアス。
私のお守りとして、自分の世界へ戻った時も、この旅の間もポケットに入れて肌身離さず持っている。
巾着の中身を見たマルクは、口を尖らせて文句を言った。
「なんだよ、金じゃないのかよ」
私は返ってきたことに感謝して、両手の中に包んだピアスを巾着袋ごと胸の前で抱きしめる。
「私には、本当に大切なものなの」
失くさなくて、ほんとに良かった……。
少年騎士はちらりとピアスを見た。
その宝石が、その辺の商人や地方貴族などでは到底手が出せないほど高価なものだと、すぐにわかった。
なぜ、こんな商人の娘のような彼女が、こんなものを持っているのだろうか……。
恰好は裕福な家の娘って感じだが、用心棒までつけているところをみると、王都か他国から来た大貴族の世間知らずな姫ってところか。
「悪かった。あんたにとってはすっごく大事なもんなんだよな。ほら、マルク謝るんだ」
少年騎士が、マルクの頭を押さえグイッと下げる。
「わかったよ。謝るよ。悪かったな」
マルクは口は悪いけど、ちゃんと頭を下げていた。その隣で、少年騎士も姿勢を正して、まっすぐに私を見ると、同じように、ガバっと音がしそうな勢いで、深々と頭を下げた
「俺からも謝るよ。すまなかった。根は悪いやつではないんだ。このとおりだ、許してやってほしい」
少年騎士は、律儀でまっすぐな性根なのだろう。彼の着ている白と青の制服がよく似合っていた。
私は膝を折りしゃがむと、マルクの目の高さに視線を合わせた。
「もういいよ。無事に返してもらったから。でも、こういう事はしちゃいけないよ」
相手は、まだ小さな子供だ。
そう思って、諭すように柔らかく言うと、彼は何か言いたげに唇を一度開けて、キュッと一文字に結んだ。
けれど、すぐに何かを振り払うように笑みを作る。
なんだろう……ちょっとした違和感があった。
「わかったよ。じゃあ、あいつらが待ってるから!」
元気よく言うと、手を振って走って行ってしまった。
まだ子供なのに、幼い顔が大人びて見えた。
マルクの姿はすぐに街ゆく大人達の中に紛れてしまった。




