第18話 昔語り
白銀の姫は深く腰掛け、静かな口調で話し始めた。
「“いまは昔、まだこの国が一つではなく、幾つかの国が存在し、それぞれが争っていた頃の話—
人間たちの混乱に乗じて襲いくる魔族とも、人々は戦いを強いられた。さらに、闇の力でこの世を支配しようとする北の大魔法使いまで現れた。
国は乱れ、土地は荒れ果て、民は疲弊した。この世は混沌に覆われていた。
そんな中、一人の王が、平和な国の建国を目指し立ち上がった。光の王だ。
いつしか王の周りには、その想いに触れ、ともに闘う仲間たちが集まり、その中には異世界からやってきた一人の勇者もいた。
また、同じく願いを分かち合った仲間の中に、北の辺境の女騎士がいた。
ともに剣を振るい、ともに駆け、やがて、二人は愛し合う仲になった。
しかし、女には、かつて北の辺境を支配していた王家の血が流れていた。誇り高い血—
けっして、その血から逃れて生きていくことなど、女には許されなかった。まして、勇者とはいえ、異世界の男と交わるなど、許されることではない。
永遠に結ばれることはない、……そう考えたのだ。
二人は愛し合っていたが、女は別れを決意した。血の誇りと責務の鎖の中で、一人生きていくことを選んだ。
男も勇者だ。女の思いを尊重し、それを受け入れた。
二人が別れを決めた、その数日後のことだ。魔族との闘いの中で、勇者が女を庇い、死んだ。
それからは、女騎士は忘れようとするかのように、いっそう闘いに没頭した。
振り払っても消えぬ後悔。
剣を振るい血で染まれば染まるほど、白銀の名は強くなっていった……”」
「皮肉なものだな……」
すん、と彼女の一言が静かに落ちた。
白銀の姫の口元に、うっすらと笑みが浮かんでいた。まるで自嘲するかのように。
「……白銀の、姫……」
どこか今も寂しそうな白銀の姫に、私は思わず呟いていた。
「リリアでよい」
彼女は静かな眼差しで言った。
以前、ランドルフ家のアリシアとキース姉弟に借りて読んだ本を思い出した。まるで、そこに出てくる姫とある男の身分違いの恋みたいだ……
切ない。これはきっと、白銀の姫自身と勇者との恋のお話。
白銀の姫は、物語を話すように淡々と続けた。
「“それからまもなくして、戦いは終わった。
王のもとに新たな国が作られ、ようやく平和が訪れた。
戦いが終わったとき、女は身ごもっていることを知った。
勇者との子だ。
白銀の地へ戻り、密かに生まれた子は男だった。
しかし、白銀の王の血と異世界の人間の血が流れるもの。その子を育てるわけにはいかなかった。
信頼する者に赤子を託し、勇者の故郷で育てられることになった。
やがて、その子も大人となり、人間の女と結ばれ二人の間に、一人の女の子供をもうけたそうだ”」
話し終えた白銀の姫は、ただ静かに私を見つめていた。
私は目を逸らすことも出来ず、何も言えないまま彼女の顔を見つめていた。
亡くなった私のパパには、両親はパパが生まれてすぐの頃に亡くなったため、いないと聞かされていた。だから“ふくろう古書店”の店主のおじいちゃんが、パパの親代わりだったって。
私には妖精が視える。そのことをパパはまるで当たり前のように接して、何も不思議に思っていなかった。
……そんなことって。
言葉が出てこない。
瞬きも忘れて、右手首に触れる。
今は何も見えないけれど、ここには白銀の姫から貰ったブレスレットがある。
私が願えば、それは白銀の弓と盾になる。
「……俺は、認めないっ!!]
叫ぶように言って、ソラが勢いよく立ち上がった。
怒りをあらわにしている。
「俺は、白銀の血を引く者の一人として、幼い頃からそのつもりでなんでもやってきたんだ!勉強も鍛錬も!いつか、リリア様の騎士になるんだと、そう思って生きてきたんだ。なのに、こいつが白銀の姫の血を継ぐっていうのか!?」
白銀の姫様は何も言わず、静かにソラを見ている。
ソラは私に人差し指を突きつけて叫ぶ。
「こいつは現実も見れない、甘チャンだ。白銀の姫の後継になれるわけがない!こんなやつに、白銀の血が流れてるなんてっ!!」
後継!?
話が大きくなりすぎて、ついていけない。飛躍しすぎでしょ!?
「こんなの、納得できるはずがない!!」
そう叫ぶと、扉をバァンと音を立てて開くと、その場から出ていってしまった。
残された私はどこからどう話せばよいのかわからず、ただ黙っていた。きっと、レイもだろう、何も言わない。
姫様は、相変わらず表情を変えるわけでもなく、ため息混じりに言った。
「はぁ……あれも悪い子ではないのだ。許せ」
白銀の姫は、そっと目を伏せた。
「どうも最近、難しい子なのだ。そういう年頃、と言うらしい」
十五歳って、真っ只中だもんね。
「反抗期ですね」
「“はんこうき”?」
「笑ってたと思ったら、すぐ怒るし」
「ああ、すぐ怒る」
僅かに眉間に皺を寄せている。けれど心底イヤそうでもなく、その目は慈しむように穏やかだ。
「あの子の父は、五年前、魔獣に殺されたのだ。目の前でな」
え?
私も横に座るレイも、白銀の姫の言葉に息をのんだ。
「それをきっかけに母親は気が触れてしまった。あの子の父親は私と仲の良い従兄弟だったゆえ、私が親代わりになればと思うのだが、この歳まで子育てなどしたことがないのでな、いろいろわからん」
ソラが、あんなに現実の厳しさについて言ったのは、自分自身のつらい経験が関係あったのかもしれない。
「私もこう見えて、中身はもういい歳でな。魔族の血を浴びすぎて、歳を取らない身体になってしまった」
呪いだな……と彼女は自嘲する。
「レイファス。現国王は病で伏せているのであろう。王太子が難儀な呪いに掛かっていることも知っている。そちらは後継者争いで落ち着かないようだな」
「それは……」
レイは言い淀み、白銀の姫をまっすぐ見返す。けれど、彼女の静かな視線に、すべてお見通しだと観念するように目を伏せた。
「……はい」
「正直、いまの光の王家と手を組む気にはなれぬ。信用できると思うか?」
「………………」
レイは何も答えなかった。
白銀の姫は、謁見は終わりだというように立ち上がった。
「ミツキ、レイファス。そなた達は、この国を見極めにきたのであろう。その目でしかと見て、どうするかは己たちで決めるといい。真実を知り、選ぶことだ」
レイは立ち上がると、白銀の姫の行く手を塞ぐように、目の前の床に片膝をついた。
背筋を伸ばし、その蒼い瞳に強い光を宿す。
「白銀の姫。では、あなたも俺たちを見極めて欲しい。俺たちが、真に信頼に足る者たちであるかどうか」
二人の間に、一瞬沈黙が流れる
「ほう。なかなか言う……」
白銀の姫が不敵な笑みを浮かべる。レイも怯みはしない。
「だが、いい目をする。……いいだろう。わかった」
彼女はどこか嬉しそうに見える。
「では、お前たちを見極めさせてもらうとしよう」
そう言うと、白銀の姫は衣擦れの音を残し、続きの間へ通じる扉の向こうへと姿を消した。
こうして、私たちの謁見は終わった。




