第21話 白銀の騎士団とともに①不安と願い
私たちがふたたびヴァイスリヒト城へ呼ばれたのは、それから二日後のことだった。
レイと一緒に宿の近くの食堂で朝食を済ませたところへ、城より白銀の騎士団の制服を着た男が二人がやってきて、今すぐ城へ来るようにと告げられた。
彼らの緊迫した面持ちに、何か緊急事態が起こったんだと悟った私達は、慌てて店を出て城へと向かった。
先日、白銀の姫と謁見した部屋へ通されると、そこにはすでに白銀の姫と白銀の騎士団の制服を着たソラがいた。ソラの顔は蒼白で緊張しているように見える。
「二人とも来たか」
白銀の姫が私たちに声を掛けた。
「手短に言う。領都ニブルヘイム近郊の野に、グラキベアルの成獣が現れた。お前たち二人も討伐へ行ってくれぬか」
白銀の姫の声も硬く響く。
「グラキベアルって?」
私が、こっそりレイに問う。
「先日、近くの村で見た子どもの魔獣、その成獣だ」
私は、ソラが一振りで首を切り落とした、あの可愛い魔獣の子を思い出した。シロクマの子のように、白くてフワフワで、薄紫のまるい目が濡れたように潤んでこちらを見ていた。
けれど、その成獣ともなれば、小さな村の一つくらい壊滅させてしまう、おそろしい魔獣。
レイは低く落ち着いた声で、けれどきっぱりと言った。
「お言葉ですが、リリア様。なぜ私たち二人も、なのですか?」
「リリア様、俺から」
レイの問いに答えたのは、ソラだった。彼がこちらへ一歩踏み出し、私達に説明する。
「通常のグラキベアルの成獣くらいなら、白銀の騎士団の小隊だけで十分だ。しかし、今回のグラキベアルは違う。特殊なんだ」
「特殊?」
「躯は数倍でかく、その力は恐ろしいほどに強い。普通の騎士の剣では歯が立たない。向かった騎士たちはことごとく怪我を負い、救援を求めている」
ソラの強張った表情から、深刻な状況であることが窺える。
「だったら、俺だけでいいのでは?」
レイは迷うことなく言った。
え?
隣に立つレイを見上げるけど、彼の横顔は冷たく、私が意見を言うことを拒んでいた。
「おそらくその魔獣は何かしらの魔術を掛けられている」
「な、に……人為的、ということか」
レイから、いっそう緊迫したものを感じた。
「だったら、なおさらだ。行くのは俺だけでいいだろう」
彼の纏う空気がピリピリとしている。
そこまで静かに聞いていたリリア様が口を開いた。
「レイファス=アエラス=ランドルフ。お前たちはこの辺境伯領で起きている真実を、見極めるためにこの地へ来たのであろう?これが今、この国で起きている事実。王家はまだ知らない、脅かされている現実だ。その目で、しかと見るのではなかったのか」
「……しかしっ、……」
レイがわずかに下唇を噛む。
「レイ」
なおも白銀の姫にくってかかろうとする彼の腕に、そっと手を添えて止める。
「いいよ。私も行く。もう決めたから。二度と現実から目を逸らさないって。もう目は瞑らないよ」
私の言葉に、彼はビクッと腕を震わせた。私を振り返る蒼い瞳の中に、真剣な光が浮かんでいる。
私のことを心配してくれているのがすごくわかる。でも、もう決めたんだ。私は、現実とちゃんと向き合う。
「大丈夫だから。二人で見極めよう、この国に起こっていること。大切なことは何か」
彼の瞳の奥を見つめる。
レイが奥歯をギリッと噛み締めるのがわかる。
そして、彼は、深く息を吸うと吐き出した。
「わかったよ」
一言、渋々というように言った。
そのあと、ソラが今後の動きと作戦を簡単に、素早く説明する。
この城から、私たちも白銀の騎士団と行動をともにすることになった。
レイは素性を明かさず、白銀の騎士団の一人として加わる。
そして、私たちが部屋を出ようとしたとき、白銀の姫が呼び止めた。
「レイファス。お前は残れ。少し話がある」
白銀の姫がレイファスだけに話って、何?
少し心配だったけど、彼が先に行っておいでと言うので、気になりながらも私はソラの後へついて部屋から出て行った。
パタン……
扉が閉まると、白銀の姫はフンと鼻を鳴らした。
「心配で仕方がない、と言った顔だな」
レイは距離を縮めるわけでもなく、その場で不遜に答える。
「そうですね。彼女は戦いというものに、まだ慣れていないですから」
「そうだな……」
淡々と涼やかな声で白銀の姫も答える。
「だったら、なぜ!……なぜ、彼女を行かせるようなことを言ったのですか」
思わずレイも声を荒げた。
「あの子が望んだからだ」
「え……」
レイは一つ瞬きをする。白銀の姫の静かな瞳。
「ミツキは弱そうに見えて、強い。お前も知っているだろう?」
彼は唇を噛んだ。
そうだ……自分がしようとしていることは、彼女は望んでいない。
彼女は、自分の目で、耳で、すべてで現実と向き合い、自らの足で立ち、生きていくことを望んでいる。
そんなことは、解っている!
彼女の望むように、してやりたい!
それでも……
この不安は拭えない。
レイは手が震えるほど握りしめる。
「……お前は、あの娘を愛しているのか?」
予想しなかった言葉にハッとして、顔を上げると、白銀の姫の薄い瞳がこちらを見ている。
あたたかくて切ない眼差し。
「それは……」
答えられず、俯く。
「決して命を賭して守ろうなどと思うな。あとに残された者の痛みを、私は知っている。――お前は生きよ」
彼女の言葉が、深く胸に刺さる。
レイは伏せていた視線を、ふたたび上げた。
窓から差し込む光を背に、彼女はただ、レイを静かに見つめていた。
レイは深く息を吐いた。迷いは、もうない。
彼は静かに片膝をつき、右拳を胸に当てる。そして、頭を垂れた。
「……しかと」
レイは立ち上がると、ためらいなく扉を開けた。




