第2話 白亜の城へ
私たちが、迎えに来た馬車で王都オルレリアに着いたときには、すっかり夜も更けていた。
今夜も夜空には、大きくまるい月が昇っている。
静まり返った白亜の城の長い廊下を、私とレイは並んで歩く。壁に伸びる二つの影と大きな窓から床に落ちる月明かり。ここに居たのは、ほんの数か月前のことなのに、とても懐かしいと感じる。
たった二週間ほどの滞在だったけれど、こうしてふたたびこの場所を歩けることが、嬉しいと思っている。
滞在中、タダ飯もらってお世話になるのは大変申し訳なくて、お願いして私はここでメイド見習いとして働いていた。
以前、私がこの世界へ来た時、じつは召喚されるはずだったのは私ではなかった。
私ではなく長い黒髪の美少女が、本当は聖女様として召喚されるはずだった。
知り合いのおじいちゃんが営んでいる馴染みの『ふくろう古書店』で、彼女がまさに召喚されようとしているところに居合わせた私は、彼女を助けようと商品棚の影から飛び出した拍子に、蹴躓いて、そのままの勢いで聖女様候補の美少女を突き飛ばし、彼女の代わりに私が床に開いていた黒い穴(=異世界への入口)へと、誤って落ちてしまったのだ。
そのとき、聖女様の召喚という大切な使命を担って、私たちの世界へ来ていたレイも、穴に落ちた私を助けるため、続いて自分も黒い穴へ飛び込んでくれた。で、先程と同じように、彼が私を抱きしめて下敷きになってくれたお蔭で、私はどこも痛くなかったわけなんだけれども。
前回は突然のことで、私の服装も現代の日本のまま、薄いレモンクリーム色したニットの半袖カットソーに白いロングスカートという、ちょっとそこまでお買い物って感じの服装だった。
こちらの世界では、貴族の女性はドレス、貴族じゃなくても女性は足首より上は見せないのが普通だ。そんな中、私の服装は奇異な格好で目立ってしまった。
聖女様召喚の邪魔をしたあげく、なんの取り柄もない私なんかが来てしまった申し訳なさも相まって、童話や絵本に出てきそうな豪華絢爛なこの白亜の城に初めて入ったときは、自分自身がとてもみすぼらしく場違いに思えて、ほんと情けなかった。居た堪れない気持ちでいっぱいになって、顔を上げることができなかった。
そんな私にレイが「あんたは客人なのだから、堂々としていればいい」って、あのとき言ってくれたんだっけ。
そんなことも、懐かしく感じてしまう。
あのとき、この世界で二週間しかいなかったけれど、本当にいろんなことがあった。レイやアレク様、ルーセル、出会ったいろんな人たちのお蔭で、少しだけ自分に自信が持てるようになったんじゃないかなって思う。
背を丸めるしかなかった城の長い廊下も、今は顔を上げて、しゃんと背筋伸ばして歩いている。
今回は事前に、私たちの世界で準備して穴に落ちたので、この城でも浮かないように、私がメイド務めをしていた際に通勤用に着ていたドレスを身につけていた。若草色のシンプルなドレスだ。
結局、突然、古書店の床に黒い大きな穴が突然開いて、そのすぐ傍に立っていた私は吸い込まれてしまったし、そんな私を追いかけてレイが飛び込んで、私を掴まえて抱きしめてくれたおかげで、私自身は地面に激突せずに済んだのだけれど、彼は今回もまた背中や肩をぶつけてしまった。
いつもながら、ほんとごめんなさい。
となりに並んで歩く私より頭一つ分、背の高い彼の横顔をそっと盗み見る。月の光に淡く輝く銀の髪に、まっすぐ前を見据える紺青色の瞳。スッと伸びた鼻筋と秀でた額、ゆるやかなカーブを描く頬、窓から差し込む月の光が綺麗に縁取っている。
相変わらず、完璧に整った美しい横顔だな。
心の中で、うっとりとため息をつく。
レイは近衛騎士団を表す白い隊服を着用している。先程私の髪の毛が絡まったせいで、胸のボタンが一つ無いため、着崩したかのようになっているけれど、それもまた色っぽくてかっこいい。
数か月、ちょっと見ない間に、少し大きく大人っぽくなった気がする。身体を鍛えているからかな、肩と胸板あたりがまた一段とガッシリとしたように見える。
レイは細身なんだけど、肩幅も広くて、実は筋肉質なんだよね……
彼の裸は、何度か見たことがある。
もちろんベットの中ではなくっ!
泉に飛び込んで濡れたり、犬に飛びつかれて泥だらけになってとか、偶然事故で見てしまったっていうやつだ。
前回、色々あったな……。
辛いことも、怖かったこともあるけれど、それ以上に楽しくて良い思い出もたくさんある。
思い出して、口元がふっと緩む。
あ、いけない、いけない。ただの気持ち悪い女だわ。
内心苦笑して、行く先へ視線を移す。
ふと、私たちが向かう長い廊下の先に、誰かが立つ姿が目に入った。
窓から月明かりが差し込む中、腕を組み、背を壁に預けて立つ長身の男がいた。




