第19話 血のもつ意味、すれ違う想い
城を出たあと、私とレイはなんとなく宿屋に戻る気になれなくて、街をあてもなく歩いていた。
賑やかなマーケットを歩いていると、さっきまでヴァイスリヒト城で白銀の姫と話したことが、すべて夢だったように思えてくる。
隣りを歩くレイは、城を出てから考え事をしている様子で、ずっと浮かない顔をしていた。
あんなに白銀の姫に啖呵をきっていたのに。
ふと、どこからか甘い匂いがしてきた。
匂いのするほうへ視線を向けると、チョロスのような見た目をした「ドーナツ」という名の焼き菓子が屋台で売られていた。
以前、王都でレイと初めてデートのようなお出掛けをした時に、二人で食べたことがあった。その時に、たしかレイが子供の頃から好きなお菓子だって言ってたな……
「ねえ、レイ!あれ」
レイに元気になってほしい!そう思って、私はレイの袖を引っ張って屋台を指さした。
「ん……、ああ」
「ねえねえ、食べない?」
私が彼を誘うと、彼は屋台へ買いに行ってくれた。
私は近くの噴水の縁に腰掛けて待つ。やがて、彼は手に一本だけ持って戻ってきた。
「はい」
私に一本全部を渡してくれる。
「あれ?レイの分は?半分こする?」
「俺はいらない。全部食べていいよ」
「え?そうなの?」
レイは朝が苦手で朝食はあまり食べるところを見ないけれど、それ以外は、食欲旺盛な十代男子なのに。
二人で一緒に食べたかったんだけどな……
パシャパシャパシャ……
私達の背後から噴水の音だけが聞こえる。
仕方ないから、私一人でもぐもぐと食べていた。
「ミツキは平気そうだね」
「……どういうこと?」
隣りに腰掛けたレイは、開いた両膝に肘をつき、指を組んでいた。そして、視線は足元の石畳へと落とし俯いている。
「この間の夜、最後まで、ともにしなくて良かったよ」
「……え?」
何のことを言ってるのか、一瞬わからなかった。
それって……
はじめてキスをした日の夜のこと……?
私はドーナツを食べる手を止めて、レイの整った横顔を見る。
彼はこちらを、私の顔を見ようとしない。
「白銀の者と、そんなことはできない」
「……どう、して……」
そんな言い方、ない。
お願い、こっちを見てよ……
レイに、ひどく拒絶をされたみたいで、辛い。
彼は顔を上げないまま、垂れた前髪の隙間から、深い蒼の瞳で私を見上げた。その瞳は感情がわからなくて、出会った頃のように冷たい冬の湖を思わせた。
私は、身動きができなかった。
「どうして?……俺達の中に流れている血が、スカディール家とランドルフ家のものだからだよ」
彼の言葉に、息が止まった。
低く冷静な声。
彼が急に遠くへ行ってしまうような気がした。
何か言わなきゃ……
私は震える声を絞り出すように言う。
「私には白銀の血が入ってるかも知れないけど、私はいまはスカディール家じゃない。ソラも後継だとか言ってたけど、私は私だよ」
必死に考えて、言葉を紡いだ。
私には血筋だとか、家を後継するとか、そんなことと無縁の世界で生きてきたし、恋愛だって自由だ。私の体の中に流れる血で恋愛も変わるの?
そんな理由で愛する人を選ぶの?
私には、あなたに愛してもらえる権利すら、ないの?
……そんなの嫌。
レイは大きく息を吐いた。
「ミツキには、関係ないかも知れないけど、この世界では家や血のもつ意味は大きい」
彼の絡める指先が、きつく握りしめられている。
「そんなのおかしいよ!じゃあ、レイは家や血を考えて恋愛するの?相手のことを好きにならないの?」
「そんなことない!」
勢いよく顔を上げた彼の額に、銀の前髪が乱れて蒼い瞳に一層影をつくった。それでも、今まで向けられたことのない強い眼差し。
私は言葉を失くした。ただ、悔しくて悲しくて、何を言っていいのかわからない。
彼の強い瞳から、ふっと力が抜かれ揺らめくと、そのまま顔を背けて、彼は俯いた。
「……そんな、簡単なことじゃ、ないんだ。俺たちの中に流れる血は、強い力を持っている。それぞれの血筋は強い魔力を持ち、この国での影響力は大きい。それぞれだけでも脅威となるんだ。なのに、白銀の血と、ランドルフの血。それだけじゃなく、俺の中にはグラディアスの血までも流れている。その血が交わってしまえば、考えただけでも、脅威となるだろう。それは、……俺が、一番よく知っている……」
そう言って、彼は組んだ手に額を強く押し付けた。丸めた背中が、小さく震えていた。
その背中が小さな子どもが泣いているようで、かわいそうで抱きしめてあげたいと思う。
それでも、やっぱりひどく悲しくて悔しくて。
血に縛られて、自由に恋愛できないなんて。
……あまりに理不尽だ。
「そんなの、おかしいよ!レイの言ってることはわかるよ!?でも、やっぱりおかしい!」
ああ、もう言ってることがめちゃくちゃ……でも、悔しくて。
視界がみるみる潤んで、見えなくなっていく。
「レイは、自由に恋愛できないの!?好きな子が出来たって、想いを告げることもできないの!?」
声が震えた。それでも伝えずにはいられない。
「どんなに愛してたって、諦めなきゃいけないの!?」
涙がこぼれ落ちた。涙で滲んだ向こうで、顔を上げた彼の前髪の隙間から覗く蒼い瞳が、強く揺らめいていた。
「流れる血のせいで、本当に心から好きな子に愛してるも言えないなんて、そんなの違うよ。そんなのレイがかわいそうじゃない。想う気持ちは、みんな自由だよ。レイが誰かを愛する気持ちは、誰のものでもない 。あなたのものだよ!」
溢れる涙も拭うこともせず、私は叫んでいた。
強く唇を噛み締めて、私はレイの蒼い瞳を見返す。彼も、何も言わなかった。
私は手のひらで涙を拭うと、食べかけのお菓子をグイッとレイの胸に押し付けると、衝動的にその場を走り去ってしまった。
いつぞやの城での夜みたいだ。
レイに言いたいこと言って、怒って泣いて走り去るって……私って成長してない。
また、彼に八つ当たりしてしまったかな。
ここには慰めに来て回収してくれるルーセルもいないし、どうしよう……
このあと、気まずい……




