第17話 白銀の姫
次の日の朝、私とレイはヴァイスリヒト城の前に立っていた。
石壁で造られた堅固な城は、深い堀でぐるりと囲まれていて、出入り口は跳ね橋が一基あるのみだった。いまは跳ね橋も下げられていて、一応、門の前まで行けそうだ。
「良かったぁ。私達、拒否られてないみたいだね!」
と私がにっこり笑うと、彼は少し目を見開いた。
……ん?……なんか、驚くようなこと言ったかな?
「領民には、慈悲深いと慕われているらしいが。……もっともそれは、領民に対してだけどな」
て答えが返ってきた。
う……私たちは、どうなのだろう……歓迎されて、ない?
私の笑顔が引き攣った。
そんな会話のあとにヴァイスリヒト城を見上げると、寒空にそびえ立つ建つ城が、とてつもなく大きく威圧的に見えてくる。
「なんか圧がすごいね……」
首が痛くなるほど見上げていうと、レイが斜め上から私を見下ろして、フンと鼻を鳴らした。
「アレクよりマシだろ」
また、さらりと上司の悪口、言いましたね……
私たちは門番のところで、止められてしまった。まあ、庶民的な私と黒いフードを被った黒尽くめの用心棒って、やっぱり不審者扱いよね。
白銀の姫からの招待状を見せても、ニセモノではないのか!?と疑ってなかなか通してくれない。
そこへ一人の衛兵が城のほうから走ってきて、門番に何やら耳打ちをすると、門番は慌てた様子で私達を通してくれた。
城の中も石造りだけれど、床は青色の絨毯がひかれているため、思ったほど冷たさを感じなくてすんだ。
装飾は華美ではなく、簡素に抑えられている。
私たちは、てっきり謁見の間に連れて行かれるかと思ったけれど、どうやら執務室のような部屋へ連れて行かれた。
案内する騎士のような人が、重厚な扉の前で立ち止まった。
「スカディール辺境伯はもうじき来られますので、中でしばしお待ち下さい」
スカディール辺境伯。つまりニブルヘイム辺境伯領を統治する現当主リリア=スカディール様で、白銀の姫のこと。
いよいよ会えるんだ……。
この旅の目的、白銀の姫で、私の右手にあるブレスレットの授け主。
今はブレスレットは見えないが、私は右手首をそっと撫でた。
中は執務を行う部屋のようで、執務机のほかに大きな暖炉と、窓辺に何脚か椅子が置かれているだけの無駄のない部屋だった。部屋の中は、深い真紅の絨毯が敷かれている。
レイが被っていた黒いフードをはずすと、綺麗な銀髪が現れる。
私たちは言葉を発することもなく、少し待っていた。
やがて隣室へ続く扉が開いた。
隣でレイがスッと右膝をつき、左脚を立てる、そのまま背筋を伸ばし、右手を胸に静かに目を伏せた。
完璧で美しい、騎士の礼。
私も彼の隣で、慌てて膝を曲げて、頭を下げる。
静かで重たい衣擦れの音がゆったりと私たちの前で止まった。
「旅装のままの拝謁、非礼をお許しください」
レイが低く落ち着いた声で述べる。
「かまわぬ」
鈴の音のような涼やかで細く、それでいて威厳のある声に、背筋がすっと伸びる。
「ありがとうございます。アルカンシエル王国近衛騎士団長、ランドルフ家当主、レイファス=アエラス=ランドルフにございます。本日は、王太子殿下、アレクシス=ルークス=アウレリオ殿下の命により参りました」
彼の凛とした声が、かっこいい。
十九歳だとか、年下とか、ワンコとか言ったって、やっぱりレイってかっこいいね。
彼があまりにかっこいい騎士だから、ちょっと惚れ惚れしちゃう。
なんて、隣りで目を伏せながら思ってしまったけれど、もちろん、白銀の姫を目の前にして緊張しないわけがない。お辞儀している足が震えそうだし、手の指先はさっきから冷たい。
「二人とも、面をあげよ」
「はっ」「はい」
二人して顔をあげると、そこにいたのは、真っ白な綺麗な女神様だった。
本当に女神様という言葉がぴったりだ。あまりに儚い美しさに息をのむ。
以前、夢の中ので会ったときと変わらない姿に、私は目を奪われた。
ストレートの長い髪は細く繊細そうで、淡い白銀に輝き、白いシンプルなドレスを着ている。
なめらかな肌は色白で、こちらを見つめる瞳は薄いグレー色。
小さな唇はほのかにさくら色で、額に小さなダイヤモンドの飾りをしている。
あの夜と変わらない。白銀に輝く美しい雪の女王みたい。
感情のわからない目で、白銀の姫は僅かに目を細める。
「ランドルフの。瞳が蒼いのだな」
ドキッとする。それは、ランドルフ家の禁忌だ。
「……はい」
レイの声がこわばったように聞こえた。
「ふむ」
白銀の姫はそれ以上、特に興味を示すことなく、今度は私に視線を合わせてきた。
「そなたには、以前ランドルフ家の庭で会うたな」
「はい」
「え?」
驚いた顔をして、レイがこちらを振り返る。
ふふふ、と白銀の姫が笑う
「まあ、当主が留守のときに敢えて思念で会いに行かせて貰ったのだ。そなたの落ち度ではない。許せ」
レイが城へ泊まり、ランドルフ家には帰ってこなかった夜だ。
少し、私たちの間の空気が和らいだ気がした。
「ミツキ。よくここまで来てくれた。いつの日か会えるとよいと思っていたが、しかし、そんな日は来ないほうが良いとも思っていた」
それは、どういう意味?
「それは……」
尋ねようとしたとき、白銀の姫がスッと人差し指を自分の唇にあてる。
「もう一人、ここへ呼んだ者がいる、もうすぐ来る」
白銀の姫が、ほらと言うように、扉の方へ手をひらりとすると、元気よくノックする音がした。
「お呼びですか、リリア様……」
そう言って中に入ってきたのは、白銀の少年騎士ソラ=ウェイルスだった。
「あっ!なんで、こいつがここにいるんですかっ!?」
サラサラ前髪を乱して、私を指さして驚いてる。
「この者たちは私が呼びました」
信じられないというように、目を丸くして声を荒げる。
「どうしてっ!?リリア様が、こいつらを!?…て言うか、いったい、こいつらは何者なんですか!?」
「ソラ、落ち着きなさい」
白銀の姫の冷静な声に、ソラもハッとして黙った。
グレーシュ色の瞳に強い光を浮かべ、険しい目をしながら私を見てる。
私たちは椅子を勧められ、座った。
白銀の姫は、窓辺の椅子に腰掛けると、うっすらと口元に笑みを浮かべた
「さあ、揃ったようね」
みんな黙って、白銀の姫の言葉を待つ。
「すこし、年寄りのお伽噺を聞いてもらえるか?」




