第13話 これが現実なんだ
私たちは騎士団の人たちと一緒にフロストヴァルトの森を抜け、街道の先にある村の入口で別れた。ソラともここでお別れだ。彼は最後まで、私のほうを見ようとはしなかった。嫌われちゃったのかな……。
……少し、悲しいな。
私は、なんだかちょっとだけ気持ちが重くなった。
けれど、明日にはようやく、私たちは領都へ入ることが出来そうだ。ホッとしながら、この村に一件だけという宿屋へ向かう。そして、私たちはあてがわれた部屋を覗いて、固まってしまった。
ベッドが一つしかない!!!
「ちょちょっ、ちょっと待って!?……だ、ダメだよね!?」
私は慌ててレイを振り仰ぐ。
「女将さん……最後の一部屋だって言ってた」
レイもさすがに焦った表情をしている。
「いや、大丈夫だ。何とかなるっ!」
私は驚きで目を見開いた。
「何とかなる!?」
耳を赤くして何を言ってるの!?あなたが、大丈夫!?
「俺は床で十分だ。部屋の中ならあたたかい!」
「は?そういう問題では……」
「とりあえず、今は、忘れよう」
「は?」
「うん!そうしよう!」
彼は理由のわからないことを言うと、さっさと部屋の奥にいき、ぱぱっと荷物をほどいてしまった。
「さあ、情報収集へ行こう!」
そして、私たちは部屋の問題を避けるように休む間もなく、夕食の時間まで情報収集のため、村の中を回ることにした。
黒狼との戦いのあとだし、情報収集も兼ねて、私たちはレイの剣を研いでもらいに鍛冶屋を訪れた。
そこで店主から、最近、村の人たちが村の外れにある畑を荒らされて困っているという話を聞いた。森に近いことから、おそらく森から魔獣が出てきて荒らしているのだろう、そのうち牛や馬も狙われるのではないかと、不安がっているとのことだった。
私とレイは村の外れの畑まで、様子を見に行ってみることにした。
村の外れの畑には、夕方近いからだろうか、人影はなかった。レイが言うには、この地は寒さも厳しく、もうすぐ雪が積もる頃だから、この時期に収穫できる作物はあまり無いらしい。
確かに少なそうだ。ところどころカブのような野菜が植えられている。
私たちは畑の間の小道を、森の近くの畑まで歩いていく。
すると、どこからか鳴き声が聞こえてくる。
キュ~ン、キュ~ン……
子犬か何かが助けを呼ぶような、甘えるような鳴き声だ。
「レイ、何か鳴いてるよ!?」
「ああ……」
二人で鳴き声の聞こえる方へ、小走りで向かう。
カブのような野菜が植えられた畑の柵の向こう側に、その鳴き声の主がいた。
真っ白なムクムクの毛に覆われたそれは、犬にもタヌキにも、子グマにも見えた。
真っ白な毛皮だけれど、右の後ろ足が血で染まっていた。畑を荒らす魔獣のために掛けられた罠に掛かってしまったのだ。
罠から抜け出そうと足を引っ張れば引っ張るほど、鉄の罠が食い込む。
鉄が食い込むたびに、痛くて助けを求めて鳴いていた。
座り込んで、小さな赤い舌で血を舐めている。
その白い生き物がこちらに気がつくと、まるで助けを求めるように私を見つめて「キュ~ン」と鳴いた。
大きな瞳は薄紫のガラス玉のようで、うるうると潤んでいた。
「怪我してる。かわいそうに、痛いんだね」
小さな黒い鼻先を震わせて、クゥーンと鳴く。助けてくれるのを待っているかのように、大人しく座って見つめてくる。
まだ生まれて数ヶ月なのだろう。人間を恐れてもいない。きっと純粋なんだ。子犬が撫でて欲しいときの、それに似ていた。
頭をそっと撫でてやると、助けてくれると感じたのか、縋ってくる目。嬉しそうに少し開いた小さな口が、喜んで笑っているように見える。
「ねえ、この子……」
助けたいって、レイにお願いしようと思ったとき、彼のほうが先に言いにくそうに、私の言葉を遮る。
「ミツキ、そいつは魔獣なんだ」
「そんな……」
“魔獣”……でも、キラキラと、とても純粋な目をしてる。
そのとき、ソラ=ウェイルスが姿を現した。彼がここへ来ていたことに気づかなかった。
「ソラ?」
そして彼は白い生き物の後ろに立つと、何も言わず、剣を抜き放ち、一息で振り抜いた。
