第5話 はじめて野宿しました
私とレイはその夜は城へ泊まり、翌朝、陽が昇るとすぐに簡素な馬車に乗り、王都を立った。
久しぶりにランドルフ家のみなさんにも会いたかったけれど、少しでも早く北の地へ向かわなければならなかったため、今回は仕方がない。再会はもう少し先になりそう。
王都を出た私達は、次の小さな街で乗ってきた馬車を降り、少し歩いてから別の辻馬車を拾う。
本当は少しでも早く向かいたいし、空を飛ぶ飛竜か、馬で駆けて向かいたいところなのだけれど、白銀の国で何が起こっているのかわからないし、北の大魔法使いに見つかることも避けたかった。だから私達は、なるべく目立たないように移動することを優先した。
馬車で行けるところは街で馬車を拾いながら乗り継ぎ、ときには乗り合い馬車や行商人の馬車にもお世話になった。途中越えなければならない山は、歩いて山を越えた。
私たちは素性を隠すため、私は商人の娘で、レイはその用心棒という設定にした。その逆がいいって私は言ったのだけれど、男が貴族で、私がそのメイドというのでは、警戒されてしまうというので、私が商売の勉強をしながら、ニブルヘイム辺境伯領に住む親戚を訪ねるお嬢さんということになったのだ。
私は商人の娘っぽく、白いブラウスにくすんだピンクのワンピース風のロングスカートと茶色のブーツ。我ながら、とても可愛い!服が……。
レイはというと、元剣士でいまは雇われ用心棒ということらしく、生成りのシャツに革の胴衣、黒の細身のパンツとブーツを履き、黒の手甲をして腰から剣を下げる。その上から黒の外套を羽織り、銀髪とその美麗な顔をフードで隠していた。
わあ~!アニメに出てくるスパダリの用心棒、それとも暗殺者って、いけちゃうかも!?
もはや、その設定で良いのではっ!?
ほんっと、かっこよすぎるっ!!
眼福、眼福……。
間近で拝ませていただけるなんて、私は幸せです。
つい拝んでしまった私を、訝しげにレイが見ていたけど、気にしないでおこう。
仕事での旅だし、こんなこと思うと不謹慎なのかもしれないけど、とても新鮮で楽しい旅でもあった。
そして、何よりレイと一緒にいられることも嬉しかった。
二週間って聞いた時は、随分と長い旅だと思ったけれど、旅の前半をすぎてみると、意外と穏やかな旅路で短くも感じられた。
旅の途中、行商人や旅人にも出会い、いろんな話を聞かせてもらった。
私には、初めてと驚きの多い旅だった。
ある山を越える途中で、私達は野宿することとなった。
野宿だよっ、野宿!
はじめて野宿をしました。
「えっと……野宿?」
「ああ」
それは、山道の途中でのこと。もう陽は傾きかけている。
「あの……ここで寝るってこと?」
「開放的だろ?」
「そうだけど……て、そうじゃなくって!」
「大丈夫だ」
「何が?」
「草の上は、土より寝心地はいい」
「…………」
野宿以外の選択はないってことなんですね。
これまで生きてきた中で、まさか野宿をするなんて思いもしなかった。
インドア派の私はテントで寝たことすらないのに。
草の上が寝心地いいことを願います……。
ちなみに外套ってかっこいい防寒着というだけじゃなくて、雨風避けのほかに、野宿したときは敷物になったり、包まって眠ったり、いろんな用途に使えてとっても便利ということがわかった。
私が寝袋に入って寝付くまでの間、レイは傍に座って、焚き火の番をしてくれていた。
「ねえ、レイ。夜の山ってこんなに暗いんだね」
夜空には満天の星が瞬いているけれど、山の木々や土は重々しい黒い影に見える。
「そうだな」
「知らなかった」
「……怖い?」
そう言われてレイの方へ顔を向けると、オレンジの炎の向こうに、揺らめいて見える蒼い瞳と目が合った。
綺麗……。
「少し。初めてで慣れないから」
「そっか」
そう言って彼は少し目を伏せると、ふっと笑って立ち上がった。
そして、こっちへ歩いてくる。
え?何?
私は今、寝袋にすっぽり入って、ミノムシ状態なんですけ
ど?
彼は私のすぐ横に膝をつく。そして、羽織っていた外套を肩から外した。
何が起きるのか、心臓が落ち着かない。
目で彼の動きを追っていると、彼は、ファサッと外套を翻して、私を包んだ。
彼を見あげると、満天の星空をバックに私を見下ろして、揺らめくコバルトブルーの瞳。星明かりが彼を縁取っていて、綺麗だった。
「これでも掛けてろ。少しは落ち着く」
「…………」
そう言って、彼は先ほど座っていた場所へ戻った。
レイって、ほんとさりげなく、時々優しさを見せてくれる。もう、反則だよ……。
外套のぬくもりと、かすかにレイの香りに包まれる。
胸の高鳴りと外套に残るレイの温もりで、身体がぽかぽかとあったかくなる。
夜空を見上げると、満天の星が落ちてきそうだ。
私の街では、地上に明かりが溢れて、家々の間から見える夜空も狭く、こんなにも星が散りばめられた夜空を見たことがない。
「夜空には、こんなにも星が輝いてるんだね。知らなかった」
私がそう言うと、レイも「そうだな」って夜空を見上げ、お喋りに付き合ってくれる。
「俺も、いつの間にか当たり前になっていた」
「そうなの?」
レイを見ると、彼は頬に焚き火の灯りを映しながら、静かに星を見上げていた。少し口元に笑みを浮かべているように見える。
「こうして、見上げるのは久しぶりだな」
「えー、勿体ない」
私は、そう言って、ふたたび夜空を見上げる。
「こんなに綺麗なのに」
「ああ、本当に。……綺麗だ」
二人で夜空を見上げる。とてもロマンチックな夜だ。
彼は焚き火の傍に座って立てた片膝に腕を預け、私はミノムシの恰好で……。
「ふふ、まるで夜空に宝石箱をひっくり返したみたい」
「宝石箱、か……たしかに」
あたたかくなったせいか、眠気が急に押し寄せてきた。
とても幸せな気分になったのは、きっと外套があたたかかったせい。
あとで焚き火の番を途中で交代するので、早く寝なきゃいけないのだけど。
なんだかこの時間が終わってしまうのは、惜しい気がして。
外套に顔を埋める。
「ふふふ、レイの匂いがする」
「は?」
レイがなんか言ってる……。
あ……だめだぁ。眠気が……。
なんだか眠っちゃうのはもったいない気がしてイヤなんだけどな。
「……なんだか、寝顔見られちゃうの恥ずかしいなぁ」
「……今さら、だろ」
あれ?私何言ってるんだろう?
ときどき意識がふわりと途切れちゃう。それに、レイが何か話してるのに、途中で寝ちゃったら、申し訳ない気もするし……。
「え……なぁに?寝顔、見ないでね……」
「……はぁ、見ないから。早く、寝ろ」
「……うん……おやすみ……」
「ああ、いい夢を……」
そこで、私はやさしい温もりに負けて、しあわせな眠りに落ちた。
朝、目を覚ますと、うっすらと覚えている昨夜の自分の恥ずかしい言動を思い出し、レイの顔を見ることが出来なかったのは言うまでもない。




