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第20話 白銀の力

レイと別れて、どうしようかとトボトボと歩いていた。


だんだん日も暮れて来ちゃったな……

そろそろ帰らなきゃ、レイに怒られるよね……


もう、すでに怒ってるかな……

たぶん、もう怒ってるよね……


でも……


どうしようっ!帰り道がわからないっ!


私は、完全に迷子になっていた。


泣きたいよう~~~


そう思って、さっきよりもさらに薄暗くなった灰色の空を見上げた。そのとき、


「キャアァァァァァーーーーーー!!!」


甲高い悲鳴が聞こえた。


何事かと、慌てて声のしたほうへ向かう。

私がいた場所からそんなに遠くない広場で、街の人たちが騒いでいた。


「魔獣だ!逃げろー!誰か早く騎士を呼んでこい!」


口々に叫びながら、人々が逃げまどっている。

逃げる人たちの隙間から、広場の石畳の上に、大きな毛のない犬のような生き物が真っ赤な口を開けている姿が見えた。


魔獣!?


慌てふためく人たちが、呆然と立ち尽くす私にぶつかりながらも反対方向へと逃げていく。


「ほら!お嬢ちゃんも、突っ立てないで早く逃げるんだよっ!」

通りすがりのオバサンに声を掛けられる。


私はようやく我に返り、急いでレイを探して呼んで来ようと踵を返そうとしたそのとき―

視界の端に、小さな女の子の転ぶ姿が目に入った。


えっ!?


慌ててそちらを振り返ると、女の子は魔獣から少し離れたところで転んでいた。

すぐに魔獣が女の子を見つける。


まずい!!


「立って!!!」


私は声の限り叫んだ。けれど、幼い女の子は魔獣に怯え、石畳の上に座り込んだまま動けずにいる。

急いで周囲を見回すけれど、騎士はまだ到着していない。


誰かっ!


大人たちも女の子に気づいている。けれど、誰も助けに向かうことができないでいる。

魔獣は獲物を見定め、口から涎を垂らしながら、幼い女の子との距離を縮めていく。

今にも飛びかかろうとしている。


ダメだ!このままじゃ、女の子が魔獣に殺されるっ!!


そう考えた瞬間、私は駆け出し、跳躍する魔獣と女の子の間に滑り込んでいた。


「白銀の姫ッ、力を貸して!!」


瞬間、右の手首に熱がこもり、白い光の結界が壁となって、魔獣との間に浮かび上がった。

魔獣がこちらに飛びかかってくるのと、ほぼ同時だった。


「ギャンッ!!」


魔獣は結界の壁に触れ、電気が走ったように仰(の)け反った。怒りに咆哮をあげる。


以前、対峙したドラゴンと違って、この魔獣は動きが速い。すぐに次の攻撃を仕掛けてくる。

私は右手を突き出し、すぐさま結界を展開した。


怒り狂った魔獣が、再びこちらへ飛びかかろうと跳躍する。そのとき二人の騎士が左右から走り出てきて、魔獣を切り裂いた。


「レイ!、ソラ!」


「気を抜くな!」

思わず安心して結界の壁が弱まってしまった私に、レイが背中越しに叫ぶ。

「うん!」

私は再び、女の子と自分の身を守ることに集中した。


黒い外套(マント)を纏ったレイ。白と青の白銀の騎士の制服姿のソラ。

黒と白の二人の騎士が、魔獣の周囲を舞うように連携しながら剣を振るう。


ズサーッ、と音を立てて、魔獣が倒れた。


よかった……助かった。


女の子が無事で、本当に良かった。


魔獣を倒し終わったあと、レイがこちらを振り向く。


……お、怒ってる!?


乱れた前髪の隙間から覗く濃紺の瞳が、鋭く射貫(いぬ)いてくる。

顔面偏差値高スペックが怒ると、ほんとに怖いんですけどっ!


「死ぬかと思った!」

彼が叫んだ言葉は、意外なものだった。

「えっ?えっと、レイは強いから」

フロストヴァルトの森の黒狼を討伐したときのほうが、大変だったと思うんですけど……

「そうじゃない!あんたが飛び出していくのが見えたから」

……あ、そっち?

