第16話 領都ニブルブルクへ
私たちは、領都ニブルブルク――別名ヴァイスリヒトへと向かった。
領都ニブルブルクは、辺境伯領の中心であるというだけあって、これまで訪れたどの街とも印象が違っていた。
重たい冬空の下にそびえる二重の城壁が、街をぐるりと取り囲んでいる。重厚な石壁に護られた城塞は堅牢さを誇り、侵そうとする者を拒む冷厳さを湛えていた。それでいて、白領都ヴァイスリヒトの名にふさわしく、凛とした誇りを纏っている。
その佇まいに、思わず背筋が伸びた。
一つ目の城門をくぐるとき、ピリッと右手首に痛みが走った。
「あ」
少し驚いて、右手首に触れる。ふと、暗い天井から何か視線を感じた気がして、私は仰ぎ見た。
けれど、そこには何もなく、暗い石の天井があるだけだ。
「どうした?」
隣を歩いていたレイが、こちらを見る。
「え、ああ、ううん。なんでもない」
手首の痛みも、もうない。きっと、気のせいだろう……
私達は厳重な検問を受け、ようやく二つ目の城門を抜けた。
暗い城門を抜けた途端、視界がぱっと開けた。思わず、眩しさに目を細め、それからゆっくりと目を開く。
すると、目の前には、ニブルブルクの美しい街並みが広がっていた。
「わあ……」
そのとき、高くそびえる鐘楼の鐘が鳴り響いた。低く澄んだ鐘の音が、白い空気を震わせる。
一羽の白い鷹が、大きく弧を描いて舞い上がり、遠ざかっていく。
その先には石畳の道がまっすぐ続き、灰色の石造りの城が、厳然と冬空の下に佇んでいた。
「これがニブルブルクの街……」
「ああ、荘厳な街だな。長い歴史を感じる」
レイも黒いフードの端を少し上げて、街の姿に感嘆の声を上げる。
私たちは長く滞在することも考えて、街でも大きめの宿屋を選んだ。
部屋は互いに別々の部屋だ。少し寂しくも思うけれど、昨夜のようなことがまた起こったら、それも困る。
なんとなくだけど、今日はいつもより二人の間に距離があるような気がする。手や身体が触れないように互いが気を遣っているのだろうか……
気のせいなのかな……
それが少し、寂しいと感じてしまう。
私は、そんな考えを追い出すかのように、はあっと息を吐き出した。
ようやく目的の街へ着いたのだから、しっかりしなきゃ。
少し早めの夕食を終えた私達は、それぞれの部屋でゆっくり休むことにした。
私は窓辺に寄り、ぼんやり窓の外を眺める。冬の夕暮れの街は、重たい灰色に染まり始めており、その中を、家路を急ぐ人々や、辻馬車のような簡素な馬車が行き交う。
王都オルレリアのような華やかさは無いけれど、さすが北の地をまとめるニブルヘイム辺境伯領の領都というだけのことはある。
この地を長い間、一人で治めていると言われている白銀の姫。
いったいどんな人なんだろう……。
どうやって白銀の姫に謁見しようか、それが問題だって言ってた。
王都からの使いだと言って、簡単に会ってもらえるのか怪しいらしくて、門前払いされるかもしれない、とアレク様も危惧していた。
アレク様は白銀の姫と面識がないそうだ。
若い彼にとって“白銀の姫”といえば、伝説の女騎士だった。自分の祖父である先々代の王が、いくつも分裂していた国を平定し、即位するまでの間、共に戦った人物。建国の伝説に出てくるお伽噺に
登場する、雲の上の存在なのだという。
一応、無いよりはマシだろうと、白銀の姫宛ての書状を持たせてくれたけど。
「エラソーを塊にしたような王子様なのにな……」
私は宿屋の部屋の窓辺から見えるお城をぼんやり遠くに眺めながら、独りごちる。
そのとき、トントンと部屋のドアを叩く音がした。
「ミツキ、いま、いいかな」
ドキッとする。慌てて衣服におかしなところが無いかチェックしてしまった。
一呼吸して、ドアを開ける。
「なに?」
黒い上衣をきちっと着たレイが立っている。
「少し話がある。中に入ってもいいかな」
「うん……」
彼は中に入ってきて、私から少し離れたところで振り返る。
「白銀の姫から使いが来た」
「え!?」
「招待状だ。明日、二人で城に来い、と」
彼の手には白い封筒が握られている。
「白銀の姫には、俺達がこの街へ着いたのも、お見通しだってことだ。どうやって会おうか考える手間が省けたな」
レイの目が挑戦的に光る。
「あんたの世界ではこう言うんだろ? “鬼が出るか蛇が出るか”って」
彼はそこで言葉を切り、ニヤリと笑った。
「フン、何が待っているかは分からないが……こうなったら、引き下がれないよな」
なぜかレイが、妙に活き活きとして見える……
アレク様の顔が過ぎる。
類友という言葉が浮かんだのだった。