何が起こったのかわからなかった。
――見えたのは、一瞬の閃光
甘えたような鳴き声が、途中で断ち切られる。
次の瞬間、目の前にあったはずの小さな頭が、草の上を転がっていた。
鳴き声が消えた。
あたりは、しんと静まり返っている。
空を見つめたまま、焦点の合わない薄紫の瞳と目が合う。
息を呑んで、悲鳴ともつかない声を上げた。悲鳴だったか自分の声なのかもわからない。
「ソラ=ウェイルス!!」
レイが非難の声を上げた。
私はその場にしゃがみこんで、目の前に転がる頭と、頭のない首からドクドクと赤い血が流れ出し、ふわふわだった真っ白な毛皮がみるみる真っ赤に染まっていく光景から目を逸らせずにいた。まるで、映画かひどい夢をみているようだ。
苦しくて呼吸ができない。胸が波打ち、身体の内から込み上げてくるわからない感情を、ソラに向けて吐き出す。
「どうしてっ!!!」
「これが現実だ。これは魔獣の子供だ。だから斬った」
ソラは草の上にへたり込むミツキを無表情のまま見下ろして、淡々と冷たい声で言った。
「でも……っ」
「かわいそう……、か?あと二年もすれば成獣になる。そうすれば、こいつ一匹で小さな村ひとつくらい全滅させる」
全滅させる。その言葉に息をのんで、何も言い返せない。今まで、目の前にいたふわふわの可愛い魔獣の子供は、すでに霧散が始まり、崩れた身体は塵となり風に流れ始めていた。
「そん、な……」
「アイゼンフォルのマルク、あいつの親は、この種の成獣に殺された」
私は、ハッとしてソラの顔を見る。彼の表情からは、なんの感情も感じ取れない。
「あいつの目の前で。子供たちを守ろうとして無惨な死に方だった」
いったん言葉を切ると、すでに魔獣の子の身体が消えて無くなったあとを、ソラは冷ややかな表情で見つめながら言った。
「これが、この国の現実だよ」
ソラの抑揚のない、淡々とした諦めにも似た声。私はただ俯くしかなかった。
「なぁ、用心棒さんさぁ……」
ソラがレイに向かって言う。
「今はなんで用心棒って言ってるのか知らないけど、あんた騎士だよね。黒狼との戦い方も、昨夜も魔獣を討伐してたよな」
え?昨夜って……
宿を出て情報収集って言ってたのは、本当は魔獣を討伐してたってこと?
レイは何も言わない。
「あんたの守り方って、こういうことなのか?このお嬢さまに現実を見せないようにして、傷つけないようにすることなのか?ずっと現実から目を逸らさせて、そんなの、こいつのためにならない。こんなんじゃ、この世界で、一人で立って生きていけない。俺には、守ってるというより、甘やかしているようにしか見えない」
「こいつは……っ」
レイが言いかけて、眉根を寄せる。けれど、それ以上は何も言わず、言葉を飲み込んだ。
私はこの世界の人間ではない。異世界から来た人間。この世界とくらべて、平和な現実しか知らなかった私の心を守ってくれてるんだ。
それは彼の優しさ……。
「レイは、悪くない……」
そう、悪いのは私の弱さ……。
「ふうん、どうでもいいけど。俺には関係ないから。けどさ、俺は王都の貴族様じゃないから、レディに優しくなんてのは出来ない。だから、教えておいてやる。これがニブルヘイム辺境伯領の現実だ。これから領都ニブルブルクへ行くのなら、目を逸らすな。耳を塞ぐな。もうすぐ冬が来る。領都ニブルブルク、俺達の白領都、ヴァイスリヒトは、甘くない。お嬢様には無理だ。帰れ」
そう言い残すと、ソラは私たちをその場に残して去って行った。
彼の言った言葉は、重かった。ひどくのしかかった。でも……。
きっとこんなにも心に重くのしかかるのも、正直ひどく傷ついたと思うのも、本当のことを言われたからだ。今の私には、必要な言葉だったんだと思う。
「……ミツキ」
レイが遠慮がちに、気遣うように低く小さな声で名前を呼んだ。
「……大丈夫だよ、レイ」
そう言って、私は作り笑いをした。きっと、上手く笑えてはいないと思う。
私はゆるりと立ち上がり、魔獣の子が消えた草の上を振り返らず、「行こう」とレイに言うと、来た道へとゆっくり歩き出した。