「こういうのを“肝を冷やす”って言うんだ」

どこでそんな言葉を……

そう思いつつも、彼が私のことを心配して怒ってるんだと思うと、申し訳ないけど、嬉しいって思っってしまう。

「はい……ごめんなさい」


そういうと、彼はようやく表情を緩めて、私の頭にぽんと手を乗せた。

大きくて、あたたかい。

「とりあえず、よかった。ほんとにあんたって、いつも巻き込まれるのな」

なんか、言葉にトゲを感じる……

ぽん、ぽん、と頭を撫でられる。

幼い子の前で、ちょっと恥ずかしいんですけど。でも、悪くはないかな。


そこへ、女の子の母親が走ってきた。どうやらはぐれてしまい、探し回っていたらしい。

母親は何度もお礼を言い、母子は去って行った。


魔獣の身体を調べていたソラが剣を鞘に収め、ムスッとした顔で私のほうへ歩いてきた。


「本当に。この人が言うように、あんたはなんで、飛び出していくんだ。弱いくせに、バカなのか?」

「う……、ごめんなさい。でも、見過ごすことは出来なかった。誰かが助けなきゃって、気づいたら飛び出してたの」

私は苦笑するしかなかった。

ソラはあからさまにため息をつき、そっぽを向いた。

「まあ、あんたがあそこで飛び出さなければ、あの子は喰われてた。助けてくれて、ありがとう」


じつはソラが広場に駆けつけたとき、幼い女の子が地面に倒れていて、今にも魔獣に襲われそうになっていた。

剣を抜いて駆け出そうとした瞬間、女の子と魔獣の向こうに、逃げようとせず立っているミツキの姿が目に飛び込んできた。一瞬、そちらに気を取られ、飛び出すのが遅れたのだ。

そして、ミツキが白銀の盾の力を使うのを目の当たりにして、ソラは呆然としてしまった。

はっとして我に返り、あのタイミングになったのだ。


彼女のつくる白い光の結界は、美しかった。

幼い女の子を守るため、自分の身の危険も顧みず、白銀の光で魔獣と対峙する彼女が、本当に美しく、尊いものに見えた。


ソラは、頭の中に焼きついた先程の残像を振り払うように頭(かぶり)を振り、息を吐いた。


「それじゃ」

右手をあげ、ソラも立ち去ろうとする。


「ソラもありがとう!」

ミツキが慌ててそう言うと、彼は眉根を寄せて、フンと鼻を鳴らした。

「べつに。俺は騎士として、当たり前のことをしたまでだ。襲われて困っているものがいれば、助ける。それだけだ」

「それもだけど、ほかにも大切なこと教えてくれたから!ソラには、お礼を言いたかったの」

彼は怪訝な顔をして、こちらへ向き直った。


「大切なこと?」

「うん。私ね、今までちゃんと現実を見ていなかった。先日、あなたに言われてわかったの。これじゃいけないって。ちゃんとこの目で現実を見て、向き合うべきなんだって。私は、自分の足でしっかり立って、生きたい。そう思えることができたから。そのことに気づかせてくれて、ありがとうって言いたかった」


ソラは少し目を見開き、私を見つめていた。そして、少し目を伏せて言った。

「でも、あんたは異世界の人間だ。この世界の人間じゃないのだろう。だったら……」

「うん。そうだね。でも、もう目を瞑ったりはしない。この世界には、もう私の大好きな人達が、たくさんいるから。だから、大切にしたいんだ」


そう言ってしまえば、自分の中で何かが吹っ切れたように、なんだかすっきりとした。自然と笑顔になる。

「ありがとう!ソラ」

そう言うと、彼は前髪をサラリと揺らして、プイッと向こうを向いた。

「は?べつに」


そう言ってスタスタと行ってしまったけれど、あっちを向いた彼の頬が少し赤く染まっていたように見えたのは、気のせいだったのかな。


「あーっ!ミツキ!」

いきなり隣でレイが騒ぐ。

「な、何!?」

「あんた、血が出てる!」

え?

レイの視線をたどると、左足に血がついていた。スカートの裾を捲ると、膝から血が出ている。


「あー、さっき走り込んだときに、膝擦りむいちゃったんだ」

私とは反対に彼は大袈裟に顔を歪めている。

「これくらいよくあるでしょ、唾でもつけとけば……」

「よくある?正気か?女の子なのに、傷が残ったらどうするんだ」


……あなたはお父さんか?


「宿に戻れば薬草を持っている。すぐに戻るぞ。ほら!」

そう言って、彼は私の前にしゃがみ、背中を向けた。

「?」

「おぶってやる。早くしろ」

いやいやいや……ちょっと待って!?

「え?痛くないし、歩けるよ」

「血が出てるじゃないか、つべこべ言わず、ほら!」

「ええー」

ほんと、どうしたの!? いつもの冷静なレイはどこへ?

「早くしないなら、抱えていくぞ。そっちのがいいのか?」


わあーっ!

おんぶでいいです!そちらでお願いしますっ!


夕闇の中、私はレイにおぶわれて帰路についたのだった。

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